Merry Christmas To You All !
ジェスロ・タルの『ザ・ジェスロ・タル・クリスマス・アルバム』がリリースされたのは2003年。それから五年後の2008年にロンドンのセント・ブライズ教会(英国国教会)でタルがやった音楽を含むクリスマス・サーヴィスの模様が録音され、元の2003年盤とあわせ二枚組で2009年にリリースされている。スタジオ録音盤は既に持っているわけだから、ライヴ盤だけ一枚物で出してくれたら一番よかったんだけどね。
2009年リリースの二枚組『ザ・ジェスロ・タル・クリスマス・アルバム』の二枚目の方は『クリスマス・アット・セント・ブライズ 2008』 というタイトルになっている。この2008年のクリスマスに行われたライヴ・コンサートを含むサーヴィスの主な目的はチャリティで、ロンドンのホームレスを経済的に支援しようという慈善企画だった。
ということが、2009年盤『ザ・ジェスロ・タル・クリスマス・アルバム』の二枚目『クリスマス・アット・セント・ブライズ 2008』 に寄せてイアン・アンダースン自身が書いた説明文にある。なんだかちょっと高尚というか非常に格調高い英文で、読むのにちょっぴり苦労した僕の英語力の貧しさよ。
ジェスロ・タルの『クリスマス・アット・セント・ブライズ 2008』 は全17トラックで計1時間4分ほど。しかしそれらは全てがいわゆる「音楽」ではない。これは音楽コンサートというよりも慈善目的のクリスマス・サーヴィスの実況録音盤なので、タルの連中が演奏しない朗読みたいなトラックが複数ある。
ただ詩の朗読をやっているあいだでも、バックで楽器伴奏や聖歌隊の声が小さく入ったりもするので、音楽的要素がゼロだとも言い切れないし、それにそもそも英国はバラッドの伝統がある国だ。そうでなくたってそもそも声に出して読み上げる文学と音楽とのあいだに厳密な境界線は引けないだろう。古代ギリシアの詩人ホメロスの叙事詩にも楽器伴奏が付いた。あの時代、文学は「読む」ものじゃなく「聴く」ものだった。印刷技術はおろか、紙すらもまだない。
それに文学、特に詩が声に出して読み上げられる時には、しばしば抑揚が付いてメロディアスになり、さらに韻律を伴う場合が多いので、リズミカルにもなるものだ。この音楽化する文学という方向性だけでなく、その逆、すなわち音楽作品が高度な文学的意味合いを帯び、そういうものとして評価される場合もあるのは、今年ボブ・ディランが証明したばかりじゃないか。
ともかくジェスロ・タルの『クリスマス・アット・セント・ブライズ 2008』 には詩の朗読と、さらにタルの連中はおそらく演奏に全く関わっていない、聖歌隊だけの賛美歌合唱がいくつもある。それらとさらにセント・ブライズ教会の牧師がサーヴィスを執り行う様子もちょっぴり収録されている。
とはいえ『クリスマス・アット・セント・ブライズ 2008』 、一応はジェスロ・タルを迎えて、彼らのやるクリスマス・ミュージックを楽しみ、参加者から少しずつ募金を集めてロンドンのホームレス支援に充てるというものなので、やはり七割程度は、普通のいわゆる音楽だ。
『クリスマス・アット・セント・ブライズ 2008』 収録のジェスロ・タルによる演唱は、全部で10トラック。殆ど全て先行する2003年の『ザ・ジェスロ・タル・クリスマス・アルバム』で披露されていたレパートリーだが、二つだけそれには含まれていない曲がある。一つは4トラック目の「リヴィング・イン・ジーズ・ハード・タイムズ」。1978年の『ヘヴィー・ホーシズ』2003年盤のボーナス・トラックだったもので、特段クリスマスとは関係ない。
おそらくは慈善目的、しかも経済的に厳しい状況に置かれているホームレス支援、そしてそうでなくても日々過酷さを増す昨今の経済状況を鑑みて、「リヴィング・イン・ジーズ・ハード・タイムズ」がチョイスされたんだろう。曲がはじまる前にイアン・アンダースンがそんな意味のことをちょろっと喋って曲紹介している。
もう一つは『クリスマス・アット・セント・ブライズ 2008』 のラスト17トラック目でメドレーの最後に演唱される「シック・アズ・ア・ブリック」だ。これはジェスロ・タルを聴くファンのみなさんには、いやそうでなくたって UK ロック・ファンであればみんな知っている有名曲だから、説明不要。
ジェスロ・タルが演奏するものでは、これら二曲以外は全て2003年の『ザ・ジェスロ・タル・クリスマス・アルバム』でやっていた曲ばかり。それらの『クリスマス・アット・セント・ブライズ 2008』 ヴァージョンとの最大の違いは、ドラムスの演奏が完全にゼロであることと、電気楽器も完全にゼロであること。
つまり『クリスマス・アット・セント・ブライズ 2008』 はドラム・セット抜きで完全フル・アクースティックなクリスマス・ミュージックなのだ。前作のクリスマス・アルバムでドラムスを叩いていたドーン・ペリーは既におらず、代わってジェイムズ・ダンカンが参加しているが、ドラム・セットは全く叩かず、カホンなどパーカッション各種を担当している。
