或るアフリカ音楽アンソロジー
非売品の CD-R で、あるお店での私的頒布だけ。それもそのお店の作ったものではなく、ある方が個人的に作成したものなので、公の文章にしたらマズイだろうとは思いつつ、面白くてたまらない一枚なのでどうにも辛抱できず書いてしまう。本当に素晴らしいアフリカ音楽のアンソロジーなんだよね。
その CD-Rのタイトルも、収録曲の曲名も音楽家名も、作成した方のお名前もお店のお名前も一切出さないので、なんとか勘弁して見逃してほしい。といっても、収録全12曲の曲名と音楽家名は記されてはいるものの、全て僕は知らない名前ばっかりなので、そこからなにか参考になるような部分はない。
まあアフリカ音楽のアンソロジーであることはタイトルに出ているので間違いないんだろう。収録曲の音を聴いてもそれは分る。一曲目はヴォーカリストの歌い方にコクがあって素晴らしい。アラブ系か、あるいはサハラ以南でもイスラム教系の歌手なんじゃないかなあ。コブシの廻し方もそんな感じだ。
そんなコクのある歌い廻しをするヴォーカルを支える一曲目の伴奏サウンドは、ドラムスの音はおそらく打込み。エレキ・ギターが鳴り、ホーン・セクションも入ってくるが、それはひょっとしたらシンセサイザーかもしれない。だがバリトン・サックスのソロが出てくるので、そこは間違いなく生の管楽器だ。
二曲目はややレゲエっぽいリズムをエレキ・ギターが刻み、女声コーラスが薄く入っている。リード・ヴォーカリストの歌い方はトーキング・スタイル。というかレコードをかけながら喋る DJ っぽい感じ。だからいかにもジャマイカ〜ロンドン風サウンド・システムっぽいようなサウンド創りだなあ。
三曲目は演歌だ。最初ハイハットの音がイイネと思って聴いているとドラム・セット全体が躍動しはじめ、グリグリとコブシを廻すいかにも演歌歌手のような男声ヴォーカルが入ってくる。これもややアラブ系っぽいというか、ちょっぴりライ風の歌い方だな。次いでファズの効いたエレキ・ギターのソロが出る。
なかなか上手いそのエレキ・ギター・ソロの終盤でバンドが演奏するリズム・パターンがパッとチェンジする。それまで普通の8ビートをやっていたのが、突然難解なポリリズムに変貌し、そのポリリズムのままギター・ソロが終り、ヴォーカリストもその複雑なポリリズムに乗って再び歌いはじめる。
歌の終盤で再び最初と同じ複合拍子ではない普通の8ビートに戻って三曲目は終る。四曲目はちょっぴりジャジーなフュージョン風サウンドだ。特にソプラノ・サックスの音がフュージョンっぽく響く。ヴォーカルに絡みソロも吹いてと大活躍。バンドのリズムは6/8拍子だけどアッサリとしている。
五曲目ではンゴニか、あるいはそれに類する弦楽器か、ひょっとしたらアクースティック・ギターでンゴニ的な弾き方をしているような音が終始鳴っている。それに加えてかなりシンプルな打楽器伴奏が入るだけで、あとはリード・ヴォーカルとコーラス隊のチャントのみ。静かな聴感だけどリズムは躍動的。
六曲目に来て僕はニンマリ。どうしてかというとこれはいわゆる砂漠のブルーズという括り方で知られているトゥアレグ系バンドの音楽だからだ。したがってやはり複数本のエレキ・ギターが絡んでカラフルなサウンドを創っていて、その上にティナリウェエンのイブラヒムみたいに呟くようなヴォーカルが入る。
しかしその砂漠のブルーズである六曲目にはドラム・セットが入っている。フル・セットのドラムスじゃないと出せない音が鮮明に聴こえるので間違いない。バンド全体のサウンドにはティナリウェンやタミクレストやイマルハンみたいな華麗さはない。編成も四人以下のかなり少人数のはずだ。
七曲目冒頭でいきなりシンセサイザーが、それもUKロック、特に一部のプログレ系バンドの鍵盤奏者が出すような音が鳴りはじめるのでオッと思うと、すぐに複数によるパーカッション群が入りポリリズミックになり、シンセサイザーは鳴り続けているものの、その音色も変わって、西アフリカ風なヴォーカルが入る。
八曲目はどこからどう聴いてもユッスー・ンドゥールだろうとしか思えないサウンドとヴォーカル。特に1990年前後あたりのユッスーに酷似している。もちろんユッスーではない。しかし似ているなあ。ヴォーカリストの声質と歌い方もソックリなら、タマ(トーキング・ドラム)の使い方なんか瓜二つじゃないか。
