ブ〜ギ・ウ〜ギ!
ブギ・ウギについて一度きちんとまとまった文章にしておかなくちゃねと思いつつ、このパターンは米英大衆音楽を聴いているとどこにでもどんどん無限に見つかるものだから、どうにも収拾がつかないというかキリがないんだよね。これは裏返せばブギ・ウギがそれだけ浸透・拡散しまくっている証拠だ。
すなわち、ブギ・ウギがいかに米英大衆音楽の血肉となり、いかに重要な役目を果たしているかということを如実に物語っている。そんなブギ・ウギ、これをピアノで演奏するブルーズのなかではアメリカ音楽史上最も重要なものだと言うと、一面真実でありながら、片面では真実を捉えていないことになるだろう。
「ブギ・ウギはピアノ・ブルーズ」というのは録音されたものだけ聴いていると分りやすいだろうが、真実を捉えていないというのはどういうことかというと、ブギ・ウギの発生〜展開をよく俯瞰した場合、必ずしもピアノ(・ブルーズ)音楽のスタイルだとばかりも言えないんじゃないかと思うからなんだよね。
ブギ・ウギの商業録音は1928年にはじまって、その後30年代後半に一躍大ブレイクした。大ブレイクのきっかけは、これはもうみなさんご存知の通り1938年12月23日の『フロム・スピリチュアルズ・トゥ・スウィング』コンサート・イヴェント。もちろんCDでもリイシューされている。
『フロム・スピリチュアルズ・トゥ・スウィング』アルバムには全部で四曲ブギ・ウギ・ピアノ演奏がある。ミード・ルクス・ルイス、アルバート・アモンズ、ピート・ジョンスンのトリオで二曲(のうち二曲目は伴奏付)、ルクス独奏(にはちょっぴりスネアのリム・ショットが聴こえる)が一曲、アモンズ独奏が一曲。
あれで全米にブギ・ウギというピアノ演奏スタイルがあるんだということが知られ、かのアルフレッド・ライオンもそれを現場で聴いてブルー・ノート・レーベルを興そうと決断したというくらいのインパクトがあった。このあたりからのブームに乗っかって白人トミー・ドーシーの楽団がブギ・ウギのレコードを発売した。
トミー・ドーシー楽団が1938年に発売したレコード「ブギ・ウギ」はこれ。ブギ・ウギ・ピアノのファンであればお分りの通り、これはパイントップ・スミスのピアノ独奏「パイントップス・ブギ・ウギ」(1928)をビッグ・バンド用に焼直したものだ。
このトミー・ドーシー楽団のレコードが全米で大ヒットして、ブギ・ウギは市民権を得た。大ヒットに味を占めたトミー・ドーシーは同曲を何度か繰返し録音・発売している。そんな1930年代末〜40年代前半には、アメリカでブギ・ウギを知らない音楽ファンはいなくなっていたんじゃないかというくらい浸透していたようだ。
そんな具合だし、そもそも史上初のブギ・ウギ・レコードが1928年7月16日録音のカウ・カウ・ダヴェンポートによる「カウ・カウ・ブルーズ」なもんだから、やはりブギ・ウギはピアノ(・ブルーズ)音楽だということになり、そのパターンがのちに他の楽器に移し替えられたんだという認識になる。
ところがブギ・ウギという名称で知られるようになるあのパターンは、1928年よりももっとずっと前から存在していた。僕の推測では19世紀末にはこのスタイルは確立されていたはずだ。僕の読んだ一説によれば、1870年前後にはアメリカの黒人コミュニティ内に既に存在したものなんだとか。
その頃にはまだブギ・ウギ、あるいはブギとかウギとかいう呼び名はなかったはず。のちにそう呼ばれるようになるこのパターンは、要はダンス感覚のこと、というかダンス名の一つだ。人々が一ヶ所に集まってワイワイ賑やかにやりながら楽しく踊る。その際の伴奏音楽にある種のスタイルがあったということだなあ。
そんな1870年頃の録音はおそらく存在しないので実態は確かめられない。そんなダンス音楽に用いられる楽器は必ずしもピアノとは限らないだろう。室内で踊り騒ぐならピアノであった可能性が高いけれど、ギターだったかもしれないし、室外なら間違いなくギターだ。そしてどちらもヴォーカルを伴っていたんじゃないかなあ。
ブギ(boogie)という言葉の初出は Oxford English Dictionary によれば1913年。意味はハウス・レント・パーティー(家賃捻出のために音楽をやって踊り騒ぎお金を取ったもの)となっている。となると、ブギ・ウギ・ミュージックの世間一般の認識とここで一致することになる。
僕も大学生の頃から、ブギ・ウギとは主にシカゴでハウス・レント・パーティの際に雇ったピアニストが演奏した音楽スタイルのことだと散々読んでいる。しかしそれは必ずしもピアノ一台だけだったとは限らないんじゃないかなあ。室内パーティーでもピアノに他の楽器やヴォーカルも加わっただろう。
その証拠に、例えばブラインド・レモン・ジェファースンやレッドベリー(は二人ともギタリスト)の録音には、1928年のピアノ・ブギ・ウギよりも早い時期に同様のパターンを演奏し、しかも歌詞のなかにブギという言葉が出てくるものがある。もっともこの二名とも録音開始前のピアノ・ブギを聴いて憶えたのかもしれないが。
