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2016/11/13

いっぱいキスして

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Paich4










という意味の「ベサメ・ムーチョ」というラテン・ナンバーは、普通のジャズしか聴かないリスナーや普通のロックしか聴かないリスナーだって全員知っているはずだ。ジャズ・ファンならアート・ペッパーのヴァージョンで、ロック・ファンならビートルズのヴァージョンで。でも後者はあんまり有名じゃないかも。

ビートルズの「ベサメ・ムーチョ」は1995年リリースの『アンソロジー 1』にしか収録されていないからだ。だから当然初期のもので、1962年6月6日録音。ってことはまだレコード・デビュー曲「ラヴ・ミー・ドゥー」のリリース(62年10月)はおろか、録音(同年9月)よりも前ってことだ。

その時期のビートルズはラテン・ナンバーだけでなく(といっても「ベサメ・ムーチョ」もコースターズのを下敷にしているが)、いろんなスタンダード曲をレパートリーにしていた。当時のライヴではそういうものをよくやったようだ。『アンソロジー 1』にはそんなようなものの残滓が少しあるよね。

解散間際のビートルズがそんな初期の姿に戻ろう(ゲット・バックしよう)としてやったのが1969年の例のゲット・バック・セッションだったのは有名な話。公式盤では96年リリースの『アンソロジー 3』でちょっとだけそんな姿を垣間見ることができる。ブートでならたくさん聴けるんだろうなあ。

ビートルズはここまで。「ベサメ・ムーチョ」はメキシコ人女性コンスエーロ・ベラスケスが1940年に書いたもの。ラテン歌手によるものでは、僕はプエルト・リコ系アメリカ人女性歌手ビルヒニア・ロペスのヴァージョンと、キューバ人女性歌手フレディのヴァージョンしか持っていない。前者はなかなかチャーミング。後者はなんだか強引に迫られているような気分になる(笑)。

ラテン楽曲としての「ベサメ・ムーチョ」の話も今日はおいておく。特別ラテン音楽に強い関心のない一般のジャズ・ファンでもみんなこの曲を知っているというのは、間違いなくジャズ・アルト・サックス奏者アート・ペッパーのおかげだ。ペッパー最大の得意レパートリーの一つで、死ぬまでやったからだ。

僕がジャズに強い関心を持つようになったのが1979年なわけだから、リアルタイムな経験では当然それ以後のアート・ペッパーしか知らない。彼は75年の(二回目の)復活以後も「ベサメ・ムーチョ」をよくやっていた。82年に死んでしまうペッパーだが、それでも松山にだって二回ライヴ公演で来たもんなあ。

僕が二回とも行ったそのアート・ペッパー松山公演でも、二回とも「ベサメ・ムーチョ」をやった(はず)。とにかくペッパーがこれを演奏しないライヴはなかったんじゃないかというほどなんだよね。死後いくつもリリースされた75年復帰後の晩年のライヴ収録盤にもほぼ全部入っている(はず)。

晩年におけるスタジオ録音もある。1978年のインタープレイ盤『アマング・フレンズ』のB面に収録されていた。アート・ペッパーがやる「ベサメ・ムーチョ」を、一回性のライヴではなく繰返し聴けるレコード・アルバムで聴いた最初がこれだった。タイトル通り旧友との再会セッション盤。

「ベサメ・ムーチョ」のスタジオ再演がある『アマング・フレンズ』でピアノを弾いているのがラス・フリーマン。そんでもってアート・ペッパーがラテン・ナンバー「ベサメ・ムーチョ」を生涯初レコーディングした1956年11月25日録音のタンパ・レーベル盤でのピアノがラス・フリーマンなんだよね。

そのタンパ盤のタイトルが『ジ・アート・ペッパー・カルテット』。1956年録音だけど、ペッパーはまだまだかなりいい時期だ。以前書いたように(https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2016/01/post-82b4.html)、この人は1950年代初期のディスカヴァリー録音集が一番いいと思うんだけど、50年代いっぱいは悪くないんだ。

1950年代初頭のディスカヴァリー録音集の次に僕が愛するアート・ペッパーがそのタンパ盤『ジ・アート・ペッパー・カルテット』なんだよね。でもこれ、アナログ・レコードは一度も買ったことがない。僕がペッパーを好きになった頃には著しく入手困難で、指をくわえて我慢するしかなかった。

だからジャズ喫茶でかけてもらってそのタンパ盤『ジ・アート・ペッパー・カルテット』は聴いていた。これより前のディスカヴァリー盤は普通に買えたのにヘンだなあ。ディスカバリーもそうではあるけれど、おそらくタンパというもっと超マイナーなインディー・レーベルのせいだったのかもしれない。

タンパ盤『ジ・アート・ペッパー・カルテット』は、プレスティッジ録音盤などをリイシューしている例の OJC(Original Jazz Classics)が1994年になってCDリイシューしてくれて、僕はこの時初めてこの<幻の名盤>を我が手に入れたのだった。そりゃもう嬉しかったなあ。

