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2017/05/25

T・ボーンのもっと内容を拡充した日本盤アンソロジーを!

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僕がコンプリート状態で持っているのはキャピトル(含ブラック&ワイト)・レーベル時代とインペリアル・レーベル時代だけなんだけど、その後も含め、 T・ボーン・ウォーカーの録音集を聴いていると、この人はブルーズ・マンなんだかジャズ・マンなんだか分らなくなってくる。アメリカン・ミュージックのなかではそういう種類のものこそ僕の最も愛するものなんだよね。

だから「本当に」大好物である T・ボーン・ウォーカー。なにかモダン・ブルーズを聴きたいけれど、さて、なににしよう?と迷ったときは、僕は必ず T・ボーンのプレイリストを鳴らす。僕の iTunes に入っているものだけでも全部あわせると七時間以上になるので、ただひたすらダラダラとそれを部屋のなかで流しっぱなしにする。そうすると「本当に」いい気分だ。

T・ボーン・ウォーカーは1929年にいちおうの初録音はやっていて、二曲やったのがレコードの A面B面になっているが、やはり西海岸に移った40年代以後だよね、大活躍するようになるのは。会社も西海岸に拠点があるキャピトルやブラック&ワイトなどに録音するようになる。ブラック&ワイト録音が多いのかな。でもこれはかなりの弱小インディペンデントで、短期間で潰れてしまい、音源の権利を全部キャピトルが買い取った。それで1995年に米キャピトルが CD 三枚組の完全集『ザ・コンプリート・キャピトル/ブラック&ワイト・レコーディングズ』をリリースしてくれたので僕は即買い。それ以後の最愛聴盤なのだ。だから以下でも僕は(面倒くさいということもあって) T・ボーンの1942〜49年は「キャピトル」録音と表記する。

といってもその『ザ・コンプリート・キャピトル/ブラック&ワイト・レコーディングズ』は全部で三時間半以上もあるし、そのなかにはほぼ内容が違わない別テイクも多いし、かなり絞らないと話ができにくい。それで当然のように CD にもなっている名演集にして名盤『モダン・ブルース・ギターの父』(東芝 EMI)が、この時代のキャピトル録音から選りすぐったものだから、基本的にこれに即しながら、三枚組完全集にも触れつつ話をしよう。

それにしても T・ボーン・ウォーカーの日本盤って、いまでもその東芝 EMI の『モダン・ブルース・ギターの父』しかないみたい。偉大だ偉大だとみんな言うわりには、なんなんだこの扱いは?この東芝 EMI 盤はもちろん LP 時代から知られている名盤中の名盤で、ギター・キッズはこれを擦り切れるまで繰返し聴きまくってコピーしようと試みた(できたなどとは僕は到底言えない)ものだったんだけど、全部でたったの14曲しかなく計41分。あまりにも短すぎる。キャピトル時代の代表作はかなり揃っているとはいえ、他にも面白く楽しいものがいくつもある。東芝 EMI さん、拡充したアンソロジーをはリリースなさる気はないんですか?

1940年代キャピトル録音での T・ボーン・ウォーカーは、まず1942年の「ミーン・オールド・ワールド」で名が知られるようになった。というか T・ボーンの生涯初のヒット曲がこれで、T・ボーン・ウォーカーというブルーズ・マンがいるんだなとアメリカ人が認識するようになったという一曲。ブルーズ界における42年録音とは思えないモダンなギターの弾き方だ。
1942年にしてこれだったということは、影響源をブルーズ・ギタリスト界に限定して探せば、たぶんロニー・ジョンスンと、リロイ・カーとのコンビで人気だったスクラッパー・ブラックウェル、この二名に間違いない。がしかし僕の(いつものテキトーな)耳判断では、ジャズ・ギタリストから受けた影響の方がもっとずっと大きいように聴こえる。具体名をあげるとエディ・ダーラム、そしてチャーリー・クリスチャンだ。

さらにギタリストだけでなく、ジャズの管楽器奏者、例えばサックス・プレイヤーなどのフレーズの創り方からもかなり吸収している。というか今日最初にも書いたけれど、だいたい T・ボーン・ウォーカーの音楽はジャズなんだかブルーズなんだか分らないようなものだ。どっちもたくさん聴いているみなさんであれば同じような感想になるはずだ。だぁ〜って、聴いたら間違いないもん。ブギ・ウギ・シャッフル(は8ビート)じゃないものは、どれもこれも4/4拍子だし、コード・ワークだってジャジーだし。

