フィリー・ソウルな黒人ロッカー
デビューが1989年だから、僕の感覚だとかなり最近の音楽家であるレニー・クラヴィッツ。そんな最近の人であるとはいえ、クラシック・ロック、というかヴィンテージ・ロックのファンであればかなり好きな方が多いはず。実際クラヴィッツの音楽はモロそのまんまヴィンテージ・ロック風だ。
クラヴィッツは黒人なんだけど、それにしてはやはりロッカーだと言いたいような音楽性の人だよね。リリースされるアルバムをリアルタイムで買って聴いていた人であれば、これは誰でも納得できるはず。ジョン・レノン(を中心とするビートルズ)、ジミ・ヘンドリクス、レッド・ツェッペリンなどの要素が非常に濃厚にあるからだ。
といっても僕の場合は、デビュー・アルバム『レット・ラヴ・ルール』(というタイトル自体がジョン・レノン的)から全てリアルタイムで買っていたわけではない。デビュー後しばらくは気が付いていなかった。買ったのは1993年の三作目『アー・ユー・ゴナ・ゴー・マイ・ウェイ』から。オープニングのアルバム・タイトル曲が完全にレッド・ツェッペリンだったからだ。
このミュージック・ヴィデオが、当時テレビの音楽番組でバンバン流れていて、コイツ誰だ?ツェッペリンみたいじゃないか!と思って、そうか、レニー・クラヴィッツっていうのか、CD 買おうとなって CD ショップに足を運んだのだった。それで買ったアルバム『アー・ユー・ゴナ・ゴー・マイ・ウェイ』は本当によく聴いた。
クラヴィッツはヴォーカリスト兼マルチ楽器プレイヤー。買ったアメリカ盤 CD 附属ブックレットに一曲ごとの歌詞と演奏者名・担当楽器が明記されているのだが、『アー・ユー・ゴナ・ゴー・マイ・ウェイ』では、どの曲も若干のゲスト参加ミュージシャンを除き、全ての楽器をクラヴィッツ一人で多重録音している。
ってことは、同じ黒人の先輩で、やはり一人多重録音の密室作業でアルバムを製作する、そしてやはりポップなロッカーだという面もかつては強かったプリンスと同じだってことだなあ。音楽的にはプリンスからの影響があるのかどうかちょっと分りにくい。あるように思うけれど、でもそれはやや抽象化されている。
『アー・ユー・ゴナ・ゴー・マイ・ウェイ』でちょっと驚いたのは、そのヴィンテージ・ロック風サウンドだけでなく、実際の使用楽器とスタジオ機材もヴィンテージものにこだわっていることだった。CD 附属ブックレットにそれらの写真がずらずらと並んでいるのだが、1993年にしてはありえないかもと思うほどのヴィンテージ・マニアぶり。
1993年というと、既にプロ用 DAW(デジタル・オーディオ・ワークステイション)ソフトの Pro Tools がリリースされていたはずだけど、クラヴィッツはコンピューターは一切使わない(ある時期以後このポリシーは変更したようだが)。アナログ楽器とアナログ機材にこだわっていた。
『アー・ユー・ゴナ・ゴー・マイ・ウェイ』では一曲だけメロトロンも使われている。1993年だと、もうこの楽器を使うのはよっぽどの好き者かヴィンテージ愛好家だけだったんじゃないかなあ。同じサウンドをデジタル・シンセサイザーで出せるわけだから使う意味がない。それなのにクラヴィッツはメロトロンにこだわっていた。
こんなやつ、いないよねえ。とにかく使用楽器、スタジオ機材、コンソール、そしてアナログ・テープまで使って録音するというこだわり方のクラヴィッツで、実際の音楽性もそういう部分に象徴されるような1960年代後半〜70年代頭頃のロック風サウンドだった。
『アー・ユー・ゴナ・ゴー・マイ・ウェイ』以後、僕は新作を買う方向へなぜだか向かわず、その前に二枚あると分ったアルバムを買って聴いていた。1989年の『レット・ラヴ・ルール』と二作目1991年の『ママ・セッド』。聴いてみたら、『アー・ユー・ゴナ・ゴー・マイ・ウェイ』よりもそれら二作の方が断然よかった。少なくとも僕好みだった。
しかしデビュー作『レット・ラヴ・ルール』の売れ行きはどうもイマイチだったらしい。ビルボード200で40位に届かなかったようだ。 二作目『ママ・セッド』はもう少しだけ売れて39位だけど、やっぱり大ヒット作になったとは言いがたい。クラヴィッツがブレイクしたのは、やはり三作目の『アー・ユー・ゴナ・ゴー・マイ・ウェイ』でだ。
それで日本でもどんどん聴こえてきていて、バンバン流れるのが上で書いたように僕の耳にも入ってきてクラヴィッツを知ることになった。前作の二枚もひるがえって売れるようになって、二枚とも結果的には RIAA のゴールドディスク、プラチナディスクに輝いているが、それを獲得したのは、二枚とも1995年のことだからね。
