Us3はソウル II ソウルと同じ
今では誰一人見向きすらもしないんじゃないかと思う Us3。でも1990年代にはかなり人気があったんだよね。特に92年にシングル盤「カンタループ」が出て、翌93年にそれが収録された最初のアルバム『ハンド・オン・ザ・トーチ』がキャピトルからリリースされた頃は、そりゃもう絶大なる人気を誇っていた。あの頃は特にジャズ・ファンじゃない音楽リスナーだって Us3、Us3って言ってたもんなあ。
数年前から日本で大人気の例の JTNC。考えてみたらあれの走りが Us3だったように思うのに、JTNC 系に夢中な方々は誰も Us3の名前を出さない。むしろ主導者自ら積極的に否定しにかかっているかのようにすら見える。いわく「1990年代のジャズと2010年代のジャズはこう違う」とね。同じに聴こえる僕は要するに違いの分らないオジサンってことなんだろう。う〜む、ネスカフェ。
JTNC 系のものはどうでもいいので放っておいて、Us3。ファースト・アルバム『ハンド・オン・ザ・トーチ』だけは今聴いてもかなりいい。カッコイイよね。特にいいのが1トラック目の「カンタループ(フリップ・ファンタジア)」、8トラック目の「トゥッカ・ユーツ・リディム」、ラスト13トラック目の「ザ・ダークサイド」だ。
1992年にまず出たという Us3最初のシングル「カンタループ」は僕は買わなかった、というかそもそも Us3の存在も知らなかった。翌93年にファースト・アルバム『ハンド・オン・ザ・トーチ』がリリースされ大きな話題になって、確か FM ラジオでも1トラック目の「カンタループ」が流れるのを聴いたはずだし、テレビ CM かなにかでも同じものが使われていたような気がする。
そんなことで耳にした「カンタループ(フリップ・ファンタジア)」がえらくカッコイイので、すぐに CD ショップでアルバム『ハンド・オン・ザ・トーチ』を買って何度も聴いた。いやあ、本当にカッコよかったんだよね。しかも大半のトラックは、サンプリングされているブルー・ノート・ジャズのレコード音源、ネタ元も周知のものだったので、その意味でも楽しかった。
それまで特にジャズ・ファンではなかった方であれば逆だっただろう。Us3を聴いて、これいいなあ、元ネタはなんだろう?と思っても、CD パッケージに入っている紙に書いてある「〜〜からのサンプルをフィーチャー」となっているその「〜〜」が分らなかったかもしれないよね。それで情報を探したんじゃないかなあ。
『ハンド・オン・ザ・トーチ』CD アルバム附属の紙にはサンプルの曲名と演奏者名しか書いていないから、知らない人はどのレコード(CD)を買えばいいのか分らないと思うんだよね。僕の持っているこのアルバムはオリジナルの UK 盤なんだけど、あるいは日本盤が出たのかどうか知らないが、出たのであれば日本語ライナーノーツには、サンプル収録の元のアルバム名なども明記されていたかもしれない。
あるいは日本語でも多数の音楽記事が Us3をとりあげて、使われているサンプルを収録してあるブルー・ノートのジャズ・アルバムを紹介してあったかもしれない。僕はほぼ全て周知のものだったので、そういうものは全く読まなかった。でも Us3が使ったサンプルに導かれ、そういうレコードや CD が売れたのかもしれない。
だいたい1トラック目「カンタループ(フリップ・ファンタジア)」のサンプル収録アルバムであるハービー・ハンコックの1964年『エンピリアン・アイルズ』には、えらくカッコイイ「ワン・フィンガー・スナップ」と「カンタループ・アイランド」があって、この二つは人気曲だったとはいえ、アルバム自体はさほど目立たず大人気というほどのものでもなかったもんね。
あの1960年代の新主流派と呼ばれた時代のハービー・ハンコックで一番人気があったのは、もちろん1965年の『処女航海』であって、あとちょっと毛色が違うけれど68年の『スピーク・ライク・ア・チャイルド』も大人気で、『エンピリアン・アイルズ』はそれらに次ぐ三番手みたいな感じだった。
ところが Us3がサンプリングして使ってくれて、えらくカッコいいヒップ・ホップ風ジャズに仕立て上げてくれたおかげで、ネタ元のハービーの「カンタループ・アイランド」を含むアルバム『エンピリアン・アイルズ』も売れたかも。あのハービーの「カンタループ・アイランド」は、元々ヒップ・ホップ風にしやすいループ的なピアノ・リフをハービーが弾いているし、Us3もそこをサンプリングしてある。
このハービーのを Us3はこんな風にした。冒頭に、これもサンプリングされて入っている甲高い声での MC が誰でどのアルバムで聴けるなんてことは説明不要だから省略する。ヒップ・ホップ風のリズムを出すドラムスのサウンドは打込みだけど、プログラミングしたのはメル・シンプスンかジェフ・ウィルキンスンか、どっちなんだろう?
