スピリッツ・オヴ・リズムの愉しさ
スピリッツ・オヴ・リズムとかキャッツ・アンド・ザ・フィドルみたいなノヴェルティなストリング・バンドって本当に愉しいよね。ジャンゴ・ラインハルトとステファン・グラッペリらを擁したフランス・ホット・クラブ五重奏団も、音楽性は同じようなもんだろうと僕は思うんだけど、ジャズ・ファンは誰もそういうこと言わないなあ。ジャンゴらについては熱心に語る人が多いけれど、フランス・ホット・クラブ五重奏団をジャイヴの文脈に位置付ける文章って見たことがない。
でもジャンゴらは頻繁に話題になっているのでまだ随分マシだ。これがスピリッツ・オヴ・リズムとかキャッツ・アンド・ザ・フィドルその他となると、ジャズ・ファンは誰一人とりあげようとすらしない。僕がこういう人たちの録音集を聴くと立派なジャズに聴こえるんだけど、しょうがないなあ。
その他弦楽器を中心とする楽しくて面白いジャズ系のバンドが1920年代末から30年代、そして40年代のビ・バップ勃興前までには結構あった。みんな楽しい。もっと知ってほしい、聴いてほしいのでジャズ・ファン向けにちょっとずつ書いていこう。キャッツ・アンド・ザ・フィドルその他の話はまた別にするとして、今日はスピリッツ・オヴ・リズムだ。
しかしこの「スピリッツ・オヴ・リズム」という名前での録音は1933年10月のものが初。正確には「ファイヴ・スピリッツ・オヴ・リズム」名義で、既にギタリストのテディ・バンが参加している。ジャズ的な意味ではテディ・バンこそがこのグループ最大の聴きものだろう。だって抜群に上手いもんね。
実質的にはそのほんのすこし前、1933年9月録音の三曲が既に同一メンバー六人で、だから当然テディ・バンもいるのだが、「ザ・ファイヴ・カズンズ」名義なのだ。だが聴いてみると全く同じ音楽を既にやっているので、後世の人間はみんなその33年9月録音の三曲を実質的なスピリッツ・オヴ・リズムの処女録音とする。
その前、1930年にテディ・バンとダグ・ダニエルズが組んで「アラバマ・ウォシュボード・ストンパーズ」名で録音。一方、レオ・ワトスンとウィルバー・ダニエルズが組んで「ザ・ウォシュボード・リズム・キングズ」名で1932年11月に録音している。両ダニエルズは兄弟。後者の方がスピリッツ・オヴ・リズムに近いものだ。
僕の持っている『スピリッツ・オヴ・リズム 1932-1941』というオランダ製 CD もその1932年録音の二曲からはじまっている。その二曲を含め全24曲のこの録音集は CHALLENGE Records という名前のレーベルが1996年に出している。日本の P ヴァインも一枚出していた。P ヴァインが出すということはジャズではなくブルーズという位置付けなのか…。う〜ん…。
その後、スピリッツ・オヴ・リズムという名称を用いるようになって以後はアメリカン・デッカに録音するようになるので、必然的に中村とうようさん編纂の『ブラック・ミュージックの伝統〜ジャズ、ジャイヴ・アンド&ジャイヴ篇』にも一曲収録されている。1934年録音の「ジャンク・マン」。
さて、1932年11月のザ・ウォシュボード・リズム・キングズ名での録音がスピリッツ・オヴ・リズムに近く、僕の持つオランダ盤 CD のスピリッツ・オヴ・リズム録音集もそれからはじまっていると書いたが、それはどこに感じるのかというとヴォーカルの風味だ。歌っているのはウィルバー・ダニエルズとレオ・ワトスン二名。
だから上でテディ・バンのギターこそがこのグループ最大の聴きものであるようなことを書いたけれども、それは純ジャズ・ファン向けの発言なのだ。ジャンゴ・ラインハルトなどがお好きな方であれば、スピリッツ・オヴ・リズムを聴いてオッ!となるのは、間違いなくアクースティック・ギターでのシングル・トーン弾きソロだからね。
実際1930年代前半からのテディ・バンは同時期のジャンゴに非常に近い。それなのに前者が後者ほどの話題になっていないのはどうしてなんだろう?最初に書いたようにフランス・ホット・クラブ五重奏団にもジャイヴな味があるように僕には聴こえるんだがなあ。不可解だ。
