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2017/02/16

スライ〜ウッドストックの興奮

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スライ&ザ・ファミリー・ストーンが例のウッドストック・フェスティヴァルに出演したのは1969年8月17日だが、それも深夜というより、もはや早朝に近い三時半スタートだったらしい。あんなエキサイティングな音楽をそんな時間にやるという、ステージに立ってやっている側は普通の時間かもしれないが、観客側はどうだったんだろうなあ?

話が逸れるけれど、音楽家とか芸能人とか、それらの関係者とか熱心なファンって、どうしてああも深夜型生活の人が多いんだろうね。深夜型の度が過ぎて、もはや早朝型に近づいている人たちがたくさんいるじゃないか。夜中12時を廻るなんてのは宵の口で、いわゆる丑三つ時に最も活動が活発になって、朝日が昇るのを見てからベッドに入るとかさ。

僕だって長年それに近い生活を続けていた。起きるのがたいてい正午前で、それから準備して午後三時頃からの大学での講義へ向かうとかね。今からしたら考えられないパターンだが、大学の教師は比較的自由に自分の授業時間を決めることが可能(な場合が多い)なので、できることだった。

深夜なにをしているのかというと、多くの同業者は本を読んだりの研究活動をしているのかもしれないが、僕の場合は音楽を聴いていた。まだインターネットをやっていなかった時代には音楽を聴きながら本を読み、ネットが普及して以後は聴きながらネット活動。ホントこれだけ。今は朝から仕事があるのでライフ・スタイルがすっかり変貌し、休日でも朝起きるようになっている。

どうでもいいことだった。スライのウッドストック出演の話。1969年8月という日付の持つ意味は、ジャズばっかり聴いている人間にはピンと来ないかもしれないが(でもマイルス・デイヴィスの『ビッチズ・ブルー』はまさに69年8月録音で、それもウッドストック・フェスティヴァルの翌日からの三日間で録音されたという<あの時代>の産物)、ロック〜ポップ〜ファンク・ミュージックのファンにとっては途轍もなく大きなものがある。

あの時代までのスライは、まさにそんなロックとポップとソウルとファンクをゴッタ混ぜにしたような音楽をやっていて、1969年8月とはそんなスライのミュージカル・ピークだったのだ。真の意味でのスライの頂点は、69年12月にシングル盤「サンキュー」をリリースした時かもしれないが、その後は急速にダウナーでヘヴィーなファンクへと向かっていく。

1970/71年以後のスライのそんなダーク・ファンクもまた時代の鏡であって、60年代後半〜末あたりの、それもアメリカ西海岸を中心にした、ある種の多幸感というか夢というか幻想というか、そんなものがもろもろ崩れ去って以後の時代の気分を反映しているわけだ。だけど21世紀になった今聴いてどっちがよりチャーミングに響くかというと、僕にとっては鬱屈する前までのスライ、すなわち「サンキュー」までだ。

そんな楽しく賑やかなアッパー・ファンクをやっていた時代のスライ&ザ・ファミリー・ストーンの公式ライヴ録音盤は、今では二種類ある。今日最初から書いている1969年8月のウッドストック、そして前年68年10月にフィルモア・イースト(ウェストの方じゃないのがちょっと意外)でやったのを収録した四枚組だ。

1968年のフィルモア・ライヴは、かなり最近、確か2015年にリリースされたばかりで、こちらは二日間で計4セットが最初からフル収録されている。だが一方、翌69年8月のウッドストック・フェスティヴァルでのパフォーマンスは、長年断片的にしか聴けなかった。

それはスライばかりではなく、あの1969年8月のウッドストック・フェスティヴァルに出演した音楽家のライヴ・パフォーマンスは、みんなどれも同じく一部しかリリースされておらず、それは個々のミュージシャン云々というよりも、フェスティヴァル全体を総体として把握させたい、あの祭典自体の持つ意味を記録としてリリースしたいということだったのかもしれない。あるいは単に総時間数が長すぎるから、現実的にほぼ不可能なだけか?

21世紀になって、もはやそんな意義は薄れてしまったのでということかどうか知らないが、2009年にソニー/レガシーが CD10枚組セットで『ザ・ウッドストック・エクスリピアリエンス』というものをリリースした。サンタナ、ジャニス・ジョップリン、スライ&ザ・ファミリー・ストーン、ジェファースン・エアプレイン、ジョニー・ウィンターのパフォーマンスがフル・セットが収録されている。

しかし僕はそれを買わなかった。だいたいウッドストック・フェスティヴァル自体を横目でチラチラ眺めているような気分が昔からずっと続いていて、愛と平和とドラッグとヒッピーとなんちゃらとか、そんなもんアホかいなとか、まあそんな感じだったんだなあ。それをいまさらフル・セット聴いてもなあとかね。

それでもライノが同じ2009年にリリースした CD六枚組の『ウッドストック・40・イヤーズ・オン:バック・トゥ・ヤスガーズ・ファーム』は一応買った僕。数えるのも面倒くさいほど多くの(主に)ロック系音楽家の抜粋パフォーマンスが収録されていて、これはこれで聴いたら面白いものではあった。ところで同じ音源から十枚組はソニー、六枚組はライノが出すっていうのは、収録音楽家の権利問題なんだろうか?

