ロック・ファンのみなさんにオススメするジミー・リード
なんでもかんでもローリング・ストーンズに話をからめるのもどうかとは思うけれど、なんたって大人気ロック・バンドだからね。しかも現役活動中。だからとっかかりとして上手く利用すれば、アメリカ黒人ブルーズの世界への格好の入口になって、聴く人が増えるかもしれないじゃないか。
というわけで、これまた昨2016年暮れリリースのストーンズの最新作『ブルー &ロンサム』。これのなかには一曲だけジミー・リードのカヴァー「リトル・レイン」がある(10曲目)。だからあのストーンズのアルバムが快作だったと感じた(方が多かったみたいだ)ロック・ファンのみなさん、ジミー・リードもちょっと聴いてもらえませんか?ジミー・リードの「リトル・レイン」はこれ。
ストーンズがジミー・リードに注目したのは、なにも昨年はじまったことなんかじゃないよ。ストーンズはそもそものスタートからジミー・リードの強い影響下にあって、初期からカヴァーもしている。そのあたりはおそらくみなさんご存知のはずなので、詳しく書く必要もないのかなあ。
それにしては熱心なストーンズ・ファンでルーツまで追いかけているのではない、ごくごく普通のストーンズ・ファンやロック・リスナーの方が、ジミー・リードの名前を出して熱心に話をしているところに遭遇することは少ない。ストーンズだけでなく多くの1960年代 UK ビート・バンドには大きな影響力を持っていた黒人ブルーズ・マンなんだけどね。
やっぱりストーンズに限りちょっと書いておこう。デビュー当時からライヴ・ステージではジミー・リード・ナンバーをたくさんやっていたらしいストーンズ。現在確認されているだけでも、「エイント・ザット・ラヴィン・ユー・ベイビー」「 ザ・サン・イズ・シャイニング」(これは1969年のオルタモントでもやっている)「ブライト・ライツ、ビッグ・シティ」「シェイム、シェイム、シェイム」がある。
これらのうち、最後の「シェイム、シェイム、シェイム」は「リトル・バイ・リトル」と改題されて、1964年2月発売のシングル盤「ナット・フェイド・アウェイ」の B 面曲となった。つまりパスティーシュなんだよね。それがそのまま一番最初のアルバム『ザ・ローリング・ストーンズ』(英)or『イングランズ・ニューウェスト・ヒット・メイカーズ』(米)にも収録されたのだ。
しかもこのストーンズのファースト・アルバムには、英米盤ともにもう一曲ジミー・リード・ナンバーがある。それは「オネスト・アイ・ドゥー」。こっちは「リトル・バイ・リトル」と違って、そのままの曲題でジミー・リードの名前もクレジットしている。ジミー・リードの模倣スタイルでやったストーンズのオリジナル楽曲となると多すぎて、とても話題にすることなんてできない。
そんな具合なので、初期ストーンズのルーツとなったアメリカ黒人ブルーズでは、マディ・ウォーターズとハウリン・ウルフあたりは非常に頻繁に話題にあがるけれども、それと同じくらい、あるいはむしろジミー・リードから受けた影響の方が大きかったのでは?と言いたいくらいなんだよね。でもあまり話題になっていないなあ。ストーンズの連中はそんなルーツ・リスペクトと情熱を全く失っていないことが、昨2016年暮れの『ブルー&ロンサム』でジミー・リードをカヴァーしたことでも証明されたってわけ。
さて、ジミー・リード本人の話を書かちゃくちゃいけないが、それにしてもジミー・リードってワン・パターンではある。二つ・三つ、スタイルがあると書いている文章も見るけれど、僕の聴く限り、およそ全部歩くようなゆったりしたテンポでのブギ・ウギ・パターンで、それしかない。じゃあ CD で一枚全部とか二枚とか続けて聴いて飽きるのかというと、そんなことはなく楽しめるという不思議なブルーズ・マンだ。
