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2016/12/22

僕の最も好きなライトニンはこれ

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ライトニン・ホプキンスの1960年録音のアルバム『モージョー・ハンド』。それにしてもインパクトのでかいジャケット・デザインだよなあ。黒人ブルーズ・ファン以外からは、いや黒人ブルーズ・ファンだって洗練されたお洒落なものが好きな方には相手にされないというか、積極的に遠ざけられるとしか思えないジャケットだ。

しかしマディ・ウォーターズも「フーチー・クーチー・マン」の歌詞のなかに歌い込んだモージョー・ハンドとは、まあああいった意味ではあるのだ。フーチー・クーチーもね。あんまり詳しく説明するとただの猥褻記事になってしまうのでやめておくが、ああいったものとブルーズが切り離せないのは確かなこと。もしご存知ない方はネットで調べてみてほしい。

あ、そういえば実を言うと現物はもう手放してしまっていて、言及する時は全て記憶頼りである小出斉さん執筆の『ブルースCD ・ガイド・ブック』。あの本の表紙にライトニンの『モージョー・ハンド』を使ってあったよなあ。それくらい象徴的というか、ブルーズとはこういうものだっていうことなんだろうね。

ライトニンのやるブルーズはジョン・リー・フッカーのスタイルに似ている。スローなものをやる時はドロドロにエグい感じで、ミドル〜アップ・テンポのものなら基本全てジャカジャカというブギ・ウギのパターン。『モージョー・ハンド』に限れば、それをエレキではなくアクースティック・ギターでやるのがライトニンだ。

ライトニンはエレキ・ギターもよく弾くが、スタイルは全くどこも変わらない。アクースティック・ギターでやる時と完璧に同じブルーズだ。例えばもう一枚の有名盤であるヘラルド録音集『ライトニン・アンド・ザ・ブルーズ』は全編エレキ・ギターだが、全編アコギのファイア盤『モージョー・ハンド』と完全に同じスタイルだ。

録音はこっちが早い『ライトニン・アンド・ザ・ブルーズ』と、その後の『モージョー・ハンド』はしかしライトニン一人での弾き語りではない。ベースとドラムスの伴奏付き。ということになってはいるが、しかし二枚とも全曲で伴奏付きではないようだ。ドラムスの音は全曲で聴こえるが、ベースの音は聴こえたり聴こえなかったりする。ピアノが入る曲もある。

これら二枚のうちでは『モージョー・ハンド』の方が有名で評価も高いのかもしれない。ひょっとしてそれは全編アクースティック・ギターだからなのだろうか。でもそれはおそらくある種のブルーズ・ピュアリズムのせいなんじゃないかなあ。内容的に同じものだから、個人的にはヘラルド盤もファイア盤も同じくらい好きだし、評価としても同じだ。

がまあしかし今日は『モージョー・ハンド』の話を中心にすると、1962年にファイア・レーベルからレコードがリリースされた時は全部で九曲で40分もない。僕が現在持っているリイシュー CD は P ヴァインが1998年に出したもので、「コンプリート・セッション」の名が冠してあり、九曲が追加されている。その追加部分含め全部で約71分。

その追加トラック九つのなかにはよく分らないものもある。アルバム全体の15曲目「アイム・リーヴィング・ウィズ・ユー・ナウ」で歌っている女性は誰だろう?日本語ライナーノーツでも不明だと書いてあるし、ネットで調べても分らず、聴いて分るような声と歌い方でもない。ギターのスタイルは確かにライトニン。

その15曲目以外はライトニンしか歌っていない。この人もまた金太郎飴状態のブルーズ・マンで、先に書いたようにエグ味のあるスロー・ブルーズと快活なギター・ブギの二種類のパターンがほとんどだ。もっとも初期録音だともっとダウン・ホーム感のある、いかにも南部的なカントリー・ブルーズもある。

そういうダウン・ホーム感覚は1954年のヘラルド録音集『ライトニン・アンド・ザ・ブルーズ』にはまだまだあるが、60年ファイア録音の『モージョー・ハンド』では薄い。その分かえってエグ味とブギの切れ味は増しているように聴こえなくもない。シングル盤にもなった一曲目の「モージョー・ハンド」はかなり売れたらしい。
お聴きになれば瞬時にお分りのように、完全なるギター・ブギ。だからテキサス生まれで生涯のほぼ全ての時期をヒューストンで過ごしたカントリー・ブルーズ・マンであるとはいえ、都会的なフィーリングは充分にある人なんだよね。いや、戦後の人だからこういう言い方もオカシイのか。

ブギ・ウギが(主にピアノで)大流行したのは1930年代末〜40年代で、その後はごくごく当たり前の日常的なものになったので、戦後ならそれを都会的とか田舎的だとか言うのはオカシイんだろう。ライトニンは1912年生まれだから、20年代半ば頃にはもうブルーズをやっていたんだろうけどね。

初録音が戦後、1946年のライトニンだけど、白人社会を含め一般的に人気が出たのはおそらく1950年代末か60年代に入ってから。ってことは既にロック・ミュージックも流行していたし、またアメリカではフォーク・リヴァイヴァルの真っ最中だったから、あるいはそんなルーツ再発見的な意味合いで評価されたんだろうか?

