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2017/05/19

マイルズとモンク

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あと一歩で MJQ +マイルズ・デイヴィスになることができた1954年12月24日のプレスティジ・セッション。ピアノだけがセロニアス・モンクなので、この夢の組み合わせは叶わなかった。『ソニー・ロリンズ・ウィズ・モダン・ジャズ・カルテット』みたいな名盤もあるんだし、惜しいところだったよなあ。マイルズも音楽性は案外(でもないが)白いところがあるから、MJQ との相性は良かったはずだ。『マイルズ・デイヴィス・ウィズ・モダン・ジャズ・カルテット』みたいな作品を聴いてみたかったような気が、ちょっとだけする。

1954年12月24日のプレスティジ・レコーディング・セッションでマイルズ+ MJQ が実現しなかったのは、ピアノのジョン・ルイスが、レーベルのオーナー兼プロデューサーのボブ・ワインストックのお気に入りではなかったかららしい(がそれが本当かどうか僕は知らないし、確かめる気もない)。とにかくピアノはジョン・ルイスではなくセロニアス・モンクになって、ヴァイブラフォンとベースとドラムスは MJQ そのままのミルト・ジャクスン、パーシー・ヒース、ケニー・クラーク(が初代 MJQ ドラマー)。

この日はクリスマス・イヴだったので、俗にマイルズとモンクによるクリスマスの喧嘩セッションなどと言われたりもしたが、ぜ〜んぜん(フィジカルな意味ではもちろん)喧嘩なんかしていない、口論すらしていないというのは、いまでは全員知っているという、こっちも既に定説だ。モンクの発言は読んだことがないのだが、マイルズ本人と、その場にいたミルト・ジャクスンもはっきりと否定している。

もちろん音楽家本人の証言なんてアテになんかなりはしない。喧嘩していても「やってないよ」と言う可能性はあるが、マイルズとモンクの場合は、肝心の「音」そのものを聴いて、さらにマイルズの音楽キャリアの前後を見渡せば、「絶対に」モンクと喧嘩したとか、好きじゃないとか気に入らないとか、そんなことはありえないというのが分るはず。だいたい、アクースティック・ジャズ時代のマイルズ最大の得意レパートリーの一つがモンクの書いた「ラウンド・ミッドナイト」で、チック・コリアがフェンダー・ローズを弾く電化後の1969年のライヴでもなんども演奏しているもんね。

その他マイルズのレパートリーにはモンクのオリジナル・コンポジションが複数ある。結構なお気に入りだったようだ。ただ、マイルズが好きだったモンクはあくまで面白い曲を書く作曲家としてであって、いちピアノ演奏家としてはあまり買っていなかったかもしれない。それが1954年のクリスマス・セッションに出てしまっただけのことだ。

マイルズ本人の言葉を正確に引用すると、モンクの曲である「ベムシャ・スウィング」以外の演奏では「lay out」してくれと言った。もっとしっかりマイルズ自叙伝から引用すると「I had him lay out while I was playing on 'Bags' Groove.’ 」となっている。また「My asking him to lay out had something to do with music, not friendship. He used to tell cats to lay out himself.」とも言っている(「言っている」というのは、あの自叙伝はマイルズが書いたのではなく、本人がしゃべった内容をクインシー・トゥループが文字起こしした)。

この1954年12月24日のセッションで最初に演奏されたのはミルト・ジャクスンの書いた「バグズ・グルーヴ」だったので、まず「バグズ・グルーヴ」の演奏に際し「lay out」してくれと言い、その後の「スウィング・スプリング」「ザ・マン・アイ・ラヴ」でも同じことを要求したのだろう。「ベムシャ・スウィング」だけはモンクの曲だから、ボスであるとはいえマイルズも遠慮したと。

この場合の lay out とは外へ置くという意味で、自分が吹いているあいだはモンクには外に置いてあってほしい、したがってモンクにピアノを「弾かないでくれ」という意味になる。意地悪な訳し方をすると「出ていってくれ」とでもなるような lay out だが、あくまでマイルズの場合は、上でも引用したように音楽的な意味でしか言っていない。

