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2017/03/02

ヒルビリー・ブルーズ

Unknown










ブルーズが録音されるようになった1920年代のアメリカ社会では、黒人と白人は実に多くのものを共有していて、ブルーズにかんしても両者の共有財産みたいものがたくさんあったにもかかわらず、あたかも黒/白と二分化していたかのように見えるのは、当時のレコード会社の商慣習のせいだ。

 

 

商業録音開始から数十年のあいだ、アメリカのレコード会社は、黒人音楽家が録音したものは「レイス」(race)・レコード、白人音楽家が録音したものは「ヒルビリー」・レコードとして、それぞれ黒人顧客、白人顧客向けに別々に分けて販売していた。だからレコード・ショップでも当然置き場が別。同じ曲を同じようにやってもだよ。

 

 

そもそもアメリカ社会、特に南部では黒人と白人の距離はいろんな意味でかなり近かった。空間的にそうだけど、だから特に文化的にはかなり多くのものを共有していたのは、みなさんご存知の通りだろう。音楽の世界でもそう。黒白混淆文化だというのが真実であって、だから一部黒人音楽好きの白人音楽嫌いとかは、本当はオカシイんだ。

 

 

などと言ってはいるものの、録音物として残されたものを聴いて判断する限りでは、僕も長年ブラック・ミュージックの方に強く惹かれてのめり込んできたというのが事実で、反対に白人音楽、それも黒人音楽要素も強いロックなどではない、ヒルビリーとかカントリーとかブルーグラスなどは、やっぱりどうもイマイチ。

 

 

でもそれじゃあダメだよね。そもそもアメリカの白人音楽は、たぶん1920年代あたりに、黒人のカントリー・ブルーズ をコピーした白人ヴァージョンとしてスタートしたようだ。つまりいわば「ヒルビリー・ブルーズ」。1920年代というと黒人のブルーズだって、まだようやく商業録音が開始されたばかりだが、主に南部の田舎ではもっとずっと早くに、ギター弾き語りでやるカントリー・ブルーズが成立していた。

 

 

黒人がやるそんな(主に)ギター一本だけでの弾き語りブルーズを、社会的に近い位置にいた白人たちが真似して、それを自分たち白人自身の解釈で演奏し歌って、ヒルビリー・ブルーズの商業録音も1920年代後半からはじまっている。そんな音楽のアンソロジーだって何種類もあるようだ。

 

 

僕が持っているのは三つだけ。リリース順に、オービスが1996年にリリースした『ヒルビリー・ブルーズ』。これは全部で20曲。次いでフレモー&アソシエが2001年にリリースした『ヒルビリー・ブルーズ 1928-1946』。これは二枚組で計36曲。そして今年2017年初頭にワールド・ミュージック・ネットワークからリリースされた例のシリーズの一つ『ザ・ラフ・ガイド・トゥ・ヒルビリー・ブルーズ』で、これは全部で25曲。

 

 

全部ヨーロッパの会社だよなあ。毎度毎度の嘆き&怒り節だが、アメリカ人はなにやってんの?!自国の音楽遺産でしょうが。まあそれを言ってもはじまらない。それら三つのなかでは、やはり CD 二枚組のフレモー&アソシエ盤が一番充実していると思うけれど、中古がやや高値気味になっているようだ。だから入手が容易で、しかも1000円もしない安価である今年2017年リリースの『ザ・ラフ・ガイド・トゥ・ヒルビリー・ブルーズ』に沿って話を進めたい。

 

 

『ザ・ラフ・ガイド・トゥ・ヒルビリー・ブルーズ』。このシリーズの恒例で詳しいデータなどは一切記載がなく、曲名と音楽家名とリリース年(あるいは録音年?)が一覧になっているだけ。ちょっとした英文解説は載っているが、それはこのシリーズの趣旨通り入門者向けの文章だ。

 

 

だからやはり入門者である僕にはありがたかった。なんたって『ザ・ラフ・ガイド・トゥ・ヒルビリー・ブルーズ』に収録されている音楽家で、買う前から僕がよく知っていたと言えるのは、六曲目のジミー・ロジャーズだけだ。あとはほぼ全て馴染がかなり薄いか、全く知らない人ばかり並んでいる。

 

 

しかし CD で実際の音を聴いてみたら、曲自体や演唱スタイルはよく知っているというものが多い。このこと自体、古い黒人ブルーズばかり長年聴いてきている僕にだって、同時代のヒルビリー・ブルーズの世界はそう遠くないものだっていう証拠なんだよね。

 

 

六曲目のジミー・ロジャーズ「ブルー・ヨーデル #8」を除き、僕にとって最も馴染の深い曲は、五曲目でフランク・ハッチンスンがやる「スタッカリー」、13曲目でラリー・ヘンズリーがやる「マッチ・ボックス・ブルーズ」、19曲目でクリフ・カーライルがやる「トラブル・マインディッド・ブルーズ」だ。

 

 

