ハモンド B-3 のシャワーを浴びる
ハモンド B-3 オルガンをフィーチャーした『Organ-ized』というアルバムがある。このタイトルはなんとも日本語にできないよねえ。そのままカタカナ書きすらできないので困ってしまうが、みなさん意味はお分りだと思う。1999年発売の CD で High Street というところがリリースしている。知らないレーベル名なんだけど、配給は BMG だ。
このアルバムは副題が『アン・オール・スター・トリビュート・トゥ・ザ・ハモンド B3 オルガン』というもので、その名の通り計13名のハモンド B-3 弾きが一堂に会し、一曲ずつこの楽器を弾いてみせ、B-3 サウンドの魅力をこれでもかというほど知らしめてくれるというものだ。
といっても収録の13曲にこのアルバムのための新録音はないのかもしれない。既発音源から一つずつチョイスして寄せ集め並べたコンピレイション盤なんだろうけど、ハモンド B-3 のサウンドが大好きでたまらず、それをいやというほど全身に浴びまくりたいというリスナーには好適な一枚だ。
だから大のハモンド B-3 好きの僕にはもってこいの一枚。みなさんご存知の通りハモンド・オルガンは、元々パイプ・オルガンのエミュレイターとして開発されたもの。パイプ・オルガンはかなり大掛かりな装置で、僕の知る限り全楽器中最もサイズがでかい。僕も一度現物を目の当たりにしたが、デカすぎるねあれは。
パイプ・オルガンは主にキリスト教会や劇場などで使用されるものだけど、あまりの大きさと、したがって値段も高いので、そうそう簡単に設置できるというものではないようだ。クラシック音楽のレコードや CD で聴くその音色は大変に魅力的なものだけど、あれをもっと簡便に再現する代用楽器はないのか?という声は前からあったらしい。
それで1935年にロウレンス・ハモンドが電気機械式のものを開発し、それに「ハモンド・オルガン」という名称を付けたのが、僕たちもよく知るポピュラー音楽の世界におけるオルガン史のはじまり。それまでオルガンという用語はイコール、パイプ・オルガンのことだった。当時はまだ B-3 モデルではなく、現在ではモデル A と呼ばれるもので、B-3 モデルは1954年発売開始。
1935年のハモンド・オルガン開発以後は、クラシック音楽の世界でもこれが使われることが出てくるようになり、そして僕たちがよく知っているジャズやゴスペルやリズム&ブルーズやロックなど様々なアメリカ(発)音楽で頻用されるようになって、ある時期以後は不可欠な楽器となった。
僕が聴いている大衆音楽の範囲内で、オルガン弾きのなかのパイオニアはトーマス・ファッツ・ウォーラーだ。僕の持つ全音源中、ファッツが最も早くオルガンを弾いている。しかしそれは1926年だからハモンドじゃないはずだ。また彼のオルガン・プレイは、あの時期のジャズ・ピアノ同様オーケストラ・スタイルで、基本的には一人で完結しているもの。
それを管楽器みたいにシングル・トーンでソロを取るメロディ楽器にしたのは、これまた僕の知る限りだがジミー・スミスだ。ハモンド B-3 を最大限にまで活用した最も早い一人に間違いない。そのジミー・スミスが『Organ-ized』にも参加して一曲弾いている。例によってギターとドラムスというトリオ編成で「ゼア・ウィル・ネヴァー・ビー・アナザー・ユー」をやっている。
この世界をご存知ない方はベースがいないじゃないかと思われるかもしれないが、専業ベーシストはハモンド B-3 奏者には不要。なぜならばフット・ペダルでベース・ラインを出すことができるからだ。だからハモンド B-3 を弾くジャズ・オルガニストはたいていの場合ベース・レス編成でやるのだが、これを一般化したのもまたジミー・スミスの功績だ。
