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2016/10/25

「処女航海」がファンク・チューン化しているぞ!

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ハービー・ハンコックのオリジナル・アルバムで僕が一番好きなのは『洪水』(Flood)。1975年、日本でのライヴ収録盤だ。好きなだけでなく、個人的には最高傑作に推したいと思っているくらい。それにはいくつか理由があるが、ライヴ盤であるというのもその一つ。僕が単にライヴ・アルバム好きなだけかもしれないが。

 

 

ハービーはレコード・デビューが1962年で、2016年の現在でもバリバリ活躍中というキャリアの長さのわりには自己名義のライヴ・アルバムが少ない音楽家だ。僕が気付いている限りでは七枚しかない。七枚あるなら少なくないじゃないかと言われそうだが、そのうち四枚があの V.S.O.P. だ。

 

 

例の V.S.O.P. と銘打った一連のライヴ・アルバムは、僕にはちっとも良さが分らない。ただしかし一作目である1976年録音翌77年リリースの『V.S.O.P.』(『ニューポートの追想』)だけはかなり良かったけれど(だって電化ファンク路線もあるから)、その後のものは全くダメ。単なる懐古趣味の再会セッション・ライヴにすぎない。

 

 

まあいいや。そんな一作目以外はダメである V.S.O.P. シリーズを除けば、ハービーが最も面白かった1970年代におけるライヴ・アルバムは『洪水』ただ一つだけなんだよね。この当時のファンク・ハービーの生演奏を捉えた唯一のライヴ作品でもある。これは2016年現在でもそうだ。

 

 

あんなにたくさんファンク・アルバムを創っているハービーが、その生演奏を公式ライヴ盤に収録したのが『洪水』だけだというのはかなり意外だ。さらにそんな貴重なライヴ・アルバムであるという単なる記録上の事実だけではなく、『洪水』の内容がこりゃまたすんばらしいのだ。まさしく最高傑作だね。

 

 

そしてもう一つ、『洪水』ではメインストリームのジャズなんだか、そこからちょっと逸れた(ジャズ系)ファンクなんだか判断できないというか、それら両者が合体しているような部分がある。この最後の理由こそが『洪水』をハービーの最高傑作として、ジャズ・ファンにもファンク・ファンにオススメしたいものなのだ。

 

 

それは『洪水』のワン・トラック目を聴いただけで分る。このライヴ盤の一曲目はなんと「処女航海」だ。そう、1965年にブルー・ノートに録音したのが初演であるメインストリームのモダン・ジャズ・マンとしてのハービー最大の代表曲。これは一連の V.S.O.P. ものでもよくやっている。

 

 

しかしそれら一連の V.S.O.P. のライヴ盤に収録されている「処女航海」と『洪水』一曲目の同曲を聴き比べれば、どちらが優れた演奏で、しかも21世紀の現在でも意味を持つものなのかは明確だ。1965年のスタジオ・オリジナル・ヴァージョンはこれ。

 

 

 

1976年の『V.S.O.P.』収録のライヴ・ヴァージョンがこれ→ https://www.youtube.com/watch?v=52D0Io8ucFM  そして1975年のライヴ『洪水』ヴァージョンがこれだ→ https://www.youtube.com/watch?v=5fqbnBOpUJg 前者二つは普通のハード・バップ・ジャズだよね。

 

 

ところが1975年『洪水』ヴァージョンではハービーのソロ・ピアノ演奏ではじまる。はじまるというか大部分がピアノ独奏だ。僕はまずその美しさだけでも聴惚れてしまう。なんて上手いんだ。こういうピアノが弾けるハービーと比べたら、チック・コリアやキース・ジャレットなんか足元にも寄れないはず。

 

 

とにかく1960年代にデビューしたジャズ・ピアニストのなかではハービーこそがナンバー・ワンで、ただ単に一つスタンダード曲のテーマ・メロディをピアノ独奏でちょろっと弾かせてみただけでも、ソロ・ピアノ演奏が日本でも大人気のキース・ジャレットなんかビビって一音も弾けないだろう。

 

 

上で貼った『洪水』ヴァージョンの「処女航海」におけるピアノ独奏部分をしっかり聴いてほしい。これは単にリリカルに弾いているだけではない。表面上はそんな雰囲気の演奏に聴こえるが、芯の強さというか太さがあって、しかも一音一音の粒立ちが良く、さらに内面的には躍動的でリズミカルだ。

 

 

アクースティック・ピアノ独奏でそんな弾き方ができるジャズ・ピアニストは1970年代にはハービーただ一人。というかその後も現在に至るまで殆ど出現していない。普段から書きまくっているのでくどいようだが、ジャズ界でも戦前の古典ピアニストのなかにはたくさんいたというのが事実。

 

 

ただし『洪水』ヴァージョンの「処女航海」はそれだけでは終らない。6:37 あたりでエレベ(ポール・ジャクスン)とドラムス(マイク・クラーク)とフルート(ベニー・モウピン)が入ってくる。そこからが最大の聴かせどころなのだ。どうだ?ファンクじゃないだろうかこれは?