トランペットのソロが聴こえはじめるが、それはジェラルド・プリゼンサーによる生演奏。ラップ・ヴォーカルはラサーンとコービー・パウエル。ラップが聴こえるジャズってのがそれまでなかったわけだし、普通の4ビートのメインストリーム・ジャズからサンプリングして、ヒップ・ホップ風のデジタル・リズムくっつけたのとあわせ、やっぱり Us3、新しかったよなあ。
そう、Us3の『ハンド・オン・ザ・トーチ』で用いられているサンプルは、メインストリームの4ビート・ジャズが多いのだ。例外は2トラック目「アイ・ガット・イット・ゴーイン・オン」で入っているリューベン・ウィルスンの「ロニーズ・ボニー」とあと少しだけ。リューベン・ウィルスンの1968年の『オン・ブロードウェイ』はファンキーでソウルフルなオルガン・ジャズだ。
この元からファンク・ビートを使ったリューベン・ウィルスンのサンプル以外は、Us3の『ハンド・オン・ザ・トーチ』にあるサンプルのほとんどが、カッコイイが普通のジャズだ。それにヒップ・ホップ風なデジタル打込みリズムを付けて、ラップ・ヴォーカルと管楽器の生演奏ソロを乗せているんだよね。
Us3は元々ロンドンでジェフ・ウィルキンスンがメル・シンプスンと共同ではじめたプロジェクトだった。ブルー・ノートのジャズ・レコードを使っていろいろとやっていたらしいのだが、それらからのサンプルを使ってダンサブルなビートを創ったのがラジオなどでとりあげられ人気が出たのを、当時ブルー・ノート音源の権利を持っていた EMI レコーズ幹部の耳にも入り、やや喜ばしくないと思われたのか、ジェフ・ウィルキンスンはロンドン EMI のオフィスに呼び出され、なにか言われたんだそうだ。
ロンドン EMI のオフィスでジェフ・ウィルキンンスンがなにを言われたのかまでは分らない。とにかく話し合いの結果、裁判沙汰にはならず、ジェフ・ウィルキンスンは EMI から公式にブルー・ノート音源をサンプリングしてよし!との許諾がもらえたのだということは分っている。それで天下晴れて堂々とブルー・ノート・ジャズの音源をサンプリングしたものをリリースできるようになった。
その最初の成果が1992年の初公式リリースのシングル盤「カンタループ(フリップ・ファンタジア)」だったのだ。公式も公式、これはブルー・ノート・レーベルからリリースされたシングル CD だからね。その翌年93年に出たアルバム『ハンド・オン・ザ・トーチ』もブルー・ノート・レーベル(のブランド名権利を当時持つキャピトル)盤だ。やはりブルー・ノート盤のセカンド・アルバム『ブロードウェイ&52nd ストリート』までは僕も買った。
そのセカンド・アルバム『ブロードウェイ&52nd ストリート』は今では僕ですらもう聴かないし、おそらく今後も聴くことはないだろう。ファースト・アルバム『ハンド・オン・ザ・トーチ』だけで充分。今聴いても楽しいものだとはいえ、これ一枚だけでジェフ・ウィルキンスンとメル・シンプスンの手の内は100%分ってしまうからだ。
さて、Us3は公式には1992年デビューで、ファースト・アルバム『ハンド・オン・ザ・トーチ』が93年のものなんだけど、僕のなかではこのユニットは、同時期のソウル II ソウルとぴったりイメージが重なっている。ソウル II ソウルのデビューの方が数年早いけれど、だいたい1990年代前半に英ロンドン発で大ヒットしたという点においてもね。
