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2017/05/16

浮かれ気分はもう終わり 〜 スライ『暴動』

Slyfamriot1









(あんなに暗くて重いファンク・ミュージックはしんどいんだから書かないみたいな意味のことを以前言いましたが…。)

当初は『Africa Talks To You』(は A面にある収録曲名でもある)というアルバム・タイトルを予定していたらしいのだが、結果的に『There's A Riot Goin' On』という名前でリリースされたのは、ある意味、マーヴィン・ゲイの『What's Going On』への返歌のようにも見えるスライ&ザ・ファミリー・ストーンの邦題『暴動』。同じ1971年だけど、マーヴィンのは5月21日に発売されていて、スライのは11月20日だ。スライ(とエピック)がいつごろ発売計画を練ったのか分らないが、意識はしたんじゃないかなあ。

スライ『暴動』のタイトル・トラック(A面ラストの6トラック目)は無音の0秒だしなあ。CD だと 0.04 と表示されるんだけど、こりゃ0秒でしょ。完全無音だしね。だからこういうタイトルの曲かなにかを用意していたとか、アルバム・タイトルがあったわけじゃなく、収録曲名をそのまま持ってきて『アフリカ・トークス・トゥ・ユー』にしようと思っていたところ、五月にマーヴィンの『ワッツ・ゴーイング・オン』が出てしまったので(こっちにはご存知同名の収録曲がある)、それを見聴きしたスライが急遽タイトルを差し替えて、それで A 面ラストに同名の無音トラックも入れただけなんじゃないかな。

マーヴィン『なにが起きてるんだろう?』⇄ スライ『暴動が起きてます』とかさ。こんなやりとりだったんじゃないのかな。考えすぎ、うがちすぎだろうが、ちょっとは可能性があるかも?こんな無根拠な憶測を書くのはここまでにしておいて、スライの『暴動』。やっぱり当初の計画通り「アフリカ」という言葉が入った収録曲二つこそが目玉であるように僕には聴こえる。A面(実質的)ラストの「アフリカ・トークス・トゥ・ユー」と B 面ラストの「サンキュー・フォー・トーキン・トゥ・ミー・アフリカ」。もうお分りのように、しかもこの二曲のタイトルは呼応している。

A 面ラストの「アフリカ・トークス・トゥ・ユー ‘ジ・アスファルト・ジャングル’」。これは乾いた質感のポリリズミック・ファンクだ。演奏は全てスライ・ストーンの一人多重録音らしいが、ヴォーカルでだけリトル・シスターが参加している模様。打楽器はやはりスライが使うリズム・ボックス(ドラム・マシン)だけで、アルバム『暴動』ではたくさんリズム・ボックスを鳴らしている。いまではなんの珍しさもないものだけど、1971年当時だとかなり早い例だったんじゃないかなあ。
僕の場合リズム・ボックスは、マイルズ・デイヴィスの1975年来日公演盤『アガルタ』『パンゲア』でエムトゥーメが使っているからそれでまず最初に聴いたものだった。そのエムトゥーメもこういったスライの使用法を聴いてはじめたか、あるいはアルバムを聴いたボス、マイルズが指示したものだったに違いない。でも『暴動』で聴けるようなリズム・ボックスの肉感的なサウンドは、マイルズのアルバムでは聴けない。ずっとあとのプリンスが実現したけれど、それにしてからがスライ直系だもんね。

曲「アフリカ・トークス・トゥ・ユー ‘ジ・アスファルト・ジャングル’」では、そんなリズム・ボックス・サウンドに乗ってクラヴィネット、ベース、エレキ・ギターなど、全てスライの演奏するものが、書いたようにポリリズミックで複雑に絡み合っている。ヴォーカルはなにを歌っているのか、僕にはあまりよく分らない。というかほぼ意味なんかどうでもいいようなことしか、あ、いや、絶望と悲観しか歌っていない。

歌詞内容よりも曲題の「アフリカが君に語りかける」という言葉の方が、リズムやサウンドとあいまって非常に重要なんじゃないかなあ。というのは曲「アフリカ・トークス・トゥ・ユー ‘ジ・アスファルト・ジャングル’」のグルーヴ感はアフリカ音楽的だからだ。アメリカ大衆音楽がアフリカ要素を濃く打ち出すようになったのは、あくまで一般的には1960年代のフリー・ジャズ以後だけど、ヘヴィでポリリズミックなアフリカ要素は70年代に入って以後のファンク・ミュージックから出てくるようになっている。曲「アフリカ・トークス・トゥ・ユー ‘ジ・アスファルト・ジャングル’」の歌詞のなかには「アフリカ」という言葉が出ないのに曲題にしたというのは、スライ自身、音楽的意識があったかもしれない。関係ないのかもしれない。単に自分の人種的ルーツを見つめる、それも1970年頃からのアメリカの社会状況下で見つめるというだけの意味だったのかもしれないが、僕としては音楽的な意味をそこに読み取りたい。

同じアフリカという言葉が使われている B 面ラストの「サンキュー・フォー・トーキン・トゥ・ミー・アフリカ」。これは曲題だけでも推測できるし、音を聴いたら誰でも間違いないと分るけれど、1969年のシングル盤「サンキュー(ファレティンミ・ビー・マイス・エルフ・アギン)」 のリメイク・ヴァージョン。だが音楽的内容は激しく異なっている。