まあいい。スピリッツ・オヴ・リズムの面白さは、テディ・バンのギターの上手さもさることながら、上で触れたようにヴォーカルのコミカルな味だから、ジャズ・ファンのみなさんにもそこを聴いてほしい。それは1932年録音のウォッシュボード・リズム・キングズでの録音二曲に既にしっかりあるんだなあ。
二曲のうち、「アンダーニース・ザ・ハーレム・ムーン」はあまり馴染がない曲かもしれないが、もう一つの「ハウ・ディープ・イズ・ジ・オーシャン?」の方はモダン・ジャズ・メンもよくやるスタンダードなのでご存知のはず。二曲とも意味不明な言葉の羅列、スキャット・ヴォーカルが聴ける。ご紹介しようと思ったら YouTube にないじゃないか。
ただしそのウォッシュボード・リズム・キングズでの1932年録音二曲にはトランペッターと複数のサックス奏者がいるので、ストリング・バンドではない。ストリング・バンドかどうかという点は重要なのでこだわりたいんだよね。主に1930年代に活躍したノヴェルティなジャズ・バンド、すなわちジャイヴ・バンドの多くがストリング・バンドだったからで、そういう編成だったからこそ、ああいった味を出せたんだと思うのだ。
その意味でもやはりジャンゴらのフランス・ホット・クラブ五重奏団も類似性があるんだけど、このバンドについては今日は書かない。ウォッシュボード・リズム・キングズ名になっているくらいで、つまりウォッシュボード・バンドなわけだけど、しかし1932年録音の上記二曲でのウォッシュボード担当が誰なのか不明となっているのが残念。
ウォッシュボード・バンドも1920年代あたりからアメリカにたくさんあって、猛烈なスピード感と泥臭いダンス感覚を表現していた。ウォッシュボードって、なんだそれ、洗濯板じゃないか!と真面目な音楽愛好家の方々は思われるかもしれないが、かなり面白いよ。一昨日書いたレッド・マッケンジーの櫛と同じく、そういう芸風は誕生期のロックへと繋がっているからね。エリック・クラプトンの『アンプラグド』でも、ドラマーが一曲使ったじゃないか、ウォッシュボード。
レッド・マッケンジーといえばスピリッツ・オヴ・リズムの録音に参加したのが四曲あって、僕の持っているオランダ製 CD『スピリッツ・オヴ・リズム 1932-1941』にも収録されているから、やっぱり繋がっているんだよね。ウォッシュボード・バンドの泥臭いダンス感覚をいわば都会風に洗練させて、ちょっと洒落たステージ・エンターテイメントにしたのがスピリッツ・オヴ・リズムなんだよね。
スピリッツ・オヴ・リズムとレッド・マッケンジー。スピリッツ・オヴ・リズムは「アイヴ・ガット・ア・ワールド・オン・ア・ストリング」という同じスタンダード・ナンバーを、まず最初は1933年9月にグループの六人で録音し、次いでレッド・マッケンジーをヴォーカルで迎えて34年9月にも録音している。マッケンジー以外のメンバーも少し違う。
1934年録音では不明のピアニストと、ベースでウェルマン・ブロウドが参加しているのだ。この二名は33年録音にはいない。熱心なデューク・エリントン楽団のファンであればウェルマン・ブロウドの名前にアッと思うはずだ。そう、1920年代後半の同楽団で活躍したベーシストだからだ。
しかしウェルマン・ブロウドのベースは、スピリッツ・オヴ・リズムでははっきり言ってどうでもいい。重要なのはヴォーカルのコミカルな味とテディ・バンの弾く単音ソロだ。「アイヴ・ガット・ア・ワールド・オン・ア・ストリング」の1932年ヴァージョンで歌うメイン・ヴォーカリトはレオ・ワトスンで、その他三名がバック・コーラス。
この YouTube 音源はテディ・バンの名前で上げているが同じもの。本当はザ・ファイヴ・カズンズ名での録音だ。テディ・バン名であげるのは、そりゃまあ分らんでもないが。バンの単音弾きギター・ソロが素晴らしいので、普通のジャズ・ファンはそこへ耳が行くだろうからね。がしかしヴォーカルの方がもっと面白いんじゃないかなあ。
レオ・ワトスンのリード・ヴォーカルも楽しいが、もっといいのは背後で入るワゥワゥっていうバック・コーラスじゃないかなあ。ジャズ界にはこんなのが1920年代後半からあったんだけど、ここまで拡大・強調するようにになったのは30年代前半からのグループで、スピリッツ・オヴ・リズムもその典型の一つ。
