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2017/03/17

ファースト・マイルズ(とプロレス技)

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マイルズ・デイヴィスが自己名義のリーダー録音を初めて行ったのは、結果的に『クールの誕生』の一部になった1949年のキャピトル録音ではない。チャーリー・パーカー・コンボ時代の1947年8月14日のサヴォイ録音だ。この日四曲(計12テイクが現存)吹き込まれ、マスター・テイクは四つ全て「マイルズ・デイヴィス・オール・スターズ」名で当時レコード発売された。

 

 

四曲とは「マイルストーンズ」「リトル・ウィリー・ウィープス」「ハーフ・ネルスン」「シピン・アット・ベルズ」。全てマイルズの作曲したものだ。これらのうち、「リトル・ウィリー・ウィープス」を除く三つの曲名には、特にビ・バップ・ファンではないモダン・ジャズ・リスナーも、オッ!となるんじゃないかなあ。でも最初の曲のそれは見当外れかも。

 

 

「マイルストーンズ」は、マイルズ自身が全く同じ曲名で1958年にコロンビアに録音しているが、1947年サヴォイ録音のは完全なる異曲。なんの関係もないはずだ。マイルズだって忘れていたとは考えられないのに、どうして同じタイトルにしたんだろう?このあたりはちょっと謎だが、しかし47年サヴォイ録音の「マイルストーンズ」だって、典型的なビ・バップ・ナンバーとも言えないのは確か(後述)。

 

 

他の二曲「ハーフ・ネルスン」「シッピン・アット・ベルズ」はご存知の方も大勢いらっしゃるはず。前者は1956年にマイルズ自身がファースト・レギュラー・クインテットでプレスティジに再録音し、『ワーキン』に収録された。後者は半ばスタンダード化していて、いろんなジャズ・メンがカヴァーしている。僕はソニー・クラークの『クール・ストラティン』B 面にあるヴァージョンが一番好きだなあ。

 

 

マイルズが書いてスタンダード化したものといえば、話題にしている1947年8月14日のセッションの一個前のサヴォイ・デイトで「ドナ・リー」を録音している。同年5月8日。マスター・テイクも含め完奏テイクが四つあって、もう一つたった15秒ほどの未完成テイクも聴ける。

 

 

「ドナ・リー」はチャーリー・パーカーの名前を作曲者にして版権登録されているが、マイルズが書いたものだという事実は、当時から周囲の一部には知れていたらしい。僕の知る最も有名なエピソードは、当時クロード・ソーンヒル楽団で専属アレンジャーだったギル・エヴァンスがこの曲をとりあげようと思いパーカーに許諾を得ようとしたら、「あぁ、あれはマイルズが書いたんだ、やつに聞いてくれ」と言われたというもの。

 

 

ギルがアレンジしたクロード・ソーンヒル楽団の「ドナ・リー」は1947年11月6日録音。この時ギルがマイルズに連絡したのが、終生続くこの二人の音楽的パートナーシップのはじまりだったのだ。マイルズは「ドナ・リー」を使っていいよと許諾を与える見返りに、ギルの書いたソーンヒル楽団のアレンジ譜面を見せてくれと頼んだようだ。だから既にこの頃から『クールの誕生』で聴けるようなサウンドに着目していたんだね。

 

 

「ドナ・リー」の話は置いておいて、1947年8月14日のサヴォイ録音で完成された四曲。上で「マイルストーンズ」が典型的なビ・バップ・チューンではないと書いたが、ちょっと音源を貼ってご紹介しよう。テーマ・メロディもやや水平的なメロディアス志向で、メカニカルに上下するようなものではない。すなわちビ・バップ的ではない。

 

 

 

これでお分りのように、まず一番手でマイルズがソロを吹く。カップ・ミュートを付けて、かなりクールでおとなしい静的なソロだよね。まあこの点だけならマイルズはずっと前からそうなんだけど、二番手のジョン・ルイスのピアノ・ソロ、三番手のパーカーのテナー・サックス・ソロまで似たような雰囲気だ。

