『地下室』セッションが産んだ?『ロジャー・ティリスンズ・アルバム』
ロジャー・ティリスンは、1960年代後半にロス・アンジェルスで例のリオン・ラッセル一派と出会って一緒にセッションしたりしていたらしい。道理でね、あんなサウンドのリーダー・アルバムができあがるわけだ。ロジャー・ティリスンのリーダー・アルバムって、1971年の『ロジャー・ティリスンズ・アルバム』しか僕は知らないが、他にあるんだろうか?僕は発見できない。
ロス・アンジェルスでリオン・ラッセルと出会って云々と言っても、だからそのままスワンプ・ロック方向へ行ったと言えるのかどうかはよく分らない。だいたい出会ったのがロスだったとしても、リオンもロジャー・ティリスンもオクラホマ出身だし、同州のいわゆる「タルサ・サウンド」スクールの一人だとした方が適切なのかもしれない。そういえばエリック・クラプトンが「タルサ・タイム」という曲をやっているよね。僕はあれ大好き。
それに1971年の『ロジャー・ティリスンズ・アルバム』を LA スワンプ名盤に入れていいのかどうか、アルバムの中身を聴けば聴くほど、こりゃいわゆる LA スワンプ(系ロック)とは少し違うものなんじゃないかという気もしてくるからだ。でも世間一般的にはスワンプ名盤だとされているし、まあそれでいいと僕も思うんだけどね。
名盤とはいえ『ロジャー・ティリスンズ・アルバム』はなかなか CDリイシューが叶わなかった。僕みたいな人間がアナログ盤でこれを知っていたわけがなく、随分あとになって存在を知った時には未 CD 化状態だったんだよね。いつ頃これが初めて CD になったのか正確には知らないが、僕が買った最初は2008年のウーンディッド・バード盤だ。
僕はもう一枚同じものを持っていて、それは昨2016年に日本のワーナーが、例の名盤探検隊シリーズの一つとして『ロジャー・ティリスンズ・アルバム』を二曲のボーナス・トラック入りで CDリイシューしてくれたもの。追加の二曲とは「オールド・クラックト・ルッキング・グラス」と「ゲット・アップ・ジェイク」のモノラル・シングル・ヴァージョン。
それら以外の内容は完全にオリジナル・アナログ盤(では僕は聴いたことがないが)や、先行するリイシュー CD と同じだ。まあでも昨年にまたリイシューされたのを買って何度か聴きなおしたのだ。やっぱりいいなあ、『ロジャー・ティリスンズ・アルバム』。一応ロック・ミュージックだけど、穏やかなフォーク・カントリー寄りのサウンドだ。
ロジャー・ティリスンのヴォーカルは、はっきり言ってあんまり美味しくない。どっちかというと下手な歌手の部類に入れてしまいたい。だけど味はあって、しかも実に素朴で淡々としているというか朴訥で、フォーク・カントリー(・ロック)なサウンドに乗ると、なかなかいい感じに聴こえてくる。もうちょっと声がしっかりしていて張りがあればよかったんだけど。
『ロジャー・ティリスンズ・アルバム』は、主役であるはずのロジャーのヴォーカルを聴くべきアルバムじゃないかもしれない。ある意味このアルバムの主役は、頻繁に聴こえるエレキ・ギターのスライド・プレイだ。それを弾いているのがジェシ・エド・デイヴィス。この人もオクラホマ出身で、タルサ・サウンド〜 LA スワンプの重要人物の一人だから、いろんなところに顔を出しているよね。『ロジャー・ティリスンズ・アルバム』で最もスワンプ臭を出しているのがジェシのエレキ・スライドだ。
その他ラリー・ネクテルのオルガンとか、スタン・セレストのピアノとか、ジム・ケルトナーのドラムスとか、こう書いてきただけでどんなサウンドが聴こえるのか、『ロジャー・ティリスンズ・アルバム』をお聴きでない方でもだいたい想像できてしまうだろう。はい、そのご期待通りの音が鳴っています。
『ロジャー・ティリスンズ・アルバム』。黒人音楽要素みたいなものは、僕はあまり、というか表面的には全くと言っていいほど感じ取れない。だから上で書いたようにいわゆる LA スワンプの一枚に入れていいのかどうか分らないという判断になってしまう。LA スワンプには黒人ゴスペル〜ソウル色も濃いもんなあ。
そういう黒人音楽ベースの泥臭さではなく、『ロジャー・ティリスンズ・アルバム』にある泥臭さはちょっと種類の違うものだろう。アメリカの田舎町で土ぼこりが舞い上がるような、そんなフォーク・カントリー的な土臭さじゃないかと僕には聴こえる。だから有名なところで近いものを探せば、ある時期のボブ・ディラン&ザ・バンド的だ。
