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2017/01/08

ジャンゴとアメリカの戦前ジャズ・メン

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1930年代後半にフランスに渡ったアメリカ黒人ジャズ・メンとフランス人ギタリスト、ジャンゴ・ラインハルトが繰り広げた一連のセッション集。前から言っているように、1930年代後半というスウィング黄金時代におけるスモール・コンボ録音では三大名演集の一つだ。あと二つはテディ・ウィルスンのブランズウィック・セッションとライオネル・ハンプトンのヴィクター・セッション。

 

 

それら三つをスウィング期コンボ・セッション三大名演集とする評価は、僕が大学生の頃にははっきりとあったのだが、いつの間にか忘れられてしまい、今では言う人がほとんどいない、というか僕は全然見掛けない。なんたる悲劇だ。最大の理由はジャンゴのものを除きマトモな CD リイシューがされていないことだね。

 

 

テディ・ウィルスンのブランズウィック録音を CD でマトモにリイシューしているのは仏クラシックスだけ。ここがクロノロジカルに全集にして出してくれているのだが、あのテディ・ウィルスンのブランズウィック録音集は数が多く(全132曲、133トラック)、しかもそもそもの目的はジューク・ボックス用の安価なレコードをということで、アレンジ料はなし、参加各人のギャラも安かったらしい。

 

 

それでも名人揃いなので、なかには相当な名演になっているものがあって、だから名演集の一つに数えられるのだが、たいして面白くもない SP がかなりあって、玉石混交の石の方が多いというのが事実。これは油井正一さんもかつて明言していた。僕がこれを実感できるのも仏クラシックスが完全集でリリースしてくれているおかげではあるのだが、一般のジャズ・ファン向けには「玉」だけセレクトした、CD でおそらく二枚程度のアンソロジーがあってしかるべきだ。

 

 

ライオネル・ハンプトンのヴィクター録音集の方はまだマシだ。米モザイクが全集ボックスをリリースしているばかりか、一般のアメリカ盤でも一枚物や二枚物のベスト盤もあるから(といっても本家 RCA は出していないはず)、一般のファンにも買いやすく聴きやすい。僕は完全集含めそれらの選集も全て持っているというアホさ加減。

 

 

それらに比べるとジャンゴの録音集はマトモな扱いを受けているのはどうしてだろう?ギタリストだから、ジャズ・ファン以外の注目も集めやすいせいだろうか?ジェフ・ベックはじめ有名ロック・ギタリストだってジャンゴの名前を出しているしなあ。あるいはそんな理由で LP でも CD でもしっかりリイシューされているので、かなり助かる。

 

 

今では CD 四枚組の完全集になっている『ジャンゴ・アンド・ヒズ・アメリカン・フレンズ』。がしかし僕はそれを持っていない。四枚組は2000年のリリースだったはずだが、1998年リリースの CD 三枚組でもう充分というかお腹いっぱいなんだよね。かつてアナログ・レコードでは二枚(組じゃなかったと思うなあ)で出ていた。

 

 

何枚組でもいいが、僕が聴いている CD 三枚組の『ジャンゴ・アンド・ヒズ・アメリカン・フレンズ』は、ジャンゴのギター・ソロ名人芸を聴くアルバムではない。それを聴きたいとアテにして買うとガッカリする。ジャンゴはソロもまあまあ弾くが、それは必ずしも多いとは言えない。

 

 

『ジャンゴ・アンド・ヒズ・アメリカン・フレンズ』は、あくまで渡仏したアメリカ黒人一流ジャズ・メンの極上のソロを聴くべきアルバムだ。この理由があるからこそ、スウィング期三大名演集の一つに数えられているものなのだ。さほど多くはないソロを除きジャンゴのギターをというなら、リズム弾きの上手さがかなりあるのでそこを聴いてほしい。

 

 

実際、バックに廻ってコードをジャカジャジャカ刻んでいる時のジャンゴもスウィンギーな存在感抜群で耳を奪われるのは確かだ。録音も妙にギターの音が目立つものだしなあ。ジャンゴのギター・コード・カッティングは、同時代のアメリカにおけるそれの最大の名手であるフレディ・グリーンのスタイルとは違っている。

 

 

フレディ・グリーンの弾き方は4ビートにおける一小節に四つの和音を、拍に合わせ均等かつフラットに、それも極めて正確に弾くというもので、その和音構成も複雑な場合があり、さらにそれを一拍ずつ変えたりもする。相当なテクニシャンであるゆえんだが、ジャンゴの場合は、基本、そうでありながらも、しばしば八分音符、十六分音符などでオカズを入れる。