またベーシストもジョナサン・ノイスからデイヴィッド・グディアーに交代しているが、デイヴィドもエレベではなくアクースティックな(おそらくギター型の)ベースを弾いているし、ギターも『ザ・ジェスロ・タル・クリスマス・アルバム』では効果的にちょっとだけ使われていたエレキは完全に弾かれず、アクースティック・ギター・オンリー。
鍵盤楽器とアコーディオン担当となっているジョン・オハーラは、ひょっとしてシンセサイザーなのかなと思う音を出す瞬間もあるが、そんなのは極めて稀な例外で、アコーディオンの他はほぼ全てオルガンとピアノを演奏している。あとはマーティン・バーがマンドリンも弾いたりして、その上にお馴染イアン・アンダースンのフルートが乗っている。
ジェスロ・タルが演唱する個々の曲目については、書いたようにほぼ全て2003年の『ザ・ジェスロ・タル・クリスマス・アルバム』にあるものなので、取り立てて繰返す必要はないだろう。昨年12月24日付の僕の記事でも少しだけ書いたので、ご参照あれ。
ただ『クリスマス・アット・セント・ブライズ 2008』 の方は全編ドラム・レスの完全アクースティック・ミュージックなので、そしてそれは英国国教会でのクリスマス・サーヴィスとして行われたものなので、やはり雰囲気が違うのは確かだ。雰囲気を変えているのは、ジェスロ・タルによるアクースティックなクリスマス・ロックのあいだに、敬虔な雰囲気の聖歌隊合唱が挟まれているのも一因。
『クリスマス・アット・セント・ブライズ 2008』 にあるトラディショナルなクリスマス・キャロルは五曲。2トラック目のジョージ・ピッチャー牧師の語りに続く「ワット・チア」、5トラック目の「サイレント・ナイト」、10トラック目の「オー、カム・オール・イェ・ファイスフル」、 16トラック目の「ガウデーテ」、17トラック目のメドレー一曲目「ゴッド・レスト・イェ・メリー・ジェントルメン」。
これらのクリスマス・キャロルのうち、「サイレント・ナイト」「オー、カム・オール・イェ・ファイスフル「ゴッド・レスト・イェ・メリー・ジェントルメン」の三つは日本でもよく知られているスタンダードだ。最初のものは「聖しこの夜」、二番目は「神の御子は今宵しも」、三番目は「世の人忘るな」(あるいは「神が歓びをくださるように」など)の邦題が広く普及している。
「ガウデーテ」(Gaudete はラテン語で「歓び」の意)は僕は知らない曲だけど、調べてみたら欧米のキリスト教会ではそこそこ有名なものらしい。いやあ、まあ分らない。僕はキリスト教信者ではないので。17トラック目の「ゴッド・レスト・イェ・メリー・ジェントルメン」だけは、ジェスロ・タルも2003年の『ザ・ジェスロ・タル・クリスマス・アルバム』で既にやっていたものだ。
『クリスマス・アット・セント・ブライズ 2008』でも「ゴッド・レスト・イェ・メリー・ジェントルメン」だけは聖歌隊合唱ではなく、ジェスロ・タルの面々によるアクースティックなロック風クリスマス・キャロル演奏になっている。それ以外の四つのクリスマス・キャロルではタルは全く演奏せず、聖歌隊合唱のみ。
そのアルバム・ラスト「ゴッド・レスト・イェ・メリー・ジェントルメン/シック・アズ・ア・ブリック」は、最も長い10分以上もあるもの。ジェスロ・タルの面々によるインストルメンタル演奏がパッと止まると、イアン・アンダースンがクリスマス向けにちょこっと喋り、また演奏再開。
それも終ると切れ目なしでパイプ・オルガンが鳴りはじめ、今度は聖歌隊合唱だけで同じ「ゴッド・レスト・イェ・メリー・ジェントルメン」を賛美歌として歌いはじめる。その部分に来ると、完全なるキリスト教会でのクリスマス・ミサの敬虔な雰囲気になる。
そしてその聖歌隊合唱も終わると、またしても切れ目なしで今度はアクースティック・ギターを刻む音が聴こえはじめ、再びジェスロ・タルの演奏による「シック・アズ・ア・ブリック」に入っていくのだ。「シック・アズ・ア・ブリック」部分は非常に短く、約一分間しかない。そこはイアン・アンダースン一人のギター弾き語り。
それを終えると、イアン・アンダースン自身が「メリー・クリスマス・トゥ・ユー・オール、サンキュー!」と一言だけ、しかし大きくはっきりとした声で叫び、このクリスマス・サーヴィスは終りを告げる。
なお、2009年盤の二枚組 CD『ザ・ジェスロ・タル・クリスマス・アルバム』を買うと、その収入は、避難所と食べ物などロンドンのホームレス支援のために廻ることになっていた。あるいは今でもそうかもしれない。
« マイルスがハーマン・ミュートでバラードを吹いたのはこれが初 | トップページ | 年間ベストテン 2016 »
「ロック」カテゴリの記事
- ブリティッシュ・インヴェイジョン再燃 〜 ビートルズ、ストーンズ(2023.11.23)
- いまどきラーガ・ロックな弾きまくり 〜 グレイン・ダフィ(2023.10.12)
- シティ・ポップとしてのキャロル・キング「イッツ・トゥー・レイト」(2023.09.05)
- ロックでサンタナ「ブラック・マジック・ウーマン」以上の悦楽なし(2023.07.18)
- 王道のアメリカン・ルーツ・ロックは永遠に不滅です 〜 トレイシー・ネルスン(2023.06.25)
コメント