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2016/10/05

追憶のハイウェイ 61

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この表題だと間違いなく全員がボブ・ディランのことだろうと思うに違いない。それとかなり関連が深いんだけど、今日は直接的にはディランからちょっと離れて、ミシシッピ州コモのカントリー・ブルーズ・マン、ミシシッピ・フレッド・マクダウェルのことについての話だ。

 

 

アメリカの黒人ブルーズをたくさん聴いていないロック・リスナーの間でも、ミシシッピ・フレッド・マクダウェルの名前はいまだに憶えられているかも。それはローリング・ストーンズとボニー・レイットのおかげだ。前者はアルバム『スティッキー・フィンガーズ』でマクダウェルを一曲カヴァーしている。

 

 

ストーンズの1971年『スティッキー・フィンガーズ』にあるミシシッピ・フレッド・マクダウェルのレパートリーは「ユー・ガッタ・ムーヴ」。マクダウェルの書いたオリジナル・ナンバーでもなく、アメリカ南部における伝承的ゴスペル・ソングであって、マクダウェルはそれをアダプトしただけ。

 

 

しかしながら『スティッキー・フィンガーズ』収録のストーンズ・ヴァージョン「ユー・ガッタ・ムーヴ」を聴けば、間違いなくミシシッピ・フレッド・マクダウェルの1965年録音ヴァージョンをそのままカヴァーしているのは、両者を聴けば誰でもすぐ分るし、マクダウェルの名前をコンポーザーとしてクレジットしている。

 

 

伝承ゴスペルの「ユー・ガッタ・ムーヴ」については、僕はミシシッピ・フレッド・マクダウェルとストーンズの各種ヴァージョンの他に、このヒル・カントリー・ブルーズ・マンを直接のルーツとする R・L・バーンサイド・ヴァージョンの他、シスター・ロゼッタ・サープ、サム・クックのヴァージョンを持っている。

 

 

このうちシスター・ロゼッタ・サープはご存知ゴスペル・ウーマンなわけだから「ユー・ガッタ・ムーヴ」をやるのに不思議はない。それは彼女の当時のレギュラー・パートナーだったマリー・ナイトとの共演で1950年録音。これが僕の持つ「ユー・ガッタ・ムーヴ」の一番古い録音だ。サム・クックのは63年録音。

 

 

R・L・バーンサイドの「ユー・ガッタ・ムーヴ」(1997年『ミスター・ウィザード』)は書いたようにミシシッピ・フレッド・マクダウェルを最大かつ直接の影響源とする人なわけだから、ギターがエレクトリック・ギターになっているだけで、スタイルは完璧に同じだ。三種類あるストーンズのヴァージョンは説明不要だろう。

 

 

「ユー・ガッタ・ムーヴ」に深入りするのはやめておこう。最初に書いたもう一人、ボニー・レイットは自らのギター・スライド・スタイルへの大きな影響源としてミシシッピ・フレッド・マクダウェルの名前をあげ、実際に交流もあり、マクダウェルへの敬愛を隠さない女性ギタリストだ。

 

 

そんなストーンズとボニー・レイットのおかげで僕もわりと前からミシシッピ・フレッド・マクダウェルを、その名前だけ見ていたのだが、このブルーズ・マンの実際の録音を聴いたのはCD時代になってから。それも1990年代後半のことだったはずだ。ファット・ポッサムのブルーズへの傾倒がきっかけだった。

 

 

ファット・ポッサムという言葉がレコード・レーベルの名称だということが、2016年の今では忘れかけられつつあるような気がしないでもないのだが、詳しく説明するとまた長くなってしまうのでやめておく。1990年代前半にミシシッピの田舎町でスタートし、当時はブルーズばかり録音していた。以前詳しく書いた。

 

 

 

ミシシッピでブルーズというとデルタ・ブルーズを連想する人も多いはずだけど、ファット・ポッサムのブルーズはやや趣が異なっていて、同州北部のヒル・カントリーにおける黒人コミュニティのなかで、当時も昔とあまり姿を変えずに連綿と演唱され続けているブルーズを録音していた。

