案外長くもないクリームのライヴ
クリームのオリジナル・アルバムで現在CDで持っているのは『ウィルーズ・オヴ・ファイア』(クリームの素晴らしき世界)だけ。これもアナログ盤を自分で買ったことはなく、ハードなギター・ロック好きの下の弟が買ってきたのを借りて聴いていただけだった。でもいいアルバムだよなあ。
CDでは1997年リリースの『ゾーズ・ワー・ザ・デイズ』という四枚組ボックスも持っていて、これでクリームの全貌はほぼ分るので、今ではこれでもういいかなと思って、ちょっぴり思い入れのある『ウィールズ・オヴ・ファイア』以外のオリジナル・アルバムはCDでは買い直していない。
『ゾーズ・ワー・ザ・デイズ』四枚組は一枚目と二枚目がスタジオ録音で、『ウィールズ・オヴ・ファイア』にある「パッシング・ザ・タイム」を除くクリームの全てのスタジオ録音が揃っている。CD二枚で全部というのはちょっと少ないなあと思ったんだけど、まあでもクリームはそんなもんなんだよなあ。
『ゾーズ・ワー・ザ・デイズ』三枚目と四枚目はライヴ録音で、『ウィールズ・オヴ・ファイア』二枚目、『グッバイ』の一曲目から三曲目、二枚の『ライヴ・クリーム』、これらから三曲を除き全てが収録されている。ってことはこの四枚組CDボックスで、クリームというバンドが残した録音はほぼ揃っちゃうんだなあ。
クリームは基本的にはブルーズ・ロック・バンドだし、大のブルーズ好きの僕だからやっぱりブルーズをやっているのが好み。スタジオ録音にもライヴ録音にもたくさんあるブルーズ・ナンバーだけど、スタジオ録音で面白いと思うのが『フレッシュ・クリーム』の「ローリン・アンド・タンブリン」だなあ。
「ローリン・アンド・タンブリン」は作者不明の古い米デルタ・ブルーズ・スタンダードだから、アメリカでも黒人・白人問わずいろんな人がやっているんだけど、クリームはマディ・ウォーターズの名前をクレジットしている。しかしメロディも歌詞もほぼ同じものをロバート・ジョンスンもやっているけどなあ。
ロバート・ジョンスンはクリームの三人も当然知っている。曲名が「イフ・アイ・ハッド・ポゼッション・オーヴァー・ジャッジメント・デイ」になっているだけで、これは1961年のアナログ盤『キング・オヴ・ザ・デルタ・ブルーズ・シンガーズ』第一集に収録されているから、クリームの三人だって聴いている。
その他誰がやっているなんて例をあげるのが面倒くさいほど多くの人がやっている「ローリン・アンド・タンブリン」で、曲名がこのままだというものも非常にたくさんあるので、クリームがマディ・ウォーターズ作としたのは、そういう事実を知らなかったのではなく、マディ・ヴァージョンへの敬意だ。
『フレッシュ・クリーム』にある「ローリン・アンド・タンブリン」を『ライヴ・クリーム』にあるライヴ録音の同曲と聴き比べるとほぼ同じ。スタジオ・ヴァージョンではほぼ全編にわたってジャック・ブルースのハーモニカ・フィーチャーがメインで展開し、ギターのエリック・クラプトンはソロを弾かない。
そのスタジオ・ヴァージョンの「ローリン・アンド・タンブリン」がかなりサイケデリックな感じに仕上っていて、なかなか面白いのだ。1966年録音だからサイケ全面開花前夜という時期だよなあ。ほぼ同じような時期にアメリカのキャプテン・ビーフハートも同じ曲をほぼ同じように料理している。
クリームの「ローリン・アンド・タンブリン」は、(事実上マディのリーダー録音だが)リトル・ウォルター名義の1950年パークウェイ録音ヴァージョンに直接インスパイアされたと思しき雰囲気だ。ジャック・ブルースの吹くアンプリファイされたハーモニカもリトル・ウォルターに似ている。
ジャック・ブルースのヴォーカルは当時のクラプトンよりはいいと思うんだけど、でもちょっと弱いよなあ。クリームというバンドの最大の弱点がそこだったと思うのだ。彼ら三人が繰広げる即興的楽器演奏みたいな部分は面白いけれど、ヴォーカルの二人に聴応えはほぼない。
これは彼らがお手本にしていたであろうアメリカ黒人ブルーズ・メンをたくさん聴いていると、やっぱりなんとも物足りなく残念に思う部分なのだ。ロバート・ジョンスンだってマディだって誰だってヴォーカルの迫力が大きいもんなあ。ジャック・ブルースもクラプトンも楽器演奏の方が本領の人だから仕方ないんだけど。
『ライヴ・クリーム』にある1968年、ロス・アンジェルスでのライヴ収録である「ローリン・アンド・タンブリン」も、スタジオ録音ヴァージョンにほぼ忠実にやっている。演奏時間もスタジオ版が約四分、ライヴ版が約六分と似たようなもんだし、これはクリームみたいなバンドにしてはやや意外だよなあ。
