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2017/01/27

トランペットのマチスモ・イメージとマイルスのフィーメイル・サウンド

Milesdavisbyjanpersson








ジャズ・トランペットのサウンドはかなりマチスモ的なイメージがあるように思う。だいたいあの楽器自体、男根的だ。雄々しく大きな音で吹き上げるのがジャズ・トランペッターで、そもそも誕生期のジャズ界におけるトランペッターは演奏技巧云々よりも、より大きく高い音を出せるかどうかを競っていたと、昨年九月に復刊された油井正一さんの『生きているジャズ史』にも書いてある。

どっちがよりバカデカい音を出せるかを競うっていうのは、要するに男子小学生のオシッコの飛ばし合いとか、あるいはペニスの大きさを自慢するとか、そんなことと同じような神経だ。そういうこともあるし、またそんなアホみたいな競争ではなく、立派な演奏技巧を聴かせるようになってからでも、この分野における最初かつ最大の影響源がルイ・アームストロングだからなあ。

サッチモは太くて大きくて雄々しい音の持主じゃないか。つまりマチスモ的なサウンド。サッチモの場合はサウンド的巨根であるばかりでなく、テクの方も超一流だったので、だから女にモテてモテて、という話ではなく立派なジャズ演奏家として、その後現在までも尊敬を集めコピーされまくるようになった。

もちろんサッチモは非常に繊細なプレイ・スタイルで、非常に微細な隅々にまで気配りの行き届いた演奏をする。でもバラードなどをそうやって吹く時ですら、音それ自体は太くて丸くてヴィブラートが効いているよね。サウンドはマチスモ的でありかつ細かな気配りをする技巧も最高、つまりその両面兼ね備えていたからこそ、あれだけの影響力を持った。

そんなサッチモ・スタイルがジャズ・トランペットの世界を支配した。違うスタイルでありかつ一流だったビックス・バイダーベックがいるじゃないかと言われるだろうが、あの人が唯一の例外であるのは、ビックス出現後も彼をコピーする人は白人でも少なく、黒人ジャズ・トランペッターならサッチモ・スタイルばかり。

白人ジャズ・トランペッターのあいだでだって、どっちかというとサッチモ・スタイルの方が優勢だもんね。最も知られているのはおそらくマグシー・スパニアだね。マグシーは1925〜27年頃のサッチモ・スタイルのイミテイターだもん。その他一人一人名前とスタイルをあげていたらキリがないんだ。

そんなマチスモ的イメージが支配するジャズ・トランペットの世界。それを柔らかくて女性的な感じでも吹けるようにしたのは、誰あろうマイルス・デイヴィスなんだよね。これはだいたいみなさん聴けば納得していただけるんじゃないだろうか。マイルスのあの弱々しいナヨナヨとしたトランペットの音を聴けば。

マイルスの生涯初ソロは、チャーリー・パーカーのコンボでサヴォイに録音した1945年11月26日の「ビリーズ・バウンス」なんだけど、この時から既にマイルスのトランペットの音に雄々しく猛々しいイメージは全くない。オープン・ホーンだけど、ヴィブラートなしのストレート・サウンドで、それもか弱い感じだ。なんなんだ、この弱々しい音は。
パーカーのところを卒業し自らのバンドで活動するようになって以後は、1970年代に電気トランペットを吹いていた五年間だけが例外的にマチスモ的なサウンドだけど、ファンク・ミュージックってのはそもそもそんな種類の音楽だろうし、リズムがどんどんハードになっていくにつれ、自分のこんな女性的なトランペットの音ではこんな音楽は表現できないと考えたのかもしれない。だがまあ、やはりたった五年間だけだからなあ。

マイルスの音楽キャリアの長さを考えたら、たったの五年間だけ違ったというのはやはり例外だろう。例外だから無視したり排除してよしという意味ではない。音楽だってなんだって例外こそが面白く、その人物の本質がある意味露見しているという場合が非常にしばしばある。それに前から繰返しているように、僕はその例外的五年間のマイルス・ミュージックをこそ最も愛する人間だ。