まず69年シングル盤の方。
次いで『暴動』収録の「サンキュー・フォー・トーキン・トゥ・ミー・アフリカ」を。
同じリフ・モチーフを使っているのは間違いないし、歌詞も少しだけ変えてはいるがほぼ同じであるにもかかわらず、「サンキュー・フォー・トーキン・トゥ・ミー・アフリカ」の方ではテンポがグッと落ちて、かなり重くダウナーなグルーヴ感になり、「サンキュー(ファレティンミ・ビー・マイス・エルフ・アギン)」 で聴けたような多幸感・ウキウキ気分がゼロだ。長年こういうファンクが心の底からは好きだと思えなかったんだけど、僕のいまの気分にはこっちのヘヴィでダークで落ちこんでいる「ありがとう」の方がピッタリなんだよね。心にかなり強く響き沁みてくる。

この「サンキュー・フォー・トーキン・トゥ・ミー・アフリカ」では、演奏にバンドのファミリー・ストーンが参加しているらしい。じゃああの重たいエレベ・リフはやっぱりラリー・グレアムが弾いているんだろうなあ(スライだという説もあるらしい)。ドラムスの音は確かに生のドラム・セットだ。そして1969年のシングル盤「サンキュー」で聴けたような分厚いホーン・セクションがなく、そしてホーンのあるなしにかかわらずスカスカの骨格だけサウンドだ。

「サンキュー・フォー・トーキン・トゥ・ミー・アフリカ」でも、歌詞にアフリカという言葉は全く出てこない。それなのに「僕に語りかけてくれて、アフリカ、ありがとう」という曲題になっているのには、僕はやはり音楽的な意味を読み取りたいのだ。あくまで直接的には、上でも書いたように、これを録音した1971年当時のアメリカ黒人がおかれた立場を踏まえて、人種的ルーツを見つめ直したということだろうけれどもさ。

「サンキュー・フォー・トーキン・トゥ・ミー・アフリカ」にある音楽的アフリカ要素だと僕が感じるのは、一つ、スカスカに組み立てた曲全体のサウンドと、一つ、誰が弾いているのか確信が持てないエレキ・ギターの引っ掻くようなサウンドと、あともう一つ、不気味に不穏に後方に下がって残響的に聴こえる、(歌うのではなく)つぶやくようなヴォーカル・スタイルだ。

「サンキュー・フォー・トーキン・トゥ・ミー・アフリカ」でのエレキ・ギターのスクラッチング・サウンドは、一本ではないように聴こえるので、複数人が弾いているか多重録音だろう。1969年まではあんなにファットで賑やかに鳴らしていたギター・コード、それは全く弾かず、もっぱらシングル・トーンのみで複数本のエレキ・ギターが、やはり不穏に、やはり複合的に絡み合うのがダークでヘヴィでダウナーでいいなあ、いまの僕には。スライであるだろう、まるで出ない声を振り絞り悲鳴をあげているように聴こえる部分もいい。ファミリー・ストーンのバック・コーラスも決して歌い上げずつぶやくかのよう。

こういう『暴動』を聴いていると、マイルズ・デイヴィスが翌1972年に録音し発売した『オン・ザ・コーナー』なんかは、まだ全然時代の空気を捉まえていなかったよねとしか思えない。スライとは腹のすわり方が違う。マイルズが時代を捉まえるようになるのは1974年発売盤『ゲット・アップ・ウィズ・イット』の収録曲を録音したあたりからだ。これは以前書いた。
ただマイルズは1981年のカム・バックにあたり、スライの『暴動』をよく聴きなおし咀嚼しなおしたのではないかと思えるフシがある。たぶん隠遁中の時期に自宅でよく聴いていたのでは?と僕は思うのだ。自宅から一歩も出なかったというあの隠遁中のマイルズの心境(を僕が推し量ることなど絶対不可能だが)を考えるに、スライの『暴動』みたいな音楽が一番ピッタリ来ていたんじゃないかなあ。

純音楽的な意味でも、1981年のマイルズ・カム・バック・バンドにはスライ x『暴動』の痕跡がある。それはあの当時から数年間ライヴでの定番レパートリーにしていた「ジャン・ピエール」のこと。これはスパニッシュ・スケールを使った(曲ではなく)モチーフなので、スライとの直接関係はない。だが、ちょっと聴いてほしい、「ジャン・ピエール」のテーマ・モチーフを。例えば、カム・バック・バンドのこれ。
このモチーフ・リフを、上でご紹介したスライ『暴動』の「アフリカ・トークス・トゥ・ユー」でも「サンキュー・フォー・トーキン・トゥ・ミー・アフリカ」でもどっちでもいいから、ギターの弾くフレーズと聴き比べてほしいのだ。よく似ているよなあ。バンド全体のサウンドも骸骨みたいにスカスカだという部分だって似ている。マイルズはそもそもこういったサウンドは好まない。鍵盤楽器の方を重用するんだから、分厚い和音を鳴らしたい人なのだ。

それが1981年のカム・バック・バンドではあんなスカスカな音で、しかも当時の重要レパートリーだった「ジャン・ピエール」のモチーフの音列もよく似ているとなると、こりゃどうなるの?1973〜74年あたりのスタジオ録音だけじゃなく、一時隠遁のあいだはもちろん、81年のカム・バックに際してもスライ『暴動』のことが頭にあったんじゃないのかなあ。それはたぶん、いまの僕(を当時のマイルズと一緒くたにすんな)と同じような心境だったから頻繁に聴いていたんじゃないのかなあ。

スライはそれを1971年にやっちゃったわけだから、その後現在まであんな感じの、ただ生物学的な意味でだけ生きているというような状態になってしまったのも無理はないと、僕は思うのだ。

今日書いたことは、全て僕の個人的妄想で無根拠なものです。

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