オレのモージョーが効いてるぜ
ブルーズ・ファンのみなさんにはお馴染のモージョー・ハンド。この言葉を最初にレコード吹込みしたのは、僕の知る限りでは女性ブルーズ歌手アイダ・コックスだ。「モージョー・ハンド・ブルーズ」というもので、1927年7月シカゴにおけるパラマウント録音。
アイダ・コックスはもちろん例のジャズ・バンドやピアノの伴奏でやる1920年代の都会派女性ブルーズ歌手の一人。この「モージョー・ハンド・ブルーズ」もピアノ一台の伴奏で歌っている。アイダは当時は人気も評価も高く、「ブルーズの無冠の女王」とまで呼ばれたにもかかわらず、いまではマトモな CD 全集がないという体たらく。ああいった女性ブルーズ歌手を本家筋がコンプリート・リイシューしているのって、ベシー・スミスだけだもんなあ。
僕が聴いている範囲では、この次にモージョー・ハンドを歌ったのが、以前エディ・ラング関連で書いたブルーズ歌手テキサス・アレクサンダーで、1928年11月20日録音。伴奏がコルネットのキング・オリヴァーとギターのエディ・ラングで…、と以前の時と同じ音源を貼ろうとしたら、YouTube のそれはいまや再生不可じゃないか。残念だ。
しかしながら、このモージョー・ハンドという言葉を有名にしたのが、やはり戦後シカゴで大活躍したマディ・ウォーターズであることに間違いはないんだろう。マディはまず1950年10月23日録音の「ルイジアナ・ブルーズ」でこの言葉を歌詞のなかに歌い込んでいる。自身のギターとリトル・ウォルターのハーモニカ、ビッグ・クロウフォードのウッド・ベース、エルガ・エドモンズのドラムスという編成。
この録音の次にマディがこの言葉を使ったのが、あまりにも有名な「アイム・ユア・フーチー・クーチー・マン」。1954年1月7日録音で、オーティス・スパンのピアノ、ジミー・ロジャーズのギター、エルガ・エドモンズのドラムス編成。この頃になると、マディの電化バンド・ブルーズは完璧なかたちをしている。この曲の場合「モージョー」だけで「ハンド」という言葉はない。その代わりジョン・ザ・カンカルーなどその他いろいろ出てくる。
マディによるこの次が、数年後からライヴでの定番になる「ガット・マイ・モージョー・ワーキング」で、1957年1月録音。やはりリトル・ウォルター(といっても当時のバンドのレギュラー・ハーピストはジェイムズ・コットンだったのだが、なぜかこの日だけウォルター)、オーティス・スパンのピアノ、パット・ヘアとヒューバート・サムリンのギター、ウィリー・ディクスンのベース、フランシス・クレイ(じゃないというデータもある)ドラムス。強烈にモダンなフィーリングで、いいなあこれ。
マディの言う「ガット・マイ・モージョー・ワーキング」とは、オレのモージョーが効いてるぜ、すなわち(性的な意味で)女を虜にしているぜ、というくらいの意味なんだろう。マディにはこういったセクシャルなマチスモ、というかオトコ自慢みたいな歌詞や曲題が実に多いよなあ。端的に言えば卑猥だが、「音楽なんてエロくないワケがない(ので「マカーム・エモーション」という自ら考案したセミナー名がエロいものだと受け取られても仕方ないのか?)」と、つい数日前にアラブ・ヴァイオリニストの及川景子さんもおっしゃっていた。
そしてこの「ガット・マイ・モージョー・ワーキング」が有名になるのは、マディがこの曲をライヴ・ステージの締めくくり定番にしてからに違いない。録音が残っているなかで一番早いのが1960年7月3日、ニューポート・ジャズ・フェスティヴァルでのもの。『マディ・ウォーターズ・アット・ニューポート 1960』に収録されている。
どうしてなんだか僕は知らないが、このニューポートのライヴ盤での「ガット・マイ・モージョー・ワーキング」は、パート1とパート2の二回演奏。たぶんこれに倣ったのであろう、1969年の『ファーザーズ・アンド・サンズ』収録のライヴ音源でも同じだよねえ。ホントどうして分けたんだろう?