問題はそんないまや誰でも知っている常識なんかのことではない。マイルズはどうして自分のソロのあいだはモンクにピアノを弾かないでくれと指示したのかということだよね。これについてはいままで二説ある。一つは、モンクのピアノはタイム感がちょっぴり後ろにズレて引きずられるような感じで、そんな伴奏だとトランペットを吹く自分まで引っ張られそうになって困るというもの。もう一つは、モンクの弾く和音のヴォイシングがしっくり来なかったと感じたからだというもの。

この最大の問題点にかんしては、マイルズ本人の証言が上記二種類残っていて、さらにほかの誰の証言もないので、推測するしかないのだが、僕の聴くところ(って、またまたいつも通りの僕自身の極めていい加減なテキトー耳判断になってしまうが)、後者、すなわちマイルズがモンクのコード・ヴォイシングを嫌ったというのは、ちょっと信じがたいような気がする。そもそもマイルズはピアノ(その他鍵盤楽器)みたいな、僕がいつも繰返すように和音的束縛感の強い楽器が大好きで、ガチガチに固めた和音を弾かせて、その上でトランペットを吹くというのがいつものやり方なんだよね。

モンクの場合、「普通の」コード・ヴォイシングではなく、音をしばしば抜いて省略したり、あまりくわえない音程のものを一つ二つ足したりなどして、ちょっと妙な構成の和音を弾く場合も多い。しかしそれをマイルズが嫌ったのだとは、僕にはちょっと思えない。モンクのあんな和音の使い方なら、かえって空間的自由が生まれるから、吹きやすくなるはずだ。それにあるアメリカ人ジャズ専門ライターさんは、マイルズの水平的メロディ展開とモンクの垂直的和音構成との相性が悪かったなどと書いているが、これには笑ってしまう。

和音なんて垂直的以外のものがあるのか?五線譜に書けばまさに縦に音符が並ぶのが和音じゃないか。横に並べたらそれは和音じゃないぞ。それにモンクのコード・ヴォイシングは、それでもやはり水平的だと聴こえるような部分があるもんね。西洋クラシック音楽的なカッチリした和音ではなく、横に広げやすいようなトーナリティを暗示している。ってことはだ、マイルズが元から好きな水平的メロディ展開、すなわちその後のモーダルな演奏法に通じるような要素だってあるように僕には聴こえる。それにモンクは、実を言うと和音はあまりたくさん弾かない。誰かのソロの背後でも、シングル・トーン中心で伴奏することが多い。

だから1954年12月24日のレコーディング・セッションでマイルズがモンクに「lay out」してくれと指示したのは、上でご紹介したもう一つの説、すなわりリズム感の問題だったんじゃないかと僕は考えている。そしてこちらは音源そのものを聴いたらそこそこ納得できるもんね。モンクの弾き方はやはりちょっとタイム感が後ろに微妙に、本当にかすかに微妙なものだが、ズレている。ズルズルと後退していくのではなく(そんな奴はプロにはなれない)、一音一音ごとにほんの一瞬だけ、そのたびに遅れるんだよね。一秒もない程度の本当に極小な差異だが。

それはこの日にまず演奏された「バグズ・グルーヴ」の二つのテイクを聴いても実感できる。一番手のマイルズのソロのあいだは確かに指示通りモンクは全く弾かないが、二番手である作曲者のヴァイブラフォン・ソロのあいだのモンクのバッキングを聴いてほしい。モンクの弾く伴奏はピシャッと適切なタイミングで入らず、何分音符なんだか分らないようなタイミングで弾かれている。1954年だとミルト・ジャクスンは完璧な演奏家だし自作曲だし(といってのただの12小節の定型ブルーズ)から問題なくやっているが、マイルズはまだそれほどでもない演奏家だったもんね。

「バグズ・グルーヴ」
書いたようにこれは12小節の定型ブルーズだから、マイルズはきっとグルーヴィにやりかったに違いない。そのためには、まあ確かにモンクの弾く和音その他伴奏がブルージーじゃないというのもあったかもしれないが、無にしてしまった方がさらにもっと抽象度が増して、ブルージーさからもっと遠ざかる。なんらかのピアノ和音を配置した方がよかったはずだ。それなのに除外したのは、微妙に後ろにずれるモンクのピアノ伴奏でタイム感が悪くなって、自分のトランペット・ソロまでリズミカルでなくなってグルーヴィさを欠くことになるのを懸念したんじゃないかなあ。

