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2017/01/28

これが現場の生のグナーワ?

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アメリカの黒人ブルーズでもなんでも現場の生の姿って部外者にはなかなか分らないんじゃないのかなあ。日本のもの以外、どんな音楽でも僕はそんな現場に踏み入った経験がないから実感はないけれど、モロッコのグナーワもそうなんだろう。ただアメリカ黒人ブルーズもモロッコのグナーワも、僕の場合いくら続けて聴いていても聴き飽きるということが全くない。なにか通底するものを感じているのかなあ?

 

 

ともかくモロッコの夜の儀式で演奏される生の素の姿のグナーワは現地体験したことがないので、録音されたものを聴いてぼんやりと想像しているだけなんだけど、そんななかでひょっとしたらこのアルバムがそんな儀式現場で行われる生のグナーワに近いのかもと思うのが『グナーワ・ホーム・ソングズ』。

 

 

『グナーワ・ホーム・ソングズ』は2006年のアコール・クロワゼ盤。例のイラン人オーナーがやっているフランスのレーベルだよね。今ではこのレーベルが出す音楽は全部買っているというに近い僕だけど、2006年というとまだほとんど意識していなかった。激しく注目するようになったのは2014年のドルサフ・ハムダーニ盤以後だ。

 

 

だから『グナーワ・ホーム・ソングズ』もアコール・クロワゼのフランス盤ではなく、オフィース・サンビーニャがリリースした日本盤で持っている。そのリリースは翌2007年。この頃には既にグナーワずぶずぶの僕で、一時期はグナーワとかモロッコとかいう文字が見えるだけで全部根こそぎ買っていたんじゃないかと思うほど。

 

 

日本盤といってもオフィス・サンビーニャのリリースだから、『グナーワ・ホーム・ソングズ』も例によって本国盤そのままに日本盤解説文を載せた紙が入っているだけ。このアルバムもフランス語原文に並びその英訳も元から付いているし、フランス語に堪能な蒲田耕二さんが(おそらく仏語から直接)日本語訳してくださったものが入っているので助かる。

 

 

ただ少しもどかしいのは『グナーワ・ホーム・ソングズ』全13曲、録音年がどこにも記載がないことだ。音がかなりいいから古いものではなく、かなり最近の録音だろうとは思うのだが、はっきりしない。これは書いておいてほしかった気がするが、しかし考えてみたら本質的なことじゃないのかも。

 

 

というのも『グナーワ・ホーム・ソングズ』収録の全13曲は、全て伝承的な民俗音楽としてのグナーワの姿を捉えたもので、モロッコで17世紀以後何百年も続く口承芸が姿かたちを変えずに続いているものをそのまま収録したものらしいからだ。そういうものは録音時期などに関係なく、だいたい同じ音楽であり続けているわけだ。

 

 

解説文を読むと、「グナーワ」という言葉は、元々マグレブ地方に連れてこられた黒人奴隷たちを指す言葉だったらしい。これは前々から僕も読む情報と合致する。サハラ以南のブラック・アフリカ地域からモロッコに強制移住させられた黒人たちが、現地ベルベル系のアミニズムやイスラムの精神と結びつき、モロッコで発展した音楽がグナーワだ。

 

 

『グナーワ・ホーム・ソングズ』で演唱している全13名は、全てモロッコのグナーワ・フェスティヴァルの常連さんであるグナーワ名人(マアレム)たちなんだそうだ。儀式現場でなくともそんな音楽フェスティヴァル(があるらしいが、マラケシュに)などでこんなのが聴けたら最高だよなあと思うような内容が続く。

 

 

『グナーワ・ホーム・ソングズ』ではほぼ全てがゲンブリ弾き語り。僕は大衆音楽としてポップ化したりミクスチャー状態になったものの方を圧倒的に多く聴いているもんだから、相当にシンプルというか渋くて地味に感じる。ポップで他愛のないものが好きとおっしゃる方や、演唱の華麗さ、賑やかさみたいなものを求める方々には絶対に推薦できない。

