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2017/05/13

これぞ永遠不滅の音楽美 〜 マクピーク・ファミリー

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(北)アイルランドはベルファストの音楽家、マクピーク・ファミリーのアルバム『ワイルド・マウンテン・タイム』。1962年録音だから、彼らの絶頂期にあたるアルバムだ。英国ロンドンのトピック・レコーズからリリースされたのが翌63年。この頃は、特にアメリカにおけるフォーク・リヴァイヴァル運動の真っ最中だったので、やはり注目を浴びたはず。

 

 

マクピーク・ファミリーの『ワイルド・マウンテン・タイム』も、僕はアナログ・レコードでは聴いたことがなく、というかそもそもアイルランドの伝統音楽は CD でしか聴いていない。『ワイルド・マウンテン・タイム』の場合、2009年にトピックが CD リイシューしたのを日本のオフィス・サンビーニャが翌2010年に発売してくれたので、その頃にはマクピーク・ファミリーという名前だけ知っていて音楽を聴いたことのなかった僕は即買い。

 

 

しっかしこれ、ホ〜ント地味だよなあ。アイルランドの伝統音楽やブリティッシュ・トラッドやフォークなんてどれも全部そうだけど、だからポップさも全然ないからといって遠ざけて聴かないでいると、英米の派手なポピュラー・ミュージックのことだって分らない(かもしれない)。

 

 

例えばアメリカ合衆国にはアイルランドからやってきた移民がものすごく多い。特に19世紀半ばから20世紀初頭にかけて文字通り大量に流入した。原因はいくつかあって、アイルランドで発生したジャガイモ飢饉もよく知られている。その他いろんな理由によって、アメリカにアイルランド移民がものすごく多いということになった、この「ものすごい」は誇張なんかじゃない。 一つの統計データによれば、19世紀半ばあたりのアメリカにおける移民のうちではアイルランド系が最も多く、アメリカの当時の移民総人口のなんと約三分の一から半分程度がアイリッシュだったそうだ。

 

 

このアイルランド移民大量流入の影響が及んだのは別に音楽に限った話ではないが、19世紀後半というとアメリカ国内のポピュラー・ミュージックが姿かたちを整えた時代だったので、やはりアイリッシュ・ミュージックの色が非常に濃いわけなのだ。商業録音が開始されて以後は、たぶん1920年代あたりがまず最初のピークで、当時マイクル・コールマンみたいなアイリッシュ・フィドラーが活躍した。第二次ピークが最初に書いた1960年代。マクピーク・ファミリーはまさにその時期におけるアイルランド伝統音楽家最大の存在だったんだろう。

 

 

マクピーク・ファミリーが注目されるようになったのは、1958年にウェールズのアイスティッドファド・フェスティヴァルで初優勝してから。その後60年、62年にも優勝しているから、やはりこのあたりで大きな光が当たるようになっていたはず。といってもマクピーク・ファミリーの場合、アイルランド本国ではなかなか人気が出ず、まず国際的に名が知られるようになったその評価と人気が本国に逆輸入されたそうだ。

 

 

アメリカでもライヴ・ツアーを1965年にやっていて、それは二ヶ月間にもわたるもので、当時のアメリカ人音楽家たち、例えばピート・シーガーも感動して非常に大きな影響を受けることになった。ってことはシーガーの後輩格にあたるボブ・ディランやバーズ、あるいはイギリスのジョン・レノンやヴァン・モリスン、ロッド・スチュワートなどへも大きな影響が及んでいる。実際彼らのなかにはマクピーク・ファミリーのレパートリーをカヴァーした人だっているもんね。アイルランドのチーフタンズなんかは言うにおよばず。

 

 

しかしいま名前を出した米英ロック・ミュージシャンたちの熱心なファンのみなさんが、マクピーク・ファミリーの話なんかしているのにはほぼ全く遭遇しない。2010年にオフィス・サンビーニャが『ワイルド・マウンテン・タイム』を CD リリースした時だってなんの盛り上がりもなかった。みんな〜、音楽的ルーツに対するリスペクトの念なんて、そんなもんなの?自分の大好きな音楽家の重要な養分になっているだけでなく、「直接」カヴァーまでしているって〜のに、どうして関心を示さない?

 

 

マクピーク・ファミリーの1962年『ワイルド・マウンテン・タイム』。こういうアルバム・タイトルだからと思っても「ワイルド・マウンテン・タイム」という曲題のものは収録されていない。しかしこれは曲題が異なっているだけで、アルバム一曲目の「ウィル・イェ・ゴー・ラッシー、ゴー」が同じものなのだ。この曲はまさにフランシス I ・マクピーク本人が採取したフォーク・ソング。このアルバム収録ヴァージョンは YouTube にないけれど、いつやっても似たような感じになるので、以下をご紹介しておく。

 

 

 

なお、同じ曲でこんなのもありましたぜ、ロッド・スチュワート・ファンのみんな!ロック・リスナーのみんな!ちょっと聴いてみて。その他「Wild Mountain Thyme」か「Will Ye Go Lassie, Go」で検索すれば本当にいっぱい出てくるのだ。みんな〜、マジで探してちょっと聴いてみてよ!

