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2016/10/06

「レット・イット・ビー」はゴスペル・ソング

Letitbe

Aretha










「イエスタデイ」「ヘイ・ジュード」と並びビートルズ・ナンバーのなかでは最も有名な「レット・イット・ビー」。この三曲はロックやポップスやビートルズに興味がない人、いや、そもそも音楽を聴かない人だって知っているんじゃないかと思うほどだよなあ。三つともポール・マッカートニーの書いた曲だ。

あ、いや、だからポールの方がジョン・レノンやジョージ・ハリスンよりもソングライターとして優れていると言うつもりはないし思ってもいない。そういえば昔は「君はジョン派?ポール派?」なんていう言われ方があったらしい。その時代のことをリアルタイムではよく知らない僕なんだけどね。

でも僕がビートルズを聴きはじめた頃にもそんな「ジョン派?ポール派?」みたいな言い方が残っていたし、実は今でも時々見掛ける。それも年配ファンのなかにではなく若いファンの方々のなかにね。ヘンだなあ。でもある意味昔の言い方が手つかずで残っているのは若い人の間でこそなのかもしれない。

僕より年上の先輩ビートルズ・ファンや、あるいは僕の世代でも、そんなジョンか?ポールか?みたいな言われ方を散々されてきたからもうウンザリしているわけで、そんなもん決められるわけないだろう、アホか、みたいな気分になっているはずだもんなあ。無理矢理言えば僕はジョージ派だ。

その点そういうことを言われ慣れていない若いビートルズ・リスナーの方々は、ある種のお遊びとしてそんなジョンか?ポールか?みたいな言い方をして楽しんでいるのかもしれない。真剣にではなくあくまでお遊びじゃないかなあ。僕の世代くらいまでだとこの二者対立みたいな言われ方はお遊びには聞えない。

ともかく特に音楽に興味がない、あるいはむしろ音楽嫌いだという人ですら知っているんじゃないかと思う「イエスタデイ」「ヘイ・ジュード」「レット・イット・ビー」。以前 Twitter でお付合いのあった方が<ビートルズと言えばこの三曲>となるのはつまらないと言っていたなあ。

その方は合理的な理由なく(と僕には見えた)韓国人と中国人を口汚く罵って、しかもそれを日常的に頻繁に繰返すので僕の方はすっかり嫌気がさしてしまいお付合いするのはやめてしまった。その方がビートルズの代表曲として「イエスタデイ」「ヘイ・ジュード」「レット・イット・ビー」があがるのもつまらんと言ったことがある。

その発言があった頃(三年くらい前か)には僕の方はそういう気分を抜出しつつあって、音楽のポップさとか人気とかを素直に受入れたい気持になりつつあったので、その方のその発言もちょっとどうなんだろうと思ったのだ。でもそう言いたくなる気分はもんのすご〜くよく分るんだよね。僕も完全に同じだったからだ。

「イエスタデイ」はともかく「ヘイ・ジュード」と「レット・イット・ビー」の二曲は、米英大衆音楽の八割以上を占めるんじゃないかと思うシンプルなラヴ・ソングではない。しかしそのポップで感動的なメロディは一度聴いただけで憶えられるほど分りやすく、しかもリスナーが一緒に歌えるパートもあり、否応なく盛上がる。

そんなのはいわゆる売れ線狙いだよなと皮肉を言う人も多いと思うんだけど、しかし狙ったからといって誰にでも書けるというもんじゃない。やっぱりポール・マッカートニーって天才ソングライターだよなと実感してしまう。そんなのを二曲も、それもわずか数年の間に立て続けに書いたわけだからさ。

さて「ヘイ・ジュード」の話は今日はせず「レット・イット・ビー」に限って書きたい。この曲はゴスペル・ソングだよね。これは1970年にリリースされた二種類のビートルズ・ヴァージョンだけ聴いてもみんな分ることだ。二種類とは言うまでもなくシングル・ヴァージョンとアルバム・ヴァージョン。