それら三曲のうち、「スタッカリー」と「マッチ・ボックス・ブルーズ」の二つはロック・ファンだってみんな知っている超有名ブルーズ・スタンダードなので、どういう曲なのか説明不要かもしれない。「スタッカリー」が例のスタック・オ・リー伝説に題材をとった民謡で、人種無関係な伝承フォーク・ブルーズだったのも有名。

 

 

また「マッチ・ボックス・ブルーズ」だって、レコーディングは黒人ブルーズの人がやったのが有名だけど(まあ各種ロック・ヴァージョンの方がもっとはるかに知名度があるけれど)、これだって伝承民謡的ブルーズ・ソングなので、やはり黒・白共有財産だったんじゃないかなあ。

 

 

19曲目でクリフ・カーライルがやる「トラブル・マインディッド・ブルーズ」も、戦後でだってサム・クックやアリーサ・フランクリンがやったり、また2014年リリースのレッド・ツェッペリン『III』のボーナス・ディスクのラストに「キー・トゥ・ザ・ハイウェイ」とのメドレーで収録されているもんね。それにしても UK ブルーズ・ロックの人って、どうして「キー・トゥ・ザ・ハイウェイ」があんなにも好きなんだ?

 

 

「トラブル・イン・マインド」。コロンビア盤『ヤー!!!:イン・パースン・ウィズ・ハー・カルテット』収録のアリーサ・ヴァージョンと、強烈にレイジーなツェッペリンのヴァージョンだけは貼っておこうかな。

 

 

 

 

しかしこの「トラブル・イン・マインド」、ジャズ・バンドやピアノの伴奏でやる(場合が多い)1920年代の都会派女性ブルーズ歌手の世界で、まず流通した曲だ。最初に録音したのはテルマ・ラ・ヴィッツォ(1924)だけど、有名にしたのはバーサ・チッピー・ヒルのレコードだ(1926)。バーサのにはルイ・アームストロングがコルネット伴奏をつけている。

 

 

 

僕がこういうサッチモの伴奏で女性ブルーズ・シンガーが歌ったものが大好きで大好きでたまらない人間だということは、全くどうでもいい。重要なのは、南部の黒人カントリー・ブルーズと、白人ヒルビリー・ブルーズと、北部の都会派女性黒人ブルーズ歌手と、そして戦後のリズム&ブルーズや(米英)ロックなどが、全部一繋がりになっているんだという事実だね。

 

 

『ザ・ラフ・ガイド・トゥ・ヒルビリー・ブルーズ』収録のクリフ・カーライルによる「トラブル・マインディッド・ブルーズ」は1937年のものだし、直接的にはやはり先行する都会派女性黒人ブルーズ歌手のレコードを聴いて参考にしたんだろう。しかもスライド・プレイが入るギターの弾き方には、ハワイアン・スタイルの痕跡がある。

 

 

 

ハワイアン・スタイルのギター・スライドは、『ザ・ラフ・ガイド・トゥ・ヒルビリー・ブルーズ』で実に頻繁に聴けるもので、楽曲形式はブルーズであるとはいえ、(スライド・)ギターやヴォーカルにブルージーなフィーリングは全くない。しかし上手いかどうかで言えば猛烈に上手いギタリストばかり。

 

 

『ザ・ラフ・ガイド・トゥ・ヒルビリー・ブルーズ』だと、一曲目のロイ・ハーヴィー&ジェス・ジョンスンによる「ギター・ラグ」と、18曲目のジョン・ディルショウ&ザ・ストリング・マーヴェルによる「スパニッシュ・ファンダンゴ」の二つがヴォーカルなしのギター・インストルメンタルで、それらは一種のパーラー・ギター由来だ。ギターがスペインから、たぶん18世紀後半に北米大陸に渡来した直後は、まずそんなものだったんだろう。

 

 

それが徐々に低層労働者階級の世界にまで降りてきて、黒人やプア・ホワイトが弾くようになり、さらにこの二者はかなり近しい社会的ポジションにあったため(例えば鉱夫や工場労働者など)、音楽的にも同じ曲を同じようなスタイルで、それも同じギター一台でやるようになったんじゃないかなあ。

 

 

ロイ・ハーヴィー&ジェス・ジョンスンの「ギター・ラグ」とジョン・ディルショウ&ザ・ストリング・マーヴェルの「スパニッシュ・ファンダンゴ」では、黒人ギター・カントリー・ブルーズの世界にあるオープン・チューニングを使い、親指で低音弦をドローン気味に鳴らし、高音部をフィンガー・ピッキングするというお馴染のテクニックを、前者は1930年、後者は1929年で既に完璧にマスターしているんだよね。

 

 

 

 

またタンパ・レッドの「イッツ・タイト・ライク・ザット」スタイルの曲(というか、これはほぼそのままだろう?)であるアレン・ブラザーズの「バウ・ワウ・ブルーズ」があって、演奏スタイルもジャグ・バンドっぽいけれど、見てみたら1927年のレコードとなっているぞ。28年のタンパ・レッドより先じゃないか。

 

 

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