 

 

フレディ・グリーンの場合は一小節四つの音を全て同じ大きさで弾くのだが、ジャンゴの場合は一小節に四つのコードを刻む場合でも、二拍目と四拍目に強いアクセントを置く。そんでもってソロイストのフレーズの切れ目やワン・コーラス終って次に行く節目節目に、多彩な音で味付けをする。これはフレディ・グリーンはやらない。ただタイム感はグリーンの方が正確だ。正確すぎると思うほど4/4拍子の一拍ごとに完璧にジャストなタイミングで刻む。

 

 

そんな聴きどころがありはするものの、やはり『ジャンゴ・アンド・ヒズ・アメリカン・フレンズ』でのジャンゴはあくまで脇役であって、ソロを取る主役はアメリカ人ジャズ・メン。このアルバムでフィーチャーされている大物アメリカ人ジャズ・メンは、コールマン・ホーキンス、ディッキー・ウェルズ、エディ・サウス、ビル・コールマン、ベニー・カーター、ラリー・アドラー、レックス・スチュアート&バーニー・ビガード。

 

 

それにくわえ、大物とは言えず今では無名の存在かもしれないが、 ガーネット・クラーク(ピアノ)、フレディ・テイラー(ヴォーカル)、アーサー・ブリッグズ(トランペット)なども参加している。エディ・サウス(ヴァイオリン)やビル・コールマン(トランペット)らは、今ではあるいはこちらに入れられているのかもしれないね。

 

 

またラリー・アドラーも、ハーモニカに興味があるなら知らない人などいない有名人、というかパイオニアだけど、まあ普通のジャズ・ファンには無視されているよなあ。どなたかジャズ・ファンやジャズ・ライターの方が、ジャズの文脈でラリー・アドラーを話題にすることってあったっけ?

 

 

『ジャンゴ・アンド・ヒズ・アメリカン・フレンズ』最大の目玉はやはりコールマン・ホーキンスだろうなあ。僕の持つ三枚組に全部で八曲あって、これはアメリカ人ジャズ・マンのなかでは二番目に多いし、数だけでなく存在感が圧倒的だからだ。ホークは1934年にヨーロッパに渡り、そのまま1939年まで欧州で演奏活動をしていた。

 

 

これは別に黒人だからアメリカ本国で不遇だったとか、あるいは例の大恐慌のせいで演奏機会が減ったからとかではない。イギリス人ジャズ・バンド・リーダー、ジャック・ヒルトンに自分の楽団員にと招かれて渡英し、そのまま欧州各国をツアーしてまわっていたのだ。

 

 

そんなホークはフランスでジャンゴとのセッションを二回行っている。一回目は1935年5月2日。二回目は37年5月28日。いずれも四曲ずつ録音しているんだが、これが名演揃いなのだ。特に二回目37年セッションが凄い。最高傑作は「クレイジー・リズム」だろう。

 

 

 

どうです、このホークのテナー・ソロのスウィング感は!ホークがアメリカ本国で残したあらゆる録音よりも上なんじゃないかなあ。ここまで猛烈にドライヴするホークって、僕は他に聴いたことがない。なお、この録音にはアルト・サックス奏者二名、テナー・サックス奏者もホーク以外にもう一名参加している。

 

 

その四人のサックス奏者が次々と入れ替わりソロを吹くので、聴き慣れない方はホークのソロはどれ?ってなるかもしれないなあ。1:58 から入ってくる四人目のサックスがホークのテナーだ。その前の三人目がベニー・カーターのアルト。なお、そんなクレジットは一切ないので僕の耳判断だが、間違いないはず。

 

 

ホークのソロの時には、あまりにスウィンギーでカッコイイがために、誰の声だろう「カモン!カモン!」と叫んでいるのが聴こえるよね。この「クレイジー・リズム」一曲だけ取ってみても、このジャンゴのセッションがスウィング期最高の名演集の一つだと納得していただけるはず。

 

 

その他七曲でもホークのソロは素晴らしい。例えば1935年のセッションで録音した「スターダスト」。ジャンゴの盟友ステファン・グラッペリがヴァイオリンではなくピアノを弾くが、バラード吹奏におけるホークの堂々たる貫禄は見事だ。四年後にアメリカで録音し、生涯の名演とされる「ボディ・アンド・ソウル」になんら劣らない。いや、それより上かも。