1960年録音のファイア盤『モージョー・ハンド』でアクースティック・ギターしか弾いていないのは、あるいはそんなフォーク・リヴァイヴァル運動と関係があるんだろうか?そういえばライトニンのブルーズにもフォーク・ミュージック的な要素は聴き取れる。

例えば『モージョー・ハンド』四曲目の「ブラック・メア・トロット」。これではライトニンは歌わずギター・インストルメンタルなんだけど、黒さみたいなものが薄くて、むしろ白人民謡的なサウンドだよね。ライトニンの音楽について「白い」なんて言う人は稀だと思うが。
そうかと思うと三曲目「オーフル・ドリーム」はエグ味極まるドロドロで真っ黒けなスロー・ブルーズだ。一般に黒人ブルーズが好きな人はこういうのにシビレるんだよね。僕も全く同じだ。こういうのばかり集めてりたっぷり聴きたいぞ。ヴォーカルもギターも最高だ。特にギターのフレイジングはたまらんね。
ピアノが入る五曲目は「ハヴ・ユー・エヴァー・ラヴド・ア・ウーマン」と、エリック・クラプトンの得意レパートリーにもなったフレディ・キング・ナンバーと全く同じ曲名だけど、あんまり関係ないみたいだなあ。フレディ・キングのがシングル盤でリリースされたのは翌1961年だしね。
それよりは続く六曲目「グローリー・ビー」が、三曲目によく似たこれまたエグいドロドロのスロー・ブルーズで、やっぱりこういうのがいいなあ、ライトニンは。ギターの弾き方にはかなり南部的なダウン・ホーム感もある。というかそれがないとこんな風なブルーズにはならない。
ブギである七曲目「サムタイム・シー・ウィル」をはさみ、八曲目「シャイン・オン、ムーン!」と九曲目「サンタ」がこれまたエグ味満載のスロー・ブルーズ。後者なんか曲名通りクリスマスを歌った内容なのに、ちっとも宗教的でもなければ祝祭感もどこにもないね(笑)。
オリジナルのアナログ盤だと『モージョー・ハンド』はこれで終り。そう見るとこのアルバムは要するにギター・ブギとエグいスロー・ブルーズと、ほぼ完全にその二本立てで押しているもので、だから黒人ブルーズが好きな人間には人気があるんだなあ。上で白人民謡的要素があるとは書いたものの、それは例外だ。

そして録音はこれよりも早い『ライトニン・アンド・ザ・ブルーズ』も、ギターがエレキになっているだけで同じ内容だから、やっぱりライトニンはこういう音楽家なんだと間違いなくそう思われているだろう。僕も異論などない。完璧に同意する。

だけれども個人的な好みだけなら、一番好きなライトニンのアルバムはそれら二枚や、あるいはアラジン録音集などでもない。『キャディラック・マン』というなんだかよく分からない一枚が僕の一番好きなライトニンで、しかも生まれて初めて買ったライトニンのレコードだった。

大学生の時だったが、しかしそのアナログ・レコードが『キャディラック・マン』のタイトルだったかどうかすら、もう忘れてしまった。しかもこれはライヴ録音なのかスタジオ録音なのかも分らないというか、でもまあ一曲目では観客の笑い声などが聴こえるのでライヴなんだろうと思うと、二曲目以後はそれがないというもの。

ただ大学生の時に聴いたその一曲目の印象が非常に強く残っていて、ジャケット・デザインは間違いなくこんなものではなかったような記憶があるんだけど、探しに探して見つけた CD のタイトルが『キャディラック・マン』というもの。これは日本の meldac というところがリリースしている。

『キャディラック・マン』。二曲目以後は僕にとってはどうでもいい。一曲目が全てなのだ。「ビッグ・ブラック・キャディラック・ブルーズ」という、これは間違いなくライヴ録音。これこそが僕がライトニンの全録音中最も好きなものななんだよね。
お聴きになれば分るように「ちょっとごめんよ、おねえちゃん」ではじまるライトニンの語りが僕は好きなんだよね。聴衆も湧いている。しゃべくりで客を楽しませ笑わせるエンターテイナー精神横溢の一曲なのだ。しかもなかなか普通のいわゆる「音楽」に入らない。

僕は内部で体験したことなど一度もないんだけど、ブルーズの「現場」とはこういうものなのかもしれないよね。ライトニンもちょっろっとギターを触りながらではあるが、延々しゃべくって客を笑わせてひとしきり場をあたためた四分後に、ようやく音楽らしきものになる。

「音楽」になるとそれはいつものライトニン節であるギター・ブギ。それがかなりダンサブルなんだよね。まあブギ・ウギとはダンスのことだからさ。一曲、いや「曲」なのかなんなのか、約七分間のあいだ、前半がしゃべくり、後半がダンス音楽で、そうやって客を楽しませているというのがブルーズの現場。

この一曲というかワン・トラックが、僕が大学生の時に初めて聴いたライトニンで、それでライトニンが好きになったわけなのだった。半分は普通のいわゆる音楽じゃないからね。ステージ上での漫談みたいなもんだし、音楽になってからも徹底したエンターテイメントだ。音楽とはピュアなもので芸術だと心の底から信じている方々には、こういうものは永遠に分らない。

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