ジャズ・ファンはザッパを聴け
と言うと普通は『ホット・ラッツ』のことになるけれど。確かに1969年のこのアルバムは、フランク・ザッパのジャズ・ロック路線最高傑作だろう。特に一曲目の「ピーチズ・エン・レガリア」のカッコイイことったらないよね。でもそういうザッパのジャズ・ロック路線というよりも、今日はビッグ・バンド・ジャズ作品に話を限定したいので、とりあえず超カッコいい「ピーチズ・エン・レガリア」の音源を貼るだけにしておく。
ザッパがやったこういうジャズ・ロックの話は、また別の機会に書いてみたいので、今日はビッグ・バンドものだけに限定すると、大雑把に言ってザッパのジャズ・ビッグ・バンド作品と言えるのは二つ。どちらも1972年リリースの『ワカ/ジャワカ』と『ザ・グランド・ワズー』。この二枚は是非ジャズ・ファンのなかでも特にビッグ・バンドの愛好家の方々に聴いてほしいので、火曜日にアップすることにした。
ザッパの作曲能力がズバ抜けて素晴らしいことはファンならばみんな知っているが、ファンじゃないみなさんはイマイチ認識していないかもしれない。それは単にロック畑のソングライターとしてというにとどまらず、クラシックの大編成管弦楽作品でもいかんなく発揮されているのだが、いわゆるシリアス・ミュージックというか現代音楽作品のことはあまりよく分らない僕なので、ジャズ・ビッグ・バンドもののコンポーザーという面にだけ焦点を当てることにした。言っておくが、ザッパはギタリストとしてもヴァーチュオーゾだ。
『ワカ/ジャワカ』『ザ・グランド・ワズー』二枚で聴けるザッパのビッグ・バンド・スコアを書く能力は、ちょっと褒めすぎかもしれないが、デューク・エリントンのそれに似ている。音の濃密さ、一音たりともゆるがせにしない抜き差しならない緻密な構成、バンド全体のアレンジのどこをアンサンブルでやって、どこにどうアド・リブ・ソロをハメ込むか、そのアド・リブ・ソロはボスの意図通りに展開されているか、などなど共通性が強い。
しかしジャズ・ファンでエリントンの熱心なリスナーであるみなさんが、ザッパのビッグ・バンド作品について熱心に語っている場面に遭遇したことはまだ一度もない。クラシック音楽の愛好家のみなさんは、ザッパの管弦楽作品については褒めるけれど、ジャズ系ビッグ・バンド作品についてはやはりなにも言わない。じゃあ『ワカ/ジャワカ』『ザ・グランド・ワズー』みたいな作品は、誰がどう聴いているんだろう?一部のザッパ・マニアだけなんじゃないの?話題にしているのは。僕はザッパ・マニアなどでは全くない。
それはたぶんジャズ・ビッグ・バンドがやや敷居の高いものであるかのように思われているせいなのかもしれないなあ。基本の音楽性においては『ホット・ラッツ』なんかと同じで、そしてこのアルバムや一曲目の「ピーチズ・エン・レガリア」についてはほぼ全員激賞であるにもかかわらず、『ワカ/ジャワカ』『ザ・グランド・ワズー』二枚についてはあまり数多く言われていないというのは、ジャズの大編成バンドが遠ざけられているせいだとしか思えない。
ということは、ザッパの作品であればなんでも全部熱心に聴くという方々なら、それら二枚を聴いていいアルバムだよなと実感して、それがきっかけでジャズ・フィールドのビッグ・バンド、例えばデューク・エリントン楽団などを聴くようになった人たちが実際にいるみたいだけれど、そういうザッパ・マニアではない一般の音楽リスナーの場合、『ワカ/ジャワカ』『ザ・グランド・ワズー』を理解できるのは、ジャズ系ビッグ・バンドが好きな方々なんじゃないかと思うのだ。フランク・ザッパという名前すら見たことがない方々だって、それら二枚、特に『ザ・グランド・ワズー』を聴けば、絶対好きになるって。
そう、僕の実感では『ワカ/ジャワカ』よりも、その続編的な『ザ・グランド・ワズー』の方が出来がいいし、またジャズ・ビッグ・バンドという趣もより強い。ところでまた話が戻るが、その『ワカ/ジャワカ』は『ホット・ラッツ』の続編なんだよね。ジャケットを一瞥しただけで瞭然としている。ホントそのへんの話はまた別の機会にして、『ザ・グランド・ワズー』だ。
随分前に一度書いたけれど、僕はザッパを CD でしか聴いていない。例の1993年 FZ 公認マスターというやつ。それを紙ジャケットでリリースした日本盤で僕は聴いている。それの前に Ryko (じゃなかったかもしれない)が薄い緑色のプラスティック・ケースでリリースしていた同じマスターを使った CD でザッパをだいたい持っていた。がしかしアナログ盤では、ただの一枚もザッパを聴いたことがない。
『ザ・グランド・ワズー』にかんしてもアナログ盤と公認マスター盤 CD とでは曲順が異なっているらしい。リプリーズのアナログ盤(ひょっとして FZ 公認マスター以前の CD も?) では一曲目が「フォー・カルヴィン( アンド・ヒズ・ネクスト・トゥー・ヒッチ・ハイカーズ)」で、二曲目が「ザ・グランド・ワズー」だったらしいが、僕の持つ CD ではこれが入れ替わっている。ザッパ自身の意向なんだろう。その他のアルバムみたいに音源そのものにも手を加えているのかもしれないが、それは確かめられないので。
