ジェシ・エドはヴォーカルだっていいんだぞ
タルサ・サウンド 〜 LA スワンプ系の愛好家であれば間違いなく全員好きであろうジェシ・エド・デイヴィス。上掲画像の二枚以外にもう一枚あるけれど、僕はそれを聴いていないので、『ジェシ・デイヴィスの世界』と『ウルル』の話しかできない。ところでこの人の名前 Jesse Davis というのは、アメリカ大衆音楽界において、ジャズ・サックス奏者に同姓同名の人がいる。しかもちょっとだけ活躍しているので、その人と区別するために僕は”エド”のミドル・ネームを必ず付けることにしている。ロック・ファンのみなさんは、ニュー・オーリンズにあるエリス・マルサリス(ウィントンの父)のジャズ・スクールで学んだジェシ・デイヴィスなんて眼中にないだろうが。
ジェシ・エド・デイヴィスの場合、ギターの方の腕前は、いまさら僕がなにか言う必要もないほどみんな褒めているので書かなくてもいいんだろう。上記二枚の自身のリーダー・アルバムを創る前からセッション・マンとして活躍していて、いろんな有名人の有名アルバムで弾いているから、例えばエリック・クラプトンや、あるいはポール・マッカートニーを除く三人のビートルのソロ・アルバムなどのファンのあいだでも名が知られているはず。
しかしジェシ・エドがまず知名度をあげたのは、タジ・マハールに起用されたことでだった。その前から既にロス・アンジェルスに住んで同地で活動していたジェシ・エドは、タジの最初の三枚に起用されてギター(とピアノ)を弾いている。タジ自身がギター名人なわけで、そんな人が起用するわけだからジェシ・エドのギター、特にスライド・プレイは魅力的だったってことだよね。
しかしジェシ・エド、ヴォーカルの方は評判が高くない。上手いというか下手というか味があるというか 〜 みたいな書き方をされていることが多いので、おそらく本音ではみなさんジェシ・エドの歌は下手くそだと思っているということだよね。そうに違いない。黒人ブルーズ〜リズム&ブルーズ〜ソウル系の旨味とコクのある喉を聴き慣れていると、確かにジェシ・エドの歌は褒めようがないだろう。
あるいはアラブ歌謡とかトルコ古典歌謡とかの張りのある強い声で朗々とコブシを廻すヴォーカリストや、アフリカン・ポップスでも良かった頃のサリフ・ケイタやユッスー・ンドゥールみたいな、鋼の声で突き刺すような鋭さと強靭さを兼ね備えているような人や、あるいはそれらなにもかも全て持っていた理想形のようなパキスタンのヌスラット・フェテ・アリ・ハーンや、さらにまた現役ならヌスラットの系譜に連なっているように思えるアゼルバイジャンのゴチャグ・アスカロフ(おそらく現役男性歌手世界最高峰)などなど、そんな歌手たちを聴き慣れていると、ジェシ・エドのあの歌はちょっとねぇ…、となるはず。
しかし北米合衆国にもそれ以外の世界にも、そういう歌い方ではない、まるでブツブツ喋っているような、それも小さい声でうつむいてつぶやくようにボソッと歌う、声を張らずコブシも廻さず、こりゃ下手くそだろうとしか思えないのに大人気の歌手はいっぱいいるじゃないか。
そんな人たちのなかで日本でも最も人気なのは、おそらくチェット・ベイカーとジョアン・ジルベルトだね。この二人は本当に大人気で、しかも評価だって高いじゃないのさ。決して上手くなんかない歌い方だよね、通常の、というか上記のような歌手たちの歌い方が上手いという判断基準だとね。チェットとジョアンは評価も高いということは、あんな歌い方だって「上手い」んだという考えはしっかりあるということだ。カエターノ・ヴェローゾもちょっとそんな感じかな。
いわゆる通称砂漠のブルーズに分類されるバンドのヴォーカリストたちだって、やはり小さな声でボソボソとつぶやくような歌い方で、決して朗々たる発声なんかじゃない。下を向いて独り言を落としているかのような歌い方だよね。肝心なのは、チェット・ベイカーでもジョアン・ジルベルトでもティナリウェンでもタミクレストでも、あの歌い方が表現したい音楽性のなかで必然の一部分になっているってことだね。
彼らの場合みんな、あの歌い方じゃないとあんなノリは出せない。全員男性だから男性歌手で例をあげると、ヌスラットや往時のサリフ・ケイタのような歌い方では、チェットのようなソフトなジャズや、ジョアンのボサ・ノーヴァや、砂漠のブルーズは表現できないもんね。声を張り上げた朗々たる歌い方でやるボサ・ノーヴァや砂漠のブルーズなんてオカシイぞ。
ジェシ・エド・デイヴィスのあの歌い方の場合も、やはりそんな彼の音楽のなかでの必然要素になって活かされているように僕には聴こえる。『ジェシ・デイヴィスの世界』と『ウルル』で聴けるジェシ・エドのヴォーカルで僕がまず一番最初に連想するのは、ニュー・オーリンズの音楽家ドクター・ジョンの歌い方だ。よく似ているんじゃない?