一言で言えばモンクのピアノ伴奏法は(ごく通常の意味で)スウィンギーじゃないのだ。翌年あたりにファースト・レギュラー・クインテットをマイルズが結成する際に起用したピアニストはレッド・ガーランドみたいな人物だもんね。

しかしこう書くと、全くブルーズじゃない他の曲の演奏でも、この1954年12月24日では、やはりマイルズはソロの伴奏をモンクにやらせていないのが不思議じゃないかということになるよねえ。でも「バグズ・グルーヴ」の二つのテイクと違って、例えば「ザ・マン・アイ・ラヴ」の二つのテイクでは、テーマ吹奏のあいだもモンクにしっかり伴奏させている。

「ザ・マン・アイ・ラヴ」
さらにこのビリー・ホリデイの1939年ヴォキャリオン( コロンビア)録音そっくりにマイルズが吹くラヴ・バラードでは、マイルズはほぼ全くアド・リブ・ソロを吹いていない。ソロを弾くのはミルト・ジャクスンとモンクだけで、ボスは最初と最後にテーマ・メロディをちょっとフェイクしながら(つまりビリー・ホリデイみたいに)吹くだけなんだよね。二つのテイクともモンクのソロのあと、あのアップ・ビート部分でほんのちょっとだけソロであるかのようなものを吹くが、しかし30秒もなく、しかもその30秒未満のトランペット・ソロ?のあいだ、モンクはちゃんとピアノ伴奏をしているもんね。

それだけだったら…、とおっしゃるなかれ。マイルズがチャーミングでキュートなラヴ・バラードを演奏する際には、その美しいテーマ・メロディをいかに吹くかという部分にこそに最重点が置かれていたのだから。その背後でモンクにしっかりピアノを弾かせているんだよね。

なおマイルズとモンクの共演は、スタジオではこのクリスマス・セッションだけだが、ライヴでは例の1955年7月17日、ニューポート・ジャズ・フェスティヴァルで共演していて、「ハッケンサック」「ラウンド・ミッドナイト」「ナウズ・ザ・タイム」の三曲を一緒にやっている。三つともマイルズがソロを吹くバックで、モンクがしっかりピアノ伴奏しているよ。

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コメント

喧嘩セッションって昔は緊張感があっていいってことで、その録音中のスタジオを想像してドキドキしながら聴いてたね。でもそのうち喧嘩じゃないってことになってからはちょっと残念な気がした。
僕が気になるのは、The Man I Loveのモンクのアドリブ・ソロが途中で途切れてしまい、マイルスがタラララ、ララッタ、ララッタ〜♪って入るところなんだよ。モンクはリハのつもりだったからマジで弾いてなかったとか、血があたまに登って弾くのがイヤになったとか言われてところだ。これ、なんなのかな?教えてちょ!

ひでぷ〜、僕は演奏家じゃないからちゃんとしたことは分らないけれど、聴いただけの印象で言うと、いい音楽を生み出すのは「喧嘩」じゃなくて「協調」だよねえ。いわゆる喧嘩ってのは、それは「緊張感」ではないなあ。良い意味での緊張感が確かに必要で、聴くだけでもそれは伝わってくるけれど、そんな良い感じの緊張感を作り出すのが、本当の意味での協調性だと僕は思うんだよね。

…、ってことをマイルズ自身がかつてハッキリ言ってた(笑)。

「ザ・マン・アイ・ラヴ」のテイク2の方で、モンクがピアノ・ソロの途中で弾くのをやめるのは、まあなんとなくの気分だけじゃないかなあ。モンクのリーダー作品聴いてても似たような感じになる箇所はたくさんあるよ。それにそこに行くまでのピアノ・ソロの弾き方も、あ〜、なんだか止まりそうだなあっていうような感じだしね。

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