「アイ・リメンバー・クリフォード」のアレンジャーは誰だ?
ジャズ・トランペッター、リー・モーガンの残した録音で今の僕が一番グッと来るのは、1970年のライヴ・アルバム『ライヴ・アット・ザ・ライトハウス』だ。現行CDはバラ売り三枚で計三時間以上。これが最高なんだなあ。どうして最高かと言うと、70年録音らしいファンキーさが爆発しているから。
特に1970年発売当時のアナログ・レコードには収録されず、1996年リリースのCD三枚の三枚目ラストに入っている「ザ・サイドワインダー」が文句なしのソウル・ジャズ。ご存知の通り63年録音がオリジナルなんだけど、70年録音のライトハウスでのライヴ・ヴァージョンでは、そのファンキーさを拡張している。
ファンキーなドラムスはミッキー・ロウカー。テナー・サックスもファンキーだけど、数年後からハービー・ハンコックの電化ファンク路線で大活躍することになるベニー・モウピン。ピアノのハロルド・メイバーンは自分のソロで、お聴きになればお分りの通りウィルスン・ピケットの「ダンス天国」を引用しているよね。なんてカッコイイんだ。
もちろん例の「ら〜、らららら〜」っていう例のリフレイン部分だ。日本のグループ・サウンズ、ザ・スパイダースもこの曲をカヴァーしているが、そのヴァージョンではそのリフレインをいきなり冒頭に持ってきているよね。当然だろう。すんごいキャッチーだもんね。だから僕みたいにソウル・ミュージックに縁遠い日本人でもだいたいみんなその部分は知っている。
「ダンス天国」(Land of A Thousand Dances)というくらいで、ウィルスン・ピケットの歌う歌詞のなかには各種ダンスの名称が出てくる。しかし名前だけでは日本人にはどうもピンと来ないもんねえ。僕がそれを分るようになったのは映画『ブルース・ブラザース』を観て以後のこと。
そういえばその『ブルース・ブラザース』にも出演していたジェイムズ・ブラウンの歌う曲のなかにもダンス名が出てくるものがあるなあ。「ゼア・ワズ・ア・タイム」とかさ。これはウィルスン・ピケットやジェイムズ・ブラウンやその他だけでなく、黒人音楽とダンスは全く切離せないものなんだから極めて自然なことで、みんな歌ったり曲名にしたりする。
ともかくそんな「ダンス天国」のリフレインを、1970年の「ザ・サイドワイダー」でハロルド・メイバーンがピアノ・ソロのなかに織込んでいるってのが、こりゃもう70年代のジャズ系ファンクとかソウル・ジャズとかああいったもの全部がいったいどういう音楽なのかを如実に示しているわけだよね。
そんな意義深く、いや、そんなことを考えなくたって超ファンキーでカッコイイ1970年の「ザ・サイドワインダー」があったり、その他いろいろと面白いリー・モーガンの『ライヴ・アット・ザ・ライトハウス』三枚の話は言いたいことがいっぱいあるので、別の機会に改めてじっくり書いてみたい。まあしかしこの人が非業の死を遂げずにあと三年でも生きていたらどうなってたかなあ。
今日はストレート・アヘッドなメインストリーム・ジャズをやっているリー・モーガンの話をしたい。このトランペッターが名を上げたのは、やはり1958年にアート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズに加入したことからなんだろう。
なかでもこの曲こそがこのバンドの最有名曲にして代表作であるボビー・ティモンズの書いた「モーニン」。聞いた話では、当時、日本の蕎麦屋の出前の兄ちゃんまでもが配達の自転車に乗りながらこれを口ずさんでいたという逸話があるくらいで、ウソくさいとは思うけれど、大ヒットしたのは確か。
そんな、ジャズに興味のない日本人ですら知っていたというくらいの、言ってみればモダン・ジャズ名曲の代名詞とも言うべき「モーニン」のトランペットが誰あろうリー・モーガンだもんね。スタジオ録音のオリジナルがもちろんモーガンだし、その後のライヴでも繰返し吹いていて名演もある。
その当時のジャズ・メッセンジャーズのテナー・サックス奏者がベニー・ゴルスン(なんと2016年でもいまだ現役続行中!)。「モーニン」のスタジオ・オリジナルが収録されているアルバムは俗に『モーニン』というタイトルになっているが、本当はバンド名しかジャケットに書かれていないもの。
だから僕はそのアルバムを『モーニン』とは呼ばないのだが、しかしそう呼ばないとどうにもアイデンティファイできにくいのも確かではある。このアルバムのホーン二管がリー・モーガンとベニー・ゴルスンで、ゴルスンはアレンジ譜面を書くのも得意だったので、音楽監督的役割もやっていた。
それで通称<ゴルスン・ハーモニー>とファンの間で呼ばれる、あの複数のホーン奏者による独特の和音の響きが人気だったわけなんだけど、そんなゴルスン・ハーモニーがジャズ・メッセンジャーズ以上にはっきりとそしてたっぷりと味わえるのが『リー・モーガン・ヴォリューム・3』だ。
もちろんリー・モーガンのリーダー作である『リー・モーガン・ヴォリューム・3』は1957/3/24録音のブルー・ノート盤。ってことはアート・ブレイキーのジャズ・メッセンジャーズ加入直前だ。これにベニー・ゴルスンが参加して、かの名曲「アイ・リメンバー・クリフォード」を提供している。
ジャズ・ファンのほぼ全員が、間違いなく「アイ・リメンバー・クリフォード」があるからこそアルバム『リー・モーガン・ヴォリューム・3』を聴いているんだろうというくらいの代表曲だよなあ。約七分間、短いピアノ・ソロを挟むだけで、あとはひたすらリー・モーガンが朗々と吹く追悼バラード。
追悼って誰を?なんて説明はもちろん不要。録音の前年に事故死してしまった偉大すぎる先輩トランペッター哀悼曲だからこそ、同楽器の後輩であるリー・モーガンをほぼ全面的にフィーチャーしているわけだ。そして曲を書いたゴルスンは、言うまでもなく当然アレンジもやっているんんだろう?
