なにげないギター・トリオ作品だけど
たまに無性に聴きたくなるパット・メセニー(マスィーニー)。あれはどういう現象なんだろう?僕だけ?分らないけれど、今日聴いたのは2008年の『デイ・トリップ』。なかなかいいジャズ・ギター・アルバムなんだよね。そう、これはフュージョン色が薄く、いろんな他ジャンルの音楽要素も少なくて、ストレート・アヘッドなジャズに近いという、メセニーにしてはやや珍しい一作なのだ。普段は多用するヴォーカルも全くなし。
メセニーのジャズというなら、オーネット・コールマンと共演した1986年の『ソング X』があるじゃないかと言われそうだけど、僕はどうしてだかあのアルバムがイマイチ好きじゃないんだよね。ホントなぜだろう?自分でも分らない。オーネットは普段通り吹いているけれど、メセニーの方はどうも本領発揮とはなっていないような気がしないでもない。
2008年のナンサッチ盤『デイ・トリップ』の録音は2005年にニュー・ヨークで行われたとCD 附属の紙に書いてある。編成はアップライト型のアクースティック・ベース(クリスチャン・マクブライド)とドラムス(アントニオ・サンチェス)とのトリオという極めてシンプルなもので、メセニーのジャズ・ギタリストとしての腕前がよく分る。
使っている楽器もベースとドラムスは本当に生楽器一つだけで、メセニーもいつものようにいろんな実験はしていない。エレキ(セミ・アコ)とフル・アクースティックのギターだけに専念している。一曲だけギター・シンセサイザーを使っているものがある(九曲目「ザ・レッド・ワン」)けれど、あれはやめておいた方がよかったかもしれない。
だいたいメセニーであれ誰であれ、ギター・シンセサイザーの音って僕はあんまり好きじゃないんだなあ。いや、ギターだけでなく、鍵盤以外の入力方法によるシンセサイザーはだいたい全部どうも好きじゃない。例外は鍵盤もなにもない初期型のシンセサイザーだけかも。これは完全なる僕の個人的趣味嗜好だから見逃して。
メセニーの『デイ・トリップ』では、しかし主役のギター・プレイもさることながら、僕はいつもベースとドラムスがいいなあと思いながら聴いている。クリスチャン・マクブライドもアントニオ・サンチェスも上手い。特にマクブライドにかんしては、僕は前からファンなんだよね。
2006年に CD 三枚組の『ライヴ・アット・トーニック』というアルバムが出て、これが僕のマクブライド初体験。彼の話はまた機会を改めて書こうと思っているのだが、あの三枚組の緑色のジャケットにはアップライト・ベースを抱えた写真が写っているのに、曲目を見るとマイルズ・デイヴィスの「ビッチズ・ブルー」があったりして、どんな風にやってんの?と興味津々で買ったのだ。中身も面白かったが、この話は別の機会に。
とにかくそれでマクブライドが好きになって、それ以後リーダー作だけでなく、彼が参加しているいろんなアルバムを買うようになった。だからメセニーの『デイ・トリップ』も、仮にマクブライドが参加していると分らなかったら、買うのが遅れたか全く買わなかったか。だいたい21世紀に入って以後のメセニーには興味が失せかけていたからね。
興味が失せかけたのを大いに反省しなくちゃいけない出来なんだよね、『デイ・トリップ』は。シンプルなトリオ編成で、しかも音を聴いて判断する限りでは一発録りのオーヴァー・ダビングなしだったんじゃないかと思える演奏なのに、三人でやっている音楽は複雑だ。
CD 附属の紙には、録音日付として2005年10月19日としか書かれていないので、仮にオーヴァー・ダビングしていたとしても(でもきっとないんだろうと判断できるんだけど)相当シンプルなものだったはず。それも収録の10曲全て、テイク数だってそう多くは重ねていないはず。根拠はないがそう確信できる内容なんだよね。
とにかく一つ聴いてもらおうかな。アルバム一曲目の「サン・オヴ・サーティーン」。ややハードな演奏でリズムが躍動している。ドラムスのアントニオ・サンチェスは実に細かくというか、ビジーに叩いているよなあ。特にスネアを。それも通常の打面とリムの双方をね。
僕がリム・ショット愛好家であることは以前書いたけれど、だからこんな演奏も好きなんだけど、しかしこれで聴けるアントニオ・サンチェスのは通常のリム・ショットではないだろう。少なくともスネアの打面にスティックを寝かせて置いて叩くという通常のやり方ではないのは間違いない。そのやり方では、リムを叩く音と打面を叩く音がこんなに高速で細かく入り混じるなんてことは不可能だもん。
だからアントニオ・サンチェスは普通にスティックを持って、スネアの打面とリム部分を交互に忙しなく叩いているんだろう。「サン・オヴ・サーティーン」でサンチェスが叩き出すリズムを聴いていると、前から繰返すように、かつてシンセサイザーやコンピューターで出していたサウンドと同じようなスタイルのものを、生楽器演奏で表現する人がやはり21世紀に入ってから出てきているんだと実感する。
