« 1965年のマイルズ・ジャズにあるカリブ〜ラテン〜アフリカ | トップページ | ポップなエリントン 〜 『コットン・クラブ・アンソロジー 1938』 »

2017/06/03

カルメン・ミランダ1930年代録音の素晴らしさ

51ttcsnnul








外国のことについての日本語版ウィキペディアなんかに期待する方が間違っているんだが、しかしカルメン・ミランダについてのそれはひどすぎるんじゃないだろうか?みなさんちょっと覗いてみてほしい。なんたってブラジル時代のことについては一行もないに等しい状態なんだよね。北米合衆国時代のことばかり書いてある。ハリウッドのあの最悪のエキゾティズム(=人種偏見)で輝かしい才能をひたすら擦り減らすだけだった(とばかりも思わない部分が個人的にはちょっぴりあるが)北米合衆国時代のことしか書いていないなんて、いくらなんでもあんまりだよ。

カルメン・ミランダの歌が大好きなファンのみなさんには説明不要だが、カルメンは1939年に渡米する前のブラジル時代の録音こそが最高なのだ。あのキラキラとした輝き、ときめき、楽しさ、まぶしい光、さらに最高の歌唱技巧を持ちながらもそれをそうと感じさせないナチュラルな次元にまで高度に昇華された表現などなど、特に1930年代録音でのカルメンに比肩しうる歌手が、男女問わず、古今東西はたしてどれだけいるのか?

1930年代と書いたが、カルメン・ミランダの絶頂期が1937年のオデオン録音だというのは間違いないだろう。全部で26曲あるそれらについては「1937年のカルメン」(なんだか本田美奈子のヒット曲のタイトルみたいだ)として別記事にしてまとめようと準備中。また男性サンバ歌手マリオ・レイスとの共演録音(は全五曲かな?まだ数えていないが)についても別途まとめる腹づもりでいるので、乞うご期待(…、って誰が僕の文章なんかに期待するんだ?)。

1930年代ブラジル時代のカルメン・ミランダは、全レーベルの全録音を集大成したコンプリート集みたいなものがまだないはず。1935〜40年のオデオン録音だけ(40年に一時帰国し七曲録音している)ならば、全129曲がブラジル EMI から CD五枚組ボックスで完全復刻されている。がしかしその前にカルメンは、ブルンズウィック(がレコード・デビュー)とヴィクトルに録音していて、特にヴィクトルではヒットを飛ばし、面白い歌があるからなあ。いまや権利関係をさほど深刻に考えなくてもいいんだから、オデオン時代はもうコンプリート集があるので、それ以前のカルメンの録音を全部まとめてどこかリリースしてくれ!既にあるのを僕が知らないだけなのか?

そんなわけで1929年のブルンズウィックからのレコード・デビューから渡米後一時帰国の40年オデオン録音までをざっと大雑把に俯瞰しようと思ったら、これこそが好適の一枚というアンソロジーがある。この人、この会社ばかりで申し訳ないが、僕はなんの利害関係もない。ただ単にこれしかないからオススメするだけで、実際素晴らしいものをたくさんリリースしている田中勝則編纂のオフィス・サンビーニャ盤 CD『カルメン・ミランダ/サンバの女王』。2002年リリースだが、おっ、いま見たらアマゾンでもまだ新品在庫があるじゃん!さあ、まだお持ちでない方、いますぐ!
2002年というと、僕の場合、上述のブラジル EMI の五枚組ボックスはもうとっくに買って聴きまくっていた。だからオフィス・サンビーニャ盤『カルメン・ミランダ/サンバの女王』だと、全24曲のうち10曲目以後のオデオン録音に驚きはなかった。がそれ以前の九曲、特に一曲目のカルメンのデビューである1929年のブルンズウィック録音(SP 両面にするためのもう一曲録音があるはずだが?)は初めて聴いたし、たぶん世界初復刻で、しかもいまでも僕はほかでは見ない。