どうして疑問符を付けるのかというと、『リー・モーガン・ヴォリューム・3』にはアルト・サックスとフルートでジジ・グライスも参加しているからだ。グライスのアレンジの腕前もゴルスンに負けず劣らず一級品。というか僕の見立ではグライスのペンの方が上じゃないかと思う。
ジジ・グライスは追悼されているトランペッターとも深い関わりがあった。1950年代初期のあのライオネル・ハンプトンのビッグ・バンドにジジ・グライスも在籍していた。具体的には1953年の同楽団ヨーロッパ公演に帯同しアルト・サックスを吹きアレンジもやっている。
クリフォード・ブラウン名義の例の1953年パリ・セッション三枚。個人的好みだけならこれの(大変に評価の高いカルテット編成でやった三枚目ではなく)一枚目のビッグ・バンド録音こそがブラウニーの全録音のなかで最も好きである僕。特に冒頭にある「ブラウン・スキンズ」2テイクが最高なのだ。
自分の名前にひっかけた曲名である「ブラウン・スキンズ」では、二つのテイクのいずれでもブラウニーのよく歌うトランペットが筆舌に尽しがたい素晴しさ。そしてこの曲を書きビッグ・バンド・アレンジもしているのがジジ・グライスに他ならない。サックスだけでなく一流アレンジャーだったとよく分る。
アルト・サックスを吹く時のジジ・グライスはチャーリー・パーカー直系スタイルで、それも決して二流の腕前とかではないけれど、ハッキリ言ってもっといいサックス奏者がたくさんいるので、僕はそんなに高くは評価できない。僕にとってのグライスはやっぱりペンの冴えるアレンジャーなのだ。
そんなアレンジの素晴しく上手いジジ・グライスが『リー・モーガン・ヴォリューム・3』には参加していて、同じようにアレンジの上手いベニー・ゴルスンもいるもんだから、この二名のうちどっちがアレンジしているのか、僕みたいなヘボ耳の持主にはハッキリしない場合があるんだなあ。
もちろん「アイ・リメンバー・クリフォード」の場合はベニー・ゴルスンの書いたオリジナルなんだから、『リー・モーガン・ヴォリューム・3』収録ヴァージョンのアレンジもゴルスンに間違いないんだろう。実際リー・モーガンの吹くバックで鳴る二管ハーモニーもいかにもゴルスン的なものだしなあ。
しかしながらこの「アイ・リメンバー・クリフォード」という曲、そのリー・モーガン・ヴァージョンばかりがあまりにも有名になったせいでかすんでしまい忘去られているんじゃないかと思うんだが、初演はリー・モーガンではなく、実はドナルド・バードの1957年盤『ジャズ・ラブ』収録ヴァージョンだ。35:37から。
そしてですね、そのドナルド・バードが「アイ・リメンバー・クリフォード」を吹く1957年1月録音のコロンビア盤『ジャズ・ラブ』にはジジ・グライスが参加しているのだ。そんでもってそのドナルド・バードの吹くこの曲の初演ヴァージョンのアレンジが、リー・モーガン・ヴァージョンにそっくりなのだ。
ドナルド・バードの「アイ・リメンバー・クリフォード」初演ヴァージョンには、ドナルド・バードとジジ・グライスのほか、ジミー・クリーブランドのトロンボーン、ジュリアス・ワトキンスのフレンチ・ホルン、サヒブ・シハブのバリトン・サックス、ドン・バターフィールドのチューバも参加している。
それらコンボ編成のモダン・ジャズにしてはかなり数の多いホーン群のアレンジは言うまでもなくジジ・グライスだ。そのグライス・アレンジが、『リー・モーガン・ヴォリューム・3』にある「アイ・リメンバー・クリフォード」におけるアレンジとよく似ている、似すぎているように聞えるんだよね。これは一体どういうことになるんだろう?
曲のメロディを書いたのがベニー・ゴルスンであるのは疑えない。ゴルスンも1950年代のライオネル・ハンプトン楽団在籍経験がある(クリフォード・ブラウンと同時在籍だったかどうかはどうもハッキリしないというか、おそらく同時ではない)ので、一層ブラウニーへの思い入れがあったんだろう。
しかしドナルド・バードの『ジャズ・ラブ』ヴァージョンの「アイ・リメンバー・クリフォード」初演と、『リー・モーガン・ヴォリューム・3』ヴァージョンでの同曲と、その両方のトランペッターの背後で入るホーン群の響きの類似性を聴くと、果してアレンジャーは誰だったのか僕には分らない。
一般には『リー・モーガン・ヴォリューム・3』での「アイ・リメンバー・クリフォード」でのアレンジはベニー・ゴルスンとされているはずだ。けれどもアルバム・パッケージのどこにもアレンジャー名が明記されておらず、ネットで調べても記載がない。今日書いてきたようなことを踏まえると、こりゃひょっとしてジジ・グライスのアレンジだったかも?
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