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2017/02/20

ザ・ファンキエスト・オヴ・ファンキー・ドラマーズ〜クライド・スタブルフィールド

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間違いなくジェイムズ・ブラウンのバンドでの活動で世界中に名が知られているクライド・スタブルフィールド。このファンキー・ドラマーがつい昨日2月19日に亡くなったというので、なにか書いてみようと思ってジェイムズ・ブラウンの CD をいくつか取り出した僕。まず真っ先に思い浮かべたのは『イン・ザ・ジャングル・グルーヴ』だったが、今となってはこれはあまり面白くない。

ドラマーの方や、あるいはヒップホップ・ビート・メイカーの方、あるいは一般のリスナーでもそんな方面に非常に強い関心のある方ならば、少し違う感想になるかもしれない。僕だって『イン・ザ・ジャングル・グルーヴ』が二枚組 LP で発売された1986年(あれ?そんな遅かったっけなあ?)には夢中で聴きまくった。

けれども『イン・ザ・ジャングル・グルーヴ』は要するにブレイクビーツ集なんだよね。1986年当時たくさんサンプリングされていたジェイムズ・ブラウンのファンク・チューンのなかでも、特にグルーヴィーで最も頻繁にサンプリングされている元ネタ集であって、楽曲として聴いて普通に楽しいかというと、今ではちょっと違うような気がする。

『イン・ザ・ジャングル・グルーヴ』のなかには「ファンキー・ドラマー」という曲があるよね。1969年にシングル盤で発売されたこの一曲が、1986年当時最も多くサンプリングされていた JB ナンバーで、曲題通りドラマーをフィーチャーした内容。そしてそのドラマーが誰あろうクライド・スタブルフィールドだ。しかも『イン・ザ・ジャングル・グルーヴ』は「ファンキー・ドラマー」を初めてアルバム収録したものでもあった。

こんな曲題だし、そしてその通りクライド・スタブルフィールドのファンキー極まりないビートをフィーチャーしたものだしで、この一曲こそがクライドの名声がここまで高い最大の要因であるには違いない。だがはっきり言ってしまうが、僕はこの「ファンキー・ドラマー」という一曲があまり好きじゃないんだよね。どうしてかというと、あのフワ〜ッとした柔らかいホーン群のリフのせいだ。あのソフトな感触が嫌い。
ファンク・ミュージックにもいろんなのがあるけれど、ジェイムズ・ブラウンにはもっとゴリゴリのハードなものを求めてしまうのが僕。「ファンキー・ドラマー」みたいなあんなフワリとした(のはホーン・リフとギター・カッティングだけだが)もので、小洒落たように聴こえないでもないようなものじゃなく、泥臭い、汗臭い(=ファンキーな)ゴリゴリのハード・ファンクがいいんだよ、僕は。

というわけでクライド・スタブルフィールドの訃報に接し、やはり僕もまず『イン・ザ・ジャングル・グルーヴ』を聴きはじめてみたものの途中で放棄して、CD 四枚組ベスト盤『スター・タイム』からクライド参加のものと、クライドが叩くジェイムズ・ブラウンのライヴ・アルバム三種、『ライヴ・アット・ジ・アポロ Vol.II』『セイ・イット・ライヴ・アンド・ラウド:ライヴ・イン・ダラス 08.26.68』『セックス・マシン』を全部まとめて iTunes で一つのプレイリストにぶち込んで聴きはじめたのだった。

スタジオ録音はベスト盤『スター・タイム』に収録されていないものもある。アルバム『コールド・スウェット』『アイ・ガット・ザ・フィーリン』など何枚かあるが、ジェイムズ・ブラウンもやはり基本的にはシングル盤リリースが中心のソウル〜ファンク・マンで、ある時期までのアルバムはそれらの寄せ集めである場合が多い。 数も多いし、四枚組『スター・タイム』からピックアップするだけで代表曲は全て揃う。

四時間以上あるそのクライドが叩くジェイムズ・ブラウンのプレイリストで聴いていると、いろんな楽しいことが頭に浮かんでくる。クライド・スタブルフィールドは1965年に JB のバンドに加入して、その後71年まで、全部の録音に参加しているわけではないが、先輩のジョン・ジャボ・スタークスとのツイン・ドラムス体制(ライヴでは多くがそう)で、JB 最重要期のファンク・ビートを支えた。

なんたって1965〜71年といえば、ジェイムズ・ブラウンが、リズム&ブルーズ、ソウルから展開してファンク・ミュージックを創始した時期じゃないか。そして60年代末〜70年代頭にはファンクは確固たるものとして姿かたちをすっかり完成させていた。クライド・スタブルフィールドはそんな時期のドラマーだったんだから、その重要性たるや、いくら強調してもしすぎることはない。

ジェイムズ・ブラウンのところでクライド・スタブルフィールドが叩いた重要録音で、時期的に最も早いものは1967年キング録音の「コールド・スウェット」だろうと思う。しかもこの一曲こそがファンクがファンクとしてこの世で初めてその姿を現したものなんじゃないかと僕は思うのだ。
ここでクライド・スタブルフィールドは二拍、四拍で叩くスネアのバック・ビートをずらすことで、ファンク・ドラミングの基礎ともいうべきスリップ・ビートを産み出した。このファンク・チューンでは、エレベもホーン・セクションも全てクライドのドラミングを中心に組立てられているのがお分りいただけるはずだ。つまり!ファンクとはクライドのドラミング・スタイルのこと!だ。