例えば『ジェシ・デイヴィスの世界』一曲目の「リーノー・ストリートの出来事」。これなんか歌い方がドクター・ジョンにそっくりだ。特に一回目に出てくる「り〜の〜すとり〜と」の部分のフレイジングというか、ヴォーカル・メロディの抑揚と、そして中間部のモノローグがドクター・ジョンそっくり。
ドクター・ジョンのどの曲に似ているかは数が多いので、例証をあげるのが面倒くさい。『ガンボ』でもちょっと聴き直してみてほしい。このアルバムは一枚丸ごと YouTube に上がっているので、お持ちでない方は、またお持ちの方でも CD 棚から出すのが面倒くさい、あるいはいま自室ではないところにいるというそこのあなた、是非。
ジェシ・エドの場合、僕が聴いている二枚のソロ・アルバム自体の創りも、同時期1970年代初頭頃のドクター・ジョンの作品とよく似ている。探していないが、きっとそういうことを書いている文章が、紙でもネットでもいくつも見つかるんじゃないかという気がする。というのはあの頃のドクター・ジョンもロス・アンジェルスに住んでいて、そこを拠点に活動していたもんね。
ニュー・オーリンズ(出身)の音楽家だから、どうもこのあたりのドクター・ジョンの活動と音楽性がイマイチ理解されていないかもしれないよね。彼がニュー・オーリンズ音楽の継承者という側面を強く打ち出すようになったのは1972年の『ガンボ』以後であって、その録音だってロス・アンジェルスで行われているし、それで評価を打ち立てるまでは、ロスのセッション・マンとして活躍したファースト・コールだった。
こういうニュー・オーリンズと LA スワンプとの関係について書きはじめると長くなってしまうのでやめておいて、ジェシ・エド・デイヴィスで僕が聴いている二枚のソロ・アルバムだって、LA スワンプ名盤でありながら、というかそうだからこそ必然的に、ニュー・オーリンズ的南部感覚がはっきりと聴き取れる。
実際、二枚目の『ウルル』にはマック・レベナックが参加してピアノとオルガンを弾いているみたいだよ。といっても CD パッケージやブックレットのどこにも、ドクター・ジョンに限らず全員の参加ミュージシャンのクレジットがない。二枚ともそうだ。これはちょっと残念だなあ。ネットで調べてもどうも判然としない。
例えば一枚目の『ジェシ・デイヴィスの世界』にはエリック・クラプトンが参加してギターを弾いているらしいんだが、どの曲のどこで弾いているのか分らない。クラプトンのギター・スタイルくらい超有名人なんだから聴き分けられるだろう?と言われそうだが、ただでさえ僕はヘボ耳の持主である上、ジェシ・エドだってギターすごく上手いんだからなあ。
このギターは、ピアノはいいなあと思っても、そのへんのことが『ジェシ・デイヴィスの世界』と『ウルル』では分らないんだ。残念。がまあ、例えば二枚とも聴こえるピアノはニュー・オーリンズ・スタイルの、コロコロ転がりながら跳ねるものである場合が多い。それは『ウルル』ではドクター・ジョンかもしれない(がそれ以外のピアニストもいるようだ、例えばリオン・ラッセルも)が、『ジェシ・デイヴィスの世界』では誰なんだろうなあ?そっちにもリオンが参加はしているようだが?
ただ、これだけはリオン・ラッセルのピアノだろうと確信できるのが『ウルル』A 面五曲目の「マイ・キャプテン」。これは間違いなくリオンのスタイルだし、それにそもそもこの曲題と歌詞のなかに出てくる「僕のキャプテン」とはリオンのことだろうから。
『ウルル』でちょっと面白いのは、B 面二曲目の「オー!スザナ」だね。もちろんスティーヴン・フォスターが書いたあの超有名スタンダード曲だ。これが完璧なる LAスワンプ・ロック仕立てになっていていいんだよね。さながらスワンプ風ミンストレル・ソング。このストンと落ちてハマるドラミングはジム・ケルトナーのスタイルだろう。
ところでこの「オー!スザナ」。ネット情報にはジェシ・エドのオリジナルとなっているものがあったりするし、また僕の持つ『ウルル』日本盤 CD の曲目一覧では Trad. となっているんだなあ。こりゃひどいね。スティーヴン・フォスターの書いた曲だってば!フォスターについては僕も以前一度詳しく書いた。
まあおそらくフォスターの書いた有名曲はそこまでスタンダード化していて、トラディショナルだとか書かれるほどアメリカでも日本でも人口に膾炙しているということなんだと、僕もなんとなく納得するしかないんだろうと、ひとりごつことにしようっと。
ジェシ・エドのギターのことはほぼなにも書かなかったが、それにかんしては上でも指摘したようにみなさんが言っているので、僕がいまさら書くことなんてない。旨味を出せる名人、この一言で充分だろう。
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