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2016/12/04

油井正一の名著、復刊文庫化なる!

Jazznorekishi

 

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油井正一さんの著書のなかで僕の最大の愛読書だったのは、アルテスパブリッシングから復刊もされた『ジャズの歴史物語』(スイングジャーナル社)ではなく、東京創元社から出ていた第一著書『ジャズの歴史』。元々これの中身は雑誌『ミュージック・ライフ』における1953(昭和28)〜56(昭和31)年のあいだにわたる連載だ。

 

 

その連載をまとめて東京創元社から単行本として初めて出版されたのが1957(昭和32)年。これが評判になって結構売れて、『ミュージック・ライフ』誌連載時にはまだ専業のプロ・ライターではなかったらしい油井さんも、ジャズ関連の文筆一本で食べていけるようになったそうだ。

 

 

僕が今でも大事に持っている大学生の時に買った東京創元社刊『ジャズの歴史』奥付を見ると「1981年19版」と書いてある。81年というと僕は大学三年生だが、もっと前に買ったはずだという記憶があるから、古い版を買って読み、その後81年版を買い直したので、それ以前の版は処分したってことだろうなあ。

 

 

1981年版を最後に東京創元社からは出なくなったので、僕はてっきりこれが絶版になったままなんだと思い込んでいて、後生大事にその81年版を今でも持ち続けている。その油井さんの『ジャズの歴史』、僕が気が付いたのはつい先月のことなんだけど、去る九月に文庫で復刊されているじゃないか!

 

 

アマゾンをぶらついている時に発見したその文庫版、僕が自力で発見するまで全く誰も話題にしていなかったはずだ。それで二ヶ月間も気が付かなかったんだなあ。お前はいつも他力本願じゃないかと言われるだろうが、それでもこんな面白い本の復刊文庫化なんだから、誰かジャズ関係者が話題にしてもよかったように思う。僕はあわてて即買った。

 

 

リットーミュージックから出た立東舎文庫である油井さんのそれは、しかし『ジャズの歴史』という書名ではない。『生きているジャズ史』だ。このタイトルは『ミュージック・ライフ』誌連載時のタイトルに戻したもので、しかも立東舎文庫版にある最初のあたりの説明書きを読むと、1988年にシンコー・ミュージックから『生きているジャズ史』のタイトルで一度復刊されていたんだそうだ。

 

 

僕はその1988年の復刊を全く知らずに今まで来た。今年九月の立東舎文庫版『生きているジャズ史』末尾には「一九八八年のジャズに思う(昭和六十三年増補稿)」という一章が追加されている。さらに油井さん自身が88年3月の日付で「はじめに」を書いているのが載っている。それによればこの本に縁が深いシンコー・ミュージックへの復帰を云々とある。

 

 

東京創元社刊の1981年版『ジャズの歴史』の内容は三訂版(1968年版)で、「一九六七年のジャズに思う」という一章で終わっている。81年版はその三訂版の19刷なんだよね。だから上で書いたように、僕が最初に(高校生の終りか大学生のはじめ頃)買ってその後処分したのも中身は同じだった記憶がある。

 

 

今回、立東舎文庫版『生きているジャズ史』を買って、またいちから読み直し、また僕は初体験の「一九八八年のジャズに思う(昭和六十三年増補稿)」も読んだ。本当に面白いなあ。東京創元社刊の81年版『ジャズの歴史』は活字が古く、しかも何刷もしたように文字がやや潰れかすれて薄いので、今の感覚だと読みにくいかもしれない。

 

 

僕くらいまでの世代だとそんな古い活版印刷の文字も読み慣れているのだが、立東舎文庫『生きているジャズ史』は新たに組み直した、というか間違いなく新たに作り直したコンピューター製版だから、文字が鮮明でクッキリとしていて大変読みやすいのがいい。若い方にも違和感なく見えるはず。

 

 

油井さんは1988年3月の日付になっている「はじめに」を書いた三ヶ月後に亡くなっているので、「一九八八年のジャズに思う(昭和六十三年増補稿)」以外は東京創元社刊『ジャズの歴史』81年版とほぼ変わらない。じっくりと読み比べてみたが、88年版刊行に際し加筆訂正した部分はほとんど分らない程度。

 

 

だから最大の違いはやはり「一九八八年のジャズに思う(昭和六十三年増補稿)」なんだけど、それはマイルス・デイヴィスの『ビッチズ・ブルー』とそれに関連するその後のジャズ関連音楽についての話題だ。しかも粟村正昭さんの『モダン・ジャズの歴史』終盤における『ビッチズ・ブルー』論を踏まえてのものになっている。

 

 