ジミー・リードの重要な録音歴はヴィー・ジェイ・レーベルのみと断定して差し支えない。まず最初チェス・レーベルと契約しようとしたらしいのだが果たせなかったので、もっとずっと新興のヴィー・ジェイに録音することになった。ヴィー・ジェイは1953年設立の会社で、直後からジミー・リードは録音し、レコードを出している。
ヴィー・ジェイがリリースするジミー・リードのブルーズ・レコードはかなり売れて、1950年代後半では最大の黒人ヒット・メイカーの一人になったので、契約しなかったレナード・チェスは悔しがったんじゃないかなあ。ビートルズと契約しなかった英国のどこかのレコード会社同様に。それほどジミー・リードのレコードは売れた。
ヴィー・ジェイはジャズのレコード・アルバムもたくさん出しているし、またこれは一種の暗黒史としてビートルズ・ファン、特にアメリカの関係者は闇に葬り去りたいかもしれないが、ビートルズのレコードをアメリカでまず最初にリリースしたのはヴィー・ジェイだよね。キャピトルが出さなかったためだ。
1966年にヴィー・ジェイは倒産してしまう。ジミー・リードはそうなるまでずっとこのレーベルに録音し続けた。倒産によって他社に移ったのだが、ヴィー・ジェイ時代のようなヒットを放つことはできず、その後、例のアメリカン・フォーク・ブルーズ・フェスティヴァルでヨーロッパ巡業などもやってはいるが、もはや輝きは失われていた。
そんなわけでジミー・リードとはすなわちヴィー・ジェイ。これが全てだ。全部で何曲あるのか僕は知らない。持っていないと思う。僕が普段よく聴くジミー・リードの録音集は、アメリカ黒人音楽ばかり復刻している英国のレーベル Charly が出した(リリース年はどこにも明記がない)CD 二枚組『ザ・ヴェリー・ベスト・オヴ・ジミー・リード』。
チャーリー盤『ザ・ヴェリー・ベスト・オヴ・ジミー・リード』は、1953〜65年のヴィー・ジェイ(原盤だとのクレジットはないが分っている)録音が全部で40曲。このブルーズ・マンの代表作、ヒット作は全て揃う。パーソネルや録音年月日などのクレジットが一切ないが、いまの僕にはこれで充分。
この二枚組『ザ・ヴェリー・ベスト・オヴ・ジミー・リード』を通して聴くと、やはりジミー・リードはワン・パターンなブルーズ・マンなのだ。上で書いたようにのんびり歩くようなテンポでのブギ・ウギばかり。かな〜り緩い、というか気怠いような雰囲気の曲調で、エレキ・ギターがゆったりブギ・ウギ・リフを弾く上に、ジミー・リードの決して激しくないヴォーカルとハーモニカが乗っかっている。
特にハーモニカは個性的だ。ブルーズ界で10穴ハーモニカ、いわゆるブルーズ・ハープ(は元はホーナー社の10穴ハーモニカの商品名だが、要は普通名詞化した「ホッチキス」みたいなもの)を使う際は、セカンド・ポジションというものを使う。曲のキーが E なら A のブルーズ・ハープ、すなわち四度上のものを使うのだ。そうするとブルージーな吹き方がやりやすい、というかブルー・ノート・スケールがやりやすい。
あっ、10穴ハーモニカの世界をご存知ない方がいらっしゃるかもしれないので、これも説明しておかなくちゃいけないのかな。10穴ハーモニカ、いわゆるブルーズ・ハープは一個一個キーが決まっている。ギターやピアノみたいに(平均律での)転調が容易な楽器ではないのだ。ピアノはそもそも平均律でどんなキーの曲も簡単に、つまり別の(純正律チューニングの)鍵盤に移動しなくても弾ける楽器として発展したもの。
ブルーズ・ハープはそれができないので、曲のキーに合わせ楽器もそのキーに合わせたものに持ち替えなくちゃいけない。普通はキーが C なら C のハープという選択(ファースト・ポジション) になるけれど、ブルーズの世界でのハーピストは、上述のようなセカンド・ポジションを頻用するのだ。その他マイナー(短調)の曲をやる際のサード・ポジション(キーの二度下の楽器を使う)もある。
