ファンキーかつぬるま湯的な心地良さ〜スリム・ハーポ
スリム・ハーポって、僕のなかではジミー・リードとイメージが重なっている。どっちも南部的なイナタさがあって、ゆる〜くてダル〜いような感じで、まるでちょうどいい温度のお風呂に浸かっているかのような心地良さ。スリム・ハーポの場合は、まさにスワンプ・ブルーズという言葉がピッタリ似合うような音楽の人だ。
実際、スリム・ハーポはルイジアナ州生まれで、死んだのもルイジアナ。活動も主にアメリカ南部で行なっていた。そんなスリム・ハーポの代表曲といえば、まず第一になんといっても1960年の「レイニン・イン・マイ・ハート」だ。もちろんエクセロ・レーベルへの録音で、これがビルボードの R&B チャートばかりかポップ・チャートでもまあまあ上位に食込むという、スリム・ハーポとしても初のヒットだし、当時の黒人ブルーズ・マンとしても例外的に売れたものだった。
「レイニン・イン・マイ・ハート」。お聴きになって分るように、基本的にはやはり適温のお湯的に緩いルイジアナ・スワンプ・ブルーズ。好きな女性と離れ離れになった状態を嘆く失恋歌なのに、深刻に落込むようなものではなく、ほんわかしていてポップな感じもあるし、中間部で語りも入る。
歌の部分も中間部の語りも言っていることは完全に同じ。ベイビー、お前と離れ離れになって以来、俺の心のなかには雨が降っているんだ、早く俺の涙を止めてくれ、だから早く帰ってきてくれという、これだけ抜き出して説明すると、そこいらへんにいくらでも転がっているありきたりのものでしかない。
それはそうと「泣いている」を「心に雨が降る」と表現するのは、僕の場合、大学生の時にポール・ヴェルレーヌの詩「Il pleure dans mon coeur」で知ったものだった。フランス語でしか読んでいないので、邦訳題は調べないと分らないんだけど、大学二年生の時のフランス語の授業で読んだものだった。
スリム・ハーポとは全くかすりもしない昔話になってしまうが、大学二年の時に二つあったフランス語の授業のうち一つはフランス人教師によるもので、その教師はいわゆるダイレクト・メソッドの信奉・実践者。四月の第一回目の授業でもフランス語しか喋らなかったがために、その日は30〜40人程度だった学生の人数が、次の週には僕を含めたったの三人になってしまった。
するとそのフランス人教師は、教室を少人数用の小さなものに変更し、毎週やはりフランス語しか喋らず、かなりハードなフランス語の授業を続けたのだった。あの一年間で随分と鍛えられた。本当にフランス語しか喋らず、学生にもフランス語で喋ることを(フランス語で)要求し、誰かが思わず日本語や英語などを発そうものならたちどころに(フランス語で)怒った。
しかしあれ、一年間しかフランス語を学んでいない学生向けの授業だったからなあ。よくやれたもんだ。その後自分が語学教師として教壇に立つようになって感心するばかりだ。ある意味無謀ではあったよなあ。そんな授業なので、毎週欠かさず楽しみに出席していた(僕はマゾ体質です)僕以外に、誰も学生が来ない週も結構あった。
そんな日にはそのフランス人教師は教室では授業をやらず、自分の研究室に僕を連れていってマンツーマンで、もちろんフランス語オンリーで、みっちりしごかれた。しかしそんな日には、相好を崩し日本語で喋りかけてくれることも稀にあった。すると日本語ネイティヴとなんら違わない流暢な日本語を喋った。
そんなフランス語の授業では、半年みっちりとフランス語のテキスト(は教科書として出版されている既存の本ではなく、そのフランス人教師が前の週にコピーして渡すなにかのフランス語の文章)を読んだわけだけど(残り半年は毎週学生自らテーマを決めて、それについての研究成果を毎週20〜30分ほどフランス語で発表し、その後フランス語での質疑応答があるという、これまた過酷なものだった)、そのなかにポール・ヴェルレーヌの詩集があって「Il pleure dans mon coeur」を読んだのだ。
あのヴェルレーヌの詩の出だしを日本語にすると「街に雨が降るかのごとく、僕の心にも雨が降っている」となる。心に雨が降るとは、説明するまでもないが泣いているの意で、しかしこの一篇の詩を全部読んでも、どうして泣いているのかはどうも判然としない。なんらかの喪失感があるのだとしか分らない。
それでも泣くを「心に雨が降る」と表現するやり方は、最も知られているこのヴェルレーヌの詩で広く普及したので、だから巡り巡ってスリム・ハーポの表現にも出てくることになったんだろうね。なにか漠たる喪失感としか分らないヴェルレーヌに比べて、スリム・ハーポの方は上記の通り心に雨が降る理由は極めて明白。
スリム・ハーポの「レイニン・イン・マイ・ハート」とか、あるいは処女録音の一曲「アイム・ア・キング・ビー」とか、またこれは前から書いている「シェイク・ユア・ヒップス」など、ロッカーたちにもどんどんカヴァーされて、ハーポのオリジナルも有名になっている。そうでなくても、とにかくあの時代のアメリカ黒人ブルーズ・マンとしては最もヒットを放った人物の一人だからね。
自身最初の大ヒットになった1960年の「レイニン・イン・マイ・ハート」までのエクセロ録音集で辿るスリム・ハーポは、初シングル盤の A 面「アイ・ガット・ラヴ・イフ・ユー・ワント・イット」、 B 面の「アイム・ア・キング・ビー」に代表されるような、前者はブギ・ウギ・パターンの軽いロックンロール・ブルーズ、後者はウォーキング・テンポでのイナタさという、ほぼ全てこの二本立てだった。