四曲目の「スノーヴァ」はちょっとだけボサ・ノーヴァ・テイスト。マクブライドのウッド・ベースもいいし、サンチェスのブラシ中心のプレイ(だが、その後スティックでやはり複雑なビートを出す)もいいが、その上で弾くメセニーがいつも通りの暖かい感傷を弾いていて、ホッと安心して身を任せることができる。こういうの、ホント好きなんだ、僕はね。
サンチェスのドラミングは三曲目の「レッツ・ムーヴ」でも際立っている。ビートは4/4拍子だけど、やはりかなり細かく入り組んだものだ。まあねえ、こういう細かくて複雑な4ビートの演奏は、既にウェザー・リポートが1980年代に先鞭をつけていたけれどね。誰もそういう視点でウェザー・リポートを再評価しない。オカシイぞ。
ウッド・ベースのクリスチャン・マクブライドが特別際立って聴こえるのは、『デイ・トリップ』で三つ。五曲目の「カルヴィンズ・キーズ」、六曲目の「イズ・ディス・アメリカ?」、七曲目の「ウェン・ウィ・ワー・フリー」。五曲目の「カルヴィンズ・キー」はブルーズなんだけど、マクブライドのゆったりスウィングするベースが肝になっている。メセニーがまるでウェス・モンゴメリーみたいに聴こえるじゃないか。
七曲目の「ウェン・ウィ・ワー・フリー」もかなりブルージーだが、ここではマクブライドのウッド・ベースによる強い音のリフが曲構造の根幹を成している。切れ味のいいサンチェスのスティック・ワークも聴き物だが、その上で弾くメセニーが普段通りでやっぱりいいなあ。
ところでこの「ウェン・ウィ・ワー・フリー」という曲は、『デイ・トリップ』のためのオリジナル楽曲ではない。コンポーザーはメセニーだけど、1996年のゲフィン盤『カルテット』に収録されているのが初出。お馴染のライル・メイズ(キーボード)、スティーヴ・ロドニー(ベース)、ポール・ワーティコ(ドラムス)による四人編成。それも『デイ・トリップ』ヴァージョンも同じ3/4拍子のワルツだけど、メセニーのギター・フレイジングは、『デイ・トリップ』ヴァージョンの方がブルージーさがあるので、僕はこっちが好き。
さて『デイ・トリップ』でマクブライドのウッド・ベースが最も際立って素晴らしいのが、六曲目の「イズ・ディス・アメリカ?(カトリーナ 2005)」。副題通りアメリカを襲ったハリケーンに題材をとったものなんだろうが、こりゃ美しいね。曲自体が美しいし、メセニーの弾くフル・アクースティック・ギターも美しい。テーマは沈痛で、鎮魂歌みたいなものなんだろうけれど、こんなに美しい曲も少ない。
この「イズ・ディス・アメリカ?(カトリーナ 2005)」で最も美しいのは、お聴きになってお分りのように、非常に短いマクブライドのアルコ弾きソロなんだよね。それを聴きたいがばかりに、僕は『デイ・トリップ』ではこの六曲目だけをリピート再生してしまう。ジャズ界のウッド・ベーシストにアルコ弾きをやらせたら、私見では史上ナンバー・ワンがマクブライドだ。
マクブライドはこの前からアルコ(弓 )弾きが得意で美しいベーシストなのだ。通常のピチカート奏法だと、若干の音程外れもごまかせる。それだとだいたいピッチが分りにくい低音楽器だからね。ところがアルコ弾きをやらせると、音程の悪いウッド・ベーシストは即アウトなのだ。一発でバレてしまう。それにくわえ弓を弦に当てるその当て方で、音色の悪さもバレてしまう。その両方の悪い要素を体現しているのがギコギコやっているだけのポール・チェンバース。
ピチカート奏法で普段通り弾く時のポール・チェンバースが大好きな僕でも、彼のアルコ弾きだけは許せない。聴けないね。ピチカート奏法に専念してほしかったのだが、これがまた本人がアルコ弾きが好きだったんだろうか、よくやってくれちゃっているもんだから困るんだよなあ。
クリスチャン・マクブライドのウッド・ベース・アルコ弾きはそんなものとは全然違って、音程も正確なら音色も極上の美しさなのが、上で音源を貼った「イズ・ディス・アメリカ?(カトリーナ 2005)」でもお分りいただけるはず。ほんの数秒間という非常に短いソロだけど、その短さゆえに哀切感が胸に迫ってくる。
それにしてもこんなに美しいウッド・ベースのアルコ弾きならもっとたっぷり聴きたいよとみなさん思われるだろうね。そこでメセニーとは関係なくなるが、同じベーシストがたっぷりアルコ弾きを聴かせるものを一つご紹介しよう。2009年リリースのマクブライド自身のリーダー・アルバム『カインド・オヴ・ブラウン』ラストの「ウェア・アー・ユー?」。
『カインド・オヴ・ブラウン』というマクブライドのアルバムは、それ自体はなんでもないというか、まあはっきり言って面白くなく取り柄もないごくごく普通のメインストリーム・ジャズ作品だけど、このラストの「ウェア・アー・ユー?」一曲があるせいで、聴く価値のある作品だと言ってしまいたい。それくらい美しいもんね。曲題通り、君はいずこ?と悲嘆にくれる感情が、聴き手である僕のなかでも激しく掻き立てられて泣きそうになってしまう。
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