ストーンズのカントリー・ナンバー
以前ローリング・ストーンズの録音史上初のカントリー・ナンバーは1969年の『レット・イット・ブリード』の「カントリー・ホンク」かもしれないと書いた(https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2016/06/post-bf40.html)が、これは間違いだ。前作68年の『ベガーズ・バンケット』に少しある。
1968年の『ベガーズ・バンケット』は、言ってみればブルーズ賛美とでもいうような内容のアルバムで、一曲目「シンパシー・フォー・ザ・デヴィル」(邦題はダメ)は、悪魔の音楽と呼ばれるアメリカ黒人ブルーズへの共感(シンパシー)を表現したようなもの。他の収録曲もそれに沿った内容だ。
実際アメリカの古いカントリー・ブルーズのカヴァーやそれ風なオリジナル・ブルーズが中心な『ベガーズ・バンケット』ではあるんだけど、既にしっかり白人音楽であるカントリー・ミュージック要素があるんだなあ。はっきりしているのは「ディア・ドクター」と「ファクトリー・ガール」の二つ。
A面二曲目の「ディア・ドクター」は三拍子で完全にアクースティック・サウンド。というか『ベガーズ・バンケット』はほぼ全編生楽器中心だよね」。ミックがハーモニカを吹く。これはややカントリー風ではあるけれど、カントリー・ソングとは言いにくい。
B面四曲目の「ファクトリー・ガール」の方は完全にカントリー・ソングだと言ってもいいはず。アクースティック・ギター中心だけど、フィドルが大きくフィーチャーされていて、どこから聴いてもカントリーだ。しかもタブラが入っているじゃないのさ。
タブラは米カントリー・ミュージックでは通常使われない打楽器。それを叩くのはチャーリー・ワッツ。コンガも入っているし、それらをこんなカントリー・ソングのなかで使い、しかもマンドリンの音も聞えるしなあ。しかしこれはマンドリンそのものではなくメロトロンらしい(ご存知の通り鍵盤を押すと音を録音してあるテープを再生する仕組の楽器)。
「ファクトリー・ガール」はカントリー・ソングでありかつ、米アパラチアのフォーク・ソングみたいな雰囲気のマウンテン・ミュージックでもある。1968年春頃に録音したこれこそがストーンズの録音史上初のカントリー・ソングに間違いない。しかしタブラとコンガのせいで、まるで無国籍音楽みたいだ。
だから単純にアパラチア・マウンテン・ミュージック風フォーク・カントリーとだけも言いにくい不思議なサウンドだよなあ。この1960年代末〜70年代初頭のロック・アルバムには、特にインド風な曲でなくたってタブラやシタールが入っていたりして、ちょっとエキゾチックなものがたくさんあった。
次作『レット・イット・ブリード』には最初に書いた通り「カントリー・ホンク」があるけれど、これ以外にも僕の認識ではカントリー・ソングが三曲もある。「ラヴ・イン・ヴェイン」「レット・イット・ブリード」「ユー・ガット・ザ・シルヴァー」だ。最初のはブルーズだから違うだろうと言われそうだが。
確かに「ラヴ・イン・ヴェイン」はアメリカ黒人ブルーズ・マンであるロバート・ジョンスンのカヴァー。だから黒い音楽なんじゃないかと言われそうなんだけど、その先入見を捨てて虚心坦懐にサウンドを聴いてほしい。どこが黒いんだ?真っ白けだよ。
単に曲形式が12小節3コードのブルーズ楽曲だというだけで、しかもそれがアメリカ黒人ブルーズ・マンの曲だというだけで、ストーンズの連中のやったこのカヴァー・ヴァージョンは、むしろ白人カントリー・ミュージック風のサウンドじゃないか。マンドリンの音もオブリガートとソロとではっきりと聞えるしなあ。
ロバート・ジョンスンの原曲「ラヴ・イン・ヴェイン・ブルーズ」はデルタ・カントリー・ブルーズ風ではなく、かなり都会風のサウンドで、リロイ・カーに影響を受けたに間違いないシティ・ブルーズ風だ。ブギ・ウギのパターンを弾いているしなあ。
ロバート・ジョンスンはミシシッピ・デルタの人間にして、実はカントリー・ブルーズと同じくらいシティ・ブルーズの影響下にあることは僕も何度か指摘している。そんな都会派ブルーズである「ラヴ・イン・ヴェイン・ブルーズ」をストーンズの連中は、逆にアメリカ南部の田舎風サウンドに「戻し」ちゃったわけだ。
効果的に入っている、キースなのかミック・テイラーなのか分らないスライド・ギターだって、これはブルーズで実に頻繁に聴ける普通のスライド・プレイじゃなくて、むしろカントリー・ミュージックで使われるペダル・スティール・ギターのサウンドみたいに聞えちゃうもんね。少なくとも僕にはね。
つまりアメリカ黒人ブルーズ・マンがやったシティ・ブルーズを、UKロッカーがカントリー化したってことだ。音源を貼ったストーンズ・ヴァージョンの「ラヴ・イン・ヴェイン」に黒さとかブルージーさみたいなものは少なくとも僕は全く感じない。これは彼らが白人だからではないよ。真っ黒けなサウンドが本領のバンドなんだから。