粟村さんは『ビッチズ・ブルー』で「ジャズ」という音楽に一区切りがついた、言ってみれば「終った」と考えるのが妥当なのではないかと『モダン・ジャズの歴史』のなかで結論づけているのだが、油井さんも「一九八八年のジャズに思う(昭和六十三年増補稿)」のなかで似たようなことを書いているんだなあ。

 

 

ただし『ビッチズ・ブルー』を理解しなかった粟村さんとは違って、油井さんはこれに極めて高い評価を下していた。それは「一九八八年のジャズに思う(昭和六十三年増補稿)」にも書いてある。ただ一度オープン・テープで試聴しただけなのに「歴史を揺るがす傑作ついに出ず!」と『レコード芸術』誌に書いたんだそうだ。

 

 

そうではありながら、『ビッチズ・ブルー』以後、1988年当時の呼び方だったブラコン(ブラック・コンテンポラリー)までの黒人音楽の流れと内実を見ると、いわゆるジャズ系とされるハービー・ハンコックやクインシー・ジョーンズなどの作品ですら、もはやジャズではないだろうと。

 

 

だから油井さん自身、粟村さんの言う1969年の『ビッチズ・ブルー』でジャズは終ったのだという考えに、近年徐々に傾きつつある、「この辺で一本の線を引いた方が、ジャズという音楽の全体像がスッキリ掴めるような気がするのです」(p. 375)と結論づけている。いま引用したこの一文が立東舎文庫版『生きているジャズ史』のエンディングだ。

 

 

今の若いジャズ・ファンにはこんなことが書いてある「一九八八年のジャズに思う(昭和六十三年増補稿)」が最も興味を惹く部分だろう。ですがねぇ、油井さんの『生きているジャズ史』(『ジャズの歴史』)の本領はそんなところにはないのですよ。この本の大部分はビ・バップ以前の戦前古典ジャズの話で、八割以上を占めるそんな部分でこそこの本での油井さんは輝いているんだよね。

 

 

『生きているジャズ史』(『ジャズの歴史』)は、まずニュー・オーリンズでのジャズ誕生から話しはじめ、その後は「初期のニグロ・ジャズメンたち」でバディ・ボールデンとフレディ・ケパードを扱い、「ルイ・”サッチモ”・アームストロングを分析する」で、特に1920年代後半録音を中心にサッチモのスタイルの変遷を詳細に分析、「エメット・ハーディという男」ではビックス・バイダーベックの影響源を論じている。

 

 

さらに「ジャズにおける人種的偏見」ではベニー・グッドマンが黒人ジャズ・メンを雇った話や、戦前の黒白混成バンド、「レコードをききながらの妄想」ではベニー・グッドマンのクラリネット・スタイルについて、「ジャズ・ヴォーカルの変遷と鑑賞」ではベシー・スミスの歌い方を詳しく解説。

 

 

はたまた「ブギー・ウギー物語」「ジーン・クルーパ物語」「ベニー・グッドマンという男」「エディ・コンドンという男」と、立東舎文庫版『生きているジャズ史』なら183ページまで、これ全て戦前古典ジャズの話題だ。184ページでようやく「ウディ・ハーマンという男」というのが来る。

 

 

がしかしその「ウディ・ハーマンという男」も1944年スタートのいわゆるファースト・ハードにはじまるモダン・バンド時代より前の話が中心だから、ウディ・ハーマン楽団のモダン時代のことが書いてあるのかと思って読むと当てが外れちゃうんだよね。

 

 

その後はまた「ディキシーランド・スタイル」「ディキシーランド・リヴァイヴァル」を経て、はじめてモダン・ジャズの話題になるのが235ページからの「クール・ジャズ」という章。そして東京創元社刊『ジャズの歴史』初版はここで終っていたのだ。

 

 

その後続く「モダン・ジャズに関するノート」「ジャズの将来について」「ファンキー考」は1961(昭和36)年刊の第五版で書き加えられた章であって、さらに、収録順ではもっと前に入っているが「カナ書き談義」「デューク・エリントンという男」も後年の加筆だし、また収録は後ろの方である「一九六七年のジャズに思う〜オーネット・コールマンの出現と日本のジャズ」は三訂版(1968年版)で書き加えられたもの。

 

 

ってことは要するに油井さんの『生きているジャズ史』(『ジャズの歴史』)のメインはあくまで戦前古典ジャズの話題であって、モダン・ジャズに関する考察はあくまで付け足しに過ぎない。そんな本、いまどきないんじゃないかなあ。2016年に文庫で復刊できたのが奇跡のように思える。

 

 

