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2016/10/26

ゴスペル・カルテットの完成者〜R・H・ハリス

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別に音楽に限ったことじゃないんだけど、特に音楽における四人編成のことをカルテットっていうよね。前々から気になっているのでまず最初にちょっと書いておくが、quartet は英語だとカルテットではなくクォーテットだ。ルイ・アームストロングの得意楽器はコルネットではなくコーネット。

 

 

実際中村とうようさんは「コーネット」表記だけど、これを徹底するとなると、例えばホルンもホーンと書かなくちゃいけなくなって、そうすると大衆音楽における管楽器隊をホーン・セクションと呼んだりするので、ゴチャゴチャになる。こういうケースは他にいくつもあるから収拾がつかなくなるんじゃないかなあ。

 

 

なにごとでも限度というか節度というか適切な加減が大切だ。外国語を日本語でカタカナ表記する際はなるべく原音に近い書き方を、音が分る言葉の場合は心がけるべきだと思い実践してはいるつもりの僕。同じ文字体系の国・地域間では、発音は違っても表記上の問題はいったん考えなくていいから楽かもしれない。

 

 

バッハがバック、モーツァルトがモザート、サルトルがサーターになっても、文字上では同じだから取り敢えずは問題が隠れちゃうんだよね。ところが異なる表記を用いる国などへ持っていくと、発音を汲み取った上でその音から文字化する場合が多いので、突然問題が表面化するわけだ。めんどくさいよなあ。

 

 

もちろん例えばアラブ圏においてアラビア語で発音・表記するのがオリジナルであるような音楽家の場合などは、欧文アルファベット文字圏でも表記が揺れる。エジプト人歌手が Oum Kalthoum、Umm Kulthum、Oum Kalsoum、Oum Kalthum などなど種々の表記になる。

 

 

またレバノン人歌手も Fairuz、Fairouz、Fayrouz などなど。この二名はほんの一例で、アラブ圏だけでなく、欧文アルファベット文字圏でない文字体系の国・地域の音楽家は全てこんな調子。当然日本語の表記も同様に揺れている。僕なんかそもそもどう読むのか分りようがない場合もあるしなあ。

 

 

だからこの種の表記問題は文字表記体系が異なる言語間でのみ表面化する問題。そうであっても自分で確認できる範囲で可能な限り原音に即したカタカナ書きをするようにするのが誠実な態度。そうせず、音が違うのが分っていながら「長年身についた習慣だから」と言っていつまでもデュアン・オールマン表記のままなのは怠慢かつ無責任だ。

 

 

そういう Duane をデュエイン、あるいはドゥエインにせずデュアンのままとか、その他数多い例は、そもそもその対象への音楽愛を疑われても文句は言えないんだよね。そうなのではあるけれど、外国語の音をカタカナで正確に表記するなんてことは不可能事でもあるので、むやみにこだわりすぎるものどうかと思う。

 

 

そういうわけなので上で書いたように、節度、適当なところでやめておくのが肝心だと僕は思うのだ。それに元々音楽用語の殆どは英語起源ではないという事情もある。日本に来たのは英語で一般化する前かもしれない。ピーター・バラカンさんは英語母語話者だから、僕たち日本語母語話者とは立場が違うし、そのバラカンさんにしてからが徹底できていないじゃないか。

 

 

中村とうようさんもスタジオをステューディオとは書かないし、英語のものだってレディをレィディ、メジャーをメィジャーとは書いていない(があの姿勢なら一貫性を欠いたと批判されるかも)。そんなこんなで、今後とも僕はモダン・ジャズ・カルテット、「コンチェルト・フォー・クーティ」(デューク・エリントン楽団)など、矛盾しているオカシイと自分でも思う混交表記を続けることにする。

 

 

さてどうしてこんな前置をしたのかというと、ゴスペル・カルテットの話をするつもりだったからだ。Gospel quartet。これも英語だからというのを徹底すればゴスペル・クォーテットと書かなくちゃいけないが、それではちょっとねと思った次第。カルテットはゴスペルの典型スタイルの一つ。

 

 

ゴスペル・スタイルにおけるカルテットとは、しかしながら四人編成というコーラスの人数を指すのではなく、リード、テナー、バリトン、ベースという四つのパートからなるコーラス・スタイルであるがゆえにその名前がある。だから実際には多くのグループが五人編成だったりする。というか四人編成である場合はほぼないよなあ。

 

 

ゴスペル・カルテットの最盛期は1940〜50年代じゃないかなあ。その時期に実にたくさんの素晴らしい録音があって、CDリイシューされているグループを聴くと今でも強く感動する。その時期のゴスペル・カルテットを代表する存在がソウル・スターラーズだ。サム・クックで一般的には有名だろう。

 

 

確かにサム・クック在籍時代(1950〜57)のソウル・スターラーズのスペシャルティ録音は言葉が全く出ないほど素晴らしく、文句のつけようがない。だがしかし、このゴスペル(界出身)歌手と在籍したゴスペル・カルテットのスタイルを完成させたのは、サムの功績なんかじゃないんだよね。

 

 

というかそもそもサム・クックが1950年にソウル・スターラーズに加入する直前に、既にこのゴスペル・カルテットのスタイルは完成されていて、音楽的キャリアの頂点にあった。サムはそんな既に完成されていたグループに入って、あの独特の声と歌い方で世俗的にも大人気になったというだけの話。

 

 

こう書けば誰の話をしたいのかゴスペル・ファンであればお分りのはず。そう、R・H・ハリスだ。1926年に発足したソウル・スターラーズにハリスが加入したのが何年のことかはいまだに明確になっていない。ハリス自身は31年のことだと言っているけれど、研究家間では35年か36年説が多い。

 

 