 

 

 

どうでもいいような話(でもないような気がするが)、日本語のカナ書きだと同じ「タイム」になってしまうが、 time ではなく thyme なので香草のこと。このタイムというハーブの存在を知ったのは、サイモン&ガーファンクル・ヴァージョンの「スカボロー・フェア」ではなく、僕は料理好きなのでいろんなハーブやスパイスをむかしからよく使う。「スカボロー・フェア」に出てくる「parsley, sage, rosemary, and thyme」も全部、そこいらへんのさほど大きくないスーパーにだって売っているからね。

 

 

僕が料理好きであることは本当にどうでもいいことだが、ハーブの名前であることは音楽的にはどうでもいいようなことではないかもしれないので少し書いた。アイルランドやイギリスの伝統音楽には野に生えるハーブがよく出てきて、重要な題材の一つになっている。フランシス I ・マクピークが採取した「ウィル・イェ・ゴー・ラッシー、ゴー」(ワイルド・マウンテン・タイム」)もその一つなんだよね。

 

 

マクピーク・ファミリーの場合、楽器伴奏は常にイーリアン・パイプ(一本か二本。三本のこともある)とハープ(も二台のことがある)だけ。あとはヴォーカルだけだ。本当にそれだけ。ヴォーカルは独唱だったり合唱だったりするが、合唱の場合でもユニゾンが多く、また楽器伴奏と合わせる時も、イーリアン・パイプとはユニゾンで歌を重ねていることが多い。合唱はたまにクロス・ハーモニーも使うけれど、それもごくシンプルなもの。

 

 

アルバム『ワイルド・マウンテン・タイム』には、全く楽器伴奏なしのヴォーカルだけの曲(九曲目「カレイグ・ダン」)とか、反対にヴォーカルなしのインストルメンタル演奏もある。後者である三曲目の「マクローズ・リール」 は曲題通りトラディショナルなリールなので4/4拍子。アイリッシュ・ミュージックのリールのリズム・スタイルは、ズンズン進むフラットなジャズの4ビートにあまりもソックリだと、僕は以前から指摘している。上で述べたようにアメリカの(ジャズ誕生直前だった)19世紀後半にはアイルランド移民がものすごく多く…。

 

 

ってことはアイルランドの伝統音楽は、ロックと結びつき、ジャズのリズムのルーツでもあることになってしまうが…。ロック・ファンやジャズ・ファンのみなさんはどうして…?ロックの方にかんしては中村とうようさんが仕事をしてくれた(MCA ジェムズ・シリーズの一枚『ロックへの道』)が、ジャズの方にかんしてはまだ僕しか言っていないみたいだが…。

 

 

しかしこんな書き方ばかりしていると、じゃあマクピーク・ファミリーのアルバム『ワイルド・マウンテン・タイム』も、派手な米英ポピュラー・ミュージックのルーツとして聴いてくれみたいな話なのか?そんなものにはあまり興味ないよと言われてしまいそう。そうじゃない。それだけだったら、大勢のみなさんにはただのお勉強だろうから(僕はそのお勉強じたいが楽しくて快感で仕方がないからやめられないんだけど、まあ例外だろう)長続きしないばかりか、そもそも関心を寄せてもらえない可能性が高い。

 

 

そういうルーツ探求のお勉強としてではなく、アルバム『ワイルド・マウンテン・タイム』で聴けるマクピーク・ファミリーの音楽、というか歌がとても美しい、素晴らしすぎる(と中村とうようさんがこのアルバムを繰返しあんまり言うのだとは、とうようさん来店時のエル・スール原田さんの言)ので、だからこそみなさんに聴いてほしいのだ。

 

 

音楽でも真の伝統は古くならない。どこにでもあるような民謡を拾ってきて、(いろんな楽器で)派手に飾らずとも、ただそのままストレートに歌っただけみたいな素朴さ、シンプルさこそが時代を超える「美」を表現するのかもしれない。音楽のこの真実に、僕は長年気がついていなかった。複雑難解な音楽こそが大好きだったのだが、当ブログでも「歌手は歌の容れ物」シリーズで書いているような心境になりつつあるいま、マクピーク・ファミリーのアルバム『ワイルド・マウンテン・タイム』で聴けるような歌こそ、真の意味で美しく輝いている、永久不滅だと、僕は心の底から信じている。

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