とにかく1969年8月のウッドストック・フェスティヴァルでのパフォーマンスをフル・セットで聴きたいと僕が思ってきた音楽家の最右翼がスライ&ザ・ファミリー・ストーンで、その次がジミ・ヘンドリクス。たぶんこの二者だけだなあ。そんでもってジミヘンのウッドストック・パフォーマンスは、1999年にフル・セットが『ライヴ・アット・ウッドストック』CD 二枚組でリリースされていたので、比較的早くに渇望は癒されていた。

ってことはつまりスライだけだったのだ、僕の場合、長年「このバンドのウッドストック・パフォーマンスをフル・セットで聴きたい」と熱望してきたのは。だってさぁ、断片的にリリースされていたそれを長年聴いてきていて、こりゃタダゴトじゃないぞと感じていたんだよね。

その夢がようやく実現したのが、前述2009年のソニー盤10枚組で、そこから単独でスライ&ザ・ファミリー・ストーンの分だけが(おそらく他の音楽家のもそれぞれ単独で)CD 二枚組『ザ・ウッドストック・エクスピアリエンス』として同じ2009年にリリースされ、僕は狂喜乱舞して即買い。しかし本音を言うとスタジオ・アルバム『スタンド!』との抱き合わせ二枚組じゃなく、ウッドストック・ライヴだけ一枚物でリリースしてほしかった。これしかないから仕方ないが。

スライの『ザ・ウッドストック・エクスピアリエンス』は約51分のパフォーマンス。これがもう興奮するなんてもんじゃないくらい凄いのだ。CD で聴いて、しかも時代的にも地理的にも遠く離れた僕が聴いてもひっくり返るほどエキサイティングに響くんだから、1969年8月の生演奏を体験した観客はどんなだっただろう?

1969年8月のライヴなので、スタジオ盤『スタンド!』までは既にリリースされていた。実際そこまでの四枚のうち、第一作の『ア・ホール・ニュー・シング』を除く三作品からヒット曲を満遍なく選んで、ウッドストックでは演奏されている。つまり『ザ・ウッドストック・エクスピアリエンス』は、「サンキュー」を除くライヴ版『ザ・グレイテスト・ヒッツ』みたいなものだ。

そんなヒット・パレード的選曲で、しかもそれらが全部ズルズル繋がって約51分間ほぼ途切れなく演奏され(まあそこはソウル〜ファンク・ライヴの定番マナーだが)、スタジオ・オリジナルよりノリもヘヴィーになって、しかもディープさを増しているような部分もあり、踊りやすいような近寄りがたいような、よく分らないが、異常な興奮のるつぼに放り込まれる。

『ザ・ウッドストック・エクスピアリエンス』で聴けるスライの演奏のノリと興奮具合は、なんというかアメリカ大衆音楽界にごく一般的に存在するようなものとは若干違っているかもしれないように僕には聴こえる。はっきり言えば黒人キリスト教会におけるゴスペル・ライヴ・パフォーマンスで聴けるそれに近いかもしれない。

収録曲のどれも全部そうだが、最もはっきりそれを感じるのが6トラック目のメドレー「ミュージック・ラヴァー/ハイアー」と続く7曲目の「アイ・ウォント・トゥ・テイク・ユー・ハイアー」だ。 これら二つのトラックでは、リーダーのスライが牧師、バンドがゴスペル合唱・演奏隊、観客が教会の会衆みたいだなあ。

ことに6トラック目のメドレーでは後半部の「ハイアー」、そしてスタジオ・オリジナルもそれをもとに拡大した7曲目の「アイ・ウォント・トゥ・テイク・ユー・ハイアー」が、いろんな意味で黒人教会のゴスペル・ライヴにかなり近い。スライがよく喋って、「ハイアー!ハイアー!」と叫ぶと、バンドの連中と観客が一体となって「ハイアー!」と返す。それは牧師と会衆とのやり取りと同じだ。

言葉の意味も「もっと高く!」というものだから、直接的にはいかにも1960年代後半的な「より興奮を!」(含むドラッグ体験)という意味だろうけれど、ちょっと見方を変えれば、教会内で「魂をより高いところまで上げるのです!「高次元(神)に近づくのです!」とやり取りするのと近い意味に聴こえなくもない。

そして最も重要なのがリズムとサウンドのノリだなあ。「ミュージック・ラヴァー/ハイアー」と続く「アイ・ウォント・トゥ・テイク・ユー・ハイアー」では、バンドの演奏するリズムが完全に縦ノリのディープでなもので、まるで教会で会衆がピョンピョン跳ねているかのよう。サウンドもスライの弾くオルガンがよく聴こえるが、キリスト教会でのそれに近いように聴こえる。

「アイ・ウォント・トゥ・テイク・ユー・ハイアー」の後半部で、バンドの演奏がグレッグ・エリコのドラムス以外全部ストップして、ドラムス・サウンドと声だけになる箇所がある。スライはスタジオ録音曲でも、曲の途中でよくパッと演奏を止めてハミングだけになったりするけれど、ウッドストックでのこれはそんなスカしたクールさではなく、完全に違うホットなフィーリングだ。

ウッドストックの「アイ・ウォント・トゥ・テイク・ユー・ハイアー」では、5:33 でグレッグ・エリコのドラムスによる激しいビートだけになり、それに乗ってスライが「ウォント・テイク・ユー・ハイアー!」と叫ぶと、聴衆も「ハイアー!と応えるというコール&リスポンスが繰り広げられる。アメリカ黒人教会を通り越して、まるでアフリカ音楽における打楽器アンサンブルに乗ってのリード・ヴォーカル&チャントの応酬を聴いているみたいだ。

そんな「ミュージック・ラヴァー/ハイアー」と「アイ・ウォント・トゥ・テイク・ユー・ハイアー」が、少なくとも僕にとっては、スライ&ザ・ファミリー・ストーンによる『ザ・ウッドストック・エクスピアリエンス』約51分間のハイライトでエクスタシーだ。これ以上に興奮できるスライの音楽は他にはないね。

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