元祖ピアノ・ガール 〜 クリオ・ブラウン
ピアノを弾きながらトリオ〜カルテット程度の編成で楽しく歌う黒人女性 〜 たくさんいるし、聴いてみるとやはりなにか一種共通するものがあるように思うので、ひとくくりにして1ジャンルとして認識してもらいたいよなあ。僕もいままでネリー・ラッチャー、ローズ・マーフィの二名については書いたので、今日はそんなジャンルの確立者、元祖ピアノ・ガールとも言うべきクリオ・ブラウンの話。
それにしてもこういう人たちがたくさんいるっていうのは、21世紀に入って以後なら例えばノラ・ジョーンズとかさあ、日本でも大人気だよねえ。ちょっとジャジーなテイストで、しかし完全なジャズ歌手だと断定もできかねるようなポップさもあって、しかしノラのファンのみなさんは、どうしてクリオ・ブラウンとか聴かないんでしょうかねえ?不思議ですねえ。ローズ・マーフィやネリー・ラッチャーも聴けばいいのにねえ、ノラを聴くみなさんは。
クリオ・ブラウンの音源は、仏クラシックス・レーベルがリリースしている一枚物 CD『クリオ・ブラウン 1935 - 1951』で全部のようだ。これでクリオの生涯全録音になるはず。たったの27曲しかない。黒人ピアノ・ガールで僕がコンプリートに持っているのはクリオだけなんだけど、それはたぶん CD 一枚買いさえすれば全部揃ってしまうのと、古いジャズっぽい音楽が大好きだからという二つの理由からだろう。実際、僕はローズ・マーフィやネリー・ラッチャーその他よりも、断然クリオが好きだ。
古いジャズっぽい、と書いたけれど、クラシックス盤 CD で見るとクリオの初録音は1935年3月12日(えっ、僕の誕生日じゃん)の五曲だから、実はそんなに古くないなあ。少なくとも僕の感覚ではさほど古くない。ブルーズ界になら、もっとずっと前からピアノ弾き語りの女性がいたはずだし、男性だけどジャズ界にだってファッツ・ウォーラーが前から活躍している。そしてクリオは女性版ファッツ・ウォーラーの異名をとったんだそうだ。
録音があるうちではポップな黒人ピアノ・ガールとしてアメリカ史上初の存在に違いないクリオ・ブラウン(録音の有無を言わなければもっと前からいたはずで、生演奏で聴かせていたはず)。1935年から36年にかけて全部デッカに19曲を録音しレコードになった。ここでちょっと疑問があるのだが、中村とうようさん編纂の『ハッピー・ピアノ・ガールズ』附属ブックレットの解説文で、クリオについてとうようさんは「35年から翌年にかけて18曲を録音した」と書いている。おっかしいなあ、一曲足りませんよ、とうようさん。あるいは全19曲のうち一つ「ウェイ・バック・ホーム - パート2」には他の歌手も複数参加し、また複数の管楽器も入るものなので、それは除外して18曲という計算だったんだろうか?
その「ウェイ・バック・ホーム - パート2」(1935年5月20日録音)は、仏クラシックス盤附属のデータでも、クリオ以外に誰と誰が参加しているのか不明で、単にデッカ・オール・スター・レヴューという名前になっているだけ。僕のいつものテキトー耳判断では、管楽器はコルネット(かトランペット)+テナー・サックス+クラリネット。でもクラリネットは一本で歌のオブリガートを吹くので間違いないが、それ以外はアンサンブルなので自信がない。男性歌手の声も聴こえるし、ジャイヴっぽいコーラス・グループもあってちょっと面白いのに、とうようさんは『ハッピー・ピアノ・ガールズ』に収録していない。でもこれは当然だ。あくまでピアノ・ガールという側面にだけフォーカスした編集盤だったからだ。
ピアノの腕前というだけなら、その「ウェイ・バック・ホーム - パート2」と同じ日に、一切伴奏者なしのソロ・ピアノでやった「ペリカン・ストンプ」が非常に分りやすい。これはヴォーカルもなしで、正真正銘のソロ・ピアノ。女性版ファッツ・ウォーラーと言われたクリオだけど、ピアノのスタイルはアール・ハインズ直系だ。軽快で痛快で、しかもかなり上手い。
これら二曲はクリオのデッカ録音セカンド・デイトなんだが、その前のファースト・デイトである1935年3月12日には、さらに「ブギ・ウギ」という曲を録音している。これも伴奏者なしの彼女一人だけでのピアノとヴォーカル。ものすごく上手いから、まずは聴いていただきたい。
お聴きになったブギ・ウギ・ピアノ愛好家のみなさんは、一瞬であっ、あれじゃん!とお分りのはず。そう、1928年のクラレンス・パイントップ・スミスによる「パイントップス・ブギ・ウギ」なんだよね。ご参考までにそっちもご紹介しておくので、35年のクリオ・ヴァージョンとちょっと聴き比べてみてほしい。
どうです?まあ録音が七年新しいからというのもあるけれど、荒削りなパイントップ・スミスのオリジナルに対し、クリオのヴァージョンは段違いに洗練されている。ピアノの腕前そのものが違うもんねえ。どう聴いてもクリオの方が上だ。もちろんパイントップのものは、その一種の乱暴さがあってこその独特のグルーヴを生み出しているわけだから、それが下手だとか劣るなんてことは全く思わないけれどね。
