カマトト歌手のラテン・ジャイヴ
僕はだいっきらいなカマトト女。カマトトってのは、全部しっかり知っているにもかかわらず、わざと知らないフリをしてウブな感じをよそおっているわけだ。そうやってキュートな(?)感じにした方が男受けがいいかもしれないとでも思って。そんなの、僕は全くキュートだと思わない。知っているなら、全部モロ出しのフェロモン全開女が好きだ。いやまあ、カマトトもある種のフェロモン発散法ということなんだろうけれどもさ。いいか悪いかはともかく、男はみんな逆だ。知らなくても、あたかもよく知っているようなフリをする。
あっ、いま思い出したぞ。またどうでもいい話をする。僕がたった一回だけ結婚した女性と、まだ結婚する前の恋人時代に、女性・男性合わせて数名でカラオケ装置があるお店に食事に行った。みんな順番に一曲ずつ歌ったんだけど、のちの僕の妻は、松田聖子のレパートリー(どの曲だったかは忘れた)を、それもあのカマトト味満点で歌ったのだ。
それは本人いわくわざとそうやっているのではなく、歌を歌おうとすると自然にそういう感じになってしまうんだそうだ。僕は嫌いなテイストだから結婚するのはやめようかな、とは思わなかったけれど、これはちょっとなぁ…と思っていると、友人男性に「そうか、戸嶋、お前、これにやられたんだな」と笑わられた。違うって、僕はカマトト嫌いなんだってば。それにそれまで彼女が歌うのを全く聴いたことがなかったしな。ってことはカマトトが魅力だと思う男性がやっぱりいるんだなあ。不可解だ。
そんなわけで、女性プロ歌手でもカマトトが売りであるような人は嫌いなんだけど、そのなかでもこの人だけはカマトトながらキュートかもしれない、面白いかもしれないと思う代表がローズ・マーフィーだ。本国アメリカだけでなく、ヨーロッパでも日本でも人気があったピアノ弾き語りの黒人女性歌手なので、ご存知の方もたくさんいらっしゃるはず。
ローズ・マーフィーのデビューは1930年代末らしいが、初のレコードが47年で、そこから人気が出た。独特のハイ・トーン・ヴォイスで、スキャットを頻繁に織り交ぜながら、「チ・チ」とか実に頻繁に使いすぎだろうと思うほど繰返し使い、なんだか遊び心満点で可愛らしくキュートに、というのは褒め言葉だが、裏返せばちょっとわざとらしいコケトリーでカマトト唱法全開なのだ。
代表作はまずなんといっても代名詞になった「ビジー・ライン」と「捧ぐるは愛のみ」。どっちもやはり1947年のレコードだ。しかし下掲 YouTube音源、 どっちも再生回数が少ない。もうちょっと聴かれてもいいんじゃないかなあ。
特に後者「捧ぐるは愛のみ」では、お聴きになって分るように歌詞の「I can't give you anything but love, baby」の「love」をそう歌わず、「チ・チ」に置き換えている。これがまあたぶん人気だったんだなあ、ローズ・マーフィーは「チ・チ・ガール」の異名をとるようになった。
「捧ぐるは愛のみ」という、いまだにこのなんだか古めかしい邦題で知られている「アイ・キャント・ギヴ・ユー・エニイシング・バット・ラヴ」は、私があなたにあげられるものは愛だけなのよ、愛でいいならこれでもかというほどたっぷりあるのという、受け取りようによってはいやらしい意味に聴こえないでもない(のは僕がスケベなだけ?)曲。
その愛(love)をはっきり言わず「チ・チ」にして、それもキュートでコケティシュな発音で歌うのがローズ・マーフィーの持味なのだ。そんな風にやるので、ちょっとしたスケベ・ソングかもしれない「捧ぐるは愛のみ」のエロさが薄くなって可愛らしいウブな感じになっている…、のかというと僕には逆に聴こえ、かえって一層フェロモンが振りまかれているように、男を誘っているかのように聴こえてしまう。そこがカマトト歌手ローズ・マーフィーのチャームなんだよね。
それにしてもローズ・マーフィーは「チ・チ」って言いすぎなんじゃないだろうか(笑)?録音集を聴いていると、ほぼ全部の曲で、しかも曲中のありとあらゆるところで「チ・チ」と可愛くささやくように歌う。ローズが歌ったレパートリーに自作曲はなく(のはず)、他人の書いた、それも有名スタンダード・ナンバーを多くとりあげている。だから元はしっかりした歌詞が付いているものばかり。