しかも東京創元社刊『ジャズの歴史』初版だった「ウディ・ハーマンという男」までの部分と、その後改訂のたびに加筆された部分とでは、油井さんの語り口が変化しているのがよく分る。初版分までの文章では、なんというかいわば岡目八目的野次馬精神が横溢していて、実に楽しい。

 

 

批評的分析だとか論考なんてものじゃなく、ある種の講談なのであって、それをそのままテープから起こしたような文体なんだよね。僕が最初に東京創元社刊の『ジャズの歴史』を買って読んで大いに楽しんだのも、そんな気さくな油井さんの語り口だったのだ。

 

 

音楽的鑑識眼と文筆力には磨きがかかっていくものの、そんな気さくな部分がその後の加筆稿部分でやや失われている原因ははっきりしている。加筆部分はプロのジャズ批評家時代に書いたものだけど、初版部分のもとになった『ミュージック・ライフ』連載時には、油井さんはまだ専業的プロ・ライターじゃなかったからだ。

 

 

プロではなかったにもかかわらず音楽を聴く耳は確かで、聴いたものを文章化する際にはそんなアマチュア精神が大いに発揮されて、初版分までの章では文章が闊達で伸び伸びしているし、読んでいて堅苦しいところが全くなく実に楽しい。いくら「講談師」油井正一さんでもその後はその味が少し失われているからね。

 

 

今年九月刊行の立東舎文庫版『生きているジャズ史』でも、当然中身の八割方以上が戦前古典ジャズの話題で、シンコー・ミュージックからの1988年版からは当然文章にも手が入っていないので、語り口もそのまま。いまや古いジャズに興味を示すファンが減っているなか、分りやすく親しみやすい入門的<読み物>としては格好の一冊だなあ。

 

 

というわけなので、もしひょっとして戦前古典ジャズに興味を持ちはじめ少し聴いていて、なにか手引・入門になるものはないのかなとお考えのそこのあなた、あなたですよ!是非!油井正一さんの立東舎文庫版『生きているジャズ史』を買ってみてください。税抜900円ですよ。

 

 

以下蛇足。

 

 

この文庫化に際し、解説を菊地成孔が書いている。じっくり読んでみたが、菊地の文章自体はこの油井さんの名著の値打を下げるものだとしか思えない。がしかしいわゆる現代ジャズに強い興味を示し、それをどんどん聴いているファンにも菊地は人気がある。菊地が解説を書いているならばと立東舎文庫版『生きているジャズ史』を手に取る人もいるのかもしれない。だからあながちマイナス材料とだけも言えないんだろう。

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コメント

おっとあなたというのは僕のことですね。
もちろんこの本は手元にありますよ。
東京では大きな本屋なら平積みになってましたし、CD屋さんにも目立つように置いてあります。
今の僕と同じように戦前ジャズにワクワクして耳を傾けているのが伝わってくるような文章ですよね。

あ、いや、Astral さんだけでなく、どなたか特定個人「だけ」を想定して書くということはまずありませんし、今日のこの文中にある「あなた」も Astral さんだけを念頭に置いたわけではありません。がしかし大勢(といっても少数か…)のなかに入れていたのは間違いないです。


ですから既に手に取っていただいていると知り、嬉しい限りですよ。お楽しみください。

もちろん僕を想定してのことではないのはわかってますよ!

それと「『ビッチズ・ブルー』でジャズは終ったのだ」というのも、よくわかります。もちろん以降も現在も素晴らしいジャズ作品があるのは百も承知なのは油井さんもとしまさんも同様でしょう。でもこれは戦前ジャズからジャズを聴かないとまったくわからない話ですよね。

僕の考えは油井さんや粟村さんとはちょっとだけ違うんです。元々ジャズ・メンだった人たちが1970年代以後たくさんジャズ・ファンクをやるようになりましたが、あれは1920年代あたりのジャズと本質的には似ている、あるいはひょっとして同じことだと思っています。

1960年代後半以後少しのあいだ、最もカッコよかった黒人音楽はファンクですが、1920年代におけるそれはブルーズなんですよね。戦前ジャズはそんなブルーズと不可分一体化していました。

ってことは1970年代のあれらは、過去のそんな歴史を取り戻しただけだろうと。同時代に最もカッコよかった黒人音楽を切り離していた1950〜60年代ジャズの方が、全体史で見たら例外なのかもしれません。

油井さんも粟村さんも、僕なんか到底足元にも及ばないくらい戦前ジャズを聴いていたのに、どうしてこれを言わなかったのかなあと、ちょっぴり不思議、ちょっぴり不満なんです。

がまあしかし1920年代ジャズと1970年代ジャズが同じだなんて、僕以外に世界中誰一人言っていないように思いますので、やはりこれも妄言かもしれません。

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