1990年前後のユッスー風な八曲目には、タマ奏者が複数参加しているか一人で多重録音しているかのどっちかだ。あるいはひょっとしたら打楽器はタマしか入っていないかもしれない。ミックスもなんだかタマの音が目立っているような感じで大きく聴こえ、あとはチープなシンセサイザー音とヴォーカルだけ。
九曲目はかなりプリミティヴな雰囲気で、ポピュラー・ミュージックというよりアフリカ民俗音楽といった趣。いや、間違いないくポップスではあるんだけど、思わずそう言いたくなるようなサウンドなんだなあ。電気楽器は一切なし。大人数の打楽器+一本の笛+リード・ヴォーカル&チャントで構成されている。
九曲目のサウンドはプリミティヴ、特になんだか分らない笛がそんな聴感だけどリズムは躍動的。モダンでポップな感じがする。それを主に表現している打楽器群はまさにオーケストラと呼べるような大編成に間違いなく、折り重なって重層的なポリリズムを奏でている。その上にやはりプリミティヴな歌が乗る。
10曲目冒頭でいきなり聴こえる女声ヴォーカルの迫力にはやや驚く。強く声を張ったビッグ・ヴォイスでグリグリとコブシを廻してこりゃいいね。エレキ・ギター+シンセサイザー+エレベ+ドラムス+パーカッションという伴奏バンドはモダン・ポップス的だ。エレキ・ギターのスタイルはンゴニ的。
10曲目のリズムは乗るのか突っかかるのか分らないような不思議なノリのグルーヴ感で、中東風に近いようなもの。続く11曲目は間違いなくアルジェリアのライ。アルジェリアも地理的にはアフリカ大陸の一部だけど、いわゆる「アフリカ音楽」のアンソロジーに入ることは多くないので、マグレブ音楽好きの僕には嬉しい。
その11曲目はいかにも最近のライっぽいサウンドで、打込みのリズム+シンセサイザーがビヒャビヒャ鳴っているというチープなものなんだけど、僕はもうすっかり慣れている。だいたいモダン・アラブ・ポップスはそんなのばっかりだもんね。そんなサウンドの上に演歌風ヴォーカルが乗っているっていう例のやつだ。
11曲目で歌っている男声ヴォーカリストはかなり上手いなあ。コクがあってまるで昔のハレドみたいな声質と歌い方だ。思わず聴き入ってしまう。こういう旨味のあるヴォーカリストがいるもんだから、伴奏のサウンドがチープで、僕も正直言うと好きじゃないものが多くても、やっぱり聴けるんだよね。
ラスト12曲目はブラス・バンド(に間違いない)。大編成の管楽器隊が合奏していて、これはシンセサイザーのサウンドではなくどう聴いても生のホーン隊が演奏する音だ。ドラム・セット+複数のパーカッションが賑やかにリズムを奏でる上で、これまた派手にブラス・バンドが咆哮するのが気持ち良い。
ブラス・バンド・ミュージックである12曲目では一応人声ヴォーカルも入り、それもリード・ヴォーカル+コーラスとなって歌っている。がしかしそれはこの曲では一種の添え物だなあ。主役はあくまで管楽器だ。トランペットやトロンボーンのソロも聴こえ、ややサルサ〜ラテン・ミュージック風でもあってイイネ。
アクースティク・ピアノの弾き方なんかどう聴いてもキューバン・サルサのスタイルじゃないか。ピアノだけでなく、リズムの創り方もホーン・アンサンブルのアレンジもややラテン風だし、南中北米からアフリカ大陸へとまたにかけたトランス・アトランティック・ミュージックだよなあ。
僕の個人的趣味嗜好だけならこのアフリカ音楽コンピレイション CD-R、六曲目の砂漠のブルーズ、11曲目のライ、12曲目のサルサ風ブラス・バンド、この三曲が大のお気に入り。しかもアルバム全体の流れが実によく練り込まれた巧妙なもので、編纂者の気持がヒシヒシと伝わってくるなあ。
こんなに楽しいアフリカ音楽アンソロジー、推測するに正規商品から選曲し一つずつ抜いて作成したものなんだろうから、流通品となれるわけがない。だから私的頒布だけなのは当然で、編纂者名もいただいたお店の名前も出せないんだが、心から感謝しています。本当に楽しんでいます。ありがとう!
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