タンパ盤『ジ・アート・ペッパー・カルテット』で初演された「ベサメ・ムーチョ」を OJC のリイシューCDでじっくり聴くと、1975年復帰後のスタジオ録音ヴァージョンや数多い晩年のライヴ・ヴァージョンとは比較すらできないキラメキがあるんだなあ。他の収録曲も全部そうなんだけどね。

タンパ盤『ジ・アート・ペッパー・カルテット』における「ベサメ・ムーチョ」はこれ→ https://www.youtube.com/watch?v=v8xW2uG5KpI   これに対し前述1978年インタープレイ盤『アマング・フレンズ』の同曲はこれ→ https://www.youtube.com/watch?v=5f6ORlV3NjQ  後者も悪くはないけれど。

というか僕にとって長年スタジオ録音ヴァージョンのアート・ペッパー「ベサメ・ムーチョ」は後者しかなかったので、充分満足していたのだった。ベースの音が例のピック・アップ本体直付のこの時代のアレなので、それだけはいただけない。でもその後の数々のライヴ・ヴァージョンは今ではちょっと聴きにくいように思うなあ。

ガッカリしてもらいたくないので、探したら YouTube にいくつか上がっていたそういうものは貼らないでおこう。一言で言えば演奏時間が長すぎる。どれもだいたい15分超え、なかには21分とか22分間とかやっていて、アート・ペッパーがモーダルなソロをコルトレーンばりに延々と吹いている。

しかもそのアルト・サックス・ソロの途中で、コルトレーンの『至上の愛』のパート 1「承認」で聴ける例の呪文みたいなリフが出てくる。アート・ペッパーは麻薬療養施設に入っていて引退状態だった時期にいろんなレコードを聴いて勉強していた(と本人が語っている)ので、その成果の一つなんだなあ。

アート・ペッパー自身は、かつての自分は感覚だけ、インスピレイションだけで吹いていた、それを反省して勉強し直していろんなことが分るようになり表現の幅が広がったのだと、インタヴューでも語っていたし自伝『ストレート・ライフ』(の僕の持つのにはペッパーのサイン入り)にもそう書いてある。

だが音楽家にもいろんなタイプがあって、楽理や演奏法について詳しく教育を受けて、その学習の成果がないと演奏が充実しないタイプと、そんなことは理屈では考えず(分っていないということではない)、いわば生得的直感みたいなもので閃きのあるプレイができるタイプがいるんだと僕は思うんだなあ。

アート・ペッパーはどっちかと言うと後者タイプの典型だ。日本のプロ野球選手で言えば清原和博みたいなタイプ。野球をご存知の方には説明不要だけど、清原も全然理知的な理論派なんかじゃない。その正反対で、体をどう動かすかなんていう理屈抜きで(繰返すが「分っていない」ということは絶対にありえない)、自然に体が反応して打ててしまうという天才肌。

もちろんなんの理知的自覚もなくそうできるようになるまでには、清原も繰返し練習したに違いないわけだけどね。アート・ペッパーもこのタイプの典型的天才なんだなあ。奇しくも両者とも違法薬物に手を出して人生が破滅した(ペッパーは復帰したが)。天才の一瞬の直感的閃き、それがペッパーの魅力じゃないかなあ。

それは上で音源を貼った1956年録音のタンパ録音ヴァージョン「ベサメ・ムーチョ」を聴いていただければ分っていただけると思う。タンパ盤『ジ・アート・ペッパー・カルテット』は「ベサメ・ムーチョ」が異様に名高いが、僕はもっといい演奏があると思う。二曲目の「アイ・サレンダー・ディア」だ。
この曲は古くからのジャズ・メンがやるスタンダード・ナンバー。初演はビング・クロスビーらしいんだが、僕はそれは聴いていない。僕の持っている最も古い録音はルイ・アームストロングの1931年オーケー録音。これがかなりいい演唱ぶりで僕は大のお気に入り。

いかにも1930年代末頃までの古典ジャズ界にしか存在せず、その後のモダン・ジャズ時代には完全に消え失せた、あの独特の情緒が感じられるメロディで大好きだなあ。サッチモのその1931年ヴァージョンをちょっと貼っておくので、是非耳を傾けてみてほしい。
その後テディ・ウィルスンやベニー・グッドマンや、フランス人ギタリスト、ジャンゴ・ラインハルトやいろんな人がやっている「アイ・サレンダー・ディア」。モダン・ジャズ界ではセロニアス・モンクがピアノ独奏でやっている(『ブリリアント・コーナーズ』)。アリーサ・フランクリンもコロンビア時代に歌っているなあ。

僕が一番好きな「アイ・サレンダー・ディア」はやっぱりあの前掲1931年のサッチモ・ヴァージョンだけど、モダン・ジャズ・ヴァージョンでは、音源上掲リンクのアート・ペッパー・タンパ録音ヴァージョンが一番好きだ。ペッパーは「ベサメ・ムーチョ」もそうだけど、「アイ・サレンダー・ディア」みたいなああいう湿った哀感を持つ情緒のある曲が得意だったね。

アート・ペッパーのタンパ盤はもう一枚、ピアニストのマーティ・ペイチ名義のものがあって(上掲写真右)、録音もほぼ同時期で編成も同じワン・ホーン・カルテット。中身も似たような雰囲気でなかなかいいよ。

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