鶏声暁を告げる1954年のマイルズとホレス・シルヴァー
歌の主旋律を憶えて鼻歌で口ずさむのは全人類共通だけど、 レコードをなんどもなんども繰返し聴くから、ジャズ・メンの演奏するアド・リブ・ソロまでもソラで歌える 〜 これも音楽キチガイの常識で、みなさんそうだろうと思う。僕もむかしはよくやったが、いまではほとんどやらなくなって、代わりに歌詞のある歌を口ずさむようになっている。
大学生の頃は、ジャズ喫茶で座っていても、お気に入りのレコードがかかるとアド・リブ・ソロに合わせて一緒に、それも小さくない声量でハミングしていたので、周囲の客はさぞや迷惑だっただろう。ジャズ喫茶店内ではそれでもまだ遠慮していたのだ。自宅でなら…。
僕がそんなアド・リブ・ソロを暗唱していた代表が、マイルズ・デイヴィスにかんしては1954年の『ウォーキン』A 面一曲目のアルバム・タイトルのブルーズ・ナンバーだった。マイルズ、J ・J ・ジョンスン、ラッキー・トンプスン、ホレス・シルヴァー、そしてケニー・クラークのドラムス・ソロですら、自室や、あるいはお風呂の湯船につかりながら大きな声で歌っていた。
それくらい大好きだったんだよね、あの「ウォーキン」がね。本当にかなりお世話になったのであまり言いたくないけれど(などど言いつつ毎回言ってしまっているが)ある時の中山康樹さんが、マイルズによるこの曲の演奏では、この1954年の初演時点ではまだ大したことはない、凄いことになるのは60年代半ば以後のハービー・ハンコック+ロン・カーター+トニー・ウィリアムズのリズム・セクション時代のライヴだと書いていた。
中山さんのこの発言を読んだのはわりと最近、亡くなる少し前だからまだ数年前程度のことだったので、完全なるブルーズ熱狂家の僕は、あぁ、中山さんってブルーズ・フィーリングってものを理解できない人なんだなと、ちょっぴりガッカリした憶えがある。これには伏線があって。
こっちはもっとずっと前に読んだはずの中山さんによる『ザ・ホット・スポット』評。ついでだからこっちも今日この際はっきり書いてしまうが、いちおうマイルズも参加している1990年のこの映画サウンドトラック盤について中山さんは、マイルズはいいが、他の人たちはどうなんだ?特にジョン・リー・フッカーとかいうこの人は、ただ単にギターを鳴らしながらウンウン唸っているだけだから「僕でもできそうだ」と書いてしまった。
あれを読んだ瞬間、あっ、こりゃアカン!中山さん、この言い方はブルーズ・ミュージックを理解していないのが白日の下に晒されてしまいますよと、当時既にお付き合いがあったのでアドヴァイス…、なんてできるわけもなく、僕の心のなかだけで冷や汗をかいてしまったのだった。こんなことがあったので、数年前に読んだ上記「ウォーキン」についての発言も、やっぱりそうなっちゃうよなあと、その時はやや諦め気分だった僕。
既にお分りの通り、マイルズによる「ウォーキン」演奏では、ブルーズ好きならおそらく全員が1954年4月29日のプレスティジ・レーベルへの初演を選ぶはず。60年代中期のライヴ録音は急速調になりすぎていて、苛烈な激しさはあるが、ブルージーなフィーリングがほぼ100%失われているじゃないか。
だいたいブルーズ専門のミュージシャン、すなわちブルーズ・メン(ウィミン)が急速調でやっているブルーズなんて滅多に聴けないよ。この世に存在すらもしないんじゃないかと思うほど(は言いすぎだが)。テンポを上げすぎると、書いたようにブルージーじゃなくなって、ノリやフィーリングのディープさも薄くなってしまうからだ。ブルーズ・メン(ウィミン)のやる急速調ブルーズもあるけれど、それらはブルージーさやディープさを犠牲にするなんらかの理由があってのことで、そんでもって僕なんかはそういうのを聴いてもあまり楽しくない。
マイルズの場合、ジャッキー・マクリーンのオリジナル・ブルーズ「ドクター・ジャックル」でも同様のことが言える。1955年に作曲者をくわえミルト・ジャクスンらと一緒にプレスティジに録音した初演(『マイルズ・デイヴィス・アンド・ミルト・ジャクスン』)ではミドル・テンポでいい感じにブルージーだが、「ドクター・ジキル」と曲題を変えて58年にコロンビアに再演したもの(『マイルストーンズ』)はあまりの急速調で、ブルーズともいえないようなフィーリング。
