これがプリンスの21世紀ベスト
プリンスの21世紀最高傑作は2006年の『3121』だ。ファンク要素とラテン要素が濃厚で、しかも最後の曲ではそれが合体していたりする。僕のなかではこれが21世紀のベスト・プリンスだという評価は揺るがない。一曲目「3121」と二曲目「ロリータ」の直球ファンク二連発だけで KO されるのに、続く三曲目が哀愁のラテン・バラード「テ・アモ・コラソン」なんだから失禁ものだ。今日はこのアルバムについて、ファンクとラテンだけに限定し、美しいが穏やかなラヴ・バラードのことは省略する。
ファンク要素の方から先に話をすると、『3121』一曲目のアルバム・タイトル・ナンバー。この四桁の数字の意味がなにかということは僕にはどうでもいい。それよりもシンプルかつヴァイオレンス満載でひたすら一直線に突き進むリズム・セクションのファンキーなカッコ良さにシビれる。この曲ではなぜだか旧 NPG(ニュー・パワー・ジェネレイション)のベーシスト、ソニー・T とドラマー、マイケル・B を再招集しているので、プリンス自身、やはり生のグルーヴがほしかったんだろう。
曲「3121」では、さらにメイシオ・パーカー、キャンディ・ダルファー、グレッグ・ボイヤー、レイ・モンテイロ四人編成のホーン・セクションがやはりファンキーなリフを演奏する。これら以外の楽器とヴォーカルはやはりプリンス本人が全部やっている多重録音だ。ってことは曲「3121」のあの生な感じのグルーヴは、プリンス自身を含む三人だけが同時演奏で収録しベーシック・トラックを作成したものかもしれないね。それ以外は全部あとでかぶせたものだろう。
さらに曲「3121」はかなり暗くヘヴィで不穏な雰囲気が漂っている。そんなファンク・ミュージックというと、やはりスライ&ザ・ファミリー・ストーンの『暴動』か?というと、僕はそれは思い出さず、むしろ録音とリリースは10年以上あとのディアンジェロ(&ザ・ヴァンガード名義)の2014年作『ブラック・メサイア』を連想する。これの前作2000年の『ヴードゥー』の評価があまりにも高いディアンジェロだが、いまのところの最新作『ブラック・メサイア』もかなりいいんだよね。
プリンスの曲「3121」がディアンジェロの『ブラック・メサイア』だ(というか順序は逆だが)というのは、両方聴けば誰だって分ることだから、そしてプロ・ライターのみなさんはもちろん全員両方聴いているわけだから、この二つの共通性についても、間違いなくどなたかがどこかで書いているはずだ(が僕は全く探していない)。曲「3121」の唯一の不満は尺の短さだ。たったの4分しかない。これを10分は続けてほしかった。それだったら快感が持続してイケたのに、4分じゃ無理だ。
アルバム『3121』におけるファンク要素というと、二曲目「ロリータ」は若干ジェイムズ・ブラウンっぽい感じも聴き取れる。そりゃメイシオ・パーカーみたいな JB バンドの番頭格を正規メンバーにしたわけだから…、と思うと「ロリータ」にはホーン奏者は一切いない。僕が JB っぽいなと思うのはエレキ・ギターのカッティング(はかなり控え目だが)と、プリンス自身が叩くドラミングのスタイルなんだよね。シンセサイザーの使い方はややレトロな1980年代風。まあ80年代のプリンスは一番良かった時期ですからゆえ。
1980年代風シンセサイザーの使い方といえば、アルバム『3121』では八曲目の「フューリー」。これはファンク・チューンではなく普通のロックっぽいポップだが、シンセの使い方が…、もうなんというか…、はっきり言ってしまうがダサい。ジャッジャー、ジャージャーとポリフォニックで入るシンセ・リフは、完全にヒロミ・ゴー(がダサいという意味ではない)だ。しかも「フューリー」にはボブ・ディラン+ジミ・ヘンドリクスみたいな部分もある。ちょっと面白いかも。それにしてもこのシンセの使い方はなんとかならんかったのか?ワザとか?凡百の音楽家には21世紀にこんなこと、おそろしくてできない。
シンセ・ファンクの話題に戻ると、アルバム『3121』四曲目の「ブラック・スウェット」と六曲目の「ラヴ」もまさにそう。だがこの二曲ではエレベが全く入っていない。「ラヴ」の方ではバスドラの音がかなりズッシリ来るのでそれで充分だが、「ブラック・スウェット」の方にはそれもなく、完全に低音無視のファンク。こんなのやらないぜ、そこらへんの黒人音楽家は。完全にボトムスをシカトしたファンクなんて成立しないんだからなあ。ところがそれを気持いい感じに聴こえさせる「ブラック・スウェット」のプリンスは、やはり異常な天才だ。
あっ、「ラヴ」の方はやっぱりエレキ・ギターのカッティングがジェイムズ・ブラウンっぽい入り方。かなり控え目の小さな音でしか聴こえない「ロリータ」と違って、「ラヴ」ではやや鮮明に聴こえ少し目立っている。しかし JB そのまんま直系かというと違って、例えば同じく JB 的ギター・カッティングだろうと思う「ハウスクエイク」(1987年『サイン・オ・ザ・タイムズ』)などと比べると、やはり21世紀的同時代性を感じる刻み方だ。
アルバム『3121』にあるファンクの話はこれで全部だから、ここからは特にラテン要素の話をしたい。このアルバムで聴ける最も美しいラテン・ナンバーは、最初に書いたように「テ・アモ・コラソン」だ。このキューバン・ボレーロでありつつ、リズムの感じ(特にスネアのリム・ショット)はボサ・ノーヴァっぽい一曲は、なんど聴いてもウットリとろけてしまうね。なんて美しいんだ。美しすぎるだろう。
プリンスにも多いラテン・ナンバー、というかそもそもアメリカ音楽にはラテン要素が最初の誕生時から濃いわけで、「北米合衆国音楽はラテン音楽の一種である」と、油井正一さん(の自説ではなく、ドイツのジャズ批評家アーネスト・ボーネマンの引用だけど 〜 『ジャズの歴史物語』p. 317) の猿真似をして言いたくなるほどなんだから、プリンスに多くても当然だけど、「テ・アモ・コラソン」はプリンスの全音楽生涯におけるラテン・ナンバー最高傑作じゃないだろうか?
