妙なブルーズの吹き方をするマイルズ
1981年復帰後のマイルズ・デイヴィスは、82年夏頃からのライヴ・ステージで毎回必ず12小節定型のスロー・ブルーズ・ナンバーを演奏していた。91年に亡くなるまでこれはほぼ例外がない。公式なスタジオ録音では83年リリースの『スター・ピープル』と次作84年の『ディコイ』に一つずつあるだけだが、ライヴでは常にやっていたので、録音数がメチャメチャ多い。
といっても大半がブートレグ音源で、ブートの話は必要と判断できる場合以外では避けているというのが僕の姿勢なので、今日も公式に入手可能なものだけに限定したい。すると、1981年復帰後のマイルズがライヴでやるストレート・ブルーズ音源は、全部でたったの10個しかない。収録アルバムは二つだけ。一枚物『ライヴ・アラウンド・ザ・ワールド』と20枚組『ザ・コンプリート・マイルス・デイヴィス・アット・モントルー 1973-1991』。
後者の20枚組モントルー・ボックスでは、1984年から91年まで毎年のステージでのブルーズ演奏が収録されている。87年は出演じたいがない。これで計九個。もう一個の『ライヴ・アラウンド・ザ・ワールド』収録のものは1988年8月14日のロス・アンジェルス公演。これは同88年のモントルー出演(は全て七月)の約一ヶ月後にあたる。
それら十個を並べて聴くと、まず曲題が1985年までは「スター・ピープル」だったのが、86年以後は全部「ニュー・ブルーズ」になっている(これは公式盤だけで、ブート盤だといつまでも「スター・ピープル」のまま)。これはしかし単にリリースにあたってのプロデューサーやワーナー側の気まぐれみたいなもので曲題だけ変えたというのではない。演奏内容に明らかな違いがあるのだ。
それは一点のみ。「スター・ピープル」になっている1985年までのストレート・ブルーズでは、バック・バンドもマイルズも、全体の12小節の1小節目からごく当たり前に演奏をはじめ、そのまま普通にブルーズを演奏して、終了時にはこれまた普通に I 度に解決してめでたく演奏が止まる。つまりなんでもない普通の定型ブルーズ演奏だ。
ところが曲題が「ニュー・ブルーズ」になる1986年分からは、全体的にはやはり同じ12小節の定型ブルーズであるにもかかわらず、演奏は1小節目からはじまっていない。86年だと、まずマイルズが1小節目にあたるトニックの音を吹くのだが、ベーシスト(フェントン・クルーズ)がいきなり5小節目へ飛ぶ。マイルズもそこから演奏をはじめているのだ。フィーリングがスローでレイジーなブルーズだし、誰だって三小節も聴けばブルーズだよなと分るものだが、うっかりすると、いま12小節全体のどこをやっているのか、分りにくくなってしまうのだ。
そして1986年のモントルーではギターがロベン・フォードで、「ニュー・ブルーズ」ではマイルズの次に二番手で上手いソロを弾くのだが、マイルズからロベンへの受け渡しのタイミングがこりゃまたちょっと妙。マイルズは4小節目まで吹いてロベンにバトン・タッチし、ロベンは5小節目からギター・ソロを弾きはじめる。
ってことは、マイルズのなかでは1〜12小節でワン・コーラスではなく、5〜12〜4小節という巡りでワン・コーラスという感じで「ニュー・ブルーズ」をやっていて、自分以外にソロをとるサイド・メンにも同様にやらせていたってことだろうなあ。ヘンなの。1986年のモントルー「ニュー・ブルーズ」では、二番手のロベンのソロ終了が、この曲全体の終了になっているが、それは12小節目の I 度ではない。やはり4小節目で終わっているんだよね。やっぱりヘンだ。
この後、1987年の「ニュー・ブルーズ」は公式収録がないので話はせず、七月のモントルーのと八月のロス・アンジェルスのと二種類ある88年。どっちもベースのベニー・リートヴェルド(は確かいまサンタナ・バンドでやっているのかな)が無伴奏でブルージーな、しかしごく当たり前のラインを弾きはじめ、それは1小節目から普通にやっている。ちなみにベニーはいつもピックでエレベを弾くというのが、CD になった音だけ聴いてもクッキリ分る(し、僕は生現場でも確認した)。
しかし1小節目から普通に弾きはじめるベニー・リートヴェルドのエレベを聴きながらマイルズは、今度は5小節目からではなく、七月のモントルーでは4小節目の終りあたりで、八月のロス・アンジェルスでは3小節目の途中あたりから入ってきてトランペット・ソロになっている。だから12小節全体の流れが乱されてひっくり返っているようなフィーリングで、しかし強烈にブルージーではあって、しかしこれ、ブルーズを聴きなれない人だと「どうなってんの?」と思うかもなあ。
しかし1988年の場合、4小節目の終りとか3小節目の途中から吹きはじめてはいるが、二つとも自分のトランペット・ソロは普通に12小節目で終えて、どっちも二番手でソロをとるリード・ベーシスト(ギタリスト)のフォーリーに渡している。フォーリーは普通に1小節目から弾きはじめ、そのまま曲全体も12小節目の I 度に解決して大団円。無事に綺麗にブルーズとして終るのだ。しかも88年はそのラストがいかにもブルーズの演奏終了時のクリシェ的フレーズで締めくくっている。
こんな感じのマイルズ「ニュー・ブルーズ」が、1989〜91年までの三年間の三種類でも続いていて、マイルズは絶対に1小節目から吹きはじめない。3/4/5小節目のどこかから入ってくることばかりで、公式収録だと三つしかないが、その他相当な数があるブート盤でたくさん聴いても同じやり方なのだ。だからかなりのブルーズ愛好家を自認する僕でも、ボーッとしている気分のときは「あれっ?いまどこ?」となってしまうのだ。
もちろんマイルズは故意にこんなことを1986年以後やるようになった。定型ブルーズの12小節全体の妙な箇所から入ってきて、もろろんプロ演奏家であるバンド・メンは普通に問題なく続けているが、素人うっかりリスナーの聴き方を乱すような「ニュー・ブルーズ」をやりはじめたのだ。
どこで読んだのか忘れてしまって、現物の証拠がいま手許にないので記憶だけで書くが、こんな妙な入り方のブルーズ演奏をどうしてやっているのかとインタヴューで聞かれたマイルズは、確か「バードがよくやっていたんだ」と発言していたように思う。バード、すなわちチャーリー・パーカーが、マイルズの言うにはライヴ・ステージで、12小節の途中から吹きはじめて、終る時も真ん中で終わってしまい、二番手のマイルズに渡すなんてことがよくあったらしいのだ。
当時(1940年代後半)のマイルズはそれにちょっと面食らって、一瞬だけええ〜っといまどこだっけ?と、ピアニストかベーシストを聴いて確認してからトランペット・ソロを吹きはじめるなどということがあったんだそうだ。それを思い出して、自分のバンドの1986年のライヴから真似しはじめたってことかなあ。でも86年以後だと、二番手以後のソロイストは、誰一人戸惑っている風にも聴こえず、なんでもなく普通にやっている。
だからなんなの?というような、まあどうでもいい話だけどね、今日のこの文章は。僕が単なるブルーズ愛好家としてこだわってしまっているだけのことだ。マイルズのやるライヴでの「スター・ピーピル」や「ニュー・ブルーズ」にかんしては、他にもいろいろと面白い部分が聴きとれるように思うので、またそのうち書いてみようと思っている。
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