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2017/05/02

1950年代インドネシアのフィーリン風ジャズ

Iramajazz









部屋のなかでただダラダラ流しているだけで心地良い一枚『イラマ・ジャズ』。くつろいでリラックスできて、僕は下戸だから美味しいコーヒーを自分で淹れたものを飲みながら、集中して耳を傾けるでもなくなんとなく聴きながら夜のひとときを過ごす 〜 そんなときにこれ以上ピッタリくる一枚も少ない。これはいわばラウンジ・ジャズだ。

ラウンジ・ジャズとか言うと、ハードでシビアなゴリゴリのジャズがお好きなジャズ・ファンの方々は100%間違いなく心の底からバカにして軽蔑している。僕は苛烈で身を削るような演奏だって大好きだけど、みなさんいつもいつもそんな音楽ばかりお聴きなんだろうか?疲れてしまってしんどいに違いないから、立場上、好きだとは恥ずかしくて公言しないだけで、結構スムースでリラクシングな音楽も聴いているはずだ。

最近の僕はそんな嗜好を隠さなくなっているけれど、現在55歳で、もはやそんな格好をつけたり恥ずかしがったり他人の目線を気にしたりなどする余裕がほぼなくなってきているせいなのかもしれない。まぁ恥ずかしいなんて感情が湧くようであれば、毎日毎日こうやって欠かさず文章を書いてはブログにアップするなんてできないはずだよね。おかしなことばかり書いているわけだからさ。

そんなわけでエル・スールで買って以来、くつろぎたい気分の時にはよく聴く『イラマ・ジャズ』。1950年代のインドネシアはジャカルタにあったイラマ・レコードに残された SP 音源の復刻盤コンピレイションのようだ。リリースしているのは Polka Dot Disc。日本人がやっている(?)日本のレーベル(?)みたい。この Polka Dot Disc が何枚出しているのか知らないが、僕がエル・スールで買って持っているのは全部で三枚。

一つが今日書いている『イラマ・ジャズ』。一つがやはり編集盤の『ラグ・ラグ・メラユ・ノスタルジア、マレイシアン・ヴィンテージ・ミュージック・イン・ジ・アーリー・60s』 。一つが西ジャワの女性歌手ウピット・サリマナの『ポップ・スンダ』。三枚ともペラ紙一枚を折りたたんだだけのもので裸のディスクを挟んであるのみ。中身の音楽は三枚ともいい。今日は『イラマ・ジャズの話だけになるけれど、そのうち他の二枚の話もしようっと。

さて、インドネシアのジャズというとむかしからレヴェルが高く、東南アジア地域では日本と並んで腕利きジャズ演奏家がたくさんいるのはジャズ・ファンのみなさんならご存知の通り。インドネシア国外で活躍した人だっているし、またジャズだけでなく、インドネシアのポピュラー・ミュージックは、たぶん日本のものより面白くチャーミングで、そしておそろしく高度に洗練されている。

それなのに、インドネシアの音楽を、米英日以外の世界の地域のポピュラー・ミュージック、例えばラテン音楽やアフリカ音楽やマグレブ音楽(もある意味アフリカ音楽でしょ)や西アジアのムスリム系音楽ほどは熱心に聴いてこなかった僕。やっぱりどうかしているよなあ。音楽だけでなく東南アジア地域に対するひどい偏見があるんでしょ?と指摘されても、返す言葉がない。

だから無知な僕にも可能な範囲で少しずつ書いているんだけど、今日話題にしている『イラマ・ジャズ』を聴くと、1950年代の録音というにしては、ジャズの本場アメリカの同時代と比較すれば断然レトロだと言える。今日この場合のレトロ(・ジャズ)とは褒め言葉だ。僕の場合、アメリカでビ・バップが勃興する前までの古典ジャズ、すなわち現代的視点からはレトロなジャズの方が好きなわけだから。

ただこう書くと「レトロ」という言葉の使い方がオカシイね。レトロ(スペクティヴ)とは、あくまで現在地点から振り返ってむかしの、という意味だから、1950年代あたり以後からの時代に(アメリカを含む)各国で演奏されたディキシーランド・ジャズやスウィング・ジャズについては当てはまるけれど、1910〜30年代のアメリカ本国のそういったジャズそのものは時代の最先端だ。それ自体は決してレトロ・ミュージックではない。