アルバム『3121』にはラテンがもう二つあって、九曲目の「ザ・ワード」とラスト12曲目の「ゲット・オン・ザ・ボート」。後者が誰が聴いても分るビートの効いた鮮明なラテン・ファンクであるのに対し、前者のラテン・ソウル要素は薄いというか軽い。僕が「ザ・ワード」がラテンだなと感じるのはアクースティック・ギターの印象的な使い方とリズム(特にパーカッション)と、シンセサイザーで出している若干管楽器風のリフの入れ方だ。
ところでそれはそうと「ザ・ワード」。曲調、サウンド、リズムは軽いラテン・ソウル風だけど、歌詞の方はメッセージ色が濃く、やや宗教的。はっきり言えば聖書への言及だ。そんなビブリカルなニュアンスを歌いつつ、その雰囲気をそのまま引き継いだようなエレキ・ギター・ソロが入る。『ザ・レインボウ・チルドレン』以後は増えたよね、こんな風な宗教ソングでビブリカルな感じのエレキ・ギター・ソロが聴こえるものがね。だから「ザ・ワード」も和訳すれば「みことば」だ。
アルバム『3121』ラスト12曲目の「ゲット・オン・ザ・ボート」。これはリズムがメチャメチャ派手で賑やかなラテン・ファンク。この曲にだけシーラ・E(はプリンスとなにか深い関係があったのだろうか?私生活で?)が参加してパーカッションを乱打しているのも嬉しい。特に中盤でドラムス(コーラ・コールマン・ダナム)と二名だけでの打楽器オンリー・アンサンブルになるパートがあって、ティンバレスがカンカン鳴っていいなあ。ちょっぴりサルサ風でもある。楽しいったらありゃしない!
「ゲット・オン・ザ・ボート」ではサビに行く直前にプリンスが「ブリッジ!」と叫んでいる。これはこの人の場合ちょっと珍しいんじゃないだろうか?この人はサビのことを「ターナラウンド」(turnaround)と言うことが多く、いろんなアルバムのいろんな箇所で聴ける。笑い話なのだが、ある時のライヴ・ステージでプリンスが「サビへ!」という指示として「ターナラウンド!」と叫ぶと、後ろのキャンディ・ダルファーが勘違いして、クルッと身体を回転させてしまったそうだ。
「ゲット・オン・ザ・ボート」で後半ボスが「メイシオ!」と叫ぶと、そのままやはり彼のサックス・ソロに入る。1960年代から活躍しているサックス奏者なので、2006年というと結構なお歳だったのでは?と思い調べてみると、そうでもないんだなあ。2017年時点でもまだ74歳だ。失礼しました。メイシオのサックス・ソロのあとはラテンなピアノ・ソロ(はプリンス本人)やトランペット・ソロ(はレイ?)もある。その後再びサックス・ソロが聴こえるのはメイシオか?
「ゲット・オン・ザ・ボート」の最終盤でバンド本体の演奏がフェイド・アウト気味に終ったあと(5:52〜)で、小さい音でシンプルでプリミティヴ(に聴こえる)な打楽器だけの演奏に乗って、誰かがスキャットで軽く口ずさんでいる。それも消えてトラックが完全終了するまでの約20秒間は、プリミティヴ・パーカッション+チャント(といっても叫ばずハミングだけ)みたいな感じで、まるでアフリカ音楽か、あるいはそれがルーツになっているニュー・オーリンズのマルディ・グラ・インディアンの音楽のようじゃないか。
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