バルカン風インディ・ロック(?)
ベイルート、といってもレバノンの都市名ではなく音楽家名のことなんだけど、この二つは関係があるらしい。音楽家ベイルートは自らのソロ・プロジェクト(のちにバンド)名をこのレバノンの都市名から取ったんだそうだ。このことを僕が知ったのはわりと最近のことだ。
ベイルートの中心人物というか、ソロ音楽プロジェクト時代の中の人の本名はザック・コンドン。この名前もジャズ・マンのエディ・コンドンの孫だからという話がまことしやかに囁かれていて、僕はそうに違いない、やっぱり血は争えないよなと思っていたんだけど、どうやらこれはウソ話なんだそうだ。
主に1920〜40年代に大活躍したジャズ・マン、エディ・コンドンのことは、以前詳しく書いたのでそちらをご覧いただきたい(https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/post-71c4.html)。僕はこの人の大ファンなもんだから、その孫だということならますます嬉しいなあと思っていたんだけどなあ。
ザック・コンドン自身がデビュー当時に、自分はエディ・コンドンの孫なんだとホラを吹いただけのことらしいんだよね。おそらく悪気なくなんとなく言っちゃっただけなんだろう。この音楽的血脈に言及したホラ話が本人の手を離れて広まってしまったため、のちに自分であれはウソだったんだと謝罪している。
しかしあれだ、僕は大のエディ・コンドン・ファンで、そんでもってザック・コンドンのプロジェクト、ベイルートもデビュー当時に一作目『グラグ・オーケスター』を買って聴いてファンになったので、ウソだったと分っても、僕はこのホラみたいなものをなんかいいなあと思っている。
ベイルートのデビュー・アルバム『グラグ・オーケスター』は2006年にリリースされている。それは Ba Da Bing! というレーベルからのもので、だからインディー・ロック的な位置付けなんだろう。僕はあとになって知ったことだけど「ジェク・バックリーの再来」という言葉もあったらしい。
ジェフ・バックリーに全く思い入れのない(無理して言えばどっちかといえばお父さんのティム・バックリーの方が好き)僕にとっては、この表現(ひょっとしてレーベル側の蒔いた売り文句?)を当時知っていたら、むしろ逆にベイルートの『グラグ・オーケスター』を買うのはためらったかもしれない。
2006年にベイルートの『グラグ・オーケスター』を買ったのは、当時 mixi で親密にさせていただいていた(一応今でも僕の方は親密であるつもり)女性音楽ファンの方が、これをその年の年間ベストテン新作部門の第一位に選んでいて、その記事トップに載っているジャケット写真が魅力的だったからだ。
その方の文章には(僕にとっては)幸いなことに「ジェフ・バックリーの再来」みたいな表現はなく、『グラグ・オーケスター』の音楽的中身についてもあまり明言されていなかった。とにかく僕は(今でも)信用している女性音楽ファンなので、その方が一位に選ぶならば、そしてジャケット・デザインの魅力とで買ったのだ。
脱線になるけれど、アナログ・レコード時代に音楽に夢中になった世代、つまり僕なんかもそうだけど、そんな音楽ファンのなかには、LPではジャケ買いがあったけれどCDではそれはなくなった、CDサイズの小さいジャケットではそんなことはありえないと言う方がたくさんいるよなあ。そんなことはないんだぞ。
CDジャケットのあのサイズのデザインなんかじゃ12インチLPのあのジャケットの魅力・迫力に遠く及ばないっていうのは事実ではある。僕もそんな世代なわけだからこれは強い実感がある。ミニチュアLP的紙ジャケットを愛好するのも、そんな時代へのノスタルジーに他ならないわけだしね。
しかしだからといってCDのあのサイズでジャケット・デザインの魅力が感じられない、ジャケ買いがなくなったなんていうのは本音ではないんじゃないかなあ。要はアナログ盤の方が好きだというだけのことじゃないかなあ。CDジャケットは小さいから云々なんて言ったら、絵葉書なんかどうなるのさ?