僕はどっちかというとジョージの弾くエレキ・ギターが派手目に聞えるアルバム『レット・イット・ビー』ヴァージョンの方が好きだけど、普通はシングル・ヴァージョンの方が人気があるのかもしれない。ビートルズの名前を冠したこの曲の公式ヴァージョンは、その後も二つリリースされている。

すなわち1996年の『アンソロジー 3』収録ヴァージョンと2003年の『レット・イット・ビー・・・ネイキッド』収録ヴァージョンだ。でもそれらの話は今日はよしておく。特に『ネイキッド』の方は言わないでおこう。問題は「レット・イット・ビー」はゴスペル・ソングだということだ。

だって曲を聴けば、いきなりポールが「苦しみに面すると聖母マリアが現れて恵みの言葉をくださる」と歌っているじゃないか。もちろんあの “Mother Mary” は聖母マリアではなくポールの母親のことなんだけど、聖母マリアと解釈してもいいんじゃないか、それが可能だろうと僕は思う。

僕の勝手な憶測では、ポールは実母メアリーを歌いながら同時に聖母マリアも頭にあったはず。イエス・キリストを産んだ(とされている)聖母マリアは英語では Virgin Mary だもんね。だからポールだって “Mother Mary” という言い方をする際に聖母マリアが念頭にないとは考えにくい。

ポール自身は聖書への言及ではない、自分が14歳の時に癌で亡くなった母メアリーのことだと各種インタヴューで語っている。しかし音楽家というものはしばしば真意を隠すから、本人の発言をそのまま額面通りには受取れないんだよね。それにだいたい “let it be” だって聖書にある言葉だ。

例の受胎告知のことだ。『新約聖書』の「ルカによる福音書」によれば、天使ガブリエルが降りてきてマリアにイエスを身籠ったこと告げた際、マリアはあるがままに(let it be)受入れますと語ったとされている。それが受胎告知。エピソード自体が有名だし絵画の主題にもよくなっている。

受胎告知が出てくるのは「ルカによる福音書」だけではない。「マタイによる福音書」にもあるし、そもそもこれは『旧約聖書』の「イザヤ書」の預言に基づいている。”let it be” という記述が出てくるのは「ルカによる福音書」だけだし、言うまでもなく聖書は英語で書かれたものでもない。

聖書のオリジナル言語(という言い方はオカシイんだが)は、旧約がヘブライ語(一部アラム語)、新約がギリシア語の一種だ。オリジナル云々がオカシイっていうのは、例えば新約に言葉が収録されているイエス・キリストと弟子たちの喋っていた言葉はアラム語だったとかヘブライ語だったとか諸説あるし、その他聖書の成立ちも複雑だから。

僕はキリスト教の影響が色濃い英語圏文学研究が専門だったので必然的にここまでのことを知っているだけで、キリスト教者でもないし聖書に詳しくもないから、これ以上はよしておく。とにかくポール・マッカートニーは英語版の聖書に親しんでいたはずだから、Let It Be や Mother Mary という表現に聖書的ニュアンスはあるはずだ。

レット・イット・ビーやマザー・メアリー だけでなく曲「レット・イット・ビー」の歌詞にはビブリカルなニュアンスがかなり強い。「暗闇に立ちすくんでいると彼女が僕の前に現れて」とか「離ればなれになった人々にも再び出会う機会はある」とか「雲に閉ざされた夜に一筋の明りが差込んで」とかさ。

そんなわけなので「レット・イット・ビー」を書いて歌うポールもそうだと僕は思っているのだが、同じキリスト教圏の英語母語話者のリスナーであれば、あの曲を聴いてそこに聖書的な意味合いを読取るなと言う方がむしろ不可能なんじゃないかなあ。どこからどう聴いても宗教的な曲にしか聞えないじゃないかなあ。

ここまで全て曲名と歌詞の話だから、言葉の意味内容なんか重視しない、肝心なのは音の並び方、すなわちサウンドやリズムだと普段から繰返している僕らしくないなと思われるかもしれない。でも僕がこういう考えを持つようになったそもそものきっかけは、やはり「レット・イット・ビー」のサウンドだったのだ。