例えばキャピトル録音で辿ると、1942年の「ミーン・オールド・ワールド」の次にヒットした46年の「ボビー・ソックス・ベイビー」とか、やはりこれもヒットした49年の「ウェスト・サイド・ベイビー」とか、それからこれは知らぬ人のいない超ウルトラ・スーパー・スタンダードになった47年の「ストーミー・マンデイ」(コール・イット・ストーミー・マンデイ・バット・チューズデイ・イズ・ジャスト・アズ・バッド」)とか、全部ほぼジャズ・ブルーズじゃないの。
これら三つとも大変よく似ているよなあ。1942年の「ミーン・オールド・ワールド」と同じで、ワン・パターンの使い廻しだ。つまり「ミーン・オールド・ワールド」で一発当てたので、やはりどこの国の芸能界にもよくある二匹目・三匹目のドジョウを狙うっていうやつだったかも。がしかし重要なことはそう狙ったからといって、こんなオシャレでモダンなコード・ワーク、シングル・トーン弾きができるブルーズ・ギタリストは、当時ほかにはいなかったという事実だ。T・ボーン・ウォーカー以後は雨後の筍のごとく出てくるようになったので、やはり T・ボーンこそ「父」なんだなあ。僕の大好きなマット・マーフィもウェイン・ベネットも、その他みんな T・ボーンの子供。

1940年代キャピトル録音のなかには、こりゃもうどこからどう聴いてもジャズだろう!としか思えないものだってある。三枚組完全集一枚目13曲目の「ドント・ギヴ・ミー・ザ・ターナラウンド」なんかもそう。楽曲形式が12小節3コード(三つだけっていうことは T・ボーン・ウォーカーの場合少ないが)の定型ブルーズじゃないっていうのは重要ではない。フィーリングがジャズなのだ。ヴォーカルもギターもジャズだし、そして中間部のテナー・サックス・ソロは完全にジャズ・サックス。
8ビートのブギ・ウギ・シャッフルの話もしておこう。1940年代キャピトル録音にもたくさんあるうち、最も有名なのは間違いなく47年の「T・ ボーン・シャッフル」だね。これもヒットした。要するにジャンプ・ブルーズの類だよね。ブギ・ウギ・ベースのジャンプといっても、そこは T・ボーンらしく、全く泥くさくない都会的に洗練されたスタイルのジャンプ・ブルーズに仕上がっているのが彼流儀で僕は大好き。
同じ1947年には「T・ボーン・ジャンプズ・アゲイン」というのもあったりして、同じブギ・ウギ・シャッフルなジャンプで T・ボーンがやるものでは、僕はこっちの方が好きだ。ヴォーカルなしのインストルメンタル・ナンバーだし、これもやっぱりかなりジャジーだなあ。T・ボーンのギターが目立たないので、ファンのみなさんはたぶんお好きじゃないだろう。
上で T・ボーン・ウォーカーのこんなオシャレで洗練されたギターの弾き方は、ブルーズ界でならロニー・ジョンスンとスクラッパー・ブラックウェルが影響源だろうと書いたけれど、後者の方にかんしては、やはりリロイ・カーの有名曲をカヴァーしている。キャピトル録音じゃないんだが少し書いておこう。僕の知る限りでは、1953年のインペリアル録音で「ウェン・ザ・サン・ゴーズ・ダウン」(イン・ジ・イヴニング)、57年のアトランティック録音で「ハウ・ロング・ブルーズ」をやっている。
もとから都会的であるリロイ・カーのブルーズ楽曲を、さらに一段グッと現代的でより都会的に洗練しまくったようなフィーリングでやっているよね。T・ボーン・ウォーカーのギター(複数のギタリストがいる「ハウ・ロング・ブルーズ」の方は、一番手で出るソロが T・ボーン)もヴォーカルもかなりジャジーだし、オシャレでいいよなあ。でもさらに重要なことがある。それはリズム・スタイルだ。これら二曲のリロイ・カー・ナンバーでは6/8拍子、つまりハチロクのリズムを使ってある。

8ビートのブギ・ウギ・シャフル以外は、キャピトル時代ならどれもこれも全部4ビートだった T・ボーン・ウォーカーも、1950年代の録音という時代の流れを意識したんだろうね。リズム&ブルーズの大流行や、また直後にはソウル・ミュージックが勃興するアメリカで、やはり T・ボーンも三連のノリを意識して使ったに違いない。がしかしこの頃既に T・ボーンは人気がなくなっていた。

1940年代キャピトル録音での T・ボーン・ウォーカーには一曲だけラテン・ブルーズもある。スペイン語も飛び出す49年録音の「プレイン・オールド・ダウン・ホーム・ブルーズ」。中間部のギター・ソロではなんでもない普通のリズムになってしまうが、歌に戻るとリズムもやはりラテンに戻る。ミュート・トランペットのオブリガートもまるでキューバのソンみたいだ。カンカンと3・2クラーベを叩くのも聴こえて、こりゃ楽しい一曲だ。
このラテン・ブルーズ「プレイン・オールド・ダウン・ホーム・ブルーズ」は、東芝 EMI 盤『モダン・ブルース・ギターの父』のアルバム・ラストにも収録されているのだが、その日本語解説文の鈴木啓志さんは「こういう曲を、取りたてて強調する必要はないと思うが、この時代の一種の趣向として、面白くは感じられることだろう」と書いている。う〜ん…、鈴木さんにしてからがこうなのか…。北米合衆国の大衆音楽におけるラテン要素は「強調する必要はない」「一種の趣向」どころか、大いに強調しないといけない必要不可欠な重要要素なんですけどね、鈴木さん。あ〜、これだからブルーノ・ブルムがあんなに執拗にやっているわけか…。

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