 

 

 

「スターダスト」は『ジャンゴ・アンド・ヒズ・アメリカン・フレンズ』にもう一つある。1935年11月25日録音で、ガーネット・クラークのピアノ演奏をフィーチャーしたヴァージョン。ビル・コールマンがトランペットで参加しているが、やはりガーネット・クラークのピアノがいいね。

 

 

 

1936年5月4日のセッションでは、例のフランス・ホット・クラブ五重奏団に、ヴォーカルでフレディ・テイラーが参加して三曲録音している。それら三曲ではレギュラー・バンド中心での演奏だということもあるのか、ジャンゴも多めにソロを弾くが、テイラーのヴォーカルも面白い。

 

 

フレディ・テイラー参加の三曲で最も興味深いのは「アイズ・ア・マギン」(I’s A Muggin’)だろうなあ。アメリカ人ヴァイオリニスト、スタッフ・スミスの曲で、彼の最有名曲。といっても多くのモダン・ジャズ・ファンは無視しているかもしれない。そもそも知りすらしないかも。

 

 

でもロック・ファンなら全員「アイズ・ア・マギン」を知っているよ。どうしてかというと、ジョニ・ミッチェルのアルバムにあるからだ。といっても B 面一曲目のたったの八秒間だけどね。チャールズ・ミンガスもスタッフ・スミスがやった1936年のこんな曲が好きだったんだなあ。

 

 

スタッフ・スミスの「アイズ・ア・マギン」は1936年2月録音だから、フレディ・テイラーがジャンゴとやったのはそのたった三ヶ月後だ。バック・コーラスの入り方もスタッフ・スミスのオリジナル・ヴァージョンに忠実で、 ステファン・グラッペリのヴァイオリンにも、ジャイヴィーなフィーリングがあるような気がする。

 

 

 

カウント・ベイシー楽団で有名になるディッキー・ウェルズが、そのベイシー楽団加入1938年の一年前にジャンゴとやったものは省略して、ヴァイオリニスト、エディ・サウスとジャンゴの共演録音。全部で十曲あるが、面白いのは同じ楽器のステファン・グラッペリも参加した五曲だ。

 

 

「レディ・ビー・グッド」「ダイナ」「ダフネ」などなど。ヴァイオリニスト二名がユニゾンでテーマを演奏したり、代わる代わるソロを弾いたり、二人で対旋律的に絡んだりと、かなり楽しい。ジャンゴのリズム・ギターの上手さも非常によく分る。全十曲のうち二曲は、曲名がクラシック音楽風に「なんちゃらのムーヴメントにもとづくかんちゃらの即興」と長ったらしい。

 

 

しかし音楽的に面白いのはそんな二曲の「なんちゃらムーヴメントのかんちゃら即興曲」なのだ。それら二曲はエディ・サウス、ステファン・グラッペリ、ジャンゴ・ラインハルトのトリオ編成。たった三人とシンプルで、しかも曲名通りクラシックのバロック音楽風でもある。

 

 

それら二曲とも、二人のヴァイリニストがどっちがどうなっているだか分らないほど複雑に絡みあうパートがあって、そこが最大の聴きもの。ジャンゴはソロを全く弾かずリズム伴奏に徹していて、あくまでヴァイオリニスト二名の絡みを聴くのが楽しい。

 

 

アルト・サックス奏者ベニー・カーターをフィーチャーしたセッションは飛ばして、ハーモニカのラリー・アドラーがジャンゴと一緒にやって吹くのは全部で四曲。1938年5月31日録音。全部有名スタンダードだが、「ボディ・アンド・ソウル」「恋人よ我に帰れ」を知らない人はいないだろう。

 

 

それらニ曲ともラリー・アドラーのハーモニカ名技が聴ける。ちょっと面白いのは「恋人よ我に帰れ」だなあ。途中、ハーモニカを吹きながら同時に声を出しているのか、ブワ〜ッという音になっている瞬間がある。モダン・ジャズ時代には、ローランド・カークその他が似たようなことをやっているよね。

 

 

 

さて、個人的に『ジャンゴ・アンド・ヒズ・アメリカン・フレンズ』のなかで大学生の頃からの最大の愛聴セッションで思い出深く、今聴いても絶品だなと感心し一番大好きなのが、レックス・スチュアート、バーニー・ビガード二名のエリントニアンを迎えたセッション。1939年4月5日録音で全部で五曲。

