ジャズ史上初の単音弾きギタリスト〜エディ・ラング(その1)
モダン・ジャズしか聴かないジャズ・ファンは絶対に知るわけがないエディ・ラングというギタリスト。僕の見るところ、ジャズの世界においてシングル・トーンでソロを弾くようになった最初のギタリストなんだが、いまではそんなエディ・ラングの重要性なんかどっか行っちゃってるよなあ。
だってチャーリー・クリスチャンがギター単音弾きソロの開祖であるかのように言われることがしばしばあるくらいだもんね。チャーリー・クリスチャンの初録音は1938年(だから僕の感覚だとやや現代人寄り)。エディ・ラングの方は、ギターはフル・アクースティックなものだけど、初録音が1925年。しかし僕はこの年のエディ・ラングを聴いたことがない。僕の持つ最も早い録音は26年9月29日となっている。
この日にヴァイオリニストのジョー・ヴェヌティとのデュオで録音したのが「ブラック・アンド・ブルー・ボトム」で、英 JSP レーベルがリリースした CD 四枚組『ザ・ニュー・ヨーク・セッションズ 1926 - 1935』の冒頭を飾っている。ギター&ヴァイオリンだけのデュオ録音だ。こう言うと多くのみなさんがジャンゴ・ラインハルト&ステファン・グラッペリのコンビを連想するだろう。フランスにおけるこの二人の出会いが何年のことなのか明確になっていないが、少なくとも初共演録音は1934年。
したがってアメリカにおけるエディ・ラング&ジョー・ヴェヌティ・コンビの方が10年近く早かったことになるし、実際ギタリストの方にだけ焦点を当ててても、ジャンゴはエディ・ラングからの影響を隠せないもんね。ジャンゴだけじゃないぞ。なんたってジャズの世界でシングル・トーン弾きを録音した最初のギタリストがエディ・ラングなんだから、それを踏まえると、この人の意義・重要性たるや絶大だ。
というわけでエディ・ラング&ジョー・ヴェヌティの『ザ・ニュー・ヨーク・セッションズ 1926 - 1935』について、今週・来週の二回連続シリーズで書いてみたい。どうして二回に分けるのかというと、この二名ともそれくらいの重要人物だということもあるが、それ以上に CD で全四枚は計五時間を越えているので、一度に全部集中して聴き直すのが難しいのだ。だから今日はその四枚組の二枚目までに限定する。来週は三枚目と四枚目について書くつもり。
上で書いたように、僕の持つエディ・ラング&ジョー・ヴェヌティ・コンビの最も早い録音は1926年9月29日の「ブラック・アンド・ブルー・ボトム」なんだけど、この曲ではエディ・ラングは伴奏に徹していてソロは弾いていない。もっぱらヴェヌティがヴァイオリンを弾きまくるものだ。しかし曲中シングル・トーンでのユニゾン・デュオになる部分もあるし、バッキングでも単音フレーズで弾く瞬間もある。
ギター&ヴァイオリンのデュオで、これを含め1927年1月24日までに五曲録音している。五曲ともやはりほぼ全面的にジョー・ヴェヌティをフィーチャーしていて、エディ・ラングのギター・ソロらしきソロと言えるものは聴けない。イントロ部分やその他各所で単音でメロディを弾くものの、それは全く目立たず、五曲ともバッキングでのコード弾きがメイン。
それら1926/27年録音の五曲は、だからエディ・ラングよりも、むしろヴァイオリンのジョー・ヴェヌティと、このデュオの絡み合いの楽しさを味わうべきものだね。上で書いたように、同じ楽器を用いたフランスにおけるジャンゴ・ラインハルト&ステファン・グラッペリ・コンビの初共演録音が1934年なわけで、このパートナーシップはいまでも大人気だけど、そのプロトタイプが10年近く前のアメリカにあったことになるんだけどね。
戦前の早い時期のジャズ・ヴァイオリンという点だけ見たって、ステファン・グラッペリだけじゃなくジョー・ヴェヌティにも注目してほしいのだ。後者の方が録音はずっと先だし、いまでも人気のあるグラッペリが弾くスタイルの原型は、もっと早い時期のヴェヌティが確立していた。たぶんグラッペリはヴェヌティ(とエディ・ラングとの共演)のレコードを聴いて勉強していたと思うんだよね。
ギタリスト、エディ・ラングがシングル・トーンでソロを弾いた最初は、僕の持つ『ザ・ニュー・ヨーク・セッションズ 1926 - 1935』だと、一枚目六曲目の「エディーズ・トゥウィスター」。1927年4月1日録音で、この日にもう一曲「エイプリル・キシズ」を録音している。前者はピアニストとのデュオ演奏だけど、ピアノは伴奏に徹していて、もっぱらエディ・ラングがソロを弾く。下に音源を貼る無伴奏ギター・ソロ演奏の「エイプリル・キシズ」の方が、ラングのギター技巧はよく分るだろう。
