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2016/11/22

黒き救世主にして黒き呪術師キャノンボール

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1970年(の何月何日かは不明)にロス・アンジェルスのトゥルバドゥールという小さなクラブに出演したキャノンボール・アダリー・クインテット。五人の編成はボス以下、ナット・アダリー(コルネット&ヴォーカル)、ジョージ・デューク(エレクトリック・ピアノ)、ウォルター・ブッカー(ウッド・ベース)、ロイ・マッカーディー(ドラムス)。

 

 

この時のライヴ演奏が公式録音され、キャノンボールが契約していたキャピトルから『ザ・ブラック・メサイア』という二枚組LPでリリースされたのが1972年のことだった。プロデューサーはデイヴィッド・アクセルロッド。がしかしこのアルバムはあまり売れなかったんだそうだ。

 

 

『ザ・ブラック・メサイア』については以前一度だけ、キャノンボールとジョー・ザヴィヌル関連で触れたことがある(https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2016/07/post-2357.html)。キャノンボールの作品のなかで現在の僕が最も愛するものがこれなんだけど、そんなジャズ・ファンはおそらく他にいないだろう。

 

 

『ザ・ブラック・メサイア』、アナログ盤では一度も聴いたことがなかったなあ。1972年にリリースされているが、おそらくすぐに廃盤になったまま再発されなかったはずだ。そもそもそんなアルバムがあるってことすら僕は知らなかった。なかなかCDリイシューもされず、もはや存在しないも同然みたいな状態だったもんなあ。

 

 

キャノンボールの『ザ・ブラック・メサイア』がCD化されたのは2014年のことで、しかもそれはリアル・ゴーン・ミュージックというなんだか知らないレーベルからのもの。(おそらく)1972年のアナログ盤リリース以後その時まで、このアルバムの存在は人々の記憶から抹消されていたのだ。

 

 

上記の通り僕も存在すらしらず、気が付いたのは上記リンクの僕のブログ記事に書いてあるように、ジョー・ザヴィヌル本人が編纂したコンピレイション盤『キャノンボール・プレイズ・ザヴィヌル』のラストに、『ザ・ブラック・メサイア』から「ドクター・ホノリス・カウザ」がチョイスされて収録されていたからだ。

 

 

『キャノンボール・プレイズ・ザヴィヌル』は2004年のキャピトル盤CD。つまり『ザ・ブラック・メサイア』はまだCDリイシューもされていないし、アナログ盤中古もひどく入手が困難な状態だったはずだ。でもその「ドクター・ホノリス・カウザ」がかなりいいので気になったんだよなあ。

 

 

それで『ザ・ブラック・メサイア』を是非聴きたいと思ったものの、書いているような状態だったもんだから入手できず、ただ『キャノンボール・プレイズ・ザヴィヌル』にある「ドクター・ホノリス・カウザ」だけを繰返し聴いていたような具合。2014年になって初めてフル・アルバムが買えたのだ。

 

 

だいたい『ザ・ブラック・メサイア』をジャズ・マスコミはガン無視状態だったもんなあ。それは今でも同じ。これについてジャズ(系)・ライターでもブロガーでもどなたかがしっかり書いているのを僕は日本語ではいまだに全く見たことがない。英語でならネット記事(ブログ?)が三つほど見つかったけれど。

 

 

 

 

 

 

だから日本語のものとしては僕の今日のこの文章が初になるはずだ。どこまで書けるか分らないが、その三つの英語記事を参考にしつつ、また『ザ・ブラック・メサイア』のリイシューCD附属ブックレット英文解説(はビル・コップというブロガーが書いている)も踏まえながら、なんとかやってみたい。

 

 

キャノンボールの1970年録音『ザ・ブラック・メサイア』が長年ジャズ・マスコミからはガン無視され続けてきたというのは、音を聴けばまあ理解はできる。このアルバムはま〜ったくジャズではないからだ。ちょっとその面影がかすかに伺える程度で、ロック〜ファンク系の音楽なんだよね。

 

 

ジャズ側に百歩譲ってもフュージョンかなあ。でも普通のジャズ系フュージョンではないし、じゃあスタッフみたいなブラック・ミュージック由来のインストルメンタル音楽としてのフュージョンなのかというと、それとも違う。アルバム・タイトル通り、黒い肌の救世主としてのキャノンボールが呪術を展開しているような内容なのだ。

 

 

「黒い救世主」という意味のアルバム・タイトル曲は、この二枚組ライヴ・アルバムのオープニング・ナンバー。それはアルバム中最も長い16分以上もあるので、やはりこれがハイライトなんだろうなあ。書いたのはジョージ・デューク。フランク・ザッパの一連のアルバムで大活躍するようになるジョージ・デュークだが、この1970年時点だとザッパと知り合ったばかりという時期かなあ。