ブギ・ウギの典型表現である左手のパターンは似たようなもんだけど、それでもクリオの方がスピード感があって(まあそりゃテンポも速いから)シャープだ。そして右手で弾く部分は、こりゃもう誰がどう聴いたってクリオの方が断然上手いし、僕にはパイントップの右手よりも楽しい。ダンスを指示するヴォーカルはほぼ同じだけど、違いもある。とうようさんは「踊り手へのコールなどもオリジナルと同じに入っている」と書いているが、そうじゃない。パイントップのものは「ブギ・ウギしろ!」と断定的命令調だったのに対し、クリオのものは、例えば「ブギ・ウギしてほしいの〜」(I want you to boogie woogie)とそっと優しくオネダリするかのごとく。ほしのあきさん、お元気でしょうか?「Now, boogie woogie!」部分でも発声はソフトだ。
さてクリオの初録音である1935年3月12日の五曲では、最初に録音した「ヒア・カムズ・クッキー」がまあまあ知られたスタンダード曲。それ以外の曲も含め、伴奏がベニー・グッドマン楽団の二名、アーティ・バーンシュタイン(ベース)+ジーン・クルーパ(ドラムス)に、ギターのペリー・ボトキンを加えたカルテット編成。クリオの録音は全部こんな感じのカルテット編成で、例外は上記バンド編成の「ウェイ・バック・ホーム - パート2」、やはり上記弾き語りの「ブギ・ウギ」とソロの「ペリカン・ストンプ」と、あとは戦後1950/51年に彼女一人でやった四曲のみ。
しかしここでもとうようさんの文章がおかしいなと思える部分がある。『ハッピー・ピアノ・ガールズ』附属解説文では、戦前にデッカに録音したあとの戦後、クリオは「49年にはキャピトルに4曲、ブルーというマイナー・レーベルに2曲を残したあと、芸能の世界から姿を消し」とある。がしかし仏クラシックス盤で見ると、戦後はそれら以外に1950年のディスカヴァリー・レーベルへの録音が二曲あるんだよね。
まあいいや。クリオのチャーミングさは戦後録音では消えているからどっちでもいいようなことかもしれない。音質もなぜか戦後録音の方が悪い。上で書いた初録音の一曲「ヒア・カムズ・クッキー」なんかオシャレで小粋で、しかもジャジー。可愛らしいだけでなく、ピアノもヴォーカルも上手いしスウィング感抜群だ。ジーン・クルーパはやっぱり躍動的だなあ。ギタリストの刻み方もいい。
クリオの戦前録音全19曲で一番魅力的だと僕が思うのが、1935年11月20日録音の四曲(とうようさんは「このセッションの3曲は…」と書いているが、四曲です)。まず最初にやった「ウェン・ハリウッド・ゴーズ・ブラック・アンド・タン」がとても楽しい。ルイ・アームストロングの名前が歌詞のなかに出てくるが、曲題にハリウッドとあるように、サッチモが映画出演で活躍したのに題材をとったもの。キャブ・キャロウェイっぽいスキャットもあったりする。
二つ目にやった「ウェン」はミディアム・テンポのスウィンガーで、クリオは実に繊細な歌い方を聴かせる魅力的な一曲。三つ目の「ユア・マイ・フィーヴァー」もリズミカルに乗る一曲で、ヴォーカルとピアノの組み合わせ・配分具合が絶妙に上手い。四つ目の「ブレイキン・イン・ア・ニュー・ペア・オヴ・シューズ」 もやはり同じミディアム・スウィンガーで、この曲でだけは歌っているあいだ、あまりピアノが目立たない。
クリオの録音で個人的に(僕だけ?)かなり面白いと思うのが、戦前ラストの1936年4月14日に録音された全四曲のラスト「マイ・ギャル・メザニン」だ。なにがそんなに面白いのかって、この一曲は、普段から僕がよく言う<男歌>なんだよね。女性歌手が男の立場に立って男言葉で男の気持を歌うっていうやつ。お聴きになれば男歌であることはみなさん分っていただけるはず。
男歌・女歌ということを僕が普段からよく言うのは、それは日本の大衆歌謡界にしか存在しないような姿かたちだと思うからで、もしご興味のある方は以下のリンクの僕が書いた過去記事をご一読いただきたい。ここでも書いてあるが、英語で歌うアメリカ人歌手なんかは、みんな歌詞のなかの恋愛対象を異性にしてしまうわけなんだよね。それがちょっと気持悪いんだ、僕は。
ところが上で音源もご紹介したクリオ・ブラウンの「マイ・ギャル・メザニン」はそんな性別の当てはめをやっていない。クリオは女性歌手だけど「僕のカワイ子ちゃんメザニンが…」云々と、男の立場で男の気持をそのまま歌っているんだよね。アメリカ大衆音楽界では稀な例外じゃないだろうか?この曲も収録している『ハッピー・ピアノ・ガールズ』の曲目解説文で、このことにとうようさんが一言も触れていないのはやや不思議だ。
« 1956年のエルヴィス | トップページ | ゴスペル・ブルーズ »
「ジャズ」カテゴリの記事
- キューバのベートーヴェン 〜 ニュー・クール・コレクティヴ、アルマ・カルテット(2023.08.09)
- 酷暑をしのぐ涼感音楽 〜 Tales of Wonder ふたたび(2023.08.02)
- バルセロナ出身のジャズ・サックス、ジュク・カサーレスの『Ride』がちょっといい(2023.07.30)
- ジャジーに洗練されたBGM 〜 リンジー・ウェブスター(2023.07.24)
- 楽しい時間をワン・モア・タイム!〜 ケニー・ドーハム(2023.07.19)
コメント