これを録音したあとは、再びジョー・ヴェヌティとのコンビで、他のジャズ・メンも若干参加したスモール・コンボ編成でやったり、またエディ・ラングの無伴奏ギター・ソロ録音があったり(1927年5月と6月に一曲ずつ) などして、コンボ編成でもヴェヌティ同様ラングもソロをたくさん弾いている。どっちかというとやはりヴァイオリンの方に焦点が当たっているような感じだけど、そのあいだもラングがコード弾き、シングル・トーン弾きの両方でかなり複雑な伴奏、オブリガートを入れたりするので、耳を奪われる。
無伴奏でギターを弾く時のエディ・ラングのスタイルは、おそらくポピュラー音楽界に同じ楽器でお手本になる先達の録音がまだ少なかったということなのか、あるいは関係ないのか、クラシックのギター・ソロ作品のような趣だ。といってもラングが弾くのはガット(かナイロン?)弦のものではなく、あくまでスティール弦のアクースティック・ギター。ギター独奏ではジャジーな雰囲気はあまり聴き取れない。そういえばジャンゴ・ラインハルトも一人で弾く時はそんな感じだったよね。
どうやらエディ・ラングがシングル・トーンでギターを弾く時のそのスタイルの影響源は、やはりクラシックのギター作品と、さらにアメリカに既に存在していた白人フォーク界と黒人ブルーズ界のギタリストたちだろう。それら三つともまだ録音物自体はさほど多くはなかったはずだから、それ以上に生演奏機会で触れて、参考にしていたんだろう。少なくともジャズ界にはまだそんなギタリストは皆無のはずだったから。
『ザ・ニュー・ヨーク・セッションズ 1926 - 1935』の一枚目でちょっと面白いのは、レッド・マッケンジーが参加し歌い、さらに例によってお得意の櫛演奏を聴かせる二曲(1927年6月21日録音)と、終盤に入っているビックス・バイダーベック&フランキー・トランバウアーがピアノと C ・メロディ・サックスを演奏する一曲(1927年9月17日録音)だろうなあ。
レッド・マッケンジーはホントいろんなところに顔を出す人だけど、エディ・ラング&ジョー・ヴェヌティ・コンビとの録音でも、やはりノヴェルティなヴォーカルと櫛を披露しているので、曲全体がほんのちょっとジャイヴ・ミュージックの流行を先取りしたかのような雰囲気だ。ビックスとフランキーがラングとの三人でやったものは、普通のジャズ・ファンにも説明不要だ。ビックスはコルネットの方も終盤でほんのちょっとだけ吹く。またラングのギターがややブルージーなフレーズを弾く瞬間もあって楽しい。
『ザ・ニュー・ヨーク・セッションズ 1926 - 1935』二枚目の方で一番面白いのは、20曲目の「ハウ・ロング、ハウ・ロング・ブルーズ」だね。言わずと知れたリロイ・カーの超有名ブルーズ・ナンバー。カーのオリジナルは1928年6月19日録音で、すぐにレコードが出ているが、エディ・ラングらがやったものは同28年10月5日録音。サニー・ポーターのヴォーカルと J・ C・ジョンスンのピアノというトリオ編成。サニー・ポーターは歌の後半にスキャットで「ワァワァ」とやってラングのギターと絡むのも面白い。
しかしこのサニー・ポーターというヴォーカリスト、誰だこれは?知らないなあと思ってネット検索してもほぼ全く情報がないが、ただ一つ、以下のようなページが見つかった。この情報によれば、上記「ハウ・ロング、ハウ・ロング・ブルーズ」以外にはたったの一曲しか録音していない人物のようだ。「ブルーズ・シンガー」となっているが、あんまりそんなフィーリングはないよね。
ブルーズ歌手といえば、『ザ・ニュー・ヨーク・セッションズ 1926 - 1935』二枚目には、ヴィクトリア・スパイヴィが歌うのが二曲ある。1928年9月12日録音で、コルネットのキング・オリヴァー、ピアノのクラレンス・ウィリアムズなど有名人も参加しているなかに、ギターのエディ・ラングもいてソロも弾く。この二曲におけるラングの単音ソロもちょっとブルージーなフィーリングがあってなかなかいいよ。
『ザ・ニュー・ヨーク・セッションズ 1926 - 1935』二枚目にあるヴィクトリア・スパイヴィの歌う二曲のうち「マイ・ハンディ・マン」は、アルバータ・ハンターが1980年の復帰盤『アムトラック・ブルーズ』のなかで歌っていたので、ご存知の(ジャズ・)ファンも大勢いらっしゃるはず。1928年にエディ・ラングらとやったヴィクリア・スパイヴィのヴァージョンも聴き応えがあるんだ。
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