アルバム『Organ-ized』でもほぼ全曲ベース・レス編成。専業のベーシストが参加しているのは、五曲目のギャラクティック、八曲目のリッキー・ピータースン、11曲目のリューベン・ウィルスンの三者だけ。全てファンク・ミュージックだ。
と思いつつ聴き直してみると、アルバム・ラストのブラザー・ジャック・マクダフがやる「ミスティ」。これのベース音はフット・ペダルの音じゃないように聴こえるなあと思ってクレジットを見たら、やはりベーシストがいる。なんでもない普通のジャズ・バラード演奏なのに、ちょっと不思議だ。それは(ベースとしか書かれていないが)ウッド・ベースの音だ。
ブラザー・ジャック・マクダフといえば、まあ確かにジャズ・オルガニストではあるものの、1960年代にジョージ・ベンスンを雇いデビューの機会を与えた人物だ。そのあたりからはソウル・ジャズ〜ジャズ・ファンク系のものをやるようになっていたので、いわゆるレア・グルーヴ好きのみなさんもご存知のはず。
だから『Organ-ized』にも「ミスティ」なんかじゃなく、そんなソウル〜ファンク・ジャズ系のものを選んでくれたらもっとよかったのにと僕みたいな趣味の人間は思ってしまうが、まあいいや。『Organ-ized』の一曲目はジョーイ・ディフランシスコだ。マイルス・デイヴィス狂なら全員知っている名前。
僕が CD ショップ店頭で『Organ-ized』を発見し、これを買おうと思った最大の理由がジョーイが一曲目だったからだ。彼は1988年末の数ヶ月間だけ、オルガンではなくシンセサイザー奏者としてマイルス・バンドのレギュラー・メンバーだったし、公式録音もあるんだよね。
マイルス・バンドでのスタジオ録音では、1989年5月リリースのワーナー盤『アマンドラ』二曲目「コブラ」(録音は88年暮れ)でだけシンセサイザーを弾いている。スタジオ録音はたったこれだけ。恒常的にライヴ活動はしていたので、録音はそこそこあるが、公式盤はこれまた一枚だけだ。
それがワーナーが1996年にリリースした『ライヴ・アラウンド・ザ・ワールド』。これは1988〜91年のマイルスの各種ライヴ録音からチョイスして編集した一枚で、冒頭二曲が88年12月のニュー・ヨーク録音なのでジョーイが弾いている。一曲目は「イン・・ア・サイレント・ウェイ」だもんね。
アルバム『Organ-ized』とは関係ない話になるが、1988年のマイルス・バンドのライヴ・オープニングはいつも必ずジョー・ザヴィヌルの書いた「イン・ア・サイレント・ウェイ」だった。1969年2月に作曲者自身も演奏で参加して録音して以後、マイルスは死ぬまでこの曲が大好きだったのだ。
といってもザヴィヌルがなかなか許諾を出さないので、公式にアルバム収録するなどは叶わなかったらしい。1988年にもライヴでは使っていたものの、当然ザヴィヌルも存命だったので、公式発売はできなかった(ブートレグでならマイルスの死後すぐに出ている)。
といっても「イン・ア・サイレント・ウェイ」が一曲目の『ライヴ・アラウンド・ザ・ワールド』がリリースされた1996年というと、ザヴィヌルはまだ生きている。ってことは彼のこだわりが弱くなっていたか、あるいはかつてのボスはもう五年前に死んでいるんだからもういいだろうということだったのか。
あ、そういえばマイルスの1969年のアルバム『イン・ア・サイレント・ウェイ』でもザヴィヌルが担当したのはフェンダー・ローズではなくオルガンだよなあ。ハモンド B-3 の音がするじゃないか。これ、なにか今日の本題と関係あるのかなあ?あまりないように思うけれど。
ともかく1988年に本来はオルガニストだったジョーイ・ディスランシスコをレギュラー・メンバーとして雇いシンセサイザーを弾かせたマイルス。死んだ年1991年に活動した最後のレギュラー・バンドのシンセ奏者も、デロン・ジョンスンという、これまた本来はオルガニストの人だった。