とにかくベイルートの2006年デビュー作『グラグ・オーケスター』。届いたCDを聴いてみて、僕はこれは(インディー・)ロックじゃないだろう、ワールド・ミュージックだろうと思ったのだった。なぜかって一曲目「グラグ・オーケスター」でいきなりバルカン風ブラスが鳴るもんね。
その他『グラグ・オーケスター』は全編にわたってバルカン風というか、そのあたりのロマ(ジプシー・)ミュージック風というか東欧風というか、まあそんな音楽なんだよね。そんでもっていわゆる普通のロックをロックっぽくしている、あるいはアイデンティティであるような8ビートが聴き取れないんだ。
しかもベイルートの中の人であるザック・コンドンは特にバルカン半島や東欧地域とは深い関わりのない当時20歳のアメリカ人で、『グラグ・オーケスター』の大半も出身地ニュー・メキシコ州のアルバカーキにある自宅のベッドルームで、Mac の Pro Tools を使って独りでコツコツ録音したものらしい。
だから『グラグ・オーケスター』がどうしてこんな感じの東欧風音楽で、それもなんだかちょっと物寂しいような郷愁を誘うような哀感を伴ったものに仕上っているのか、2016年の今でもはっきりとは分らない。なんでも17歳の時に高校をドロップ・アウトしてバルカン地域を旅行したことはあるんだそうだ。
だからその旅行の際にバルカン音楽に触れたんだろうなあ。いわゆる通称バルカンブラス(チョチェク)も聴いたんだろう。確かに『グラグ・オーケスター』の殆どの曲で鳴っているブラス・サウンドはバルカン風ではあるけれど、しかしチョチェク的な高速ブラスではなく、もっとこう葬送音楽みたいだ。
ちょっと横道だけど、チョチェクではタラフ・ドゥ・ハイドゥークスは僕も大ファンなのだ。このルーマニアのロマ・バンドに関しては商業的に流通しているCDは全部持って愛聴している。「商業的に流通している」とわざわざ前置するのは、タラフ・ドゥ・ハイドゥークスにはそうではないCDも多いんだそうだ。
タラフ・ドゥ・ハイドゥークスは石田昌隆さんもかなりお好きらしい。そんな石田さんはザック・コンドンことベイルートにも強い興味をお持ちだから、やっぱり共通するなにかがあるってことだよなあ。東欧ロマ音楽風なものを両者に感じ取っているんだろう。この二つを結びつける文章は僕は見ないけれど。
『グラグ・オーケスター』全編を通しアップ・テンポの曲は全く一つもない。チョチェクみたいに疾走したりするものは全然ないんだなあ。全曲スローからミディアム・テンポ、いやだいたい全部ゆったりとしたリズムで、そのリズムに強靭なビート感はなく、だから音楽的共通要素といってもリズムではない(はず)。
やっぱりザック・コンドン自身が吹いているトランペットを多重録音したブラス(金管)群の響きがもたらす一種独特のマイナー(短調)感が、なにか聴き手の心のなかに醸し出す佗しいフィーリングとか、そんなものがバルカン半島音楽風に聴こえるってことじゃないかと、僕は勝手にそう推測している。
『グラグ・オーケスター』ではブラス(といっても全部ザック・コンドン一人が吹くトランペット多重録音だけど)だけでなく、ウクレレの音も大きく目立つ。ちょこっと聴こえるヴァイオリン以外、聴いた感じ使われている弦楽器はウクレレだけのはず、と思ってCD附属の紙を見たらマンドリンも入っているなあ。
ドラム・セットの音も聴こえるけれど、それは相当にシンプルというかチャチなものに違いない。そんなサウンドに聴こえる。パーカッションやピアノやオルガンやアコーディオンもあるけれど、それらも全てザック・コンドン一人の演奏。もちろんヴォーカルも彼だ。でも僕は声の魅力はあまり強く感じない。
「ジェフ・バックリーの再来」だとかなんだとか、そんなザック・コンドンの声には僕はさほど惹かれていない。僕にとっての『グラグ・オーケスター』とは、ほぼ全面的にウクレレ+ブラスをメインに組み立てているあのサウンドだ。東欧ロマ音楽風に聴こえるっていうあの響きこそが魅力なんだなあ。
そんな音楽をやっているのに、このソロ・プロジェクト名がベイルートなのはなんだかちょっと不思議だ。ベイルートというよりベオグラードとかブカレストとか、そんな名前の方が似合っているよなあ。でもベイルートというべき中東音楽風なものが全くないわけではない。一番はっきりしているのは八曲目。
『グラグ・オーケスター』八曲目の「ブラティスラヴァ」。この曲のリズムとトランペットとオルガン(はシンセサイザーみたいな音だ)が奏でるメロディには、かなり鮮明にアラブ音楽風味を聴き取ることができるはず。その他アルバム中随所にありはする。
エレクトロニクス・ミュージックも『グラグ・オーケスター』には二つあって、七曲目の「シーニック・ワールド」(https://www.youtube.com/watch?v=ae-TB1zMqPA)とラストの「アフター・ザ・カーテン」(https://www.youtube.com/watch?v=7uYbfHOwKds)。前者はデビュー当時のプリンスみたいだなあ。
最後に、やっぱり『グラグ・オーケスター』はこういう音楽だという典型例を、やはりいくつか貼っておこう。一曲目のアルバム・タイトル曲→ https://www.youtube.com/watch?v=-UJX0QpkhhU 三曲目「ブランデンブルグ」→ https://www.youtube.com/watch?v=6us54HI-7l4
ちなみに僕が『グラグ・オーケスター』で一番好きなのは四曲目の「ポストカーズ・フロム・イタリー」だ。冒頭で鳴りはじめるウクレレのカッティングが大好き。しばらくするとやはりバルカン風なブラスが入ってくるが、メインはあくまでウクレレなんだよね。
« ウェス・モンゴメリーと白熱のリズム・セクション | トップページ | とうよう礼賛 1 »
「ロック」カテゴリの記事
- ブリティッシュ・インヴェイジョン再燃 〜 ビートルズ、ストーンズ(2023.11.23)
- いまどきラーガ・ロックな弾きまくり 〜 グレイン・ダフィ(2023.10.12)
- シティ・ポップとしてのキャロル・キング「イッツ・トゥー・レイト」(2023.09.05)
- ロックでサンタナ「ブラック・マジック・ウーマン」以上の悦楽なし(2023.07.18)
- 王道のアメリカン・ルーツ・ロックは永遠に不滅です 〜 トレイシー・ネルスン(2023.06.25)
コメント