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2016/11/01

とうよう礼賛 1

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アメリカ大衆音楽史を振返ると、1940年代あたりが一番の変動期というか結節点みたいな時期で、この頃にそれまでのいろんな音楽が合体融合しその後の流れへと繋げていく最重要期だったように思う。特に黒人音楽史においては。40年代までのブラック・ミュージックの代表格といえばジャズとブルーズ。

 

 

ゴスペルもあるんだけど、この音楽は本質的には教会内部に存在するもので、レコードを出したのがヒットしたり、ステージ活動をし人気があったりする場合もあるけれど、本質的にはコミュニティ内でしか真の姿は分らない。それにヒットする、人気が出るといっても世俗音楽ほどじゃないだろう。

 

 

僕も普段から繰返し強調しているけれど、1940年代以前はジャズとブルーズというアメリカ二大ブラック・ミュージックは不可分一体だった。そうであるとはいえ、ブルーズは一種の「底流」音楽みたいな面もあって、1940年代までのアメリカ大衆音楽のメインストリームはやはりジャズだったのだ。

 

 

そんなジャズが(元々商業録音開始当初からいつも多い)ブルーズをより明快な形で取込んで表面化し、猥雑でビート感の強い音楽にしていたのが1940年代のジャンプ・ミュージック。ジャンプの土台にはブギ・ウギがあるが、ブギ・ウギはいわばブルーズ側からジャズに接近したというかハミ出したような音楽。

 

 

そんなブギ・ウギを土台とするジャズであるジャンプ・ミュージックが1940年代後半〜50年代前半にリズム&ブルーズとなり、直後のロックンロールを産む母胎になった。その後のロック・ミュージックの世界中での大流行はいまさら繰返す必要がない。20世紀後半のアメリカから発信されたもののうち、最重要音楽がロックだ。

 

 

こう考えてくると、ロックは元を辿ると1940年代のジャンプ・ミュージックが祖先だったということになるので、だから僕が今日最初に書いたように「1940年代こそがアメリカ音楽史で最重要な時期」だということになるんだよね。40年代はアメリカ音楽のメルティング・ポットだったのだ。

 

 

そんな1940年代までのアメリカ黒人音楽史を大雑把に振返り、その後のロック誕生に至る過程を手っ取り早く知るのに格好のアンソロジーがある。それが他ならぬ中村とうようさん編纂の『ブラック・ミュージックの伝統』CD二枚だ。こんなアンソロジーを編んで丁寧な解説をつけてリリースしてくれたんだよね。

 

 

それで僕のような素人リスナーにも分りやすくアメリカ黒人音楽史を提示してくれたようなとうようさんの功績は、忘れようたって死ぬまで一生忘れられないものだ。あぁ、それなのに、2011年に亡くなったとうようさんの悪口というんじゃないが、なんだか小馬鹿にしたり揶揄したりする発言がちょっと多くなってきているように思うんだ。

 

 

それで僕がそんな人々をたしなめるなんていう見識はないのでそれはできないが、今日・明日の二夜連続でとうようさん編纂の『ブラック・ミュージックの伝統』CD二枚を聴き返し、いろいろと考え直してみたい。『ブラック・ミュージックの伝統』が最初にLPレコード二枚組の上下二巻で発売されたのは1975年のこと。

 

 

つまりLPで四枚、計八面にわたってテーマみたいなものが決められていて、LPの片面ずつ分けて一まとまりのものとして聴けるようになっていた。僕がこれを買ったのはおそらく1980年代初頭だったはず。しかしこれの話は今日・明日はしない。だって中古盤を探して入手する以外ないわけだしなあ。

 

 

そもそもLPレコード・プレイヤーをお持ちでないリスナーも多いはず。何を隠そうこの僕もそうだ。むろんCD盤の『ブラック・ミュージックの伝統』二枚だって、既に廃盤で中古しかないけれど、それでもまだ探せばなんとか入手できるようだ。こんなのを廃盤にしないでくれよ、レコード会社さん!

 

 

とうようさんはLPで計四枚だった『ブラック・ミュージックの伝統』をCDで編み直し、「ジャズ、ジャイヴ&ジャンプ篇」と「ブルース、ブギ&ビート篇」のCD二枚でリリースしている。それが例のMCAジェムズ・シリーズの一環で1996年のこと。この二つに分けたタイトルと編成はアナログ時代と同じだよね。

 

 

しかし曲目や並び順などは異なっている。それは書いたようにLPでは片面ずつ一まとまりで聴けるようになっていたのに対し、CDでは20曲以上全部ズルズル一繋がりになるからだ。あと1990年代後半になってMCA系の音源で使えるものが増えた(チェス原盤、ピーコック原盤など)のも一因。

 

 

『ブラック・ミュージックの伝統』では「ジャズ、ジャイヴ&ジャンプ篇」が上巻で「ブルース、ブギ&ビート篇」が下巻。アナログ時代にそうだったので、僕の世代はいまだにこの発想が抜けないが、一回目の今夜はなぜだか「ブルース、ブギ&ビート篇」の話を先にする。特にこれといった強い理由はない。