マディのライヴ音源で「ガット・マイ・モージョー・ワーキング」が聴けるものは、上記二つが有名だろう。やはり音源を貼ってご紹介しておこう。まず1960年のニューポート・ライヴから。パート1とパート2の連続動画でアップされている。動くのが残っているなんて、僕、いままで知りませんでした。マディの動き、テンション高いなあ。
この1960年ニューポート・ライヴの際のマディ・バンドは、ジェイムズ・コットン(ハープ)、オーティス・スパン(ピアノ)、パット・ヘア(ギター)、アンドリュー・スティーヴンスン(ベース)、フランシス・クレイ(ドラムス)という編成。
そして『ファーザーズ・アンド・サンズ』収録の1969年4月24日録音「ガット・マイ・モージョー・ワーキング」はこちら。
みなさんご存知の通り、『ファーザーズ・アンド・サンズ』は白人ブルーズ・ロック勢との共演盤で、いま貼った音源も、ピアノのオーティス・スパンとドラムスのサム・レイ以外は全員白人。ポール・バタフィールド(ハープ)、マイケル・ブルームフィールド(ギター)、ポール・アシュベル(ギター)、ドナルド・ダック・ダン(ベース)という編成で、アルバム収録のスタジオ録音とライヴ録音の両方をやっている。
といっても、上で貼った『ファーザーズ・アンド・サンズ』収録の「ガット・マイ・モージョー・ワーキング」では、パート2の方で、ドラマーだけがバディ・マイルズに交代している。叩き方が、まあバディもいちおうサム・レイのスタイルを真似ているものの、やはり微妙に異なっているのを聴き取っていただけるはずだ。まだジミ・ヘンドリクスのバンドに参加する前だ。
マディがライヴでの締めくくりにこの「ガット・マイ・モージョー・ワーキング」を使うのはいつものことだったので、探せばたくさん見つかりそうだが、上記二つ以外で僕が持っているのは一つだけ。それは2009年にリリースされた1966年11月4〜6日のライヴ音源で、『オーソライズド・ブートレグ〜マディ・ウォーターズ・ライヴ/フィルモア・オーディトリアム - サン・フランシスコ、CA』という一枚。
この『オーソライズド・ブートレグ』というのは、同名でシリーズみたいにしていろんな音楽家のライヴが出ているけれど、どれも中身のいい蔵出し音源だ。タイトルからして以前からブートレグで流通していたものを公式化したものなんだろうか?マイルズ・デイヴィス関係のブート盤以外ほぼ買ったことのない僕には分らないが、マディのこの1966年ライヴ、かなりいいぞ。
『オーソライズド・ブートレグ』収録の「ガット・マイ・モージョー・ワーキング」は11月5日録音。やはりラスト・ナンバーだったようで、終演後にバンド・メンバーをマディ自身が一人一人紹介している。ジョージ・スミス(ハーモニカ)、ルーサー・ジョンスン&サミー・ロウホーン(ギター)、マック・アーノルド(ベース)、フランシス・クレイ(ドラムス)。マディはやはりヴォーカルに専念。
この1966年フィルモアでの「ガット・マイ・モージョー・ワーキング」は2パートに分れていない約四分間。しかも録音だっていいんだなあ。僕が持っている三種類のマディのライヴ・ヴァージョンでは、疑いなく一番いい。バンドの疾走するグルーヴ感と迫力も素晴らしい。ジョージ・スミスのアンプリファイド・ハープなんか絶品だ。ただしテンポの速さと演奏スタイルのせいで、ノリのディープさは少し薄くなっている。
マディがやって有名定番ブルーズ・スタンダードになった「ガット・マイ・モージョー・ワーキング」は、本当にスタンダード化したのでカヴァーしている音楽家が多く、到底とりあげてなどいられないのでやめておこう。ほんのちょっと名前だけを出すと、ブルーズ・メンではジェイムズ・コットン、ロバート・Jr ・ロックウッドなど大勢、ロッカーではポール・バタフィールド・ブルーズ・バンド、エルヴィス・プレスリーなどこれまた大勢。
最後にちょっとした変わり種をご紹介しておこう。それはニュー・オーリンズ音楽の巨人プロフェッサー・ロングヘアがやる「ガット・マイ・モージョー・ワーキンング」だ。フェスはライヴでよくこの曲をやっていたらしいのだが、公式盤収録は、僕の知る限り、遺作になった二枚組ライヴ盤『ザ・ラスト・マルディ・グラ』だけ。1978年2月、地元ニュー・オーリンズにあった自らの拠点ティピティーナ・クラブでのライヴ収録。
フリーキーなテナー・サックス・ソロもなかなかいいフェスのこの「ガット・マイ・モージョー・ハンド」。しかし「ルイジアナへ行ってモージョー・ハンドを手に入れるぞ」などと言ったって、フェスはニュー・オーリンズの人間で、しかも現地でのライヴでそう歌うのもなんかちょっと妙だよなあ。(マッキンリー・)モーガンフィールドの名前を作者としてクレジットしているが、しかし歌詞もメロディもさほどの強い関係はないようだ。だってそれらどっちも、おそらくはニュー・オーリンズを含むアメリカ南部に古くから存在する伝承ものじゃいかと思うからだ。
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