 

 

ただ例えば、この人の例の1993年のリアル・ワールド盤『トランス』でグナーワ(・ベースの音楽)が世間一般に広く認知されたんだろうハッサン・ハクムーンや、あるいは僕の場合このバンドでグナーワにどっぷりハマったフランスの ONB(オルケストル・ナシオナル・ドゥ・バルベス)、 グナーワ・ディフュジオンなどなど、ああいった人たちの音楽がどうやってできているのか、やっぱり知りたいよねえ。

 

 

少なくとも僕はルーツ探究派だから、やっぱり深く知りたいわけなんだよね。いろんな大衆音楽としてのグナーワ(やそれを土台に展開したもの)ですっかりこのモロッコのブラック・ルーツ・ミュージックの虜になってしまった僕は、2007年に買った『グナーワ・ホーム・ソングズ』はもってこいだった。

 

 

いざ『グナーワ・ホーム・ソングズ』を聴いてみたら、書いたようにほぼ全曲ゲンブリ一台での弾き語りで、他にはなんだか分らないチャカチャカというなにかを叩くか擦るようなパーカッシヴな音と、手拍子と、コール&リスポンス的に入るコーラス隊の歌声と、本当にそれしか聴こえない。

 

 

『グナーワ・ホーム・ソングズ』を聴くまで、僕はゲンブリが必須楽器との認識はあったけれど、同時に鉄製カスタネットのカルカベも欠かせない楽器に違いないと信じ込んでいた。だってほぼ全てのグナーワ・ベースの音楽で聴こえるもんなあ。ところが『グナーワ・ホーム・ソングズ』ではカルカベは一切なしだ。

 

 

パーカッシヴな音は、附属解説文によれば(楽器名や担当者名のクレジットは一切記載なし)、瓶やマッチ箱を叩いて出している音なんだそうだ。瓶の方は僕にはちょっと分らないんだけど、マッチ箱の方はそう言われればそうかもなと思えるものが鳴っている時間が結構ある。

 

 

マッチ箱を叩いている(んだと思う)音は、僕たち米英大衆音楽を聴き慣れた耳には、クローズド・ハイハットをスティックで叩く音によく似たサウンドに聴こえる。瓶は全く分らない。だがしかしここはカルカベなんじゃないだろうかというのが一曲だけある。

 

 

それは七曲目「バンゴーロ」。奏者は「全員」となっているが、この曲もまずゲンブリのブンブンと鳴る低音に続きリード・ヴォーカル、コーラス隊が入り、マッチ箱を叩いているんだろう音も聴こえはじめる。その状態でトランシーなグルーヴ感が続く。ところが 4:13 から明らかな金属打音が聴こえるのだ。

 

 

七曲目「バンゴーロ」は約五分間。だからその金属打音は終盤のたった一分間程度なのだが、その部分で聴こえるのはカルカベのように聴こえるなあ。違う?しかも普段よく聴くカルカベの音よりもピッチが低いように思うから、カルカベだとしても大型のものかなあ?

 

 

明らかに瓶やマッチ箱ではない金属音だけどねえ。他の曲で聴いてこれはマッチ箱を叩く音なんだろうというシャカシャカというサウンドとは完全に異質な似ても似つかないもので、絶対に金属打音だからカルカベ、それも大型のものだと僕は推測しているんだけど、仏英日文のどこにもそんな記載はない。

 

 

ヴォーカルで一番聴かせてくれるのは二曲目「アイシャ・ハムドゥシア」のハミッド・カスリだ。ゲンブリを弾きながら歌っているんだろうが、歌の節廻しにはアラブ・アンダルース色があって、そんな系統の旨味のある歌い方をしているように僕には聴こえるなあ。

 

 

グナーワはモロッコの黒人奴隷ルーツの音楽であるとはいえ、サハラ以南から連れてこられたのが17世紀以後のことだから、それ以前からモロッコも一部だったイスラム帝国文化の影響は当然あるはずだ。マグレブ地域がイスラム帝国の版図に組み入れられたのはウマイヤ朝時代で、ウマイヤ朝時代にはイベリア半島(アンダルース)も支配下に置いているわけだから。