 

 

「ブルース、ブギ&ビート篇」はタイトル通りブルーズを中心とするアメリカ黒人ビート・ミュージックがメイン。しかしながら一曲目ファリー・ルイスの「ビリー・ライオンズ・アンド・スタック・オリー」はいわゆるブルーズではないしビート感もさほどは強くない。この曲は伝承バラッドだからだ。

 

 

曲名だけで全員あれだよねと分る例の<スタック・オ・リー>伝説を歌ったもので、これはバラッドはバラッドでも白人バラッドではなく黒人バラッドなのだ。バラッドというと英国由来の白人音楽というか語りものだと思われているんじゃないかなあ。黒人白人の共有財産だったりするものも多いんだよね。

 

 

<スタック・オ・リー>伝説がどんな物語なのか説明しておく必要はないと思う。こんな黒人バラッド、つまり民謡は、ブルーズがその楽曲形式を明確なものにして以後も結構残っていて、わりと重要な役目を果たしているのだ。それが非常によく分る一例が「ブルース、ブギ&ビート篇」17曲目にある。

 

 

「ブルース、ブギ&ビート篇」17曲目とはマディ・ウォーターズの「ローリン・ストーン」なんだよね。マディの最大の代表曲というだけでなく、戦後のシカゴ・ブルーズ・シーンが生み出した最も有名なブルーズ・ソングに間違いない。この曲は<黒さ>の権化みたいなものだと思われているはずだ。

 

 

マディの「ローリン・ストーン」が黒さの権化、ネグリチュードの塊だというのは間違いない。しかしこの曲は戦前のミシシッピ・デルタ地帯に伝わる作者不詳の伝承ブルーズ・ソング。かなり前から黒人コミュニティ内で歌い継がれていたものを、戦後の1950年にマディがアダプトして電化しただけのものなんだよね。

 

 

そんなマディの「ローリン・ストーン」には黒さだけでなく非黒人音楽的な要素がはっきりと聴き取れる。「ブルース、ブギ&ビート篇」の二曲目にヘンリー・トーマスの「コトンフィールド・ブルーズ」というのが収録されているが、これに通じる民謡的素朴さが「ローリン・ストーン」にはあるよね。

 

 

言ってみればブルーズ内における非ブルーズ的要素。マディの「ローリン・ストーン」はコード・チェンジがないワン・コード・ブルーズで変化に乏しく、歌詞も素朴で散漫で一貫性に欠ける。これは当然。南部に伝わる黒人民謡、バラッドをブルーズ化した、いわばフォーク・ブルーズみたいなものだからだ。

 

 

そんな誕生期の初期型ブルーズであるフォーク・ブルーズが、上で言及した「ブルース、ブギ&ビート篇」二曲目のヘンリー・トーマス「コトンフィールド・ブルーズ」なんだよね。一曲目のファリー・ルイス「ビリー・ライオンズ・アンド・スタック・オリー」同様、そんなに強烈な黒っぽさは感じないものだ。

 

 

ファリー・ルイスにしろヘンリー・トーマスにしろ、ブルーズが黒人音楽としてその楽曲形式を鮮明に確立する以前の姿、芸のありようを身につけていたというのが理由なんだろう、「ブルース、ブギ&ビート篇」収録のものは、前者も後者も1927年録音と新しいけれど、そんな時代の黒人音楽伝統が聴けるってわけだね。

 

 

ってことは「ブルース、ブギ&ビート篇」17曲目のマディの「ローリン・ストーン」は、そんなような黒くない民謡的な初期型ブルーズの姿を残しながらも、しかし出来上がりは間違いなくモダンで強烈に真っ黒けなブルーズ・フィーリングを感じるようなものになっているっていう、そういう部分もマディの魅力だよなあ。

 

 

「ブルース、ブギ&ビート篇」では、四曲目のタンパ・レッド&ジョージア・トムの1928年「イッツ・タイト・ライク・ザット」(史上初のロックンロールとでもいうべきこの曲の重要性については、以前ハーフ・パイント・ジャクスン関連で述べた)まで、そんな素朴な民謡的ブルーズが続いている。

 

 

ところが四曲目のリロイ・カーによる1928年録音「ハウ・ロング、ハウ・ロング・ブルーズ」が聴こえはじめた瞬間に、一気にグッと現代的になって、録音が古いから聴き慣れない方にはそう思えないだけで、そっくりこのまま戦後に再演してもモダン・ブルーズとして充分通用するようなフィーリングなのだ。

 

 

まあリロイ・カーは時代は古い人で1935年までの録音しか存在しないブルーズ・ピアニストだけど、都会人で感性は相当に洗練されていて、演唱するブルーズも完全に現代的。しかも伴奏者であるスクラッパー・ブラックウェルはギタリストで、ギターはブルーズ誕生に欠かせなかった楽器なんだよね。

 