上で貼った「コールド・スウェット」では後半部でクライド・スタブルフィールドのドラムス・ソロがある。そこへ入る前にボスのジェイムズ・ブラウンが「ドラマーに少しやらせようじゃないか」(Can I give the drummer some? Let’s get the drummer some!)と繰返し叫んでいるもんね。それでもってソロになるクライド・スタブルフィールドのビートのカッコイイことったらない。

さらにもっと凄いことになるのが、翌1868年のキング盤シングル「アイ・ガット・ザ・フィーリン」だ。僕は「ファンキー・ドラマー」ではなく、「アイ・ガット・ザ・フィーリン」こそがクライド・スタブルフィールドの最高傑作だと考えている。ここでのドラマーもクライド一人だけなのだが、それが信じられない複雑さ。しかも超ファンキー。
スネアのパターンにご注目いただきたい。これは今ではいわゆるゴースト・ノートと呼ばれている叩き方だ。グレイス・ノートとも言う(ゴースト・ノートは日本だけでの表現で、アメリカでは grace notes と言うんだぞという文章も見つかったが、それは大嘘)。ゴースト・ノートと言われてもピンと来ない方もいらっしゃるかもしれないが、上で貼った「アイ・ガット・ザ・フィーリン」を聴くと、スネア(とハイハット)で実に細かい音をハタハタと連打しているのがお分りいただけるはず。

本来はスネアやハイハットで、8ビートなら八分音符、16ビートなら十六分音符を入れるのが王道の常套ドラミング・スタイル。しかしそれでは出せないグルーヴ感があるんだよね。1960年代後半からのジェイムズ・ブラウンやクライド・スタブルフィールドも、そんな未知のファンク・グルーヴを探り求めていたはず。

そこで別にクライド・スタブルフィールドの発明したものなんかじゃないのだが、定型ビートを刻むスネアの音の合間合間に、細かいフィル・イン(オカズ)を、それも定型ビート部分よりもかなり小さい音で、存在がまるでないかのようなもの(すなわちゴースト)で入れるというのを活用しはじめて、その典型的結実が上の「アイ・ガット・ザ・フィーリン」なんだよね。上掲「アイ・ガット・ザ・フィーリン」では左手のスティックでゴースト・ノートを叩きながら、なおかつシンコペイションのアクセントを入れている。離れ業だ。

音だけでは分りにくいぞと思われるかもしれないね。僕もそうかもと思ってなにかないかな?と YouTube で探したら、こんな動画がアップロードされていた。クライド・スタブルフィールド自身が解説しながら(「ghost notes」とはっきり言っているね)ゴースト・ノーツを模範演奏するというもの。2008年となっている。
この動画では、上で僕も書いた(ゴースト・ノートを入れない)普通のカッチリした従来の常套ドラミングをやり、それにゴースト・ノートを入れてみるとどうなるか、スムースに移行して聴かせてくれる瞬間があるので、これがあるかないかでいかにグルーヴ感が大きく変化するか、めちゃめちゃ分りやすい。定型ビートのあいだに細かくて小さな音をスネアで叩き出し、独特の跳ねる16ビートのグルーヴを創り出している。それがファンク・ビート。

こんな風なクライド・スタブルフィールドのドラミング・スタイルは、その後ジェイムズ・ブラウンの録音でクライド自身が継続実践して極上のファンク・ビートを作りだしていたのみならず、のちに続く西東のドラマーに非常に大きな影響を与え…、なんていう言い方ではとても表現できないほどの絶大なる影響源となり、ある時期以後は影響云々なんて誰も意識すらもしないスタンダードなドラミング・スタイルになった。

ジェイムズ・ブラウンの「コールド・スウェット」や「アイ・ガット・ザ・フィーリン」、そしてその後の「セイ・イット・ラウド、アイム・ブラック・アンド・アイム・プラウド」「マザー・ポップコーン」 、「ファンキー・ドラマー」を経ての「ゲット・アップ、ゲット・イントゥ・イット・アンド・ゲット・インヴォルヴド」などで聴ける、これら全てドラマーはクライド・スタブルフィールド一人なんだが、それらでのファンク・ビートを、文字通り<全員>が真似したんだよね。

あぁ、我慢できん。やっぱり「マザー・ポップコーン」と「ゲット・アップ、ゲット・イントゥ・イット・アンド・ゲット・インヴォルヴド」 は音源を貼っておこう。だぁ〜って、スーパー・ファンキーだもんね。どっちもドラマーはクライド・スタブルフィールド一人だぜ。
こんなのが1969/70年にリリースされなかったら、世のドラマーは全員どうやってプレイしたらいいのか、分らなかったわけですよ。叩き方そのものが分らなかったんです。アル・フォスターもスティーヴ・ガッドもジェフ・ポーカロもピーター・アースキンもデニス・チェンバーズも、その他全員あんな叩き方は存在しなかったんですよ。全てはクライド・スタブルフィールドのおかげなんですよ!

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