今聴き返すと、僕のなかでは好みや評価の順番が完全に逆転している。最初の二枚『レット・ラヴ・ルール』『ママ・セッド』の方が断然いいもんなあ。特に1991年の二作目『ママ・セッド』が最高に素晴らしい。これは今聴いてもかなり楽しめるアルバムなんだよね。それに比べたらブレイクのきっかけになった『アー・ユー・ゴナ・ゴー・マイ・ウェイ』は色褪せて聴こえる。
『ママ・セッド』は1991年の作品ながら、まるで1971/72年あたりにリリースされたようなアルバムなんだよね。特にいいのが一曲目「フィールズ・オヴ・ジョイ」、二曲目の「オールウィズ・オン・ザ・ラン」、四曲目の「イット・エイント・オーヴァー・ティル・イッツ・オーヴァー」の三つだ。この三つは今でも輝いている。
誤解がないように書いておくが、僕が持っている『ママ・セッド』はアメリカ盤 CD。ところが日本盤 CD は曲順が違っていたようだ。日本盤なんかに目もくれなかった当時は全く気付いていなかったが、いまネット情報で読むと、日本盤では「フィールズ・オヴ・ジョイ」は」二曲目、「オールウィズ・オン・ザ・ラン」は八曲目らしい。
一曲目「フィールズ・オヴ・ジョイ」はニューヨーク・ロック・アンサンブルの曲のカヴァーだが、レッド・ツェッペリン風。風というかそのまんま。自らが弾くアクースティック・ギター弾き語りではじまって、そこにまたしてもメロトロンのサウンド。そしてドラムス、ベースも全部クラヴィッツ。その後エレキ・ギターの派手目なカッティングが入る。この順番で出てくるのが、もうツェッペリンそのまんまなわけだ。
中間部のエレキ・ギター・ソロはかなりエッジの効いたハード・ロック・サウンドだけど、これはクラヴィッツではなく、ゲスト参加のスラッシュ(ガンズ・ン・ロージズ)が弾いているもの。そのソロの最後の消え入り方といい、消え入った瞬間にアクースティック・サウンドに戻るその戻り方といい、完全にジミー・ペイジへのオマージュだ。
スラッシュは続いて二曲目「オールウィズ・オン・ザ・ラン」でも弾いている。まるでスライ・ストーンとジミ・ヘンドリクスを融合させたようなサウンドだけど、バックで入るホーン・リフはリズム&ブルーズ/ファンクっぽいようなものだよなあ。
四曲目「イット・エイント・オーヴァー・ティル・イッツ・オーヴァー」。間違いなくこれこそがアルバム『ママ・セッド』で最も傑出した一曲で、しかも当時はミュージシャン仲間のあいだで激賞され(カヴァーもされた)、現在では一般のファンのあいだでも、クラヴィッツの最高傑作曲だと認識されているものだ。
どうだこれ?文句なしだ。最高じゃないだろうか。スネア・ロールからはじまり、すぐにストリングスが入ってきて、柔らかい感触のエレキ・ギター・カッティングが聴こえはじめたら、そこはもう完全にフィリー・ソウルの世界。ストリングスのアレンジはクラヴィッツ自身がやっているので間違いなく意識しているし、これまた自身の弾くエレキ・ギター・カッティングは、カーティス・メイフィールドに酷似している。
また終盤でホーン・セクションの音が小さく聴こえるが、ブックレット記載ではその演奏をフェニックス・ホーンズが担当している。フェニックス・ホーンズとはアース、ウィンド&ファイアのホーン隊だもんなあ。基本的にはカーティス・メイフィールド〜フィリー・ソウルだけど、モータウンっぽくもあり、EW&Fっぽくもあり。
また中間部の乾いた音のギター・ソロのあとエレクトリック・シタールが入っていたり、あるいは歌詞がヨガイズム的というか、はっきり言えばヨギ・ベラへの言及がはっきりしている(”It Ain't Over 'Til It's Over”はヨギ・ベラの言葉)あたりとか、もろもろ含め全てやっぱり1971/72年だよね。
アルバム全体は大した成功作とはいえなかった『ママ・セッド』だけど、シングル・カットされた「イット・エイント・オーヴァー・ティル・イッツ・オーヴァー」だけは当時からかなり売れて、ビルボード・ホット・100で一桁台までランク・アップしたようだ。
クラヴィッツにかんしては、『アー・ユー・ゴナ・ゴー・マイ・ウェイ』の次作である1995年の『サーカス』までは買った僕。がしかしこれがちっとも面白くなくて、急速に魅力を失ったように思えたので、その後は全く買っていない。『サーカス』の次の1998年作『5』からは Pro Tools を使っているんだそうだ。
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