僕は1993 FZ 公認マスターでしか『ザ・グランド・ワズー』を聴いていないので、これ以外の曲順は考えれらないし、試しに一曲目と二曲目を入れ替えたプレイリストを作って聴いてみたが、やはり相当に強い違和感がある。おそらくは刷り込み効果なんだろうが、アルバムのオープニングが「ザ・グランド・ワズー」のあのゴージャスな感じであってほしいという、その方がこのアルバムの特色が分りやすく、初めて聴く方にも理解してもらいやすだろうという、そういう気持も強い。
なぜならば「フォー・カルヴィン( アンド・ヒズ・ネクスト・トゥー・ヒッチ・ハイカーズ)」は、確かに金管・木管多数で編成されたビッグ・バンド・サウンドが彩りを付けてはいるものの、基本的にフィーチャーされるのはヴォーカルなのだ。それもザッパのいつものパターン通りシアトリカルな歌で、しかも歌が終って楽器のソロになってからも、そのソロや伴奏のビッグ・バンド・サウンドは、やはりシアトリカルな内容。ザッパを聴き慣れている人間や、あるいは例えば、モンティ・パイスンの一連のコメディ・スケッチなどのようなものがお好きな方であれば違和感がないだろうが、シリアスなジャズ・ファン向けじゃないんだよね。
ザッパの音楽のなかにある、モンティ・パイスンなどにも通じるそんなコミカルでシアトリカルな要素にかんしては、これまた機会を改めないといけない。今日の僕の主眼は、ジャズのビッグ・バンド愛好家のみなさんにザッパの『ザ・グランド・ワズー』をオススメしたい、それでこの人の作編曲能力の異常な高さと、できあがった音楽の楽しさを知ってほしいという 〜 ただこの一点に尽きるからだ。ああいったヴォーカル作品はなかなかとっつきにくいかも。
そんなわけで今日の主眼からすれば、ザッパのアルバム『ザ・グランド・ワズー』でまず聴いてほしいのは、一曲目のアルバム・タイトル・ナンバー、三曲目の(これはシアトリカルでもあるが)「クリータス・オウリータス・オウライタス」、ラスト五曲目の「ブレスト・リリーフ」〜 この三つだ。四曲目の「イート・ザット・クエスチョン」もカッコイイけれど、この曲の場合は必ずしもビッグ・バンド・サウンドばかりではなく、個人(特にジョージ・デューク)がリズムをバックにソロを演奏する時間が圧倒的に長い。
まずはオープニングの「ザ・グランド・ワズー」を聴いてもらいたい。開始約59秒でグワ〜ッと入ってくる大編成の管楽器アンサンブルが迫力満点で、そうかと思うと少し抑え気味に引いたりして、緩急自在にザッパの書いたスコア通りに見事な演奏を繰り広げる。ジャズのビッグ・バンド・ファンなら、みんな好きになるんじゃないかな。
その後一番手で出るビル・バイアーズのトロンボーン・ソロ、二番手のサル・マルケスのミュート・トランペット・ソロ(かなりジャジー)は、ジャズ畑における同楽器の一流奏者を聴き慣れている僕が聴いても、かなりいいソロだと思える内容だ。というかだいたいザッパはこういう作品ではジャズ系の演奏家を使うことが多かったので、それも納得なのだ。ところでサル・マルケスというブラス奏者、この1972年あたりには、ザッパの作品で重要な役割を果たしていたみたいだね。
曲「ザ・グランド・ワズー」ではリズム・セクションも素晴らしい。いわゆるジャズのメインストリーム・ビートとは違うものだけれど、いまやこの程度で「ジャズじゃない!」などと文句をつけて毛嫌いする人間の神経の方がオカシイぞ。エインズリー・ダンバーって素晴らしい躍動感を表現できて、本当にいいドラマーだよね。ある意味アルバム『ザ・グランド・ワズー』の肝はエインズリーのドラミングだとも言える。
それにしても曲「ザ・グランド・ワズー」で聴けるスケールの大きさは異常だとも言いたいくらいだ。ロック・フィールドから出現したコンポーザーでここまで壮大な管楽器音楽のスコアを書ける人物は、僕の知る限りザッパただ一人。管楽器アンサンブルが主役のジャズのフィールドにだって、ここまで濃密な音世界をビッグ・バンド・スコアで書ける作曲家はかなり稀だ、というかほとんど見当たららないというのが、僕の正直な実感。いやほんと、エリントンだけじゃないの?
駆け足でちょっとだけアルバム・ラストの「ブレスト・リリーフ」について触れておこう。ゆったりと緩やかにスウィングするバラード調の曲でリラクシング。ここでもやはりサル・マルケスのトランペットとジョージ・デュークの弾く鍵盤楽器がソロをとる。ポップで親しみやすいメロディを持つ、かなりムーディーなジャズで、管楽器群のゆらゆらと漂う浮遊感は、ジャズ界で探せばギル・エヴァンスの書くアレンジのスタイルに近い。
1972年にザッパが『ワカ/ジャワカ』『ザ・グランド・ワズー』という二つのビッグ・バンド作品を創ったのには事情があったらしく、ステージ上で暴漢に襲われて怪我をしてライヴ活動ができなくなったため、それで部屋のなかで譜面に向かったということじゃないかと思うんだけど、だからといって、それでここまでの管楽器作品が書けるというコンポージング・アビリティの高さは、繰返すがジャズ界にだって(ひょっとしてクラシック界にも?)ほとんど見当たらない。
ジャズ・ファン、特にビッグ・バンドがお好きなみなさん、今日僕が音源を貼ってご紹介した「ザ・グランド・ワズー」「ブレスト・リリーフ」の二曲をお聴きになって、こりゃなかなかいいね、ロックの世界にもこんなスケールの大きいゴージャスな管楽器アンサンブルを書ける才能があるんだねと思ったならば、是非 CD でザッパのアルバム『ザ・グランド・ワズー』を買っていただけないでしょうか?
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