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2017/01/07

シャアビ入門にこの MLP 盤を

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フランスの MLP(Michel Lévy Productions だったのが、最近 Michel Lévy Projects と改名したらしい) というレーベル。ここがたくさんマグレブ音楽の CD アンソロジーを出してくれているので随分と助かっている。本当にたくさんあるので全部名前をあげることは不可能だが、そのなかでも『ドゥーブル・ベスト』と銘打って何枚かリリースしているものからシャアビのアンソロジーの話をしたい。『ドゥーブル・ベスト』シリーズには他にもライだとか何枚もあって、僕もだいたい持っている。

 

 

MLP が『ドゥーブル・ベスト:ムジーク・シャアビ・ダルジェリ』二枚組をリリースしたのは2011年。これを翌2012年に日本のライスが日本盤でリリースしたのを僕は買った。シャアビのことをあまりよく知らない音楽好きが、なにか一つアンソロジーを聴いて、手っ取り早くこの音楽の姿を知りたいと思ったら、これが好適かもしれない。

 

 

ライスは、田中勝則さん編纂の例の CD 二枚組アンソロジー『マグレブ音楽紀行 第1集〜アラブ・アンダルース歴史物語』を2008年にリリースしている(「第2集」はいつ頃になるんでしょうか、田中さん?)。まさに入魂という言葉が相応しい力作アンソロジーで、もちろん田中さんご本人が書いている附属ブックレット解説文も驚異の充実度。

 

 

収録曲は全てアルジェリアなどマグレブ地域(と同地域出身で在仏)の音楽だが、ブックレット解説文は欧州イベリア半島におけるアラブ・アンダルース音楽の誕生から説き起し、それが北アフリカに移動、アルジェリアで古典音楽から大衆音楽として花開いたさまをつまびらかに書いてある。

 

 

そんな『マグレブ音楽紀行 第1集〜アラブ・アンダルース歴史物語』のなかにもシャアビは含まれている。当然だ。シャアビはアラブ・アンダルース古典音楽をベースにしてアリジェリアのアルジェで誕生した現代大衆音楽で、なおかつ最も人気のあるジャンルの一つだから、これを収録しないなんてありえない。

 

 

そして『マグレブ音楽紀行 第1集〜アラブ・アンダルース歴史物語』一枚目に、モハメド・エル・アンカが一曲収録されているのだが、これも極めて自然というか収録しないなんて考えられない。なぜならば、エル・アンカがシャアビをはじめた人物と言っても過言ではないからだ。

 

 

そして1920年代にアルジェのカスバでエル・アンカが生んだシャアビこそが、アラブ・アンダルース古典音楽が大衆音楽へと決定的に転回したものだったのだから、エル・アンカはアラブ・アンダルース音楽史における大革命家だったのだと言えるはず。エル・アンカの革命は大きく分けて二点。歌詞に現代アラビア語を用いたこと。古典的楽器ウードに代えてマンドーラやバンジョウを使ったこと。

 

 

この二大革命によって、エル・アンカのやったアラブ・アンダルース音楽はまさに「民衆の」音楽、すなわち文字通りシャアビとなったわけだ。そんなエル・アンカの録音は CD にすると、五・六枚ほど(130曲程度)はあるんだそうだ。たったの130曲程度、 CD で五・六枚ほどであれば全部ほしいが、僕が持っているのは二枚組一つだけ。それもまた MLP が出しているもので、やはり『ドゥーブル・ベスト』シリーズの一つ。

 

 

MLP の『ドゥーブル・ベスト:モハメド・エル・アンカ〜ル・グラン・メートル・デュ・シャアビ・アルジェリアン』の全14曲で代表曲はだいたい聴けるのかなあ?この二枚組も日本盤が、こっちはビーンズ・レコードから出ているようだが、僕が持っているのはこれはなぜかオリジナルのフランス盤。

 

 

『ドゥーブル・ベスト:モハメド・エル・アンカ』の一枚目トップに「ソブハネ・アッラー・ヤー・ルティフ」が収録されているが、この15分超の一曲が、最初に書いた『ドゥーブル・ベスト:ムジーク・シャアビ・ダルジェリ』のラストにも収録されているのだ。トップとラストに収録されている、つまりエル・アンカの、そしてシャアビの象徴的一曲っていうことなんだろうなあ。

 

 

エル・アンカの「ソブハネ・アッラー・ヤー・ルティフ」を聴くと、前々からこういうのがシャアビというものなんだぞと言われて聴いていたこの音楽の姿はもう既に完成している。何年録音なのかサッパリ分らないのだけが残念なんだけど(ご存知の方、教えてください)、楽器編成はかなりシンプルで、おそらくマンドーラとダルブッカだけ。ちょっぴりピアノのような音も聴こえるが、それはあくまで添え物だ。

 

 

マンドーラはエル・アンカ自身が弾いているに違いないんだから、つまりメインは二人だけだ。 ダルブッカで叩き出すリズムのパターンと、マンドーラで弾く魅惑的な旋律がシャアビの基本形。その基本形をエル・アンカが創造し、その後の多くのアルジェリア音楽家に甚大な影響を与え、それはラシッド・タハにまで及んでいる。

 

 