ピアノが先かギター&ヴォーカルが先かは僕には分らない。ピアノでやったのが先か、あるいはギター弾き語りとほぼ同時だったかのどちらかなのか、いずれにしても自信を持って言いたいのは、19世紀末〜20世紀初頭にハウス・レント・パーティーで演奏された音楽はピアノ一台だけとは限らなかった可能性がある。
だがレコード史上ではブギ・ウギの初録音からしばらくの間はピアノ独奏ばっかりなのは確かなことだから、これがピアノでやるダンス音楽、しかもだいたいの場合楽曲形式はブルーズだということになる。このピアノ演奏パターンにブギ・ウギの名称が付いたのがいつなのかは明確になっている。
上でトミー・ドーシー楽団がビッグ・バンド・スタイルでやった「パイントップス・ブギ・ウギ」だ。1928年12月28日録音。お聴きになれば分るように、曲中でパイントップが「ブギ・ウギ」という言葉を使っている。それはダンスの指示なんだよね。
「メス・アラウンド」という言葉も出てくるのが聴こえるね。これもパイントップが指示するダンス名なのだ。一般にはアーメット・アーティガンが書いてレイ・チャールズが録音した曲の名前として広く知られているだろうが、そのレイのやった「メス・アラウンド」はブギ・ウギそのものだ。ルイ・アームストロングの1925年オーケー録音に「ドント・フォーゲット・トゥ・メス・アラウンド」というのがある。
そんなことで1928年録音の「パイントップス・ブギ・ウギ」の頃には、それ以前からハウス・レント・パーティの意味だったブギ・ウギが、その際のダンスの名称に変化していたってことだなあ。それをパイントップが曲中で喋るのをそのまま曲名に用い、用語自体全米各地に大きく広まることとなった。
これ以後、特に1938年の『フロム・スピリチュアルズ・トゥ・スウィング』イヴェント以後は、もう「ブギ・ウギ」という言葉のオン・パレード。曲名なんか使われすぎなんじゃないいかと思うほど多い。白人トミー・ドーシーですら遠慮なく使ったんだから、黒人音楽なんかそんなのばっかりだよなあ。
重要なのは、このブギ・ウギ・ピアニストが左手で弾くパターンが、のちにバンド形式のジャズ・ブルーズ音楽で頻用されるようになり、それが1940年代のあのジャンプ・ミュージックの礎となったことだ。具体例をあげているとムチャクチャ多いので困ってしまうが、一つご紹介しておくことにする。
中村とうようさん編纂の MCA ジェムズ・シリーズの一枚『伝説のブギ・ウギ・ピアノ』25曲目にあるアンディ・カーク楽団の1942年録音「ブギ・ウギ・カクテル」。ピアノはケニー・カーシー。この人はジャンプ系楽団を渡り歩いた人のようだ。
とうようさんのこのアンソロジー『伝説のブギ・ウギ・ピアノ』では、これの次のアルバム・ラストにライオネル・ハンプトン楽団1946年録音「ジャック・ザ・フォックス・ブギ」が収録されているが、それよりも同じシリーズの一枚『ロックへの道』収録の同楽団44年「ハンプス・ブギ・ウギ」の方がいい。
この曲で聴けるピアノはハンプ自身とミルト・バックナーの連弾だ。後半から怒涛のように入ってくるフル・バンド合奏の迫力は、まさにビッグ・バンド・ブギ=ジャンプ・ミュージックだというれっきとした証拠。このあたりまで来るとブギ・ウギが音楽的に完成されているのが分る。
そんなフル・バンド・ブギをもうちょっと後の時代にスモール・コンボ化して、その上にジャイヴィーなヴォーカルを乗せたのがご存知ルイ・ジョーダン。1946年録音のこれは、ブギしている&スウィングしている&ジャンプしている&ロックしている。
こんなのが1950年代に入ってチャック・ベリーのロックンロールの土台になった。彼のロックンロールとはすなわちギター・ブギ(というタイトルのギター・インストルメンタル曲だってチャックは録音しているよ)に他ならず、それがもっとあとの、例えばキース・リチャーズの弾くギター・リフのそのままお手本になった。
またこれもロック・スタンダード化しているレッド・ツェペッリンの「ロックンロール」もチャック・ベリー風ギター・ブギだ。つまりロック・ビートの基本になったのがブギ・ウギのパターンで、それなくしてロック誕生はありえなかった。ブギ・ウギは今ではロック・ギターのスタイルとして認識されているはず。
というわけだから、上の方で書いた「ブギ・ウギはピアノでやる音楽の一種」という認識は不完全であるということになるんだよね。録音史的には確かにピアノでブルーズを演奏する際のアメリカ音楽史上最重要スタイルだとなるけれど、それだけではなくなったのというのがもっと重要な事実なんだよね。
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