これは収録曲でもはっきりしている。『ロジャー・ティリスンズ・アルバム』の一曲目はボブ・ディランの「ダウン・イン・ザ・フラッド」だし、二曲目はウディ・ガスリーの「オールド・クラックト・ルッキング・グラス」だし、十曲目はロビー・ロバートスンの「ゲット・アップ・ジェイク」だしなあ。
ザ・バンドの「ゲット・アップ・ジェイク」は、1972年のライヴ・アルバム『ロック・オヴ・エイジズ』が初出になるけれど、スタジオ・オリジナルはもっと早くにレコーディングされていて、1969年リリースの二作目『ザ・バンド』用のものだったのがお蔵入りしていたんだよね。だから68年か69年の録音だ。
アルバム『ザ・バンド』の2000年リイシュー CD には、その「ゲット・アップ・ジェイク」のオリジナル録音も追加収録されている。ボブ・ディランの「ダウン・イン・ザ・フラッド」だって、ディラン&ザ・バンドの例の1967年地下室セッションで産まれレコーディングされていた曲。だから当然リアルタイムでは未発表。
ボブ・ディラン&ザ・バンドの地下室セッションで録音された「ダウン・イン・ザ・フラッド」(「クラッシュ・オン・ザ・レヴィ」)について詳しく書いておく必要など全くないはず。1975年の LP 二枚組に既にあったし、現在コンプリート集では2ヴァージョン聴ける。
『ロジャー・ティリスンズ・アルバム』のレコーディングは1970年10月だから、そのなかにある「ダウン・イン・ザ・フラッド」と「ゲット・アップ・ジェイク」は、誰のヴァージョンもまだ全く未発表だった時期のはず。ロジャー・ティリスンかプロデューサーのジェシ・エド・デイヴィスか分らないが、録音済状態のそれら二曲を入手していたんだろうなあ。
そもそもあの『ベースメント・テープス』音源は、プロ音楽家の仲間内ではかなり流通していたようで、その証拠に同1967年の録音直後から、あのセッションで録音された曲がいろんな他の音楽家のアルバムにどんどん登場するようになっていたじゃないか。だから「ダウン・イン・ザ・フラッド」だって知られていたんだろうし、ザ・バンドの(当時の)未発表曲「ゲット・アップ・ジェイク」も同様だったはず。
『ロジャー・ティリスンズ・アルバム』には一曲だけ黒人音楽家の曲がある。ボーナス・トラック二曲を除くアルバム・ラストの「ラヴィング・ユー・イズ・スウィーター・ザン・エヴァー」。お馴染のモータウン・ナンバーで、スティーヴィー・ワンダーが書いて、フォー・トップスが初演したもの。フォー・トップスのオリジナルはこれ。
その後いろんな音楽家がカヴァーしているこのモータウン・ナンバー(だからローリング・ストーンズもやっている)を、ロジャー・ティリスンはこんな感じで…、とご紹介しようと思ったら、フル・アルバムで YouTube にアップロードされている『ロジャー・ティリスンズ・アルバム』のうち、この曲は再生不可じゃないか。残念だ。
『ロジャー・ティリスンズ・アルバム』の「ラヴィング・ユー・イズ・スウィーター・ザン・エヴァー」は、まずバンジョーのサウンド(ジェシ)からはじまって、その後もバンジョー・メインでの音の組立。それにオルガンやフィドル、ドラムスなどが絡むという、まあカントリー・ロック・スタイル。
実はこの「ラヴィング・ユー・イズ・スウィーター・ザン・エヴァー」は、これまたザ・バンドが結成当時からライヴではよくやっていた定番レパートリーの一つだった。アルバム収録は『ロック・オヴ・エイジズ』の2000年リイシュー CD にボーナス・トラックとして収録されているのみだけど、ロジャー・ティリスンやジェシ・エド・デイヴィスらは初期ザ・バンドのライヴで聴いていて、それでこの曲をとりあげようと考えた可能性が高い。
ってことは、実際サウンドを聴いても『ロジャー・ティリスンズ・アルバム』の「ラヴィング・ユー・イズ・スウィーター・ザン・エヴァー」は、フォーク・カントリー・・ロックみたいな仕上りなんだけど、そもそもこれをカヴァーしようと思った動機が、初期ザ・バンドだったっていう、つまりやはりアメリカン・ホワイト・ルーツ・ミュージック志向。
書いてきたような具合なので、『ロジャー・ティリスンズ・アルバム』では、僕の大好きなファンキーなブラック・ミュージック要素は表面化しておらず、ほぼ完全にアメリカ白人音楽的なカントリー・ロック・サウンドだけど、僕は案外そういうものも嫌いではない。どころかかなり好きなものがいくつかある。これは普段から僕の文章をお読みの方には説明不要だね。
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