ただまあやはり全体的に見ればマイルスのトランペット・サウンドに男根的・マチスモ的なイメージはなく、女性的(なのを「か弱さ」と言うと女性陣から一斉にツッコミが入りそうだが)で線の細い音だよなあ。特に1955年以後は頻繁にハーマン・ミュートを付けて吹くようになり、そうする時の音は誰がどこから聴いてもフィーメイル・サウンドだ。

ハーマン・ミュートを付けるとトランペットの音はだいたい誰でもそうなるという部分はある。このミュート器とマイルスがイメージ的にはピッタリ張り付いているので、他のトランペッターでもハーマン・ミュートで吹くとマイルスに聴こえてしまうという非常に困った現象も発生している。そもそもジャズ界であまり使われることのなかったこのミュート器を頻用しはじめた最初の人物がマイルスだからね。

マイルス以前のジャズ界でミュート器といえば、ほとんどの場合カップ・ミュートかワーワー・ミュート。ミュートというくらいだから消音器であって、音が小さくなって、だから普通に吹くと大きな音になってしまうトランペットを練習する際、大きな音を出せない環境で使われるものだった。

音量が小さくなるばかりでなく音色も違ってきて、それがオープン・ホーンでは出せないなかなかチャーミングな音色に聴こえるので、ジャズ・トランペッターは消音目的ではなく、独特の音色を求めて各種のミュート器を用いるようになった。あくまでオープン・ホーンで吹くのが本来のありようである楽器だけど、そこに別種の表現方法が加わった。

マイルスがハーマン・ミュートを(どうしてだか)頻用するようになる以前に使われていたカップ・ミュートとワーワー・ミュート。カップ・ミュートは確かに音が小さくなるし、音色も男性的イメージからやや遠ざかるけれど、ワーワー・ミュートはむしろ逆だ。あのグロウル・サウンドはかえってマチスモ的セクシーさを表現する。

さらにマイルス以前にたった一人存在したビックス・バイダーベック(は正確にはトランペットではなくコルネットだけど、まあ同じだ)のサウンドは、確かにマイルスを先取りしたようなノン・ヴィブラート奏法でストレート・サウンドだけど、音量は大きいしアタック音も強く、そんなに女性的なサウンドのイメージは僕にはない。その後ビックスをコピーしたボビー・ハケットら白人コルネット奏者たちも、かなりハッキリ・クッキリと歯切れのいい音だ。

ってことはやはりこのトランペットという楽器を男性的に強い音でではなく、女性的に柔らかいサウンドにしたのはマイルスが史上初だったよなあ。そもそもオープン・ホーンで吹く時でも小さな音量しか出せない人物で、だから最初から女性的イメージのあるトランペッターなのに、それにハーマン・ミュートを付けるもんだから、もうか弱いことこの上ないサウンドで、言ってみれば短小包茎サウンド(笑)。

どうもマイルスという人物は最初からあんな音しか出せなかったようだ。それは最初、かなりのコンプレックスだったはず。だってデビュー前からの最大のアイドルがディジー・ガレスピーだったわけだからさ。あんなパッパラパッパラ太い音で高音ヒットの連続みたいな男根技巧派を間近で聴いていたら、それに比べて自分はなんてダメなんだと落込んでいただろう。

それをお前はそのサウンドでいいんだぞと励ましたのがチャーリー・パーカーで、マイルスも徐々に自信みたいなものを持つようになり、というか自分はこういうやり方で行こう、これが自分が音楽家として成功する唯一の道だと見定めたのが、アンチ・ビ・バップ的でアレンジ重視の均整の取れたグループ一体表現だったのだ。