ラシッド・タハの名前を出したが、僕がシャアビというものを、この名前すらもまだ全く知らなかった頃に、その音だけ聴いていたのが、タハのやる「ヤ・ラーヤ」だったのだ。今考えたら、タハの「ヤ・ラーヤ」は普段の彼にしては想像しにくいほどトラディショナルなものだったなあ。このことは以前詳説した。

 

 

 

この記事でも書いてあるように、というか誰でも知っている当たり前の事実だが、タハのやったシャアビの名曲「ヤ・ラーヤ」は、ダフマーン・エル・ハラシが書き歌った曲。エル・ハラシはアルジェリア生まれでフランスで活動した人物で、第二次大戦後のシャアビの代表格だから、『ドゥーブル・ベスト:ムジーク・シャアビ・ダルジェリ』にも当然収録されている。

 

 

『ドゥーブル・ベスト:ムジーク・シャアビ・ダルジェリ』に最も多く収録されているのがエル・ハラシなんだよね。全部で四曲ある。一枚目一曲目の「ヤ・ザイル」もいいが、もっといいのは一枚目七曲目「ヤ・レジラ」や二枚目一曲目「キフェヘ・ラー」だ。なぜならばかなり現代的、あえて言えばロック的なんだよね。

 

 

それら二曲はロック風シャアビとかいうものでは全然ないんだけど、リズムの疾走する感じ、強いドライヴ感、マンドーラで弾くメロディのピチピチした新鮮さなど、やはりどこかロック・ミュージックに通じる部分があるんじゃないかと個人的には感じている。

 

 

エル・ハラシのシャアビをつかまえてロック的だとか言うと、アラブ音楽、マグレブ音楽好きでロック嫌いのリスナーのみなさん(がいらっしゃるかも)は間違いなく眉をひそめ、顔を歪め、頭から湯気を出さないまでも、もうコイツの文章なんか二度と読むまいとなるだろうなあ。

 

 

でもエル・ハラシがフランスで活動しはじめたのは1949年で、最初のレコード発売が1956年。亡くなったのが1980年だ。56〜80年って米欧におけるロック全盛期とピッタリ重なるじゃないか。エル・ハラシが自身の音楽に「直接的に」ロック感覚を導入したとは僕も思わないが、同時代人だからなあ。

 

 

ロック全盛期のフランスで、アルジェリアやその他マグレブ地域からの移民コミュニティ内でエル・ハラシが大人気だったのは、やはり(ロックにも通じる)現代感覚があったからに違いないと僕は考えているんだけどね。なんたって第二次大戦後のマグレブ移民社会では、エル・アンカ・スタイルのシャアビですら通じなかったそうだから。

 

 

シャアビにおける歌詞とフレイジングとリズムの現代化。それはつまり生きた時代の感覚に即応した新解釈ということであって、そんでもって音楽的にはロック大流行期だったんだから、直接にではなくともエル・ハラシの新しいシャアビのムーヴメントにそんなフィーリングがあったんだと言っても、大きくは的を外していないんじゃないかなあ。

 

 

現代アラブ・ロッカーみたいなラシッド・タハが、あれだけ執拗にエル・ハラシの「ヤ・ラーヤ」を繰返しカヴァーしているのだって、そんな現代感覚をあの曲に、そしてエル・ハラシという音楽家のなかに聴き取っているからに違いないと思うけどなあ。オカシイですか、僕のこの見解は?

 

 

『ドゥーブル・ベスト:ムジーク・シャアビ・ダルジェリ』。なんだか詳しいことは、シャアビの創設者エル・アンカと、モダン・シャアビ最大の人物エル・ハラシ二名の話しかしていないけれど、その他、エル・アンカに憧れて活動したゲルアービ、やはりエル・アンカをヒーローとし、エル・ハラシと一歳違いのブジェマア・エル・アンキス。

 

 

また、『マグレブ音楽紀行』でも紹介されていたアブデルカディール・シャーウーはアラブ・アンダルース古典音楽の素養もあるので、収録曲もわりと折り目正しい感じのシャアビ。アルバム中最長の18分近くもある曲をやっているアマール・エザーヒのものには、女声のホロホロ〜というコーラスが入っていてモダンといえばモダン。それはブラック・アフリカのティナリウェンなどにも通じるような感覚かも。

 

 

第二次大戦後生まれのカメル・メッサウディは二曲収録されているが、シャアビにしてはかなり穏やかでソフトなフィーリングで、カメルが憧れたという辛口のエル・ハラシと比較すると、どこか毒気を抜いたような取っつきやすいポップさがある。二枚目三曲目の「コッリ・ヤ・バドゥル・エル・ムニール」には、上記アマール・エザーヒの曲でも聴ける女声のヒョ〜ヒョ〜というかユ〜ユ〜というコーラスが入っている。

 

 

『ドゥーブル・ベスト:ムジーク・シャアビ・ダルジェリ』は、全曲やはり録音年の記載がないが、そんなティナリウェンなど砂漠のブルーズのバンドで聴ける女声のユ〜ユ〜ってのが聴こえるものをやっているアマール・エザーヒとカメル・メッサウディが感覚としてはモダンなように聴こえるので、一番新しい時期の録音なんだろう。

 

 

今日も少し書いたエル・アンカとエル・ハラシに関しては、また機会を改めて一人ずつじっくり書いてみようと思っている。

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