ジミー・リードのブルーズに、少なくとも僕の知る限りマイナー・ブルーズはない。ってことは彼もまたセカンド・ポジションなのかというと違うのだ。ジミー・リードはファースト・ポジションを選択し、曲のキーと同じキーのブルーズ・ハープを使っているように僕の耳には聴こえる。
ファースト・ポジションだとブルージーな吹き方ができないということはないけれど、セカンド・ポジションでやった時のような雰囲気は出しにくい。ファースト・ポジションがどんな感じかというと、例えばストーンズの『メイン・ストリートのならず者』にある「スウィート・ヴァージニア」。あれでミック・ジャガーが吹くハープはファースト・ポジション(キーは A) だ。少なくとも僕はそうじゃないとコピーできなかった。
お聴きになれば分るように、これはカントリー・ナンバーだ。ファースト・ポジションで吹くブルーズ・ハープはこんな感じになるんだよね。ブルーズ・ナンバーでどうして曲のキーの四度上のセカンド・ポジションを使うのかというと、ファースト・ポジションではブルー・ノート・スケールが極めて吹きにくいからだ。セカンド・ポジションにしただけでそれが吹きやすくなる。というか吹くより吸う方がメインになる。
ところがジミー・リードは自分のブルーズ・ナンバーでファースト・ポジションのブルーズ・ハープを使っている。だから強烈に泥臭いフィーリングにはなっていないんだよね。同じキーのハープではブルーズ・スケールが(ほぼ)吹けないから当然だ。ブルージーな感じに代って、ジミー・リードの場合、高音部でベンドしながら、飄々としてのんびりのどかな雰囲気を出している。
そんな曲がいっぱいあるけれど、一つご紹介しよう。ジミー・リードの曲のなかで、あるいはこれが最も有名で一番たくさんカヴァーもされているんじゃないかと思う1959年の「ベイビー、ワット・ユー・ワント・ミー・トゥ・ドゥ」。やはりこれもミディアム・テンポでのブギ・ウギで 、相棒ギタリスト、エディ・テイラーも弾き、またクレジットされなかった女性サイド・ヴォーカリストは、ジミー・リードの奥さん。
お聴きになれば分るように、この曲でもブルーズ・ハープのサウンドに典型的に泥臭い感じのブルージーさはない。基本的に全体は南部的なイナタさに満ちたブルーズであるにもかかわらず、ドロドロな雰囲気は全くなく、緩くてホンワカとしていて、シリアスなものは聴き取れない。ブルーズってしばしばシリアスというか、なんだか苦悩・悲哀の表現だとか思われているんじゃない?
ブルーズが苦悩・悲哀を表現するシリアス・ミュージックだというのは、「ある意味では」その通りなのかもしれない。確かにそんな録音がたくさんあるし、そうじゃなかったら”blues”という言葉でこの音楽が表現されることもなかったかもしれないから。でもアメリカ黒人ブルーズをたくさん聴いていると、そうとは限らないもの、あるいは正反対に楽しく軽快に騒いだり遊んでいるようなブルーズだってたくさんあるのが分るよね。
ジミー・リードは、悲しくなく悩みもしない楽しくリラックスできるブルーズの代表格ブルーズ・マンだ。曲題だけ見ても歌詞だけ聴いてもそうだし、CD などで実際のサウンドを聴いたら、ますますこの人の、適温のお風呂につかっているような(とスリム・ハーポの時も形容したが 、ハーポはジミー・リードの強い影響下にある)心地良くリラックスできる楽しさが実感できるはず。
今日ここまで音源をご紹介したジミー・リードは「リトル・レイン」と「ベイビー、ワット・ユー・ワント・ミー・トゥ・ドゥ」だけ。でもヒット曲はたくさんある。全部 YouTube に上がっていると思うから、検索してちょっと聴いてみてほしい。特にストーンズやロック・ファンのみなさん、「Honest I Do」とか「Shame, Shame, Shame」とか「Bright Lights, Big City」とかを是非聴いてみて。
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