 

 

ジョージ・デュークが弾くエレクトリック・ピアノはフェンダー・ローズの音ではない。おそらくはウーリッツァーじゃないかなあ、そんなサウンドに聴こえるなあと思って情報がないか探したら、CD附属ブックレットの解説文にウーリッツァーだと書いてある。

 

 

がジョージ・デュークはそのままストレートにウーリッツァーを弾いていない。エコープレックスとリング・モジュレイターを使って音をかなり歪めてあるんだなあ。普通のジャズ・リスナーはこんなの嫌いだよねえ。ちょうどファズが効いたエレキ・ギターの音を嫌うようにね。

 

 

僕は前々から繰返しているように歪んで濁った音の方が「美しい」と感じる性分の人間で、それは楽器(や人声)のアフリカ回帰だと思うっていうのもあるが、それは後付けの理屈であって、昔からただ単に気持良いっていうだけの話なんだよね。そりゃレッド・ツェッペリンみたいなものから洋楽に入門したわけだからさ。

 

 

アルバム一曲目の「ザ・ブラック・メサイア」では兄弟の二管によるテーマ演奏に続き、兄キャノンボールのアルト・サックス・ソロになる(彼は曲によってソプラノも吹く)。それにジャズ・サックスのソロみたいな雰囲気を聴き取ることはかなり難しい。少なくとも1958〜59年にマイルス・デイヴィス・コンボでやっていたようなものではない。

 

 

 

マイルスの名前を出したけれど、ちょうど1970年あたりのマイルス・ミュージックと『ザ・ブラック・メサイア』で聴ける同時期のキャノンボール・ミュージックは完全にシンクロする。それに上でも名前を出しているジョー・ザヴィヌルと、あるいはハービー・ハンコックなどなど、みんな共振していたよねえ。

 

 

「ザ・ブラック・メサイア」ではキャノンボールのソロに続き、弟ナットのコルネット(もジャズ風ではない)、ジョージ・デュークのエレピ・ソロと続く。ジョージ・デュークはそもそも1960年代後半のデビュー当時からピュア・ジャズの人間ではないから、ここでのエレピ・ソロだってファンク系の弾き方だ。

 

 

アルバム『ザ・ブラック・メサイア』で僕が愉快でたまらないのが(トラックでは四つ目だが曲は)二曲目の「リトル・ベニー・ヘン」だ。なぜならばジャズはほんのひとかけらすらもない完全なるロックンロールだからだ。チャック・ベリーだろうとしか思えないブギ・ウギ・パターンのギター・リフを弾いているのはマイク・デイジー。

 

 

 

ヴォーカルもファズの効いた音でのギター・ソロもマイク・デイジーだし、その後に出てくるサックス・ソロはこの日のゲスト参加だったアーニー・ワッツによるテナー吹奏。なにもかも全てがブルーズ・ルーツのロックンロールだ。ここまで明快に非ジャズなのは、『ザ・ブラック・メサイア』のなかでもさすがにこれ一曲だけ。

 

 

こんなのぜ〜ったいにジャズ・ファンは大嫌いだ。間違えて普通のジャズ・ファンがもし仮にキャノンボールの『ザ・ブラック・メサイア』を手に取ることなどあったならば、この「リトル・ベニー・ヘン」が鳴り出した瞬間に腹を立てて再生をストップすること必定だよなあ。わっはっは。

 

 

『ザ・ブラック・メサイア』一枚目ラストが前述の「ドクター・ホノリス・カウザ」。もちろんジョー・ザヴィヌルの書いた曲だけど、そのオリジナルはザヴィヌルのソロ・アルバム『ザヴィヌル』の一曲目収録。それも1970年録音なんだよね。録音月日は不明だが、キャノンボールがカヴァーしたのは間違いなく直後だ。

 

 

しかもザヴィヌルのソロ・アルバム『ザヴィヌル』がアトランティックからリリースされたのは翌1971年だから、キャノンボールが『ザ・ブラック・メサイア』になったトゥルバドゥールに出演した時は一般聴衆には未知の曲で、キャノンボール自身リリースされたのを耳にして知ったのではない。

 

 

ご存知の通りザヴィヌルは長年キャノンボール・バンドの中核的存在として大活躍していたわけだし、トゥルバドゥール出演の1970年というとバンドを脱退した直後だから、間違いなくザヴィヌル本人から「ドクター・ホノリス・カウザ」という曲をなんらかの形でもらっていたんだろう。

 

 