輝きはじめるその後のヴィクトル時代や、また全盛期オデオン録音の傑作群も含め、それら全部を CD 一枚で概観できる CD アンソロジーは、いまではオフィス・サンビーニャ盤『カルメン・ミランダ/サンバの女王』だけなのだ。むかし中村とうようさんが編んだものがあったはずだが、いまでも容易に入手可能なのはオフィス・サンビーニャ盤だけだ。さあ、みなさん、いますぐに!
『カルメン・ミランダ/サンバの女王』を通して聴いていると、僕の耳には六曲目の1933年「アロー・アロー」から突然ガラリと雰囲気が変貌するように聴こえる。カルメンのヴォーカルの輝きが五曲目までとは全く違ってケタ違いに素晴らしい。だからたぶんこの33年あたりからカルメンが超一流サンバ歌手として歌唱スタイルを確立し成熟したと見ていいんじゃないかな。そしてその「アロー・アロー」は、上述マリオ・レイスとの共演録音だ。
歌詞の「レスポンジ」(responder) 部分で、カルメンの方は冒頭の r をかなり強い巻き舌で発音しているのがマリオ・レイスと大きく違う。これはカルメンがポルトガル生まれだったことと関係があるのかも(と言っても一歳でブラジルに渡る)。マリオの方のレスポンジの r はそうなっていないしね。合唱部分ではカルメンの巻き舌 r が強いので、それがかなり目立つ。レスポンジは返事をするという意味で、曲題の「アロー・アロー」は電話での「もしもし」の意。そういえば(版権登録された)サンバ曲史上第一号が1916年の「電話で」だったよなあ。関係あるのかなあ?たぶん電話とか、そんな日常生活の一コマを切り取って歌詞にしているってことなんだろうね。北米合衆国で同じことがはじまるのは1940年代のルイ・ジョーダン以後だもんなあ。ブラジルの方が数十年早い。

電話が題材とか r の巻き舌云々よりも、音源をご紹介した「アロー・アロー」では軽快なリズムを聴いてほしい。バック・バンドのウキウキするようなノリ。マリオ・レイスとカルメン・ミランダが歌うあいだクラリネットが入れるオブリガートも跳ねるように楽しく、また打楽器(のメインはたぶんパンデイロ)の刻むリズミカルな躍動感とか、それらに乗って歌うマリオとカルメンのヴォーカルの愉快さとか、あぁ、1930年代全盛期のサンバってホント楽しいなあ。