とにかく1954年初演のマイルズ「ウォーキン」。最初から作曲者としてリチャード・カーペンターなる人物名がクレジットされているが、この人はマイルズの友達で、「ウォーキン」を書いたのは本当はマイルズに他ならない。あまり知られていない事実かも。友人名で版権登録したいなんらかの事情があったんだろう。
マイルズの初演「ウォーキン」は、まず最初10インチ LP『マイルズ・デイヴィス・オール・スター・セクステット』の B 面に収録されリリースされた。A 面がその後の12インチ LP や現在の CD では二曲目の「ブルー・ン・ブギ」。この二曲は同日録音で、どっちも12小節の定型ブルーズ。三管編成で、ピアノはホレス・シルヴァー。
ホレス・シルヴァーだけ名前を明記したのには理由がある。この1954年4月29日録音の二曲では、ホレスが非常に重要な役割を果たしているからだ(がこのことを詳細に説明してある文章はいまだに多くない)。二曲とも曲全体のアレンジを書いたのもホレスなら、リズム・アプローチを考えメンバーに伝え実行もさせたということで、 つまりマイルズではなくホレスが実質的音楽監督だったのだ。
こう言うと不正確というか間違いになってしまう。ホレス・シルヴァーが一人でリーダーシップを発揮したのではなく、マイルズとの共同作業で二曲をどう演奏するかアイデアを練ったに違いない。1954年のマイルズとホレスは実に密接な関係にあった。まず3月6日のブルー・ノート録音六曲で共演。これがこの二名の記録に残っている初共演だ。
次いでその時と同じワン・ホーン・カルテット編成で同1954年3月15日に三曲をプレスティジに録音。それはある時期以後現在まで、アルバム『ブルー・ヘイズ』に収録されている。そのなかには56年にファースト・レギュラー・クインテトで再録音し名演とされ、60年代もやっている「フォー」がある。
その後、12インチ LP と CD 『ウォーキン』B 面になっている四曲を同1954年4月3日にプレスティジに録音。えっ?四曲?三曲しかないぞ!?と思われるに違いない。この日に録音された「アイル・リメンバー・エイプリル」だけが、どうしてだか(収録時間の関係かなあ?) 12インチ LP『ウォーキン』には収録されず、したがって現行 CD にもなく、どれにあるかというと『ブルー・ヘイズ』に収録されている。
CD の収録時間は LP より大幅に伸びたんだから、同日・同編成でやった「アイル・リメンバー・エイプリル」も一緒にしてくれよという気分がちょっとだけ僕にはあって(『ウォーキン』CD はたったの38分しかないもん)、そもそも書いているように10インチ LP が<オリジナル>なんだから、その後の『ウォーキン』12インチ LP も CD も全部<編集盤>だ。オリジナル・フォーマット尊重主義は当たらないぞ。
まあいいや。1954年におけるマイルズとホレス・シルヴァーとの共演は、その同じ4月の続く29日に、上記の通り三管編成で「ウォーキン」と「ブルー・ン・ブギ」を録音。さらに同年6月29日にソニー・ロリンズらと一緒に4曲5テイクを録音し、それが現行『バグズ・グルーヴ』の B面になっている。
以上で1954年といわずマイルズとホレス・シルヴァーの公式共演録音は全部だ。お読みになってきて既にお分りの通り、マイルズがヘロイン常習癖から脱却し(麻薬をやめたとは言えない、あくまでヘロインだけ)みなさんおっしゃっているようにボロボロの数年間を経ていわば復活し、ファンキーなハード・バップ・スタイルをやりはじめる 〜 ちょうどその年1954年の文字通り<全ての>公式スタジオ録音にホレス・シルヴァーがかかわっているんだよね。
1954年にマイルズにホレス・シルヴァーを紹介したのは、もっと前からマイルズとの共演録音歴もあるドラマーのアート・ブレイキーだった。そしてブレイキーとシルヴァー二名の深い関係は、いまさら繰返す必要はない。54年2月にはクリフォード・ブラウンを擁するクインテットでライヴ録音し、誰でも知っているブルー・ノート盤『バードランドの夜』二枚になっている。あれの音楽監督がホレスだ。ところでこのライヴ盤で聴ける興奮は、まさにハード・バップの夜明けを告げる暁の鶏声だね。