 

 

ファット・ポッサム・レーベル最大の人気者で代表格が上で名前を出した R・L・バーンサイド。他ではジュニア・キンブロウも同レーベルから何枚もCDを出し人気もそこそこあった。他にもいっぱいいる。そんなファット・ポッサム・ブルーズのルーツとしてミシシッピ・フレッド・マクダウェルを聴いたのだった。

 

 

ミシシッピ・フレッド・マクダウェルの録音がCDリイシューされたのがやはり1990年代後半で、僕の持っているもののパッケージを見てもその近辺のリリースになっている。これはやっぱりその頃のファット・ポッサム人気にあやかってそのルーツ格を出そうということだったのか、そうでもなかったのかは分らないが。

 

 

ともかくそんなことで1990年代後半にCDリイシューされたミシシッピ・フレッド・マクダウェルのアルバム。僕が持っているのは全て当時は渋谷警察署裏の雑居ビル二階にあった黒人音楽専門店サムズで買った輸入盤だけど、調べてみたらほぼ同時期に日本盤もリリースされたものがあるようだ。

 

 

ミシシッピ・フレッド・マクダウェルの録音集を聴くと、まさに R・L・バーンサイドなどにそっくりで、こりゃ当り前だ。バーンサイドらはマクダウェルをお手本にしてやったんだからね。一番似ているのがギターの弾き方で、マクダウェルはアクースティック・ギターの場合が多いけれど、同様のループ感覚がある。

 

 

ループ感覚と言ってもお聴きでない方には分らないだろうから、音源を貼っておこう。一番分りやすいと思うのが、この曲はデルタ・ブルーズ・スタンダードの一つだからデルタ・ブルーズ・メンもたくさんやっている「シェイク・エム・オン・ダウン」。

 

 

 

どうだろう?デルタ・ブルーズ・メンのやる「シェイク・エム・オン・ダウン」で馴染んでいると、ギターで奏でるリズムの感じがかなり違うことが誰だって聴取れると思う。参考までにこっちは典型的デルタ・スタイルの一人ロバート・ペットウェイの「シェイク・エム・オン・ダウン」。

 

 

 

全然違うよね。他にも最もよく知られているブッカ・ホワイトのだとかトミー・マクレナンのだとか、デルタ・スタイルのブルーズ・メンがやる「シェイク・エム・オン・ダウン」もほぼ同じ感じ。彼らがギターでザクザク刻む強靱なビート感は、まるでズンズンと前へ向いて進むようなフィーリングだよね。

 

 

それに対しミシシッピ・フレッド・マクダウェルの「シェイク・エム・オン・ダウン」でのギター・ビートはズンズンと前進するようなフィーリングではなく、なんというか一箇所でグルグル回転しているような感じに聞えるんじゃないかなあ。少なくとも僕にとってはそんなダンス感覚のブルーズだ。

 

 

一箇所でグルグル廻る、すなわち上で僕が書いたループ感覚とでも言うようなものがミシシッピ・フレッド・マクダウェルにはあると思うんだよね。そんでもってこの人の録音集を聴くと、ほぼ全ての曲のビート感がそんな具合なのだ。聴き慣れない人には全部が「同じ曲」に聞えるかもしれないようなもんだ。

 

 

いや、聴き慣れている人にとってもミシシッピ・フレッド・マクダウェルの録音集はまるで金太郎飴状態で、どこから切取っても同じ感じに聞えてしまうものなのだ。これは必ずしも弱点だとばかりは言えない。全部同じならば簡単に聴き飽きるんじゃないかというとそんなことはない。継続の快感ってものがある。

 

 

「継続の快感」ってのはブルーズとか、あるいは時代が下ればファンク・ミュージックも同じだと思うんだけど、あまり変化がなく起伏に乏しく、終盤のドラマティックな転調でハッとさせるなんてことがあるわけもなく、ただひたすらにオンリー・ワン・グルーヴを反復し、それを続けるのが気持良いってやつだ。

 

 