「レット・イット・ビー」の冒頭から鳴っているポールの弾くピアノはちょっと練習曲みたいで、ピアノ初心者でも簡単に弾けそうな感じに聞えるけれど、あのフィーリングを出すのは難しいはず。しかも終始一貫ブロック・コードを叩いていて、それが黒人が弾くゴスペル・ピアノ・スタイルみたいじゃないか。

またリズム伴奏が出てくる前のポールの弾き語り部分でコーラスが聞える。何人編成だとかは聴いてもちょっと分らないしデータも見つからないんだけど、リズム・セクションが出る前にもその後にも入るあのウ〜ッていうコーラスが、僕の耳にはゴスペル合唱に聞える。これはポールも狙ったものだろう。

さらに間奏部のギター・ソロに入る直前にオルガンが入る。それを弾くのはビリー・プレストン。その部分のプレストンの弾くオルガンはどう聴いてもキリスト教会的な弾き方だ。実際プレストンはレコーディングの際、ゴスペル風なニュアンスを出したいんだがとポールに相談したらしいよ。

脱線になるがビートルズ、ローリング・ストーンズの両者とともに公式共演録音があるグループ外の鍵盤奏者は、ビリー・プレストンの他にはニッキー・ホプキンス一名だけ。プレストンの方はいっときのゲスト参加みたいなもんだけど、ストーンズにおけるニッキーは一時期サブ・レギュラー的だったよね。

ブロック・コードでしか弾いていないポールのピアノと、ゴスペル合唱に聞えるバック・コーラスと、ゴスペル的フィーリングを出したくて、そして実際教会風に仕上っていると僕は思うビリー・プレストンのオルガンと、あるいはそれら以外の要素も相俟って、「レット・イット・ビー」はサウンドもゴスペル風じゃないか。

さらにこれは案外ご存知の方が少ないかもしれないので書いておかなくちゃいけないと思うのは、「レット・イット・ビー」という曲、これがこの世に初めて出たのは実はビートルズ・ヴァージョンではない。これは意外に思われるかもしれないよね。一番早い公式リリースはアリーサ・フランクリンによるものだった。

アリーサの1970年のアトランティック盤『ディス・ガールズ・イン・ラヴ・ウィズ・ユー』に収録されて発売されたのが「レット・イット・ビー」という曲の初出なのだ。このアルバムのリリースが1970年1月15日。ビートルズの同曲シングル盤リリースが同年三月なんだよね。

アルバム『レット・イット・ビー』のリリースはさらに遅く1970年5月。ってことはビートルズが公式リリースする前にアリーサ・フランクリンは曲「レット・イット・ビー」を知っていたということになる。おそらくビートルズ側からデモ・テープかなにかをガイドとしてもらっていたんだろう。

アリーサがもらっていたデモかなにか分らないが「レット・イット・ビー」がどんなものだったのかは分らない。がしかし最も早いビートルズ公式ヴァージョンのリリースは1970年3月だったとはいえ、レコーディングはその一年以上も前に行われている。ご存知『ゲット・バック』セッションの一環だ。

ってことはアリーサがもらったテープかなにか知らないが、それはあるいはデモみたいな祖型ではなく、ひょっとしたらある程度完成されたヴァージョンだった可能性もあるよね。だいたいアルバム『ゲット・バック』は、リリース順は逆になったけれど、『アビイ・ロード』の前に発売されるはずだったんだし。

アリーサが『ディス・ガールズ・イン・ラヴ・ウィズ・ユー』収録の「レット・イット・ビー」をどんな形で聴いていたのかは僕に分らないしさほど重要でもないだろう。重要なのはこの世に初めて出たその「レット・イット・ビー」、それはもう紛う方なきゴスペル・ソングになっているという事実だ。
この YouTube 音源附属の説明文には「ポール・マッカートニーが元々アリーサのために書いた曲」とあるが、本当かなあ?僕はこんな情報は他では全く読んだことがない。アルバム『ディス・ガールズ・イン・ラヴ・ウィズ・ユー』にも書いてないけどなあ。

1969年1月周辺の英ロンドンはトゥウィッケナム・スタジオとアップル・スタジオにおける経緯(ジョージがギター・ソロをオーヴァー・ダブしたのはもっと後)を踏まえると、「元々アリーサのためにポールが書いた曲」だというのは俄に信じがたいんだがなあ。う〜ん、どうだろうか?