さてオフィス・サンビーニャ盤『カルメン・ミランダ/サンバの女王』では10曲目からがオデオン時代だが、1935年4月〜39年までのオデオン時代こそがカルメンの絶頂期だったことには誰も異論を挟めないはず。9曲目のヴィクトル時代との大きな違いは、サンバのなかにショーロの感覚をとりいれて、新感覚(ボサ・ノーヴァ)のサンバをやりはじめたところ。伴奏もベネジート・ラセルダ楽団などショーロ・バンドがつけることが多くなり、それにともなってカルメンのヴォーカルも軽みとポップさを増し、一段と飛翔している。10曲目の「ハートがチクタク」(Tic-Tac Do Meu Coracao)はそんな典型例の一つ。この曲名で YouTube 検索すると、渡米後の再演ヴァージョンの方が上に来るので要注意。もう伴奏も歌も全然違うもんね。下のは正真正銘1935年のオデオン録音。
11曲目の「太鼓たたきよ、さようなら」(Adeus Batucada)も最高に素晴らしい。これも YouTube 検索の際は要注意。下にご紹介する1935年オデオン録音では、伴奏もカルメンの歌も余裕があって、ミディアム・テンポでゆったりと乗り、楽しくリラックスできる。かなりヒットして、カルメンの代表作の一つとなった。曲題や歌詞内容はエスコーラ・ジ・サンバを題材にしたもので、それがサンバ楽曲になっているという面白さ。ポルトガル語の内容のことはともかく、このリズムと、そして軽々と、しかししっとりと歌うカルメンを聴いてほしい。
14曲目の「サンバとタンゴ」のことにも触れておこう。カエターノ・ヴェローゾが1995年の『粋な男ライヴ』のオープニングでとりあげて歌ったので(たぶんサビ部分の歌詞がスペイン語だからだろう)、僕の場合、それで初めて知った曲だったが、カルメン・ミランダの1937年オデオン録音を聴いたら、やっぱりカルメンの方が躍動感があるもんね。しかもサビ部分でリズムがパッとチェンジしてタンゴ調になりバンドネオンまで入るという凝りよう(この部分はカエターノは無視)。しかもこれ、かなりの難曲だよなあ。それをこんなに楽々と(のように聴こえてしまうのが最高の技巧)。
15曲目の「ジェンチ・バンバ」(サンバ狂たち)は、これまたサンバそのものを題材にした曲だが、そんなことよりブレイクも入るサンバ・ショーロみたいな曲で、しかもそれまでのカルメンの曲では聴けなかった全く新しい曲調、新素材であることに注目してほしい。書いたのはこれまたやはりシンヴァール・シルヴァで、このソングライターはのちのちまでカルメンとの付き合いが長かった。この「ジェンチ・バンバ」では、曲を書いたシンヴァールの方が、むしろカルメン・ミランダという才能に刺激され引っ張られて書いたような感じ。カルメン以外が歌うことなど不可能であるがゆえ、カルメン以外を想定していない旋律だからだ。つまりソングライターの作風にまでカルメンの歌唱技巧は影響を与え、その相互作用で最良の音楽を創り出していた。歌手と作家のこんな関係は、世界中探してもなかなかない。
17曲目の「サンバの女王」(Imperador Do Samba)は、オフィス・サンビーニャ盤がここからアルバム・タイトルをとっているだけあって、やはり全盛期1937年オデオン録音の名曲名唱。やはりサンバそのもの、カーニヴァルのパレードに題材をとった曲で、躍動的に細かく動くリズムと管楽器の伴奏、それに乗ってキュートでチャーミングに翔ぶカルメンのヴォーカルの素晴らしさにを聴いてほしい。言葉も出ないだろう。
オフィス・サンビーニャ盤『カルメン・ミランダ/サンバの女王』では、このあと18曲目からは、これまた新境地であるバイーア(ブラジル北東部)っぽい曲が少し並んでいる。がしかしそこまで突っ込んで話をしようとすると文章が長くなりすぎてしまうので、大変に面白いものだけど今日は諦めて、上で書いたように「1937年のカルメン」記事で詳しく書いてみたい(となると39年まで行かないとダメなのだが…)。

« 1965年のマイルズ・ジャズにあるカリブ〜ラテン〜アフリカ | トップページ | ポップなエリントン 〜 『コットン・クラブ・アンソロジー 1938』 »

音楽」カテゴリの記事

コメント

> オデオン時代はもうコンプリート集があるので、それ以前のカルメンの録音を全部まとめてどこかリリースしてくれ!既にあるのを僕が知らないだけなのか?

それ以前のヴィクター(ヴィクトル)録音は、98年にブラジルRCAが3枚組ボックス化しています。
全録音集にはほど遠いですが、代表曲は網羅されているといっていいと思います。ユニオンの中古などで、今でもたまに目をしますよ。

> カルメンのデビューである1929年のブルンズウィック録音(SP 両面にするためのもう一曲録音があるはずだが?

デビューSPの片面“Se O Samba é Moda” は、ブラジルRevivendo盤“RARIDADES”(RVCD247) に“Não Vá Simbora” とともに収録されています。このRevivendo盤は、上記RCA3枚組ボックス未収録のヴィクター録音を収録しています。Revivendo盤は廃盤になっていないので、いまでもブラジルにオーダーできるはずです。

bunboniさん、いつもお世話になります!早速探します!

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: カルメン・ミランダ1930年代録音の素晴らしさ:

« 1965年のマイルズ・ジャズにあるカリブ〜ラテン〜アフリカ | トップページ | ポップなエリントン 〜 『コットン・クラブ・アンソロジー 1938』 »

フォト
2019年11月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
無料ブログはココログ