しかもストーンズ・ヴァージョンの「ラヴ・イン・ヴェイン」はバラードだよね。恋人が駅から列車に乗って去って行ってしまうのを追掛けるが間に合わず寂しく見送るという失恋を歌った内容(米ブルーズには列車が頻出する)だから、トーチ・ソングと言うべきか。
もちろん上で音源を貼ったようにロバート・ジョンスンの原曲はブギ・ウギであってバラード調でない。それをバラード風にアダプトして仕立て上げたストーンズの解釈は見事だ。それで振返ってよく聴直すと、ロバート・ジョンスンのオリジナル・ヴァージョンに既にバラード風なフィーリングがあるもんね。
ストーンズの連中はロバート・ジョンスンのを聴いて、これはバラード的だという本質を見抜いて、グッと拡大してあんな感じにしたんだなあ。名前は敢て出さないがブルーズが得意とされている某UKロッカーのロバート・ジョンスン曲集にある「ラヴ・イン・ヴェイン」なんか表面上のカタチを真似ているだけだ。
そんなわけで僕にとってはストーンズ・ヴァージョンの「ラヴ・イン・ヴェイン」は真っ白けなサウンドの印象と相俟って、ブルーズではなくカントリー・バラード・ナンバーに聞えるんだよね。しかしあんまり言うと、ストーンズを黒人音楽バンドとして聴いてきている多くのファンには怒られそうだなあ。
アルバム『レット・イット・ブリード』の「カントリー・ホンク」の話は以前詳述したので上掲リンク先の記事をご参照いただきたい。このアルバムのもう二曲のカントリー・ナンバーは、A面ラストの「レット・イット・ブリード」とB面二曲目の「ユー・ガット・ザ・シルヴァー」。どちらも同意していただけるはず。
「レット・イット・ブリード」では入っているスライド・ギター(キース?ミック・テイラー?)がやはりカントリー風ペダル・スティールみたいだし、曲調もアメリカ南部の鄙びたヒルビリー・テイストだ。後半部の盛上げ方は素晴しい。そこはやはりロックだ。
「ユー・ガット・ザ・シルヴァー」や、1971年の『スティッキー・フィンガーズ』の「ワイルド・ホーシズ」と「デッド・フラワーズ」の話はおいておかないとあまりにも長くなってしまうので、僕がもっと好きなストーンズのカントリー・ソング二つの話をしよう。一つは72年『メイン・ストリートのならず者』にある「スウィート・ヴァージニア」。
「スウィート・ヴァージニア」はキースの弾くアクースティック・ギターに乗ってミックがハーモニカを吹きはじめたと思うと、すぐに誰が弾いているのか分らないマンドリンが入ってくる。少し聴いているとLAスワンプ風女性ヴォーカル・コーラスが入る。
なんだかこれもかなり鄙びたアメリカ南部の田舎町のフィーリングだよねえ。しかもボビー・キーズがお得意のホンキー・トンクなテナー・サックスを吹いている。正直言ってアルバム『メイン・ストリートのならず者』のなかでは「ダイスをころがせ」の次にこの曲が好きなのだ。この二曲、CDだと連続して再生される。
もう一つの僕の最愛ストーンズ・カントリー・ソングは1978年『女たち』B面一曲目の「ファー・アウェイ・アイズ」。これはベイカーズフィールド・スタイルのカントリー・ソングなのだ。いい感じのペダル・スティールはロニー・ウッドが弾いている。
ベイカーズフィールド・サウンドとは、1950年代後半に米カリフォルニアの町ベイカーズフィールド周辺で展開されたカントリー・ミュージックのスタイルの一つ。米カントリー・ミュージックの最大のメッカであるテネシー州ナッシュヴィルのいわゆるナッシュヴィル・サウンドへの対抗だった。
ストーンズの「ファー・アウェイ・アイズ」では、ミックがはっきりと「日曜日の朝早くベイカーズフィールドを通り故郷の町へとクルマを運転しながら」なんて歌っているよね。歌詞にベイカーズフィールドが出てくるだけでなく、サウンドもベイカーズフィールド・スタイル。バラード調のものをやる時のバック・オーウェンズに似ている。例えばこんなの。
ベイカーズフィールド・サウンドの代表格バック・オーウェンズといえば、ビートルズも『ヘルプ!』のなかで「アクト・ナチュラリー」をやっているよね。これはバック・オーウェンズのオリジナル・ナンバーだ。ビートルズもストーンズもみんなブルーズ系ばっかりじゃなくて、カントリーも結構やっている。
ビートルズだって他にもたくさんカントリー風ナンバーがあるし、今日の本題であるストーンズもここまで書いてきたのはほんの一部であって、他にもいい感じのカントリー・ソングがいっぱいあるんだよ。そして本場であるアメリカでは黒人音楽と白人音楽はかなり距離が近いもんなんだ。やっぱり両方聴かなくちゃね。
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