 

 

エレベとドラムスが出てきてからの「処女航海」は4ビートではなく16ビート、すなわちファンク・ビートになっているよね。くどいようだがこの曲は1965年初演の普通のメインストリーム・ジャズ・ナンバーなのだ。それが16ビートのファンク・チューン化しているなんてものは他にはないはず。

 

 

もうその部分だけでこりゃ凄い、こんなライヴ演奏は聴いたことがないと降参するんだけど、そのファンクなパートの「処女航海」はわずか一分程度で終ってしまい、ベニー・モウピンの吹くフルートの印象と相俟って、爽やかな風がほんの一瞬だけ吹抜けたかのような印象なんだよね。もっと聴きたかったぞ。

 

 

それでもそのもっと聴きたかったという気持は裏切られないのだ。ファンク・チューン化した「処女航海」から切れ目なく続いて二曲目の「アクチュアル・プルーフ」に突入するからだ。この曲は1974年リリースのファンク・アルバム『スラスト』収録がオリジナル。ハービーは電気鍵盤楽器しか弾いていない。

 

 

『スラスト』収録のオリジナル「アクチュアル・プルーフ」でのハービーはアクースティック・ピアノは一切弾いていない。フェンダー・ローズ、クラヴィネット、シンセサイザーだけ。それが上で貼った音源をお聴きになれば分るように、『洪水』ヴァージョンではアクースティック・ピアノしか弾いていないんだよね。

 

 

アクースティック・ピアノに専念するハービーのボトムスをポール・ジャクスンとマイク・クラークのファンク・ビートがしっかりと支え、ハービーの弾き方もアクースティックながら完全なるファンク・マナーでのものだ。その上をベニー・モウピンのフルートが駆け抜けるという展開で、こりゃいいなあ。

 

 

「処女航海」はメインストリーム・ジャズとしてのハービーの代表作。「アクチュアル・プルーフ」はファンク・ハービーとしてのそれ。この二つがメドレー形式で全く切れ目なくスムースに繋がっているなんて、ハービーってなんて面白い音楽家なんだろう。しかもエレベ以外は全部アクースティック楽器だ。

 

 

このハービーがアクースティック・ピアノを弾く「アクチュアル・プルーフ」こそが、アナログ盤では二枚組、CDでは一枚物『洪水』の最大の聴き物、目玉、ハイライトに間違いない。そして『洪水』だけでなく、今まで録音された全てのハービー・ミュージックの最高到達地点であると断言したい約八分間だ。

 

 

電気・電子楽器を毛嫌いするとか生理的に無理だという音楽リスナーは、昔はたくさんいて今でも少しいるようだ。実にもったいないことだとは思うけれど、そんな嗜好の方には是非このハービーの『洪水』最初の二曲を聴いてみてほしい。エレベ以外はアクースティック・サウンドで、しかもファンクだから。

 

 

アクースティック・ピアノでファンクを表現できる人は今ではそこそこそこいるけれど、1975年時点では疑いなくハービーただ一人だった。それに加え一部のシンセサイザー・サウンドは誰が弾いても「時代」を感じてしまう古臭さを出すようになっているのに対し、ピアノのサウンドは古くならないもんなあ。

 

 

したがってある意味、電気・電子楽器を使ったファンク・ミュージックよりも、こんな具合にハービーがやってみせたアクースティック・ピアノでのファンク・ミュージックの方が、2016年に聴くと現代性を感じるもんね。繰返すが21世紀に入って以後はそんな人が他にも出てきているけれどね。

 

 

『洪水』も三曲目以後は普通のエレクトリック・ファンク。冒頭メドレー二曲のアクースティック・ファンクの見事さに僕は聴く度に溜息が出るので、三曲目以後がまるでオマケみたいに聴こえてしまうが、クォリティの高いファンク・ライヴであるのは間違いない。しかも1975年までの代表曲がだいたい入っているのもいい。

 

 

ハービー・ファンク最大のヒット曲「カメレオン」もあるし、それの初演が収録されている1973年の『ヘッドハンターズ』でファンク化して再演した「ウォーターメロン・マン」も、そのファンク・チューン化したままで演奏している。その他「スパンク・ア・リー」「バタフライ」とその他一曲。

 

 

そのその他一曲がラストの「ハング・アップ・ユア・ハング・アップス」で、20分近い長尺ファンク。1975年『マン・チャイルド』収録のがオリジナル。しかしレコーディングは終えていたものの、『マン・チャイルド』は75年8月のリリースだから、同年6月のライヴである『洪水』時点では聴衆には未知の曲だったはず。

 

 

『洪水』の「ハング・アップ・ユア・ハング・アップス」では、『マン・チャイルド』のオリジナル通りエレキ・ギターのファンキーなカッティングが聴こえるが、弾いているのがドゥウェイン・ブラックバード・マックナイト。1978年からは Pファンクで活動したので、ファンク・ファンもみなさんご存知。

 

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コメント

こんにちは、お邪魔いたします。
このアルバムは聞いていませんでした。
いいアルバムだという噂は聞いていました。
ぜひ聞いてみたいと思いました。

jamkenさん、是非是非!すんごいですから。

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