ブルーズとかファンクってそういう音楽なんじゃないかなあ。ワン・グルーヴ継続の快感が続いて最終的にそれでイッてしまうっていうようなものだよね。そういえばミシシッピ・フレッド・マクダウェルのやるものの約八割から九割はコード・チェンジが全くないワン・コード・ブルーズなんだよね。

 

 

ワン・コード・ブルーズはご存知の通りいっぱいある。マディ・ウォーターズの「マニッシュ・ボーイ」なんか有名だ。1960年代後半にジェイムズ・ブラウンらがはじめたワン・コード・ファンクの直接のルーツじゃないかなあ。ワン・コード・ブルーズと、あとはマイルス・デイヴィスらが完成させたコード変化の乏しいモーダルなジャズ。この二つじゃないかなあ。

 

 

ファンクのルーツにそれらワン・コード・ブルーズとモーダル・ジャズがあったんじゃないかという話はまた別の機会にじっくり考えて書いてみたい。ミシシッピ・フレッド・マクダウェルの録音の大半がワン・コード・ブルーズだというのは、ひょっとして初期型ブルーズの姿を残しているということかなあ。

 

 

ミシシッピ・フレッド・マクダウェルの初録音はアラン・ローマックスに「発見」されての1959年だから、新しい戦後のブルーズ・マンであるかのようなイメージがあるかもしれないけれど、マクダウェルは1904年生れだ。1904年には、戦前にしか録音がないロバート・ジョンスンだってまだ生まれていない(1911年生まれ)んだよね。

 

 

つまりミシシッピ・フレッド・マクダウェルはブルーズ旧世代の人間であって、1904年生まれということは20〜30年代に録音があっても全く不思議じゃない世代だ。事実、ミシシッピ州コモやヒル・カントリー周辺のジューク・ジョイントなどではその頃からずっとブルーズをやっていたらしい。

 

 

真の意味での初期型ブルーズは全く録音がないわけだから姿は想像しかできないけれど、上で音源を貼った「シェイク・エム・オン・ダウン」は商業録音開始前から伝わっている古いパブリック・ドメイン。デルタ・スタイルのロバート・ペットウェイのと、ヒル・カントリー・スタイルのミシシッピ・フレッド・マクダウェルのを比較してほしい。

 

 

比べるとどう聴いてもロバート・ペットウェイのデルタ・スタイルの方が「新しい」スタイルのように思える。少なくとも僕にとってはそうだ。ミシシッピ・フレッド・マクダウェルの方がプリミティヴじゃないかなあ。これはミシシッピ州ヒル・カントリー地域のブルーズが、黒人コミュニティ内であまり変化せず手つかずで残っていたということだろう。

 

 

しかしながらもっと興味深いのは、そんなより古く、よりプリミティヴなものであるはずのミシシッピ・フレッド・マクダウェル(や R・L・バーンサイドら)ヒル・カントリー・ブルーズには、書いたようなグルグル廻るループ感覚があって、若干ヒップホップ的なフィーリングに聞える部分もあるってことだ。

 

 

1990年代後半にファット・ポッサム・レーベルのブルーズが大ブレイクしたのは、やはりその90年代的同時代性をも兼ね備えていたからに違いないと思うんだよね。単にヒル・カントリーの古いど田舎ブルーズをそのままやっているという部分だけであれば、あの時代にあれだけ流行した理由が説明しにくいだろう。

 

 

そんなファット・ポッサム連中の直接の先輩格ミシシッピ・フレッド・マクダウェルの残した録音のなかには「ハイウェイ 61」(とか「61 ハイウェイ」とか表記は様々)というものがある。このルート61はミシシッピとメンフィスとニュー・オーリンズを結び北部へ繋げる幹線で、ブルーズにとっては重要なものなのだ。

 

 

それでいろんな南部の、あるいは南部出身のブルーズ・マンがハイウェイ 61を歌い込んでいる。曲名にしたり歌詞の一部に出てきたりなどなど。61号線でなくたって、そもそもハイウェイもブルーズやその他アメリカ黒人音楽で頻出するイメージだよなあ。一番有名なのはジャンルを超えていろんな人が歌った「ルート 66」だろう。

 

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