チャック・ベリーのある見方
ナット・キング・コールの戦後盤『アフター・ミッドナイト』に参加しているのは有名だろうけれど、なんとサン・ラーとだって共演歴があるジャズ・ヴァイオリニストのスタッフ・スミス。この人の全盛期はやはり戦前の1936〜40年だ。でもそう言って戦前音源の話ばかりしていたら振り向いてもらえないかもしれないので、ナット・キング・コールの『アフター・ミッドナイト』で四曲参加しているうち、最も面白いんじゃないかと思う「サムタイムズ・アイム・ハッピー」をご紹介しておく。
これは1956年録音だが、お聴きになって分るように、スタッフ・スミスのヴァイオリンは電気でアンプリファイされているよね。CD パッケージやブックレットのどこにもそういう記載はないが間違いない。音を聴けば誰だってそうだと判断できるはず。スタッフ・スミスは、実を言うと戦前から電化ヴァイオリンを弾いていて、たぶん最も早い電化ヴァイオリン奏者じゃないかなあ。
ナット・キング・コールとも、間違いなく戦前から付き合いがあったはず。ナット・コールのソロ・デビューは1940年で、しばらくのあいだはトリオ編成で、ややジャイヴィーなジャズをやっていた。特にヴォーカルにそんなフィーリングがある。戦前におけるスタッフ・スミスとの共演録音はないはずだけど、レコードになっていないだけで演奏そのものは一緒にやることがあったんじゃないかなあ。
ナット・キング・コール関連の話からはじめるのには理由がある。いまでは1940年代初頭のデッカ録音がジャイヴに分類されることもある人なので、そんな人との(ジャイヴィーなフィーリングはないが)戦後録音の共演でスタッフ・スミスをご紹介すれば、このヴァイオリニストがどんな持味の人だったのか、とっかかりとして分りやすいんじゃないかと思ったのだ。
スタッフ・スミスの初録音はヴォキャリオン・レーベルへの1936年2月11日。五曲、というか一曲を3ヴァージョン、そして他に二曲録音している。それらのうちでは3ヴァージョンやった「アイズ・ア・マギン」が、スタッフ・スミスの音楽生涯においても、(ジャイヴ・)ジャズ史においても、間違いなく最も有名で、かつ最重要だ。
まずちょっと音源をご紹介しよう。三つあるうち二つを貼り付けておく。パーソネルはスタッフ・スミス(ヴァイオリン、ヴォーカル)、ジョナ・ジョーンズ(トランペット、ヴォーカル)、レイモンド・スミス(ピアノ)、ボビー・ベネット(ギター)、マック・ウォーラー(ストリング・ベース)、ジョン・ワシントン(ドラムス)。
「アイズ・ア・マギン」
僕の持つスタッフ・スミスの録音集『ザ・コンプリート・1936-1937・セッションズ』には、冒頭でこれら二つに続き、もう一個の「アイズ・ア・マギン(パート2)」が収録されているので、「アイズ・ア・マギン」が全部で三つ。三つ目も「パート2」となっていて、二つ目も三つ目も曲名のあとに「ミュージカル・ナンバーズ・ゲーム」と記されているので、それを見るだけだと区別できない。
さらに実際の音を聴き比べても、それら二つの「アイズ・ア・マギン(パート2)」の違いは小さい、というかほとんどないに等しい。どうやらテイク違いということのようだが、どっちがテイクいくつなのかは判然とせず、曲目一覧のところにも全くなにも記されていない。
ディスコグラフィカルなデータ付きの曲目一覧のあとに、凄く小さい英文字で、しかも長めの註があって、老眼鏡をかけてそれを読むと、この「アイズ・ア・マギン(パート2)」の二つのテイクについてはかなり入り組んだ面倒くさい事情があるようだ。それを僕が日本語で詳しく説明しても、おそらくほぼ全員のスタッフ・スミス・ファンにとってすらあまり意味のないことかもしれない。
かいつまんで言うと、1936年2月11日に「アイズ・ア・マギン(パート2」を米ヴォキャリオンに2テイク録音し、アメリカではテイク1(と推測されるもの)が、イギリスではテイク2が SP 盤で発売され、当時のヴォキャリオンの権利を持つ米コロンビアは、その後のリイシューの際にこの事実を見逃してしまい、70年間以上もテイク2(と推測されるもの)は失われたままになっていた。それに関連してマトリックス・ナンバー記録の混乱があったようで、そのせいでテイク2が見失われたままになっていたようなんだけど、その話はチョ〜煩雑なのでやめておく。
とにかく演奏内容としては「アイズ・ア・マギン(パート2」はどっちのテイクもほぼ違いがないと言って差し支えない程度なので、パート1との二つ聴けば充分だ。それら二つのレコードがヒットして、スタッフ・スミスの代表曲となり、彼が率いるオニックス・クラブ・ボーイズが当時定期出演していた、ニュー・ヨークはマンハッタンにあるオニックス・クラブでも人気バンドとなった。
オニックス・クラブにはスピリッツ・オヴ・リズムズも出演していたし、ある時期のアート・テイタムは、断続的にではあるが常時出演のハウス・ピアニスト的存在だった。その他レッド・マッケンジーとかジョン・カービーとかマキシン・サリヴァンとか、あのへんのジャズ系の音楽家に興味のある人間には忘れられない名前。実質的には1939年で終った店で、その後42年に再開し49年まで存続し、やはりいろんなジャズ・メンが出演したが(チャーリー・パーカーやディジー・ガレスピーも)、経営関係は切れていた。