アルバム『Organ-ized』の話題に戻ろう。ジョーイ・ディフランシスコが弾く一曲目はなんでもない普通の4ビート・ジャズだ。この人、マイルス・バンドではまあまいい演奏するなあと思って、リーダー作を一・二枚買ってみたものの、どうってことないオルガン・ジャズで、かなり退屈なんだよね(苦笑)。
『Organ-ized』二曲目はあのジョン・メデスキ。こりゃなんと言ったらいいのか、ヒップ・ホップ・ジャズみたいなフィーリングだ。ハモンド B-3 以外にいろんな音が聴こえるんだけど、それは生演奏ではなく、DJ ロジックがターンテーブルを操作して出しているもの。JTNC 系のものがお好きな方にもウケそうだ。
三曲目はアート・ネヴィル。ここまでの三人と、上で名前を出した五曲目ギャラクティックのリチャード・ヴォーゲル、六曲目のジミー・スミス、ラスト13曲目のブラザー・ジャック・マクダフ。これら六人だけが僕が『Organ-ized』を買う前から、その演奏スタイルもよく知っていた人たちだ。
それら六人以外のオルガニストは1999年に『Organ-ized』を買って初めて知り演奏を聴いた人たちなんだよね。ほぼ全員カッコイイなあ。知らなかった人たちの演奏のなかに普通のいわゆるオルガン・ジャズは一曲もなく、全てファンキーなソウル・ジャズ〜ジャズ・ファンクばかりなのもいいね。
七曲目のマイク・フィネガンがやる「ジャスト・ア・リトル・ビット」なんか最高だよなあ。あ、しかしこれ、記載がないないが、これも明らかにフット・ペダルのベース音じゃないなあ。間違いなく専門のエレキ・ベーシストがいるぞ。それにくわえエレキ・ギター、ドラムスというカルテット編成だ。
そのマイク・フィネガンのやる「ジャスト・ア・リトル・ビット」は、もうどこにもジャズがないような完璧なファンク・ミュージックだ。ハモンド B-3 の音も、ドローバーをスライドさせて切り替えるこの楽器の持つ多彩な音色で華麗に弾きまくっている。
八曲目リッキー・ピータースンの「ドロップ・ショット」は、ハモンド B-3 もさることながら、ハタハタというスネアの強い音と、五本入っているホーン・セクションのサウンドの方がむしろ目立つような演奏。これも1ミリもジャズがない完璧なファンク。さながら歌のないジェイムズ・ブラウン・バンドというような趣。
歌のないジェイムズ・ブラウン・バンドといえば、11曲目リューベン・ウィルスンの「イエス・サー」も、冒頭オルガンではなく、ジミー・ノーラン風に刻むエレキ・ギターのリフがまず鳴りはじめ、しかし全体のサウンドは少し柔らかめのソフト・ファンクというか、いい意味でのイージー・リスニング風な感じがちょっとだけする。
もっと面白いのが続く12曲目のミック・ウィーヴァー。なにが面白いかというと、12曲目はジョー・ザヴィヌル・ナンバーの「マーシー、マーシー、マーシー」だからだ。リズム・セクションとホーン陣もいるが、あくまでハモンド B-3 がメイン。
オリジナルであるキャノンボール・アダリー・ヴァージョンでのザヴィヌルはフェンダー・ローズだったのだが、あるいはザヴィヌルがオルガンで「マーシー、マーシー、マーシー」をやったならば、さしずめこんなフィーリングになったのかなと想像できるようなもので、こりゃ最高だ。途中ちょっとだけテナー・サックスのソロも出るが大したことはない。
続く13曲目、ブラザー・ジャック・マクダフが弾く「ミスティ」でアルバムはおしまいとなる。上でも書いたようにこのオルガニストはもっとファンキーな路線の方が絶対いいんだけど、でもハモンド B-3 のサウンドで聴くジャズ・スタンダード・バラードはしっとりと落ち着いてて、終幕に相応しくはあるね。
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