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2017/03/18

これがサンバだ!

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僕がブラジルのサンバ音楽を熱心に聴こうと思いはじめた頃、既にホンモノのサンバ、というかオールド・スクールのサンビスタたちのものは、簡単に入手することができなくなっていた。かろうじてカルトーラの二枚がテイクオフから出ていたの(『人生は風車〜沈黙のバラ』『愛するマンゲイラ〜詩人の涙』)を楽に買えたくらいで、それが1990年代なかばあたりのこと。

その少し前に田中勝則さんが現地ブラジルはリオ・デ・ジャネイロでプロデュースしたサンバのアルバムが出ていたらしい。僕はそれも買い逃しているのだが、1986〜91年に10枚ほどリリースされていたんだそうだ。しかもそれらはブラジル本国でもほとんど、あるいは全くレコーディングの機会すらなく、そのまま埋もれようとしていた古老サンビスタの熟練の味わいを捉えた極めて貴重なものだったとか。う〜ん、僕もせめてあと10年早く興味を持っていたらなあ…。

ただしかし、その10枚ほどの田中勝則さんプロデュースのサンバ・アルバムから、田中さんご自身が特にこれは名演というものをピックアップして編纂し、バラ売りの CD 二枚にまとめたアンソロジーが1998年にオフィス・サンビーニャからリリースされている。なんとかそれには間に合った僕。これは本当に涙が出るほど嬉しかったんだよね。

それが『samba é isto!』と『samba é isto! 2』の二枚。このアルバム名こそ、今日僕が本記事の表題にしている「これがサンバだ!」という意味のポルトガル語に他ならない。CD 二枚で全37トラック、計2時間10分ほどのこれを聴いていると本当に気持ちいい。しかもこういう味わいのサンバ音楽は、これまたやはり失われて取り戻せないものなんじゃないかなあ。

日本国外でどれだけ『samba é isto!』『samba é isto! 2』二枚が聴かれているのか、僕は全く知らないが、二枚とも表ジャケット・裏ジャケットともに日本語はほぼなく全てポルトガル語と英語表記で、しかも附属ブックレット末尾にも(日本語解説文に続き)英語で簡単な文章が掲載されているということは、田中勝則さんご自身、やはり海外流通を意識なさったんだろう。

それは当然なんだよね。サンバの世界をたいして知らない僕だって、『samba é isto!』と『samba é isto! 2』に収録されているものを演奏したのが、ブラジル本国でも見過ごされてきたか、あるいは録音機会という意味でならほぼ無視されてきたサンビスタたちだと知っている。音楽技量は極上なのに。しかしこれはある意味理解できないでもない。

どういうことかと言うと、サンバは共同体内部の音楽だという側面が強い。だから生演奏現場こそが「ホンモノ」であって耳にするおそらく唯一の機会。レコードなどに録音して外部、ましてや外国の音楽愛好家に聴かせるなんてことは眼中にないんじゃないかなあ。しかしそれではあまりにもったいないと考える人たちによってレコーディングされてきた。1986年の田中勝則さんもまたそんな一人。

『samba é isto!』ブックレット解説文の田中勝則さんによれば、まず最初のきっかけは1985年にナラ・レオーンの伴奏バンドの一員としてともに来日したショーロ演奏家エンリッキ・カゼスと話をしたことだったらしい。それでサンバ名人たちが録音の機会すらなく、このまま忘れ去られてしまうのではあまりに忍びないというので、じゃあ自分たちで録ろうじゃないか、レコードを作ろうじゃないかとなったんだそうだ。

それが田中勝則さんの初ブラジル訪問だったのかどうかは僕は知らない。詳しい紆余曲折も書かれてあるのだがそれは省略して、とにかく結果的に10枚ほどのサンバ・アルバムができあがった。ブックレットなかほどにそれらのジャケットも掲載されている。『samba é isto!』『samba é isto! 2』二枚のオリジナルがそれなんだと思うとよだれが出る。

『samba é isto!』『samba é isto! 2』二枚で聴けるサンバはかなりディープな味わいを持った「ホンモノ」のサンバで、1980年代後半〜90年代初頭だと、本国ブラジルでも滅多に製作されることのないものだったようだ。繰返すが僕はそれらのオリジナル・アルバムは一枚も持っていない。抜粋・編纂された『samba é isto!』『samba é isto! 2』二枚しか聴いていない。

だがそれで十分なのかもと思えてくるほど『samba é isto!』『samba é isto! 2』二枚の内容は素晴らしい。全37トラック(と書くしかない、複数曲メドレー形式のものがいくつもあるから)、息つく暇もないほど次々と名演が流れてきて、じゃあ緊張感で息苦しいのというと正反対で、リラックスできて心地良く、いつまでもこの音楽に身を任せていたい、この世界に浸っていたいという気分になる。不思議な味わいだ。

『samba é isto!』『samba é isto! 2』二枚。どの曲の誰のどこが素晴らしいだなんて到底指摘できない。文字通り「全員」が円熟の境地で見事な演奏を聴かせる。この二枚の CD、解説文でも参加ミュージシャンは全員の名前が書かれておらず、リーダー名義の人物名しか載っていない場合が多いが、う〜ん、すごく知りたいぞ。このギターは誰だ?クラリネットは?パーカッションは?コーラス隊は?…