『ザ・ブラック・メサイア』での「ドクター・ホノリス・カウザ」では、演奏に入る前にキャノンボールがかなり興味深いことを喋っている。この曲はハーバート(ハービー)・ハンコックのためにザヴィヌルが書いた曲だということだ。ハービーは、この頃グリネル・カレッジから名誉博士号を授与されていて、それを祝うという意味で(?)ザヴィヌルが書いたんだとキャノンボールは言っている。

 

 

ハービーがグリネル・カレッジからもらったのは英語だと Honorary Doctor of Fine Arts Degree なので、それで「ドクター・ホノリス・カウザ」という曲名になっているっていうことなんだろう。しかしこんな事実は僕は長年全く知らなかった。

 

 

前述の『キャノンボール・プレイズ・ザヴィヌル』が2004年にリリースされた時、それに収録の「ドクター・ホノリス・カウザ」はその演奏前のキャノンボールの喋りから収録してあるので、その時点で僕は初めてこの曲名の由来を知ったのだった。

 

 

そういえば「ドクター・ホノリス・カウザ」のオリジナルであるアトランティック盤『ザヴィヌル』にはハービー・ハンコックも参加してフェンダー・ローズを弾いている。一曲目の「ドクター・ホノリス・カウザ」にももちろん参加。だからそもそもザヴィヌルはハービーとの共演を念頭に置いてこの曲を創ったんだなあ。

 

 

『ザ・ブラック・メサイア』の「ドクター・ホノリス・カウザ」は、しかし『ザヴィヌル』のオリジナルよりもはるかにカッコイイぞ。真っ黒けでグルーヴィーで、『ザヴィヌル』ヴァージョンにあるジャズ風な残滓は『ザ・ブラック・メサイア』ヴァージョンには薄い(ゼロではない)。

 

 

 

『ザ・ブラック・メサイア』の「ドクター・ホノリス・カウザ」ではキャノンボールはソプラノを吹いている。その後ナットのコルネット・ソロ。二人のソロのあいだ、ジョージ・デュークがエフェクターで歪めた音のエレピでバックを支えている。後半エレピ・ソロになるが、その部分でのサウンド創りは相当に先進的というか、エレピを弾くソニー・シャーロックみたいな感じだ。

 

 

『ザ・ブラック・メサイア』一枚目はこれで終り。今日ももう随分長くなったのであまり書いている余裕がないが、二枚目一曲目の「ザ・チョコレート・ヌイサンス」はジャズ・ロック/ファンク。

 

 

『ザ・ブラック・メサイア』二枚目五曲目の「エピソード・フロム・ザ・ミュージック・ケイム」は、これまたゲスト参加のクラリネット奏者アルヴィン・バティストの書いた曲で、やはり彼のクラリネットをフィーチャー。続く六曲目「ヘリティッジ」で歌ってるのはキャノンボール本人かもしれない。

 

 

『ザ・ブラック・メサイア』CDパッケージにはパーソネルの明記がなく、ネットで調べて判明しているわけだけど、それによればギターのマイク・デイジーがゲスト参加で歌うもの以外、ヴォーカルはナットということになっている。がしかしそれらと「ヘリティッジ」で聴けるのとでは声が違うんだよね。

 

 

もっとも『ザ・ブラック・メサイア』では曲間で非常によく喋っているキャノンボールのその喋りの声と、「ヘリティッジ」での歌の声はかなり違うんだけど、まあいざ歌うとなれば喋っているのとは声が変わるのが一般的だから、可能性はあるんじゃないかなあ。

 

 

ところでその「ヘリティッジ」。楽器のソロはなく伴奏するだけで全面的にヴォーカルをフィーチャーしているが、これはデューク・エリントンの曲だとどのネット情報にも書いてある。がしかし僕はこの曲は全く知らないんだなあ。少なくともエリントン(楽団)自身による演唱ヴァージョンは存在しないはずだ。

 

 

ってことは1970年時点ではまだ活躍中だったエリントンが、キャノンボールのバンドのために書いて提供した曲なのか?そのあたりに関してはどんなネット情報もない。どこにも一言もないんだけど、英語で書いている(おそらくアメリカ人の)みなさんはどこからこれがエリントン作だという判断をしたのか?

 

 

どっちにしても今の僕には分らんからいいや。『ザ・ブラック・メサイア』でも弾いている当時のキャノンボール・クインテットのレギュラー・ベーシストのウォルター・ブッカーは、ウェイン・ショーターの『スーパー・ノーヴァ』でもザヴィヌルの『ザヴィヌル』でも弾いている。この人もまた1960年代末〜70年代初頭のキー・パースンの一人だね。

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コメント

今年リイシューされた「Music,You All」はこのアルバムの残りテープですね。
https://www.amazon.co.jp/dp/B01CPWU3UM/

まきさん、それもリアル・ゴーン・ミュージックですね。

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