 

 

この1939年4月はデューク・エリントン楽団のパリ公演があった時期だから、それで二名のエリントニアンズがジャンゴとセッションしたんだろうなあ。レックス・スチュアートもバーニー・ビガードも大好きな僕。特に後者のクラリネットはジャズ界では最大の好物。

 

 

五曲ともジャンゴ、レックス、バーニーにベーシストが入るだけの四人編成。そのうち僕が特に好きなのは、バラード「フィネス」とスウィンギーな「アイ・ノウ・ザット・ユー・ノウ」。前者でバーニーがクラリネットで表現する情緒とか、その後に出るジャンゴのソロも味があっていいなあ。

 

 

 

「アイ・ノウ・ザット・ユー・ノウ」の方はアップ・テンポでグルーヴする一曲。この曲ではレックス、バーニー二名のソロもさることながら、その背後でのジャンゴのリズム表現を聴いてほしい。彼以外にはベースしか入っていないなんて信じられないスウィング感を出しているじゃないか。ジャンゴ一人でリズムを創っていると言っても過言ではない。

 

 

 

ちなみにこの1939年のエリントン楽団パリ公演の際に、ボスのエリントンもジャンゴと知り合い、そのギター技巧の見事さに驚いて、このギタリストをアメリカに招いて自己のオーケストラとの共演を画策した。それが実現したのは戦後の1946年。この際にいろんな逸話が残っているが、その話はまた別の機会にしよう。

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コメント

長い文章なのでどこから手をつけたら良いのやらみたいな美味しい話ばかりをありがとう。
で…やはりジャンゴとフレディ・グリーンのスウィングの違いに興味がある。ぼくはフレディ・グリーンの正確なフォービートの刻みは大好きだけど、ジャンゴのオカズ付きのバッキングは珍しくてジャズとは違うスウィングを感じていいなって思っていた。ジプシースウィングだからなのだろうけど、ジャンゴは気が短い人みたいだから、性格的にもオカズを入れざるを得なかったんだろうなって思ってる。
話は変わるけど、昔、池袋にあったジャズ喫茶・ジャンゴにはよく通った。JBLのパラゴンがあってね、コーラ飲みながらドルフィーばっかり聴いてたよ。
チャンチャンw

ひでぷ〜、ジャンゴみたいにオカズ付きで刻むリズム・ギタリストは他にもまあまあいると思うよ。珍しいってこともないんじゃないかなあ。まあ僕はフレディ・グリーンのあの正確きわまりない刻みがこの上なく大好きだけどね。

JBLパラゴンといえば、僕も大学生の頃に通ったジャズ喫茶がそれだったなあ。

そうか珍しくないんだね、ギターのバッキングはジャンジャカジャンジャカな素人の日本のフォークソングみたいなのがイヤだなぁ。やりづらい。
ところで、中野にあったジャズ喫茶・ビアズレーもパラゴンだったよ♫中音域がいいって言われてだけれど、低音もビアズレーでは響いていた。キース・ジャレットのケルン・コンサートやマッコイタイナーのフライ・ウィズ・ジ・ウィンドなんかが当時よくリクエストされてたね。

ひでぷ〜、日本のあのいわゆるフォーク・ソングをやるギタリストのあれはリズム感悪くて聴いていられないよね。フォークってのもおかしな名称だし。"folk song"って伝承的な民謡って意味だもんなあ。あの例の日本のいわゆるフォークの人たちが手本にしたであろうボブ・ディランのギターの弾き方を、やっぱりちゃんと聴いていなかった、真似していなかったってことだなあ。ディランのギター・カッティングはすごく上手いよ。

としまさん こんにちは。

「日めくりエリントン」の@Daily_Ellington です。 このブログ、いつもコアな内容でサイコーです。わたし自身エリントンについてぐじゃぐじゃ書いたりしてますが、このブログは本当に勉強になります。
訪れるのが楽しみなブログです、ありがとうございます。

エリントンにとって、ヨーロッパは刺激的な出会いの場だったのではないでしょうか。何度も足を運んだのは興業の他に人材発掘の目的もありましたよね、きっと。

satoryuhさん、ご愛読くださって本当にありがとうございます。今後もよしなに。エリントンのたびたびの渡欧に、タレント・スカウトの意図があったのかどうかは、さぁ、なんとも分りかねます。

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