ナット・キング・コールのジャイヴィー・ジャズ
歌が売れるようになったので、1955年に自身のレギュラー・コンボを解散してヴォーカルに専念する(ことが多かった)ようになったナット・キング・コール。それ以後はご存知の通りの大人気ポップ歌手になる。僕はそんな時代のナット・キング・コールの歌も今では好きで時々聴いている。
ナット・キング・コールのそんな時代の歌のなかには、スペイン語で歌ったものがフィーリン(といってもジャズ・ファンの方はご存知ない場合が多いだろうけど、ソフトで軽いフィーリングのキューバ歌謡の一種)のコンピレイションに収録されていたりするし、なかなか面白いんだなあ。
しかしながら僕がそんなナット・キング・コールの歌が好きになったのはわりと最近の話で、大ヒットしたポップ・ソングにもすんなり馴染めるようになってからだ。それまではナット・キング・コールといえば1940年代のトリオものばかり聴いていた。今でもジャズ・ファンの多くはそうじゃないかなあ。
その気持はすごくよく分る。僕だってほんの数年前までは完全に同じだった。「モナ・リーサ」(は1950年初録音だけど)なんか甘ったるくて聴いていられるかっていう気分だったなあ。今でもジャズ・サイドからナット・キング・コールを語る人の多くがそうかもしれない。かつては辛口のピアニストだったと言う。
そんなシリアスなジャズ・ファンが好きであろうナット・キング・コールの戦後録音ものは、おそらく1956年録音翌57年発売のキャピトル盤『アフター・ミッドナイト』だけだろう。これは僕も大学生の時分から大好きだった。今では1999年リリースの完全盤CDもある人気の一枚。
『アフター・ミッドナイト:ザ・コンプリート・セッション』は複数のセッションを収録しているのに、ジャケット表の表記が “Sessions” になっていない。ちょっと不思議だ。まあそれはいいが、英語版 Wikipedia では「1987年リリースの完全盤」と記載されているが、それはちょっとオカシイんだよね。
Wikipedia 記載の「1987年の完全盤」とは全17曲収録で「キャンディ」で終っているが、1999年のはそのあとにもう1トラックあって、全部で18トラック。紙ジャケット好きの僕は、18トラック入りのその完全盤をアメリカ盤のプラスティック・ジャケットのとあわせ二つ持っている。
1999年リリースの『アフター・ミッドナイト:ザ・コンプリート・セッション』。紙ジャケの方は日本盤。プラスティック・ケースのアメリカ盤と中身は完全に同じだから、アホだとしか言いようがない。このアルバムは少人数コンボ編成での完全なるジャズ録音で、ナット・キング・コールもピアノをジャジーに弾くし、だから普通のジャズ・ファンに大人気。
そんなジャズ・ファンが1940年代のナット・キング・コール・トリオが大好きだと言っても、しかし主に聴くのはキャピトル時代のものだろう。『ヴォーカル・クラシックス』『インストルメンタル・クラシックス』というバラ売り二枚のキャピトル盤LPで出ていた。
それらキャピトル録音のナット・キング・コール・トリオは1943〜47年と49年録音で、今では両方あわせて『ヴォーカル・クラシックス・アンド・インストルメンタル・クラシックス』として一枚物CDでリイシューされている。13曲目の「ザ・マン・アイ・ラヴ」以後がインストルメンタルものだ。なかなかいいんだよね。
『ヴォーカル・クラシックス・アンド・インストルメンタル・クラシックス』はLP時代から見れば 2in1 だけど、そう考えるのは本当はヘンなんだよね。なぜならオリジナルはLPではなく、言うまでもなく全てSP盤で発売されたからだ。だからどんなLPもCDもコンピレイションに過ぎない。
大学生の頃から僕が好きだったのは、どっちかいうとヴォーカルものの方。キャピトル盤『ヴォーカル・クラシックス』に収録されているものなかで、かつての僕の最大の愛聴曲だったのが「スウィート・ロレイン」。以前一度書いたけれど、ナット・キング・コールの歌を真似して完璧にソラで歌っていた。
それくらい「スウィート・ロレイン」が大好きだった。誰もいない部屋のなかやお風呂の湯船に浸かりながらなど、よく鼻歌で口ずさんでいた。「スウィート・ロレイン」はアール・ハインズのレパートリーだけど、これをナット・キング・コールが録音したのは1943年のキャピトル盤が初ではない。
ナット・キング・コールは「スウィート・ロレイン」をまず最初、1940年にデッカに吹込んでいる。その40年と41年録音のナット・キング・コールのデッカ録音集が絶品なんだなあ。デッカ録音集も昔からレコードがあった。『イン・ザ・ビギニング』というもので、これも大学生の頃から大好きだった。
そもそも専業ピアニストだったナット・コールが歌うようになったきっかけが「スウィート・ロレイン」で、ある時のナイト・クラブでの出演時に、ある客から歌ってみろとリクエストされて、とっさに憶えていたこの曲をやったら評判が良かったということらしい。その結果、偉大な歌手になるわけだから、人生、なにがきっかけになるか分らないねえ。
『イン・ザ・ビギニング』は1940年代初期ナット・キング・コール・トリオの完全集ではなかったはず。今CDでも買い直している『イン・ザ・ビギニング』。このアルバム、紙ジャケット日本盤CDでは全12曲だけど、プラスティク・ジャケットのやはり日本盤は16トラック入っている。この人の1940年代初期デッカ録音は、全部で16曲17トラックあるんだ(一つは別テイク)。