それが1960年の「レイニン・イン・マイ・ハート」のヒットでガラリと運命が変わったわけだけど、しかしいまスリム・ハーポのエクセロ録音全集を聴き返すと、それら1957年3月録音の二曲もかなりいいじゃないか。それもローリング・ストーンズもカヴァーしたので有名な「アイム・ア・キング・ビー」の方じゃなくて、「アイ・ガット・ラヴ・イフ・ユー・ワント・イット」がいいよなあ。
どこがいいのかというと、「アイ・ガット・ラヴ・イフ・ユー・ワント・イット」はラテン調なのだ。はっきり言えばいかにもルイジアナらしいカリブ風味の3・2クラーベのリズム・パターンを使ってある。直接的にはボ・ディドリー・ビートと言うべきだろうが同じものだし、ルイジアナの音楽家だからカリブ音楽用語を使いたい。
こういうちょっとカリブ〜ラテンなフィーリングのブルーズが、エクセロ録音完全集 CD 四枚組で辿るとスリム・ハーポにも実にたくさんあって、やっぱりルイジアナの音楽家だよなあと実感する。かなりあるのでいちいち具体例をあげていられないくらいだが、例えば1963年の「アイ・ニード・マニー」、64年の「アイム・ウェイティング・オン・ユー・ベイビー」 、65年の「ミッドナイト・ブルーズ」などなど。
絶対量としては、そんなカリブ〜ラテン風味よりも、歩くようなテンポでのブギ・ウギ・ベースのゆる〜いスワンプ・ブルーズの方が多いスリム・ハーポだけど、そういうのは他のブルーズ・メンの録音にも結構あるわけだから、特にスリム・ハーポの独自なものではないのかも。あのちょっと鼻声というかくぐもった感じで飄々と歌うヴォーカル・スタイルにハーポの持味が出てはいるけれどね。
ところが1965年録音の「ベイビー・スクラッチ・マイ・バック」から雰囲気が一変する。ファンキー・ブルーズなのだ。曲名通りギターの(おそらく)ジェイムズ・ジョンスンが引っ掻くようなフレイジングでかき鳴らすのも印象的だし、リズムの感じもファンクに近い。
楽しくていいなあ、これ。そう思ったのはこのシングル盤がリリースされた1966年当時の購買層も同じだったようで、このレコードはビルボードの R&B チャート一位、ポップ・チャートですら16位にまでジャンプ・アップするという、スリム・ハーポの生涯最大のメガ・ヒットになった。
それでその後は従来からのイナタいルイジアナ・スワンプ・ブルーズ路線と並行して、こんなファンク・ブルーズもスリム・ハーポはどんどん録音するようになる。一因にはレーベル側の事情もあったらしい。なんでもエクセロのオーナーであるアーニー・ヤングが1966年にこのレーベルの権利を売ってしまい、それまでエクセロでスワンプ・サウンドを一手に引き受けていたジェイ・ミラーも手を引いて、だからスリム・ハーポもジェイ・ミラーじゃない人がプロデュースするようになった。
しかし事情はどうあれ、メンフィスで録音をしはじめてからのスリム・ハーポにもかなりいいものがあるんだよね。1967年の「ティップ・オン・イン」とか、「メイルボックス・ブルーズ」とか、「ティ・ナ・ニ・ナ・ヌー」(Te-Ni-Nee-Ni-Nu)とかさ。最高なんだよね。
全て「ベイビー・スクラッチ・マイ・バック」路線で、つまり大成功した同じ芸風で二匹目・三匹目のドジョウを狙うという、どの国の芸能界でも当たり前によくあるパターン。でも少しリズムの感じがよりファンキーになって、さらにルイジアナ出身の人間らしからぬタイトさが出てきている。特に「ティ・ナ・ニ・ナ・ヌー」なんか文句なしだね。
こりゃもうファンクじゃない?リズムのタイトさ含めサウンドはタイトでダンサブルなファンクでありながら、ハーモニカとヴォーカルはやはりスリム・ハーポらしいダラケた緩さもあるから、さしずめルイジアナ・スワンプ・ファンクとでも言うべきか。楽しいことこの上ないね、これ。
リリースはやはりエクセロであるものの、録音はナッシュヴィルでやっている1968年と69年の録音となると、こりゃもうどこからどう聴いてもファンク〜ロックだとしか思えない。大規模なホーン・アンサンブルも入るようになる。オリジナルはジョニー・キャッシュである「フォルサム・プリズン・ブルーズ」や、あるいはエレベのラインがファンキーな「アイヴ・ガット・マイ・フィンガー・オン・ユアー・トリガー」や 、ハード・ロックみたいな「ザ・ヒッピー・ソング」などカッコイイけれど、ハーモニカもヴォーカルもスリム・ハーポらしさはもはやないなあ。
そんなわけなので、P ヴァインが1997年にリリースした CD 四枚組の『ザ・コンプリート・エクセロ・レコーディングズ』では、「ハーポ・ザ・スクラッチャー」と題されている三枚目が一番いい。これの一曲目65年録音「ベイビー・スクラッチ・マイ・バック」から18曲目67年録音の「ティ・ナ・ニ・ナ・ヌー」あたりまでが、僕にとっては最もグッと来るスリム・ハーポなのだ。
繰返しになるけれどそれら18曲では、ファンキーでタイトなファンク・ブルーズでありながら、同時にいかにもルイジアナのスワンプ・サウンドっぽいぬるま湯的な緩さも共存していて、こんなブルーズをやったのはこれ以前にも以後にもスリム・ハーポ以外一人もいないんだよね。
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