テディ・バンが単音弾きソロで見事な腕前を、スピリッツ・オヴ・リズムの全録音で披露するので、やはり売り物だったことは間違いないのだが、バン以前にジャズ界にはエディ・ラングというアクースティック・ギタリストがいて、同じくらい見事な単音弾きギターを聴かせる。ヴァイオリンのジョー・ヴェヌティとのコンビでやったものなんか最高なんだよね。エディ・ラング、ジョー・ベヌティ両名とも、今年九月に復刊文庫化された油井正一さんの『生きているジャズ史』のなかに出てくる名前。
さて「アイヴ・ガット・ア・ワールド・オン・ア・ストリング」のレッド・マッケンジーがリード・ヴォーカルをとった1934年録音の方。やはりマッケンジーの歌の方がレオ・ワトスンよりもピュア・ジャズ的だと言えなくもないが、でもかなりコミカルではある。こっちの方のバック・コーラスは33年ヴァージョンよりもおとなしい。
なんかこの YouTube 音源もレッド・マッケンジーの名前しか出してないけどさぁ。演唱全体にわたってよりジャイヴィーであるのは1933年録音の方だろうね。テディ・バンのギターの上手さは同じだ。34年ヴァージョンではちょっぴりハーモニクス奏法が聴けたり、また33年のでも34年のでもちょっぴりハワイアンなフレイジングに聴こえる瞬間があるよね。
スピリッツ・オヴ・リズムは、これまたジャズ・スタンダードであるガーシュウィン・ナンバー「アイ・ガット・リズム」も二回録音している。1933年9月と10月で、これは完全に同一メンバーのスピリッツ・オヴ・リズム六人。このグループにおけるテディ・バンのギター演奏では、この二つが一番いいかもしれない。
10月ヴァージョン→ https://www.youtube.com/watch?v=FINsk3LzVpM
お聴きになれば分るように10月ヴァージョン弾き出しのテディ・バンは、カウント・ベイシー楽団の1937年録音「ワン・オクロック・ジャンプ」の出だしにおけるカウント・ベイシーのピアノの弾き方にソックリだ。まあこういうのはいっぱいあって、要はちょっとしたブギ・ウギ。
「アイ・ガット・リズム」の1933年9月ヴァージョンでも10月ヴァージョンでも、しかしテディ・バンのギター以上にリード・ヴォーカルとバック・コーラスに注目していただきたい。楽しいんじゃないかなあ。どっちのヴァージョンでもレオ・ワトスンがスキャットを聴かせてくれているのがいいね。ルイ・アームストロングのスキャットはピュア・ジャズ・ファンも称揚するのになあ。同じようなもんじゃないの?
サッチモのやったああいう意味のない言葉、ナンセンス・シラブルをスキャットで歌うっていうやつ。それはいわゆる「歌」というよりも器楽的唱法なわけで、サッチモの場合コルネットで吹くそのままのスタイルでやってああなったわけだけど、その後のキャブ・キャロウェイや、スピリッツ・オヴ・リズムのレオ・ワトスンやダニエルズ兄弟や、その他みんな同じじゃないか。全部器楽的唱法でのスキャットじゃないか。
だからレオ・ワトスンとスピリッツ・オヴ・リズムや、他にもいっぱいあったジャイヴ・バンド(の多くがストリング・バンド)におけるジャイヴ・ヴォーカルの源泉はサッチモの1920年代後半録音にあったんだと僕は確信しているけどね。サッチモをそんな文脈で再評価する人っていまだに一人もいないんだけど間違いないから、これについてはそのうちじっくり書くつもり。
スピリッツ・オヴ・リズムの最盛期は1930年代で、その頃はニュー・ヨークの52丁目(52nd Street を「52番街」とするのは中村とうようさんもやっているんだが、よくない)で大活躍したのだが、40年代に入ると西海岸のロス・アンジェルスに移り、同年代後半にこのグループは消滅した。
あぁ、長くなったので、ストリング・バンドとしてのスピリッツ・オヴ・リズムのサウンドを特徴づけているティプレのことなんか全然書けなかったなあ。ティプレは小型でギターの変種。興味のある方は是非ネットで調べてみてほしい。ラテン・アメリカ音楽との繋がりなんかも見えてきて面白いよ。
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