 

 

このマイルズの初リーダー名義録音で、パーカーがアルトではなくテナーを吹いているのは、マイルズの希望だったのかパーカー自身のアイデアだったのか、僕には分らない。がしかし1953年1月30日のプレスティジ録音(が『コレクターズ・アアイテムズ』の A 面になった)でも、参加しているパーカーはやはりテナー・サックスなんだよね。

 

 

だからひょっとしたらマイルズは、初の自己名義のリーダー・セッションなので、1947年というまだパーカー・コンボの一員であった時代でも、ボスであるパーカーにテナーを指示したという可能性があるんじゃないかなあ。そういえば自分自身のレギュラー・バンドを持つようになってからも、マイルズが雇うサックス奏者はアルトよりもテナーの方が圧倒的に多いもんね。マイルズがパーカーに指示した可能性は充分考えられる。

 

 

(と昨晩ツイートしていたら、あるセミ・プロ・ジャズ・トランペッターの方から「トランペットとアルト・サックスは音域と音色がカブるので、自分も希望できる際は共演のサックスはテナーの方にお願いしています」とコメントがあった。)

 

 

アルトを吹く時のパーカーのサウンドはかなり尖っていて鋭角的なものだけど、1947年8月14日のサヴォイ録音で聴くテナーはムーディーで、しかもやや丸く落ち着いた音色とサウンドなんだよね。上で貼った「マイルストーンズ」一曲だけでもお分りいただけるはず。これはテナーだからではない。テナーで鋭いサウンドのソロを吹くジャズ・サックス奏者はたくさんいる。

 

 

ってことはアルトで普段あんな感じのパーカーが、脂の乗り切っている1947年録音ですらテナーでこんな感じになっているのは、まあいくらなんでもそこまで名義上のリーダーであるマイルズがそうしてくれと要求したとは考えにくいから、パーカー自身がマイルズの持つ静的音楽志向を汲んで、それに沿うように合わせようとしたんじゃないかとも思う。

 

 

マイルズ自身のソロ内容は、繰返しになるけれど、パーカー・コンボでの初録音、すなわち実質的生涯初録音である1945年11月26日のサヴォイ録音3曲12テイクから既に同じだ。ほぼ全く変わっていない。マイルズのそんなトランペット・ソロは、1991年に亡くなるまでやはりあまり変化していないんだよね。60年代後半にアグレッシヴでフリーになったり、70年代に電気トランペットを使ったりしているのが、ほんのちょっとした例外なだけなんだろう。

 

 

つまりマイルズ・ミュージックとはたいていの場合、上物であるボスのトランペットはほぼそのままで、バックで演奏するバンドのリズムやサウンドを、時代の変化にともなってどんどんチェンジしていっただけというのが真実なんじゃないかなあ。サックス奏者にかんしても、初代のジョン・コルトレーン以後似たようなタイプを雇うことがほとんどだ。だからマイルズ・ミュージックの肝はやはりリズム・セクションだよね。

 

 

生涯初の自己名義録音である1947年8月14日のサヴォイ・デイトから、既にそんなことを予感させるような音が鳴っているように僕は思うよ。この日の「マイルズ・デイヴィス・オール・スターズ」のリズムは、ジョン・ルイス、ネルスン・ボイド、マックス・ローチの三名。ローチはいつも通りの安定したドラミングで、他の二名はおとなしい。ネルスン・ボイドは知名度のないベーシストだけど、マイルズは1949年のキャピトル録音でも使っているので、『クールの誕生』の一部でも聴ける。

 

 

だからお気に入りだったんだろうね。1947年8月14日のサヴォイ録音四曲のうち、「ハーフ・ネルスン」というこの曲名はネルスン・ボイドへの言及だもんね。たぶんボイドの身長のことを言っているんだと思うんだけど、ネルスン・ボイドの身長がどれくらいだったのかは、いくら調べても分らない。ベース・プレイの知名度がないんだから、身長なんか分るわけもないんだが、マイルズが付けた曲名の意味だけは知りたかった。しかたがない。