1954年はそんな年で、だからマイルズのアルバム『ウォーキン』でホレス・シルヴァーがかなりな程度まで音楽的リーダーシップをとっていたのは間違いないと言えるはず。実際 A面のブルーズ・ナンバー二曲はかなりアレンジされているじゃないか。B面の三曲でははっきりしたアレンジが聴けないけれど、CD だと最初の二曲「ウォーキン」「ブルー・ン・ブギ」では、例えば三番手で出るラッキー・トンプスンのテナー・サックス・ソロの背後で、トランペット&トロンボーン二管によるリフ伴奏が入る。
ラッキー・トンプスンのテナー・ソロ背後で入る二管のリフ伴奏は、二曲とも譜面なしでもできるシンプルなものだが、あらかじめ用意されたものなのは間違いない。テナー・ソロのここでこのフレーズをこう入れるということを考えてあったのだということに疑いは持てない。「ウォーキン」の方では四番手のホレス・シルヴァーのソロが終ると、再びマイルスが2コーラス、ソロを吹くと、(テーマとは異なる)三管の合奏リフになって、それがケニー・クラークのドラムス・ソロと絡むという具合。ビ・バップにはないこんな緊密なアレンジは、僕の見るところ、間違いなくホレスの考案したものだ。
「ブルー・ン・ブギ」だってかなり綿密で用意周到な事前アレンジがあるのが曲を聴けば分る。この曲でもソロをとる最初の二人のバックではリズム・セクション三人だけだが、やはり三番手のラッキー・トンプスンのテナー・ソロが来ると、まずその直前でトランペット+トロンボーンが導入リフを演奏し、それをきっかけにテナー・ソロになり、またソロの最中でも二管の伴奏リフがどんどん入る。しかも「ウォーキン」でのそれと違って、その二管伴奏リフはどんどんチェンジするもんね。
「ブルー・ン・ブギ」でも四番手のピアノ・ソロが終ると、再びマイルズが出てソロを、やはり2コーラス吹き、今度はそのまま冒頭部と同じテーマ・メロディ合奏になだれ込む部分だけが「ウォーキン」と違っているが、他の部分は二曲ともほぼ同じパターンのアレンジだ。これを考案(譜面にはしなかった可能性が高いと思う)したのがホレス・シルヴァーでなくて誰だと言うんだ?後年のホレスのリーダー作品と比較すれば、明々白々の同一スタイル・アレンジじゃないか。
え〜っと、本当は今日のこの記事はアルバム・タイトル曲「ウォーキン」でのマイルズの吹き方が、1920年代のルイ・アームストロング以来のジャズ・トランペッターによるブルーズ吹奏の伝統に則ったものだということを書く腹づもりで MacBook Pro に向かったのだが、もうそれを書く余裕がない。特に三連符をかなり頻用するところにそれがはっきりと表れているのだが、今日は諦めよう。ご存知ない方のために、参考になりそうな1927年のサッチモの音源だけ貼っておくので、みなさんも考えてみてください。
「ワイルド・マン・ブルーズ」https://www.youtube.com/watch?v=xO3k-S_pqK4
「ポテト・ヘッド・ブルーズ」https://www.youtube.com/watch?v=udWB3OKV9_k
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コメント
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なるほど、三連譜。
これラッパできちっと音がキレながらラドミ・ソとか決まると、聴いていても気持ちいいんだよね。吹いている方も同じだから、うまくやろうとして多発したりする。それと三連譜がクセになるようなフレーズもある。
今回のリンクを聴くとマイルスもさることながら、サッチモのアドリブフレーズのカッコよさがラッパらしさを際立たせていて感心するね。
投稿: hideo_na | 2017/04/29 21:06
だろ〜、サッチモ、カッコイイだろ〜、ひでぷ〜。だから10枚組買ってね!
投稿: としま | 2017/04/29 21:10