オニックス・クラブとスタッフ・スミスといえば、僕の持つ『ザ・コンプリート・1936-1937・セッションズ』は2007年リリースの英国 HEP 盤なんだけど、これの最後の三曲が1936年と37年のライヴ録音。オニックス・クラブでの演奏ではないものの、間違いなくこんなようなものをやっていただろうと推測できるものなのだ。
その三つのライヴ・テイクのうち二つ目がやはり「アイズ・ア・マギン」で、中心になって歌うのがやはりスタッフ・スミスとジョナ・ジョーンズ。それに絡みバンド・メンの(おそらく)全員がワワ〜ッ、ワワ〜ッという例のスキャット・コーラスを入れている。スタジオ録音におけるパート2の方を下敷きにしていて、しかもスタジオ版パート2では終盤少しだけある器楽アンサンブルと凄く短いヴァイオリンの出番すらなく、全編ヴォーカルでのやり取りだけ。スタジオ版でも、パート1の方ならほぼヴォーカル・オンリーだけどね。
だからスタッフ・スミスをあくまでシリアスなジャズ・ヴァイオリニスト、それもジョー・ヴェヌティやステファン・グラッペリらと並ぶパイオニアの一人して聴いて評価したい人たちには「アイズ・ア・マギン」は向かない。ヴァイオリン演奏がほぼ聴けないんだから当然で、実際そういう方々の文章は、どれもこれもこの曲を無視している。
がしかし僕からしたら、「アイズ・ア・マギン」こそ最も面白いスタッフ・スミスのジャイヴ・ミュージックなんだけどね。それはそうとこの 「I’se A Muggin’」という、曲題と歌詞のなかにも出てくるフレーズはどういう意味なんだろう?マギンという単語の綴りと響きからしてマリファナと関係があるだろうけれど、聴いてもそれは分らない。I の次の se が be 動詞のことなのは分るけれど、 muggin’ ってなんだよ?
歌われている歌詞を聴くと、お茶を飲んだりお酒を飲んだりなどと関係があるみたいだ。しかし mugging でドロボウとかゴロツキとかマヌケとかいう意味もあって、でもそっちは関係なさそうだ。楽しくお茶やお酒を飲みながら騒いでいるということかなあ?
と思ってよく調べてみたら、どうやらこれは軽快で愉快に面白おかしく演奏しスウィングしている状態を言うスラングらしい。ってことはつまり「アイズ・ア・マギン」とは、やっぱり「いま楽しくやってるぜ」「オイラはいまジャイヴしているぜ」という程度のことなんだろう。そう考えると、歌詞全体の流れや曲調なども理解しやすい。
そうは言うものの、上で貼ったパート2の方の「アイズ・ア・マギン」には、一瞬ヴァイパー(viper)という言葉も出てくるよね。これは意地悪とか腹黒とかいう人間を指す言葉だ。ってことはゴロツキとかロクでもない奴という意味の mugging とも関係あるのかもしれないなあ。う〜ん、僕の英語理解力ではこのあたりまでしか言えない。どたたか1930年代のアメリカ英語のスラングに通じている方、お願いします!(って、英語教師がそんなことでいいのかよ…^^;;;)
ヴァイパーといえば、僕の持つ『ザ・コンプリート・1936-1937・セッションズ』には九曲目に「ユア・ザ・ヴァイパー」という曲がある。これもスタッフ・スミスのレコードのなかでは「アイズ・ア・マギン」と並ぶ代表曲・有名ヒット曲で、スタッフ・スミスのヴァイオリン・ソロやジョナ・ジョーンズのトランペット・ソロも聴けるので、普通のジャズ・ファンにもオススメしやすいかもしれないね。
それらのソロもそうだし、コンボ全体が猛烈なスウィング感で演奏しているなんてことは至極当然のことだから、今日はあえて書かなかった。シリアスなジャズ・リスナーはスタッフ・スミスのヴァイオリン演奏のスウィング感が凄いとか、どういう技巧を用いているかなどを詳しく書いていて、いくつか見つかるけれど、楽しく愉快にノヴェルティ風味全開でやっている、つまりジャイヴ・ミュージックをやっているということにも目を向けてほしいのだ。
ところでスタッフ・スミス自身はビ・バップ・ムーヴメントに批判的だったらしいのだが、パーカーやガレスピーとの共演歴もあるし(まあこの二名も伝統と断絶するようなかたちの音楽革命をやったわけじゃないし、実際ジャイヴ系ジャズ・ミュージシャンとの正式な共演録音だってあるわけだし)、また実際スミスの録音集を聴くと、スウィングからビ・バップへの移行期にあったかのような中間的な音楽に聴こえなくもない。
ジャイヴやジャンプって、それ自体楽しいものだからその理由だけで僕は聴いているわけだけど、アメリカ音楽史的視点からは、これら両者が合体してリズム&ブルーズ、そしてロックンロールを産んだ(その典型例が亡くなったばかりのチャック・ベリー)と言われるけれど、実はジャイヴもジャンプも、ビ・バップというメインストリーム・ジャズの新潮流への予告でもあったんだよね。
だってさぁ、上で貼った「アイズ・ア・マギン」のパート1でもパート2でもどっちでもいいが聴き直してもらいたい。スキャットで入るバック・コーラスは、はっきり「ビ・バッ!ビ・バッ!」とリピートしているじゃないか。擬音を使ったこんな言葉遊びがジャイヴ・コーラス・グループにたくさんあって、ジャズの新潮流もそこから名前をもらっていたんだよね。
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