とにかく R・H・ハリス加入前のソウル・スターラーズは、いわゆるジュビリー・スタイルの教会コーラス・グループだったらしい。「らしい」というのはそのハリス加入前の録音を僕は聴いたことが全くない。紙やネットで参照できる各種情報でそう読んでいるだけのことだから、実態は確認できていないのだ。

 

 

そもそも R・H・ハリス加入前のソウル・スターラーズは録音されているのだろうか?1936年にかのアラン・ローマックスがアメリカ議会図書館用録音の一環としてこのグループを録音したらしいのだが、それは商用的にはいまだに未発売なんじゃないかなあ。僕が知らないだけなのか?ちょっと聴いてみたい気がする。

 

 

だから僕はソウル・スターラーズを R・H・ハリス時代のとサム・クック時代の録音でしか聴いていない。がしかしそれで充分なんじゃないかという気がしないでもない。それほどこの両者がリード・ヴォーカリストだった時代のこのグループの録音集は絶品だからだ。サム時代のはコンプリート集になっているので楽だ。

 

 

ところが R・H・ハリス時代のソウル・スターラーズ録音は完全集にはなっていないんじゃないかなあ。こりゃイカン。このグループのスタイルを完成させ、後任のサム・クックもハリスこそに憧れ彼をコピーしたばかりじゃなく、そもそもゴスペル・カルテットを現代的に完成させたのはハリスなのに。

 

 

1940年代から50年(に R・H・ハリスは脱退)にかけてのソウル・スターラーズは、他の多くのゴスペル・カルテットに甚大な影響を及ぼして、グループの評価も人気も上がった。その時期の完全録音集があればなあ。その時期、つまり第二次世界大戦後、彼らはスペシャルティ・レーベルと契約していた。

 

 

僕が普段聴いている R・H・ハリス時代のソウル・スターラーズ録音集は、一枚物CDの『ザ・ソウル・スターラーズ・フィーチャリング・R・H・ハリス〜シャイン・オン・ミー』というスペシャルティ盤だ。1991年リリースと書いてある。全26トラック全て1950年録音で、サム・クック加入直前。

 

 

まああれだ、僕もやっぱりサム・クックが在籍して大活躍したゴスペル・カルテットの、その前の時代を聴いてみたいという、おそらくみなさんと同じ理由で手に取った一枚だったのだが、『ザ・ソウル・スターラーズ・フィーチャリング・R・H・ハリス〜シャイン・オン・ミー』を聴いたら、そんな気分は完全に吹き飛んだ。

 

 

だってあまりにも素晴らしいんだよね、R・H・ハリスが、そして彼とリード・ヴォーカルを分け合っているポール・フォスターが。後者は1950年にソウル・スターラーズに加入しているはずなので、加入直後にこのヴォーカルとはビビってしまうほど壮絶なハード・シャウティングだ。好対照な二名だなあ。

 

 

好対照というのは、R・H・ハリスの声は甘くてソフトなヴェルヴェット・ヴォイス。ナット・キング・コールみたいな感じなんだよね。ジャズ・サックス界でいえばレスター・ヤングだ。そしてレスターの名前を出したついでに言うと、レスターのカウント・ベイシー楽団時に彼と好対照だったサックス奏者がいる。

 

 

それがハーシャル・エヴァンス。同じテナー・サックス奏者で同時期に同じ楽団で活躍し、柔らかいレスターが R・H・ハリスなら、ハード・ブロワーのハーシャル・エヴァンスはソウル・スターラーズにおけるポール・フォスターなんだよね。1950年のこのコーラス・グループはこの二人のツイン・リードだ。

 

 

その最高傑作が『ザ・ソウル・スターラーズ・フィーチャリング・R・H・ハリス〜シャイン・オン・ミー』のいきなり一曲目に収録されている「バイ・アンド・バイ」。1950年2月24日録音のこれこそカルテット・スタイルのゴスペル最高傑作曲だと最近の僕は考えるようになっている。

 

 

 

R・H・ハリスの柔らかい声と繊細な歌い方は完全にモダン・スタイルで素晴らしいが、4:13 から「ウェル、ウェル、ウェル、ウェル」と入ってくるポール・フォスターのあの濁ったハードな声には背筋が凍る。この好対照な二名はサム・クックやアーチー・ブラウンリーにも影響を及ぼしているのだ。

 

 

サム・クックが R・H・ハリス・フォロワーだということは誰でも分りやすいだろう。上でハリスをナット・キング・コールになぞらえたけれど、サム・クックはナット・キング・コールみたいになりたかった歌手で、実際彼の名前を出して影響を受けたことをはっきり語っているくらいよく似ている。

 

 

しかしファイヴ・ブラインド・ボーイズ・オヴ・ミシシッピのアーチー・ブラウンリーはハード・シャウターだからポール・フォスター的であるのは分りやすいが、R・H・ハリスからの影響があるのかと言われっちゃいそうだよなあ。でも確実にあると思うよ。ファルセットや声の伸ばし方などがよく似ているもんね。

 

 

例えばこの「フィール・ライク・マイ・タイム・エイント・ロング」。やはり1950年2月24日録音で、R・H・ハリスと当時のソウル・スターラーズの革新性がよく分る一曲だ。このなかでハリスは「フィ〜〜ル」「ロ〜〜ル」と音を伸ばしながら、後乗り的にファルセットで歌う。

 

 

 

そんな部分がアーチー・ブラウンリーにも大きな影響を与えたのは間違いないと僕は思うんだよね。サム・クックやアーチー・ブラウンリーだけでなく、1950年以後のゴスペル歌手が R・H・ハリスをコピーして、またハリスは当時のカルテット・グループのほぼ全てにリード・ヴォーカルとコーラスの押し引きを教え、モダンなゴスペル・カルテットのスタイルを確立した立役者だったのだ。

 

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