だってハウリン・ウルフの「スプーンフル」なんか『フレッシュ・クリーム』収録のスタジオ・ヴァージョンは約六分だけど、『ウィールズ・オヴ・ファイア』収録の1968年のライヴ・ヴァージョンは17分近くもあるからなあ。とはいえクリームのライヴ録音ではそんなに長い方が実はむしろ少ない。
高校生の弟が買ってきた『ウィールズ・オヴ・ファイア』二枚目にある「スプーンフル」を大学生当時に聴いていた頃の僕は、クリームというのはこういうバンドなんだろう、ライヴでは延々とインスト・ジャムを繰広げる人達なんだろうという印象が強くあって、ジャズの長い即興演奏が好きな僕は好みだった。
だから同じアルバムにある同じくライヴ録音の「クロスローズ」は四分程度と(当時の僕の印象としては)かなりコンパクトにまとまっているから、昔はちょっぴり物足りないなあとすら思っていたくらい。あの曲もクラプトンはギター・プレイは最高にカッコイイけれど、ヴォーカルはやっぱりイマイチだ。
この当時のクラプトンはギターは最高にカッコイイがヴォーカルはダメだというこの印象は2016年に聴直しても全く同じ。しかしそれ以外の部分については、「クロスローズ」より「スプーンフル」の方がいいというかつて僕が抱いていた感想は今では完全に逆転している。「クロスローズ」の方がいいよなあ。
1960年代のフリー・ジャズでもなんでもそうだけど、延々と長い即興演奏を最後までダレず飽きさせずに聴かせるというのは相当な力量がないと無理なんだよね。ある時期以後のジョン・コルトレーンだって今の僕にはやや退屈で、コルトレーンに限らずかなり大勢のジャズ・メンについて同様に感じるようになっている。
コルトレーンの場合はマイルス・デイヴィス・バンド時代の末期からライヴでは既にかなり長く、1960年の欧州公演を収録したものを聴いても、ボスのトランペット・ソロが二・三分なのにコルトレーンは延々十分ほども吹いている。マイルスも「どうしてそんなに長く吹くんだ?」と詰問したりしたらしい。
クリームの場合ライヴ録音で延々と長いのは、昔の印象からすると意外なのだがさほど多くもないのだ。「スプーンフル」の約17分、「スウィート・ワイン」の約15分、「ステッピン・アウト」の約13分、「トード」の約18分、それら四曲しかない。他は全部五分程度、長くても七分までなんだよね。
1960年代後半やその時期に活動をはじめたロック・バンドの多くがライヴでは長い即興演奏ジャムをやっていたという印象があるよね。いわゆるジャム・バンドの走りみたいなグレイトフル・デッドもそうだった。ただしデッドのあれはレコードやCDの音だけを素面で聴いていたら全く面白くないだろう。
デッドの場合は1960年代後半のアメリカの若者達がやっていたようにマリファナでも吸っていないと、あの延々と長いジャムは退屈で聴きようがない。マリファナを吸っていれば、なんだかふわ〜っとしたレイジーな気分になって、なにもしたくない、体を動かしたくない感じになって、デッドのあれも心地良い。
デッドだけじゃなく1960年代後半に活動をはじめたロック・バンドの多くがライヴで延々と即興ジャムを繰広げていたのは、やっぱりそういう当時の文化事情も大きな理由だったはず。そういうカルチャーがなくなって、現在録音物で音だけ聴く分には、面白くもないものの方が多いんじゃないかなあ。むろん例外はある。
そこいくとクリームはよく考えたらさほどでもなかったんだなあ。少なくとも録音されていて現在聴けるものでは10分越えの演奏は上記四曲しかないし、それらだって書いたような1960年代後半のグラス・カルチャーとは特に関係なく、ただ単に音楽衝動のおもむくままにやっていただけのことだったんだろう。
『ゾーズ・ワー・ザ・デイズ』四枚組を全部通してじっくり聴き返すと、クリームのサウンドもいかにも1960年代後半当時の時代の音だなあと思うんだけど、スタジオ・テイクでもライヴ・テイクでもそこそこコンパクトにまとまっている曲は今でも結構聴けるよね。んでもってブルーズばっかりでもないんだなあ。
今の僕にとってクリームの三人のなかで一番面白く聞えるのは、クラプトンでもジャック・ブルースでもなくジンジャー・ベイカーのドラミングなんだけど、彼のリズム追求姿勢と、それでどんなことを探求し成果として残しているかについては、クリームとは直接の関係が薄いしロックとも言えないかもしれないので、その話は今日はやめておこう。
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