とツイートしていたら(僕のブログの文章は全て元は毎晩のツイート)、僕をフォローしてくださっているブラック・ミュージック愛好家 Cowtan さんから『リスペクト』(デイヴィッド・リッツ著、新井 崇嗣訳)というアリーサ・フランクリン本を紹介していただいた。そのなかにこんな記述が出てくるそうだ。

「レノン=マッカートニーがレット・イット・ビーをアレサに書いてくれた。でもウェクスラーがデモを聞かせると歌詞の宗教観が信仰するバプティストにそぐわないかもと不安になり録音を先延ばし(略)しびれを切らし自分達(ビートルズ)でリリースした。」

そうだったのかぁ。これが本当ならポールは最初からゴスペル界出身の女性歌手が歌うのを前提にして宗教曲「レット・イット・ビー」を書いたということだなあ。それでその本は現在アマゾンにオーダーして届くのを待っている最中。

まあいずれにせよ上で音源を貼った1970年のアリーサ・フランクリン・ヴァージョンの「レット・イット・ビー」がゴスペル・ソングになっているというのは誰が聴いたって分ることだろう。冒頭のオルガンは完全なる教会賛美歌風だし、ピアノを弾きながら歌うアリーサも同じだ。

女性バック・コーラスもゴスペル合唱のスタイルなら、間奏部のキング・カーティスが吹くテナー・サックス・ソロも相当にスピリチュアルだ。このアリーサ・ヴァージョンの「レット・イット・ビー」は全体的に敬虔な宗教曲。そして繰返すがアリーサはゴスペル界出身のソウル歌手で、高名なゴスペル・アルバムもある。

こんなヴァージョンがこの世に初めて出た「レット・イット・ビー」のヴァージョンだったわけだ。しかし今では完全にポールが歌うビートルズ・ナンバーのイメージしか持たれていないかもしれないけれど、今日書いてきたように最初から聖書的なニュアンスの強い歌詞と曲名と曲調とサウンドだしね。

僕はアリーサに限らずソウル全般に疎い状態が長年続いていて、だから「レット・イット・ビー」もビートルズ・ヴァージョンしか知らず(まあ今でもおそらく多くのファンはそうだと思うけれど)、オリジナルはこっちの方だというアリーサ・ヴァージョンを聴いたのもかなり遅かった。

強く意識したのは英 Ace が2011年にリリースしたアンソロジー『カム・トゥゲザー:ブラック・アメリカ・シングズ・レノン&マッカートニー』のラストに、そのアリーサの「レット・イット・ビー」が収録されていたからだ。アルバムを聴いてラストのそれで、僕は不覚にも泣いてしまったのだ。

それくらいアリーサの「レット・イット・ビー」に激しく感動しちゃったんだなあ。オリジナルであるアルバム『ディス・ガールズ・イン・ラヴ・ウィズ・ユー』はもっと前から持っていて聴いていたはずなのにオカシイなあ。その Ace 盤アンソロジーの編纂が見事だったのだと独りごちておくとしよう。

Ace 盤アンソロジー『カム・トゥゲザー:ブラック・アメリカ・シングズ・レノン&マッカートニー』はタイトルで分るように、このビートルズの(名義だけの)ソングライター・コンビの曲をアメリカ黒人リズム&ブルーズ〜ソウル歌手が歌ったカヴァーを集めたもの。ビートルズが苦手というブラック・ミュージック・リスナーにはオススメだ。

なおこの Ace 盤アンソロジーには続編も予定されていて、今年10月17日発売予定の『レット・イット・ビー:ブラック・アメリカ・シングズ・レノン、マッカートニー、ハリスン』がそれ。タイトル通りこっちにはジョージの曲もあるようなので、これも楽しみ。

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