ローズ・マーフィーはそんなのをとりあげては、ことごとく全てで頻繁に元の歌詞をそのまま歌わず「チ・チ」とか「ラ、ラ〜」とかその他いろいろ、その手のコケティシュなスキャットに置き換えて歌っている。元の歌詞をそのまま歌う部分でも、その節回しにはかなりのコケトリー、というかカマトト味がある。
ローズ・マーフィーの録音では、特に僕たちジャズ・ファンには「捧ぐるは愛のみ」とか「ペニーズ・フロム・ヘヴン」とか「スウィート・ジョージア・ブラウン」とか「タイム・オン・マイ・ハンズ」とか「ハニーサックル・ローズ」とか「ロゼッタ」とか「スリー・リトル・ワーズ」などがお馴染だろう。たくさんのジャズ歌手や演奏家がやっているからね。
ちょっと面白いのは、ご存知、面白ジャズ・マン、スラム・スチュワートと共演したもので、1961年3月10日、デッカに三曲録音している。そのうち一つはこれまたジャズ・スタンダードの「ダイナ」で、これは日本でも戦前から実に多くの日本人ジャズ歌手・演奏家がやっているので、みなさんご存知のはず。ディック・ミネの得意曲でもあったよね。
お聴きなれば分るように、普通のジャズ歌手などがやるのとはかなり表情が違う。歌詞も書き換えているし、ローズ・マーフィーのコケッティッシュな味と、中間部でお得意のベース弓弾き&ヴォーカルのユニゾンを披露するスラム・スチュワートとが合わさって、こんな面白いヴァージョンができあがった。
さらに、1961年のスラム・スチュワートとの共演三曲のうち一つは、なんとあの「ザ・フラット・フット・フルージー」なのだ。スラム・スチュワートのファンであれば間違いなく全員知っているもので、1938年のスリム&スラムによる録音がオリジナルのジャイヴ・ナンバー。書き添える必要はないかもしれないが、「スリム」の方はスリム・ゲイラード。
スリム&スラムやスリム・ゲイラードやスラム・スチュワートにかんしては今日は書かない。録音集がメチャメチャ面白いので、書きたいことが山ほどある。一つだけ今日書いておくと、「ザ・フラット・フット・フルージー」はチャーリー・パーカーだって録音しているよ。1945年12月29日のベル・トーン・レーベル録音で2テイクあり、名義はスリム・ゲイラード・アンド・ヒズ・オーケストラ名義。参加しているパーカーもディジー・ガレスピーもソロを吹いている。
それはいいとしてローズ・マーフィーがスラム・スチュワートとの共演で1961年にデッカへ吹き込んだ「ザ・フラット・フット・フルージー」では、それまでのスリム・ゲイラード中心のいろんなヴァージョン比べ、やや速度を落としたミドル・テンポで、しかもドラマーにくわえパーカッショニストがリズムを叩く。手許にはそれが収録された録音集が二種類あるのだが、パーカッショニストが誰で、楽器はなにか、どちらにも明記がない。
でもこれを聴けばお分りのようにコンガなんだろうね。どっちかというとドラムスの音よりもコンガの音の方が目立つような感じだ。1961年だもんなあ。ローズ・マーフィーとスラム・スチュワートがデュオで歌い、ワン・コーラス歌い終わったあと、スラムがやはりお得意のベース弓弾き+ハミング・ヴォーカルのユニゾン芸を披露する。ちょっぴりラテン風のジャイヴでありかつ、ローズ・マーフィーのコケトリーがくわわるなんて面白いじゃないか。
ラテンっぽいといえば、1961年に三曲あるローズ・マーフィーとスラム・スチュワートとの共演のなかのもう一曲が楽しい。それはやはりジャズ・スタンダードの「スリー・リトル・ワーズ」だけど、発売されたレコードの曲題が「スリー・リトル・ワーズ・チャ・チャ」なのだ。
お聴きの通り、タイトルそのままのチャチャチャ・アレンジになっている「スリー・リトル・ワーズ」。しかもローズ・マーフィーはやはりコケティシュ・テイストをくわえ、「チ・チ・チ」なとど可愛らしく歌ってはいるが、弾いているピアノはキューバン・スタイルだ。それにスラム・スチュワートが「チャチャチャ」と茶々を入れているっていう。
1961年録音だからこんな感じのチャチャチャ・スタイルになっているジャズ・スタンダードの「スリー・リトル・ワーズ」。元は普通のラヴ・ソングで(スリー・リトル・ワーズとは I love you のことだから)、それをキューバン・スタイルに仕立て、なおかつコケトリーをくわえ、さらにジャイヴィーな味すらもあるんだから、楽しいなんてもんじゃないよね。
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