 

ってことは「ブルース、ブギ&ビート篇」四曲目のリロイ・カー「ハウ・ロング、ハウ・ロング・ブルーズ」では、完全に定型化しモダン化したブルーズ楽曲でピアノをメインに使いながらも、そこにプリミティヴな楽器でブルーズ誕生とともに歩んできたギターのサウンドをも入れた、いわば新旧合体型なのだ。

 

 

なお「ブルース、ブギ&ビート篇」四曲目収録の「ハウ・ロング、ハウ・ロング・ブルーズ」はオリジナル・ヴァージョンではない。とうようさんによる曲目解説部分では「28年6月19日録音のオリジナル版が入手できず」、それで半年後の同年12月のシカゴ録音ヴァージョンを収録したとなっている。

 

 

その1928年6月19日録音のオリジナル・ヴァージョン「ハウ・ロング、ハウ・ロング・ブルーズ」は、今ではリロイ・カーの単独盤CDに収録されているので、誰でも簡単に買って聴くことが可能だ。というか普通はそれが入る。是非聴いてほしい。とうようさんはどっちもほぼ同じだと書いているが、僕は違いがいろいろあると思うから。

 

 

さてそんなピアノで奏でるブルーズの代表的なものであるブギ・ウギが「ブルース、ブギ&ビート篇」のその次六曲目のクラレンス・パイントップ・スミスの「パイントップス・ブギ・ウギ」。ブギ・ウギはピアノ・ブルーズでは最重要なものだけど、これが録音された1928年はブギ・ウギ・ピアノ録音としては最初期。

 

 

それ以前から存在するに違いないあのピアノの左手のパターンに「ブギ・ウギ」という名称が付いたのが、その1928年「パイントップス・ブギ・ウギ」によってだったのだ。聴けば分かるが、曲中パイントップ・スミスが声で指示するダンスの名称としてブギ・ウギという言葉が出てくる。つまりこれはダンス感覚を指す言葉。

 

 

「ブルース、ブギ&ビート篇」では、その後はそんなブギ・ウギ・ベースのブルーズが中心となって続くので、いかにこれがアメリカ黒人音楽にとって重要で魅力的でダンサブルなパターンだったのかが分るのだ。それはジャズの世界にも甚大な影響を及ぼしたことは、今日上でも触れたが詳しくは明日書く。

 

 

「ブルース、ブギ&ビート篇」では、その後スリーピー・ジョン・エスティスやココモ・アーノルド(後者のギター・スライドは絶品で、スライド奏法でギター・ブルーズが大きな歌唱的表現力を獲得したことがよく分る)やメンフィス・ミニーなどなど、またいったん素朴なカントリー風ブルーズも入っていたりする。

 

 

しかしやはり「ブルース、ブギ&ビート篇」で五・六曲目以後重要なのは、ブギ・ウギを基本パターンに据えてバンド形式でやるブルーズだろう。12曲目でブギ・ウギ・ピアニスト、ピート・ジョンスンを伴奏に歌うブルーズ・シャウター、ビッグ・ジョー・ターナーもいいが、14曲目と15曲目が最重要だ。

 

 

「ブルース、ブギ&ビート篇」14曲目はドクター・ロスの「ドクター・ロス・ブギ」。これは(ウィリー・ギャランティンもギターでクレジットされてはいるが)ドクター・ロス自らがギターでブギ・ウギのパターンを弾きつつ、ハーモニカを吹き、なおかつ自分でヴォーカルも担当するワン・マン・バンド録音。

 

 

そのドクター・ロスの1951年録音「ドクター・ロス・ブギ」を聴くと、ギター弾くパターンは明らかにブギ・ウギだけど、これ以前のピアニストが左手で演奏するパターンとはやや異なったフィーリングでモダン。そしてこのワン・マン・バンドでの録音はもう既にかなりロックっぽいものなんだよね。

 

 

それがもっと鮮明に分るのが「ブルース、ブギ&ビート篇」15曲目のお馴染「ロケット・88」。ジャッキー・ブレストン名義だが、実質的にはアイク・ターナー・バンドの演奏だ。この1951年にメンフィスにあるサム・フィリップスのサン・スタジオで創られた一曲こそがブギとロックの架け橋なのだ。

 

 

その「ロケット・88」ではギターのアイク・ターナーが、あの三度と五度を往復するロックンロール・ギターの基本パターン(レッド・ツェッペリンの「ロックンロール」もこれだ)を弾いているが、これは要するにブギ・ウギのパターンを現代の電化バンド形式でやった典型的な一曲で、だから最重要だって言うんだよね。

 

 

この「ブルース、ブギ&ビート篇」15曲目のアイク・ターナー「ロケット・88」まで来たら、発生期の素朴な民謡的ブルーズから、徐々に展開しピアノで演奏するブギ・ウギが生まれ、そのブギ・ウギ・パターンをエレキ・ギターで弾きながらバンドでやって、それがロックに繋がったことがクッキリと分るのだ。

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