僕がそれらをコンプリートな形で買えたのは、『ヒット・ザ・ジャイヴ、ジャック』という1996年リリースの米MCA盤が初。これがもう最高なんだよね。シリアスなジャズにして、なおかつ楽しくジャイヴィーな芸能ジャズでもあるという、この時期のナット・キング・コール・トリオの姿が非常によく分る一枚だ。
ナット・キング・コールの、特にヴォーカルにあるジャイヴィーな持味は、その後のキャピトル時代のトリオものにもしっかりあるんだけど、その前、1940年と41年録音の全17トラックのデッカ録音の方がより分りやすいのだ。キャピトル時代のナット・キング・コール・トリオのファンも是非聴いてほしい。
ナット・キング・コール・トリオのデッカ録音集『ヒット・ザ・ジャイヴ、ジャック』の一曲目「スウィート・ロレイン」から五曲目「ディス・サイド・アップ」までが1940年12月6日の自己名義初録音。ヴォーカルに既にジャイヴィーな味が出ている。特に「ゴーン・ウィズ・ザ・ドラフト」がそうだ。
最大の得意曲で、数年後のキャピトル録音はもちろん、前述の戦後録音『アフター・ミッドナイト』でも再演している「スウィート・ロレイン」だって、1940年のデッカ録音には強くジャイヴィーな味があるもんなあ。1943年のキャピトル録音でもまだあるけれど、戦後の再演では消えてしまう。
デッカへの1941年3月14日録音の四曲ではもっとジャイヴィーな味が強くなっている。特に「スコッチン・ウィズ・ザ・ソーダ」なんかは完全なるジャイヴ・ナンバーだと言って差支えない。こんなフィーリングがどんどん強くなっていく。
それが最大限に発揮されているのがデッカへの1941年7月14日録音の五曲と同年10月22日録音の四曲。前者にある「アイ・ライク・ザ・リフ」(https://www.youtube.com/watch?v=68oQ6FGeSxE)とか、後者にある「コール・ザ・ポリース」(https://www.youtube.com/watch?v=lOjhAqY_bEs)なんかいいなあ。
もっとはっきりしているのが「アー・ユー・ファー・イット」(https://www.youtube.com/watch?v=8h2Rmb99Ah8)と「ヒット・ザ・ジャイヴ、ジャック」(https://www.youtube.com/watch?v=6vhjZ6J3kvw)だ。1941年10月録音のこの二曲は同時期のルイ・ジョーダンによく似ているじゃないか。
実際ナット・キング・コールとルイ・ジョーダンはデッカにおける盟友みたいなもんで、ルイ・ジョーダンの初録音はデッカへの1938年だけど、大成功したのは1941年以後だ。つまりナット・キング・コールと同時期なんだよね。41年4月にデッカが「セピア・シリーズ」というのをはじめてからだ。
デッカのセピア・シリーズとは、それまでのいわゆるレイス・レーベルから移行したもので、黒人ジャズ・マンでありかつクロス・オーヴァー的に売れると判断した人たちの録音を一枚35セントで発売したもの。この1941年開始のデッカのセピア・シリーズでルイ・ジョーダンもナット・キング・コールもリリースされたのだ。
このシリーズで最も人気が出た黒人ジャズ・スターが言うまでもなくルイ・ジョーダンだけど、同じ1940年代初期のナット・キング・コール・トリオがほぼ同じフィーリングの音楽をやっていたことは、上で貼った数個の音源を聴いていただければ充分納得していただけるはずだ。
ナット・キング・コール・トリオのデッカ録音でちょっと面白いのは、「コール・ザ・ポリース」「ストンピン・アット・ザ・パナマ」など数曲の中盤でちょっとだけピアノがブギ・ウギっぽくなる瞬間があることだ。1940年代初頭の録音なんだから、ブギ・ウギのパターンを弾いても全く不思議じゃない。
そんなナット・キング・コールに歌い方を教えたのはキャブ・キャロウェイらしい。といってもジャイヴ・ヴォーカルではなく、白人聴衆にも売れるようにするためには口を大きく開けてハッキリ発音しないとダメだよとキャブはナット・キング・コールにアドヴァイスしたらしい。いつ頃のエピソードなんだろうなあ。
そのキャブの指導が身を結んだ最大の典型例があの1950年初録音の「モナ・リーサ」だ。確かに明瞭で分りやすい発音だよなあ。しかしあれはキャブの歌い方には似ていないものだ。音楽的な意味でキャブと結びつくのは、やはり1940年代初頭のデッカや、同前半のキャピトル録音のジャイヴィーな味だ。
デッカ録音集『ヒット・ザ・ジャイヴ、ジャック』は、ナット・キング・コール・トリオ全17トラックのあとに5曲6トラック、エディ・コールズ・ソリッド・スウィンガーズの録音が収録されている。ベースのエディ・コールはナットのお兄さんで、弟ナットは兄のバンドで活動を開始したんだよね。
今では弟ナットの大人気のおかげで、その最初期録音を聴くという意義でナットが参加した兄エディ・コールのバンドの録音もCDリイシューされているということなんだろう。アルバム『ヒット・ザ・ジャイヴ、ジャック』収録のそれらは1938年7月28日年シカゴ録音。ナット・キング・コールの処女録音かもしれない。
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