音楽の創り方もソウル II ソウルと Us3は共通していたんじゃないかと思うんだよね。Us3の方はジャズであるブルー・ノート音源のサンプルをメインに据えるという大きな違いはあるものの、それ以外はかなり似ている。両者ともビートはコンピューターで創るデジタル・サウンドだしなあ。
Us3では、デジタル・ビートに乗せて、トランペットやトロンボーンやサックスといったジャズでは花形である管楽器の生演奏ソロがあるというのもあたかも売り物の一つであるかのように思えるかもしれないが、僕の耳にはそうは聴こえない。だってサンプル元のレコードで聴ける一流ジャズ・メンのソロを聴いてみて。比較にすらならないよ。
だからソウル II ソウルも Us3も、デジタル・ビートに乗せて人声ヴォーカルが乗るという点こそが売りなのだ。前者では主に普通の「歌」で、後者ではそうじゃなくもっぱらラップだけど、前者も DJ 風な喋りが入っていることが多かったし、<デジタル・ビート+肉声>という点では同じだ。
また当時はなんとなく「似ている」「共通している」「同じようなもんだ」とぼんやり感じていただけのソウル II ソウルと Us3だけど、いま後者の『ハンド・オン・ザ・トーチ』を聴き返すと、ぼんやりどころではない明瞭な類似性がある。5トラック目「ジャスト・アナザー・ブラザー」はソウル II ソウルのいわゆる グラウンド・ビートそっくりだ。
コンピューターで創ったクローズド・ハイハットを刻むシャカシャカという十六分音符の音をメインに据えた全く同じパターンじゃないか。この今貼った音源を聴いた上で、ソウル II ソウル最大のヒット曲「キープ・オン・ムーヴィン」(1989)を聴いていただきたい。
どうです、同じでしょ?打込みドラムスのサウンド、主にクローズド・ハイハットの十六分音符などを使ったビートの創り方は完全に同じだ。また Us3『ハンド・オン・ザ・トーチ』12トラック目「メイク・トラックス」もちょっとグラウンド・ビートっぽいよ。
これはソウル II ソウルのファースト・アルバム『クラブ・クラシックス Vol. 1』(1989) 二曲目の「フェアプレイ」で聴けるビートに瓜二つだ。
その他細かい部分まで例をあげていたらキリがないと思うほどなんだよね。ソウル II ソウルのファースト・アルバムは1989年に出ていて、Us3は1992年に活動開始したんだから、大ヒットした三年前のソウル II ソウルは間違いなく聴いているし、どっちも同じようなレコード DJ、プロデューサーを中心としたプロジェクトなんだから、やり方が共通していても不思議じゃないね。
当時は逆だったんだけど、今ではどっちかというとソウル II ソウルの『クラブ・クラシックス Vol. 1』よりも Us3の『ハンド・オン・ザ・トーチ』の方が好きで聴く回数も多い僕は、やっぱりジャズ・ファンなんだろうなあ。1トラック目の「カンタループ(フリップ・ファンタジア)」がカッコイイと思うけれど、アルバム・ラスト13トラック目の「ザ・ダークサイド」が今では案外一番いいかもしれないね。
これで使われているサンプルはドナルド・バードの1974年盤『ステッピング・イントゥ・トゥモロウ』一曲目のアルバム・タイトル曲。これも Us3の『ハンド・オン・ザ・トーチ』では少ない、非4ビートなファンキー・ジャズからのサンプルだ。ドナルド・バードはある時期以後こういうのをやっていたよね。
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