マイルスが1955年にファースト・クインテットを結成して以後91年に亡くなるまで、彼のバンドには常に極上にスウィングしたりファンキーにドライヴしたりするリズム・セクションがあって、そうでなかったことはただの一度もなく、さらにフロントでマイルスと並んでソロを吹くサックス奏者には、雄々しい音色で能弁に吹きまくるタイプを起用することが多かったのは、自らの女性的なトランペット・サウンドの特色をフルに活かそうとしてのこと。

そうじゃないと伴奏がまるでデイヴ・ブルーベック・カルテット(の悪口を言いたいわけではない)みたいに、マイルス同様に女性的というか、激しいスウィング感が足りないようなものだったりすると、上物があれなもんだから、どうにも魅力的な音楽にはならないだろう。マイルス自身、これを非常に強く自覚していたのは間違いない。自覚して実行した結果、ああいった音楽ができあがったのだ。

それにマイルスは、これはあまり音楽と関係ないかもしれないが、身長が低い。168センチ程度しかなかった。これは僕の身長よりも低いんだよね。1981年以後何度も体験したライヴ・ステージではかなりデカく見えたけれど、ステージ上における芸能者とは、誰でもだいたいそう見えるもんだし、マイルスの場合はカリスマティックなオーラが、観ている素人観客にビンビン伝わってくるものすごいものだったので、そのせいもあって一層デカく見えた。

はっきり言って身長もチビだったマイルス。そして奏でるトランペットの音も短小包茎的。この二つはどうも関係があったかもしれないなあ。つまりコンプレックスのかたまりで、だからこそそれをバネにして、というか逆手にとってどんな音楽を創ればチャーミングに聴こえ売れるのかを考えたっていう。これはマイルス以上のチビだったプリンス(なんでも160センチもなかったとか)にも共通して言えることだ。プリンスのヴォーカルもかなり中性的なものだけど、サウンドやリズムはファンキーで激しい場合が多い。

マイルスの場合、弱々しくナヨナヨした女性的(女性のみなさん、ゴメンナサイ)なサウンドだとはいっても、それはまあしかしトランペットなりではある。やはり元々男性的な音を出すようにつくられた楽器だからね。音色を含めた楽器のサウンドとは、自分の創意工夫でなんとか独自色が出せる部分と、奏者自身ではどうにも変えられない楽器構造上の固有のものがあるだろう。

だからマイルスがどれほど女性的なトランペット・サウンドの持主で、マチスモ的なイメージがつきまとうこの楽器の男根イメージを塗り替え一変させた人物であったとはいえ、やはり雄々しく聴こえる部分は少しある。それはこの楽器奏者としてはどうにもならない避けられない宿命なんだよね。

さらにマイルスがあんなサウンドで一世を風靡したのちも、彼をフォローし真似て似たようなトランペット・サウンドを追求した人がいるのかというと、それもほぼ皆無だ。マイルスの名声確立後も、やはりサッチモ的なスタイルを取るトランペッターがほとんど。やっぱりこの楽器はそういうもんなんだろうな。

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コメント

ラッパを吹く者は、男根としての自分と丸くて柔らかい音をみんなが求めていることの両方を理解しているよ。
そんな役割だと意識してる。
そういう演奏を上手くこなすことが出来るか否かは別だがね。練習量や出したい音のお手本にもよるだろうけどね。
ジャズってなにかはわかっても、ジャズをラッパでこなすとは、簡単じゃない。だからいいしね。

ひでぷ〜がどんな音を出すのかには非常に強い興味があるよ。一度聴いてみたい。マイルスみたいにではなく、できたらサッチモみたいに吹いてほしい。どうしてかっていうと、実はマイルスの音は目の前で聴いたことがあるのさ。晩年だけど。でもサッチモは生で聴いたことない。

マウスピースと楽器の組み合わせで音は微妙に変わるけど、ブルー・ミッチェルとかドナルド・バードみたいな音圧、音色を目指してるよ。明るい音を心掛けてる。クリフォード・ブラウンみたいな音が出したいよ。

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