多くの場合オリジナル・アルバムのリーダーである人物名しか分らないので、それを書くしかないが、例えば『samba é isto!』一枚目の方に一番たくさん収録されているウィルソン・モレイラ。聴いてみるとアフロ色の強いブラック・ルーツ・サンバをやる人みたいだ。じゃあアクが強いのかというとそうでもなく、サラリと軽快なノリでリラックスできる。

『samba é isto!』におけるウィルソン・モレイラのベストは、たぶん12トラック目の「永遠のマンゲイラ」と14トラック目のメドレー「神の恵み〜モンダージの人々へ〜自由夫人」だろうと僕は思う。前者では曲題になっているエスコーラ・ジ・サンバの面々が大編成コーラスで参加。後者ではマウリシオ・カリーリョのアレンジ構成も冴えている。
これらが収録されたオリジナル・アルバムであるウィルソン・モレイラの1989年作『オコロフェ』もフルで上がっているみたいだ。こりゃいいなあ。是非このアルバムをフィジカルでほしいもんだと思ってアマゾンで検索したら、同じジャケットの中古盤がとんでもない高値だけど、違うジャケットのライス盤中古が1000円代と安かったので、速攻でポチったよ。
二枚目の『samba é isto! 2』の方は編纂方針が異なっている。こちらは個人のサンビスタというよりも、マンゲイラ、ポルテーラという二大エスコーラ・ジ・サンバに焦点を当てたような内容。リオ・デ・ジャネイロのサンバ現場におけるありようという意味では、この二枚目の方がむしろ注目されていい。

一枚目よりも二枚目『samba é isto! 2』で聴けるサンバの方が一段とグッと枯れた味わいで渋い。実際、演奏し歌っているのもかなりの古老たちである模様。一枚目『samba é isto!』でしばしば聴けた、賑やかに騒ぐパーティのような雰囲気はほぼ全くなく、それに代わってしっとりと落ち着いたノリで、深みのある音楽を聴かせてくれる。

例えば『samba é isto! 2』一曲目の「マンゲイラの魅惑」を書いて歌っているネルソン・サンジェントは1924年生まれで、かのカルトーラを師と仰ぎ、実際親しく、カーニバルでのエスコーラのパレードのためだけでなく、プロ音楽家としても活躍した、このアルバム製作時点での現存するマンゲイラ伝統派最高のコンポーザー。アルバム二曲目の「カルトーラに捧ぐ」をどうぞ。
『samba é isto! 2』では七曲目のゼカ・パゴディーニョによる「バラ」もいいなあ。1905年生まれだそうだから、録音時には80歳を越えていたはず。やはりマンゲイラの人だけど、1940年代に書いたらしい「バラ」はメランコリックで哀感を伴い、ショーロっぽい味わいがある曲だ。いいねこれ。YouTube にはない。

『samba é isto! 2』では12曲目からがポルテーラ篇(ラスト20トラック目だけはマンゲイラのネルソン・サンジェントの曲だが、やっているのはポルテーラの音楽家)。音楽的側面におけるマンゲイラのサンバとの最大の違いは、マンゲイラの方はしばしば個人にスポットライトが当たるのに対し、ポルテイラのサンバは非常にコミューナルなスタイルを持っているという点。『samba é isto! 2』収録の八曲でも、多くの場合コーラスでしか歌わない。

そんななかでこれが一番楽しくて、しかもサンバ・コミュニティ内で楽しまれているポルテーラの音楽に近いのかなと推測できるのが、17トラック目のメドレー「理想の女じゃない〜俺たちの幸せ」。やっているのはヴェーリャ・グァルダ・ダ・ポルテーラ。やはり大編成のコーラス・ワークを聴かせる。
『samba é isto! 2』ラスト20トラック目は「サンバは死なず」。全編にわたりコーラスで歌われるこの曲は、いわばサンバ賛歌みたいなもの。実際ブラジルのサンバ音楽家たちにとってはそういう象徴的な曲となって、いろんな人が歌っているようだ。『samba é isto! 2』収録ヴァージョンが YouTube で見つからないので、それにも参加しているこの曲の初演歌手ベッチ・カルヴァーリョのものをご紹介しておくとしよう。

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コメント

ぼくはライスで出した『これがサンバだ』の編集盤2枚は聴いてませんが、下の部分は、としまさん何か勘違いしてると思います。

ゼカ・パゴディーニョによる「バラ」もいいなあ。1905年生まれだそうだから、録音時には80歳を越えていたはず。

これはゼカ・パゴディーニョではなく、マンゲイラのゼカ・エジソンのじゃないですか。おそらく90年にボンバから出た『ヴェーリャ・グァルダ・ダ・マンゲイラ』所収の曲を言っているんだと思います。
ゼカ・パゴジーニョは、当時の大スターで別人です。田中さんのレコーディングでバック・コーラスに参加したことはありますけれどね。

bunboniさん、その「As Rosas」、田中さんの解説文ではゼカとしか書かれていません。が、iTunesに取り込んだ際、音楽家名が「Zeca Pagodinho」になったので、オリジナル盤を知らない僕は、そう信じたというか、それ以外には拠るところがなかったのです。

あ、なるほど。
『ヴェーリャ・グァルダ・ダ・マンゲイラ』のジャケットも、「ゼカ」とだけ書かれています。
CDライナーで、Zeca Edson (Edisonではない)ゼカ・エジソンと田中さんが書いています。
iTunesが間違って大スターのゼカ・パゴジーニョと取り違えて登録したんでしょう。

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