だけれども、まあだいたいどんなような音楽が『イラマ・ジャズ』という CD-R アルバムで聴けるのか、雑な説明としてレトロ・ジャズと書いたのだ。つまりあくまで(『イラマ・ジャズ』収録曲が録音された時期の)1950年代のアメリカ本国の視点からのレトロという意味。収録曲の演奏スタイルは、アメリカの1930年代後期風スウィング・コンボ・スタイルだ。僕が最も愛好する音楽スタイルの一つなんだよね。

つまり『イラマ・ジャズ』収録の全23曲に、(アメリカなら)ビ・バップ以後のスタイルに聴こえるようなものは一つもなく、インストルメンタル・ナンバーもない。23曲全てヴォーカリストがいて、軽くてソフトな、そして若干のインドネシア風味も(それは演奏にもある)漂わせながらスムースに歌っている。まるで高級ホテルのラウンジで気分を楽にゆったりして、僕も下戸じゃなければワインとかブランデーなどのグラスを傾けたい 〜 そんな一枚の CD-R。

『イラマ・ジャズ』というアルバムについてなにか情報がないかとネット検索しても、僕が買ったエル・スールのページ(http://elsurrecords.com/2014/12/30/v-a-irama-jazz/)と、あとはアオラのページ(http://www.ahora-tyo.com/detail/item.php?iid=14695)しか出ない。実はもう一個出てくるが、それはちょっとこんな具合なので。
このページがなんなのか、Polka Dot Disc と関係ありそうななさそうな?全く分らないが、一番カチンと来るのが「辺境音楽発掘布教」と書いてある部分だ。これはちょっとなあ。米英欧日以外のものを辺境音楽と呼ぶのが一番頭に来る人間が、僕を含めたくさんいるのは説明不要だから繰返さないが、う〜ん、どうなんだ?これ?

ただこのカチンと来るページの記載にも納得できるフレーズはあって、それは『イラマ・ジャズ』を「キューバのフィーリンものにも類似するトロケる感覚満点」だと形容してある部分。この部分には僕も100%納得し同意する。まさに『イラマ・ジャズ』は1950年代のインドネシアで録音されたフィーリン・ジャズなのだ。

『イラマ・ジャズ』収録曲がフィーリン・ジャズだというのは、やはり主にヴォーカリストの歌い方に僕は感じる。コブシ(メリスマ)もヴィブラートも一切なし、難しく細かいフレイジングもほぼなし。曲のわりと軽くて甘美な旋律を極めてスムースに柔らかくストレートに歌っている。これはそういう歌手たちだったということか、あるいはそんな曲が書かれたということか、はたまた大半の曲で録音でリーダーシップをとっているニック・ママヒットの志向なのかは分らない。

ニック・ママヒットはピアニスト(上掲ジャケット画像一番右)で、当時のジャカルタではジャズ・シーンの中心人物だったらしい。ピアニストのニックがトリオ編成でやったイラマ・トリオ、イラマ・スペシャル・トリオ、ギター or サックスをくわえたイラマ・カルテット 〜 この三つが『イラマ・ジャズ』収録曲の伴奏では最も数が多い。なかでもトリオ編成が歌手の伴奏をしているのが多い。

ヴォーカリストのなかでは、女性のラトナ(上掲ジャケット画像一番左)が最もたくさん歌っているし、実際一番チャーミングな歌手のように聴こえる。優しく柔らかい歌い口のジャズ・ヴォーカリストで、普段は厳しく濃ゆ〜い感じのアメリカ黒人歌手ばかり聴いている僕でも、ときどきこういうラトナみたいな歌手がいいなあ。ご紹介したくて YouTube で探してもちっとも見当たらないので、二曲だけ自分でアップロードしちゃった。二つともキューバのフィーリン風な要素を聴きとっていただけるはず。

『イラマ・ジャズ』収録曲で、ラトナがイラマ・カルテットをバックに歌うもので、一つだけ既にアップロードされていたものがあって、16曲目の「Ajo Mama」。これはまるで1940年代のナット・キング・コールが(トリオではなく)カルテット編成でやって、その上にジャイヴ・ヴォーカル・グループが乗っかったみたいな一曲だ。いいなあ、これ。リラクシングだ。
ラトナにこだわると(いや、他の歌手もチャーミングだが、総花的になるのを避けたいだけ)『イラマ・ジャズ』八曲目の「Rindu」もかなり面白い。伴奏はイラマ・トリオ。これもアップロードされていないので僕が自分で上げたが、セバスティアン・イラディエールが書いた「ラ・パローマ」のパターンじゃないか。しかもギターはちょっぴりハワイアン・テイスト。

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