 

 

二曲目「アイシャ・ハムドゥシア」は『グナーワ・ホーム・ソングズ』中、最も長い九分以上もある。ゲンブリとリード・ヴォーカルとコーラス隊のほかは手拍子だけ。それ以外は打楽器含め一切なんの音も聴こえない。だが後半の盛り上がり方は相当に激しく興奮できるものだ。特に手拍子が激しいリズムを奏でるようになると、ハミッドのリード・ヴォーカルも熱を帯びてくる。コーラス隊とのコール&リスポンスで昂揚する。

 

 

八曲目は「ゲンブリ独奏」(アンストルモンタル)となっていて、確かにゲンブリ一台だけの演奏を聴かせるものだけど、冒頭おそらく人声だろうようなものが入っている。アザーンみたいなものに聴こえるんだけど、これは意図的に挿入したのか、たまたま録音時に混じり込んだだけの日常なのか、どっちだろう?

 

 

八曲目でアブデルケビール・アムリルによるゲンブリ独奏を聴くと、三弦の楽器たった一台だけの演奏だけとはいえ、リズムはかなり複雑だ。二拍子と三拍子が入り混じった細かいフレーズを弾きこなしていて、そんなリズムが手拍子やカルカベなど、バックのパーカッション・サウンドに応用されたんだなと分る。

 

 

だから、『グナーワ・ホーム・ソングズ』でも、他の曲での手拍子やマッチ箱の奏でるリズムや、あるいは『グナーワ・ホーム・ソングズ』では(ほぼ)聴けないカルカベなどの、あの入り組んでしかもトランシーなリズム感覚は、やっぱり元々ゲンブリ一台での演奏(と歌)だけで表現されていたものが土台になっていいるんだろう。

 

 

つまりアメリカの黒人ブルーズなんかでも最初はギター一本の弾き語りではじまって、そこにいろんな楽器が加わるようになって徐々にバンド形式の音楽になっていった。アメリカ音楽の場合は、録音物で誰でもはっきりと辿って実感できるものだけど、モロッコのグナーワの場合、その発展過程を実際の音で実証的に辿るのはやや難しい。

 

 

『グナーワ・ホーム・ソングズ』に収録されているのものは、おそらく全て初期型そのままのルーツ的グナーワ、生の素の姿なんじゃないかと僕は想像している。そんでもってハッサン・ハクムーンとかグナーワ・ディフュジオンその他ポピュラー音楽化したものは僕も大好き。その「中間」がイマイチ分んないんだなあ。

 

 

それでも『グナーワ・ホーム・ソングズ』を聴いて、そのルーツ的な現場の生のグナーワを聴くと、ハッサンやグナーワ・ディフュジオンなどのやる音楽の一部は、相当な部分までその生の現場の姿を再現しているなと理解することは充分できる。ポップ化したグナーワ(的なもの)ならたくさんあるが、『グナーワ・ホーム・ソングズ』みたいな現場のプリミティヴなものって、他にどんなのがあるんだろう?

 

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コメント

『グナーワ・ホーム・ソングズ』が出る前は、93年のオコラ盤の“MAROC : HĀDRA DES GNAOUA D'ESSAOUIRA” が現場の生々しさを捉えた名盤でした。
エッサウィラでのグナーワの儀式をドキュメントしたもので、ラアダ、クユース、ムルークと3つの段階を踏んで執り行われる儀式を追体験できる臨場感溢れる名録音です。日本盤も出たと記憶していますけど、ご存じでしょうか。

bunboniさん、あ〜、いや、全く知らないです。これのことでしょうか?
https://www.amazon.co.jp/dp/B000027I8S/

これのことであれば、即買いです。

あ、これです。 え? でもなんだ、この値段。
オコラ盤は新装ジャケで過去のカタログを出し直しているので、いずれまた再発されると思います。

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