 

 

曲名に関連して言うと、とハーフ・ネルソンっていうレスリング技があるよね。マイルズやジャズとはま〜ったく関係ないだろうけれども。羽交い締めのことだ。昔は全日本も新日本もプロレス中継が盛んで、ジャイアント馬場とアントニオ猪木が活躍していた頃は毎週レギュラー放送があった。馬場さんの全日なんか、確か毎週金曜日だったか土曜日だったかのゴールデン・タイムだったし、猪木の新日だって毎週金曜の夜八時〜九時だった(っけ?)。

 

 

そんなのを僕も好きでテレビでよく見ていて、すると実況アナウンサーがハーフ・ネルソンって言うんだよね。中学生の頃だったか、これが羽交い締めのことだと知り、高校生の終りあたりでジャズにハマってマイルズのプレスティジ盤『ワーキン』を買うと、やはり「ハーフ・ネルスン」という曲があって、なんど聴いてもどう聴いても、プロレスのリング上で繰り出されるあの技とイメージが結合せず、悩んでいたんだよね(苦笑)。こんなヤツ、他にはいませんかね?

 

 

そのマイルズの「ハーフ・ネルスン」。1947年サヴォイ録音と1956年プレスティジ録音を聴き比べると、前者の方が静かでおとなしい演奏に聴こえるからちょっと不思議だ。苛烈なビ・バップ全盛期だったのにね。プレスティジ・ヴァージョンではドラマーのフィリー・ジョー・ジョーンズが活躍し派手なビートを叩いているせいでもあるが、ボスのトランペット・ソロだってややハードだもんなあ。

 

 

「ハーフ・ネルスン」

 

 

1956年プレスティジ→ https://www.youtube.com/watch?v=uO9JD0Kc5iE

 

 

「シピン・アット・ベルズ」は、実を言うと1947年8月14日のサヴォイ録音で完成した四曲の中では、テーマ・メロディの動きや流れとコード進行が僕は一番好き。なかなかチャーミングじゃないかな。特にコード・プログレッションが面白いと思うよ。だからこそ半ばスタンダード化して、いろんなジャズ・メンがカヴァーしているんじゃない?ところで下の YouTube 音源はどうしてこんな画像を使っているんだ?もうちょっと雰囲気を考えてくれよな。

 

 

 

マイルズの生涯初リーダー名義録音の四曲。「リトル・ウィリー・ウィープス」のことだけはなにも書いていないけれど、はっきり言って面白くない。またこの日のサヴォイ録音、一応マイルズのリーダ名義でレコードが発売されて、実際、マイルズが音楽的なリーダーシップを発揮していると思える部分も大きいが、バンドそのものは言うまでもなく当時のボス、チャーリー・パーカーのものだ。

 

 

だからそれら4曲12テイクは、LP でも CD でもパーカーのサヴォイ録音集に収録されていて、僕も(おそらく他の方も全員)それで聴いている。ただ『ファースト・マイルズ』というコンピレイション盤にも収録はされていて、僕も持っているけれど、それを聴くことはほぼない。これを稀に聴くのはラバーレッグ・ウィリアムズがヴォーカルをとったハービー・フィールズのバンドの演奏が収録されているので、それを聴きたい時だけ(まずないが)。それはマイルズの正真正銘、生涯初録音だから。

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コメント

テナーとユニゾンやるの気持ちいいんだよね、オクターブで。ラッパとしてはw

それにしては、マイルズは自分のバンドではテナーとのユニゾン・デュオが少ないねえ。ジョン・コルトレーンとでもウェイン・ショーターとでも、あるいは他の誰とでもやってない。まあちょっとはあるけれど、だいたいいつも自分一人でテーマを吹く人だったなあ。テナーをチョイスすることが多かったけれど、実際の音では絡みたがらない人だったのかもねえ、マイルズは。

そうだねーw ハードバッパーじゃないし、やっぱりマイルスはフランク・シナトラだなぁ。

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